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2017年4月 4日 (火)

アレックス・ヘイリー「ルーツ Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」現代教養文庫 安岡章太郎・松田銑訳

見よ、お前自身よりも偉大なものはあれだけだ
  ――Ⅰ巻15頁

人間にとって本当の言葉は一つしかない。その人間の生まれ育ったくにの言葉だ。その言葉が人を作り、魂をそだてる。
  ――Ⅱ巻129頁

「…お祖父ちゃんがいちばん大切に考えとったのは、母ちゃんにアフリカのことを話すことじゃったちゅうて――」
  ――Ⅱ巻391頁

「自由は飯をくわしてはくれん。飯を食べるために何をするかを自分できめられるということだけじゃ」
  ――Ⅲ巻326頁

「おれはあの世へいくときに、あの子がおれたちよりもチャンスに恵まれることは信じていけるからな」
  ――Ⅲ巻354頁

【どんな本?】

 「マルコムX自伝」で話題を呼んだアレックス・ヘイリーが、自らの先祖を手繰って調べ、西アフリカのガンビアで生まれ奴隷としてアメリカ大陸に売られたクンタ・キンテから、七代後である自分までの一族の歴史を語った、壮大な物語。

 アメリカでは1977年度のベストセラー・リストを荒らしまくってピュリッツァー賞を受賞し、ドラマ化したテレビ番組は史上最高の視聴率を稼ぎだした上に、人種を問わずご先祖様探しの大ブームを引き起こした化け物コンテンツである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Roots : The Saga of an American Family, by Alex Haley, 1976。日本語版はⅠ巻:1978年3月30日初版第1刷発行、Ⅱ巻:1978年4月5日初版第1刷発行、Ⅲ巻:1978年4月8日初版第1刷発行。

 文庫本で縦一段組み、三巻でそれぞれ本文約377頁+412頁+399頁=約1,188頁に加え、Ⅰ巻に著者アレックス・ヘイリーによる「日本の読者へ」3頁、Ⅲ巻に安岡章太郎の「もう一つの『ルーツ』 あとがきにかえて」5頁+松田銑の「アレックス・ヘイリーについて」5頁。8ポイント43字×18行×(377頁+412頁+399頁)=約919,512字、400字詰め原稿用紙で約2,299枚。4~5冊に分けてもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えていえば、アメリカ合衆国の歴史を知っていると、ちょっとした驚きが味わえる。

 ただし、今は版元がなくなているので、新品を手に入れるのはまず無理。古本を漁るか図書館で取り寄せよう。映像派の人向けにDVDも出てます(私は見てないけど)。

【どんな話?】

 1750年の春。西アフリカのガンビアで、オモロ・キンテの妻ビンタが長男を産む。オモロの父カイラバ・クンタ・キンテにちなみクンタと名付けられた子供は、マンディンカ族の村ジュフレで健やかに育っていたが、17雨の時にトゥボブ(白人)に捉えられ、奴隷としてアメリカ南部に売り飛ばされてしまう。

 財産も家族も自由も言葉も、そして人としての誇りすら奪われ獣のように扱われながら、逞しく生き抜いたクンタ・キンテにも、やがて家族ができ…

【感想は?】

 著者は奴隷制を告発するつもりで書いたそうだ。しかし、読後感は全く違う。

 全体の3割ほどはクンタ・キンテのアフリカでの暮らし、6割ほどはクンタと彼の子孫の奴隷としての人生、そして残りの1割ほどが自由の身となった黒人たちの暮らし、そんな割合だ。

 滑り出しは、クンタ・キンテがガンビアのジュフレ村で過ごす少年時代を、じっくりと描いてゆく。クンタは普通の男の子で、自分が大人になるのが楽しみでしょうがない。裸で過ごし保護されるだけの第一カフォー,山羊の世話を任せられる第二カフォー,恐怖の成人訓練を経て大人と認められる第三カフォーと、段階を踏んで村の責任を任されてゆく。

 ここで描かれる村の暮らしは、男の子の成長物語として楽しいだけでなく、私たちが考える「アフリカ」の姿を大きく変えてゆく。そりゃ電気もテレビもないけど、社会制度としちゃ充分に考えられ安定したシステムになってるのだ。

 そんなわけで、「良き援助とは」なんて事も、ちょっと考えちゃったりする。が、それ以上に、じっくりと描かれたクンタ・キンテが、マンディンカ族の男でオモロの長男としての、自由な心と誇り高い魂を持っていると、読者に伝わってくる。これが、次の奴隷篇での衝撃を増幅する見事な隠し味だ。

 次の6割を占める奴隷篇は、嫌になるほどの恨み節の連続。次から次へと誇りを奪われながらも、必死に運命に抗うクンタ・キンテの姿は、先のアフリカ篇がのどかなだけに、その落差が凄まじい。相応のグロ耐性も必要だし、このあたりを読むと、正直アメリカの人種問題は解決不可能じゃないかと思えてくる。

 というのも。ここで語られるアメリカの歴史は、南部の黒人奴隷の目から見た歴史で、私が知っている歴史と全く違うからだ。アメリカ合衆国の独立戦争や南北戦争、アイルランドのジャガイモ飢饉なども、黒人奴隷の目から見ると、全く違った姿に見えてくる。

 ばかりでなく、今のアメリカの歴史は北部諸州から見た歴史なのだな、と今気が付いた。そう、黒人奴隷っばかりでなく、南部の白人から見た南北戦争も、私が知っているアメリカの歴史とは違うのだ。

 この奴隷解放が近づくにつれピリピリしてくる空気は、クンタの受けた屈辱とはまた違った恐ろしさが伝わってくる。黒人が白人を恨むだけでなく、白人もまた黒人を憎み、互いが己の命をかけてまで相手を殺そうとする、条理を越えた敵対感情。それの根本は、間違いなく奴隷なんぞという狂った制度だ。

 とか書くと小難しい話みたく思われそうだが、ベストセラーの実績は伊達じゃない。もちろん、魅力的な人物も沢山出てくる。

 最も脚光を浴びるクンタ・キンテはもちろん、彼の父オモロも、ちょっとシャイで無口ながら、日本の男なら是非こうありたいと願う父親の姿そのもの。息子への贈り物はギリギリまで隠し、そっけない態度でそれとなく渡しつつ、大事な所では大人としての威厳をバッチリ示す。そう言えば、私が幼い頃は親父が働く姿を間近で見られたんだよなあ。通勤って制度も良しあしだね。

 やはり印象に残るのが、クンタの孫チキン・ジョージ。性格はオモロと正反対で、口から先に生まれたような洒落男。幸いにして天職となる闘鶏師の仕事に巡り合い…。彼が全てを賭けて挑む決戦の場面は、この物語の中で異彩を放つ緊張が続き、ベストセラー作家の底力を存分に見せてくれる。

 そんな華やかな舞台が目立つチキン・ジョージだが、彼と「父親」が最後に出会うシーンに漂う冷たい緊張も、忘れがたい所。

 そこから後は、もう怒涛の奔流となって、現代へと押し寄せてゆく。

 この現代篇のインパクトが、これまた凄まじい。それまで著者の思惑通りに延々と積み重ねた恨み節が、著者の思惑を外れて全く違う所へと突き抜けてしまい、人種を問わず今生きている全ての人に伝わる強力なメッセージとなって炸裂するのだ。

 これから結婚する人・子供が生まれる人は、今のうちに読んでおいた方がいい。もちろん、男女を問わず。今後の子育てで大切なことを読み取るだろう。あなたにとって、そしてあなたの子にとって、最も大切な事は何か。それを、この本は教えてくれる。

 手に入れにくいけど、頑張って手に入れるだけの価値はある。もっとも、人によっては、その後に半端ない散財が待ってるんだけどw

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