リチャード・マシスン「リアル・スティール」ハヤカワ文庫NV 尾之上浩司編 伊藤典夫・尾之上浩司訳
「わたしはロバート・ウェイド教授。1954年の過去からやってきた」
――おま★★これで、われわれの言葉が聞こえただろう。われわれは、きみとともにある。
――心の山脈
【どんな本?】
SF・ホラー・ミステリなどの小説のほか、テレビドラマや映画の脚本でも活躍し、「縮みゆく人間」「運命のボタン」「アイ・アム・レジェンド」などの原作でも知られるアメリカの作家リチャード・マシスン Richard Matheson の作品を集めた、日本独自の短編集。映画「リアル・スティール」の原作 Steel を含む。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2011年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約273頁に加え、約の尾之上浩司による解説「ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン」3頁。また、それぞれの短編の前に1頁の紹介がついてるのも嬉しい。9.5ポイント39字×16行×273頁=約170,352字、400字詰め原稿用紙で約426枚。文庫本としてはちょい薄め。
文章はこなれている。SFとはいっても古い作品が多く、小難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただし小説としてはヒネリの効いた考えオチっぽいのが多いので、注意深く読む必要がある。
当然、古いだけあって、出てくるガジェットも真空管など時代遅れなモノもあるが、そこは読者の方で量子プロセサとか分子メモリとかの今風なシロモノに脳内変換して読もう。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。
- リアル・スティール / Steel / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1956年5月号 / 尾之上浩司訳
- 人間同士のボクシングは禁止された。今リングに上がるのはロボットだ。ケリー、愛称はスティール。彼は整備士のポールと共にドサ周り中。頼みのボクサーはバトリング・マクソ、いささかトウはたっちゃいるが、昔は強かった。ただ今は懐が寂しく、部品も手に入らなきゃ整備も思うに任せない。だが今度の試合で勝てば…
- 320GBのIDEハードディスクに変換コネクタかませてUSBポートにつないで使ってる私には、色々と身に染みる作品。コンピュータに限らず、自動車やオーディオ機器でも、新しい製品の方が性能はいいとわかっちゃいるが、それでアッサリ乗り換えられるとは限らないのがヒトの性というか業というか。ブログなんてメディアも Twitter や Facebook に押されつつあるけど、ここまでやってきて今更やめられないんだよなあ。
- 白絹のドレス / Dress of White Silk / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1951年10月号 / 伊藤典夫訳
- おばあちゃんはいった。ママはもう帰ってこない。おばあちゃんはママの部屋に入っちゃいけないっていう。でも、あたしはママの部屋が好き。特に好きなのが、ママの白絹のドレス。きょうも、いつもとおんなじ、メアリ・ジェーンが遊びにきた。向かいに住んでる子。
- 幼い女の子の独白で語られる、不気味な掌編。亡くなった母親や禁じられた部屋などの不穏な小道具と、無邪気な子供の独白の落差が、忌まわしさを引き立ててゆく。
- 予約客のみ / By Appointment Only / プレイボーイ1970年4月号 / 尾之上浩司訳
- いつもと同じ時刻に、ミスター・パングボーンがワイリーの床屋にやってきた。最近は体調がすぐれないらしく、医者に診てもらっても、原因がわからない。幸いにして、ランドという医師が見つかり、彼にかかると、症状が良くなる。
- これも6頁の掌編。床屋のオヤジと客の会話で話を進め、オチに持ってゆくアイデア・ストーリー。登場人物が交代しリズムが変わった所でオチへと向かう語り口が巧い。
- 指文字 / Finger Prints / アンソロジー The Fiend in You, 1962年 / 伊藤典夫訳
- その二人の女は、バスの右側の列に座っていた。通路側の女は手話で話している。彼女の両手は忙しく動き、一時も休まない。もう一人、窓側の女は、疲れた顔で、連れの女をぼんやり見つめている。
- 世の中には時おりやたらとお喋りな人がいて、よくもまあネタが尽きないものだと感心するんだけど、ああいう人の頭の中はどうなってるんだろう?
- 世界を創った男 / The Man Who Made the World / イマジネーション1954年2月号 / 尾之上浩司訳
- 世界を創ったという男が、診察室に入ってきた。彼は47歳で、世界を創ったのは5年前だと。
- 舞台か映画の台本のように、医師と患者の会話で進むユーモア掌編。
- 秘密 / Interest / ガンマ1965年9月号 / 尾之上浩司訳
- 恋人のジェラルドの家に、キャスリンはやってきた。そこは立派な屋敷だが、どこか冷たい感じがする。ジェラルドの父ミスター・クルイックシャンクは無口で無愛想だし、ミセス・クイックルシャンクも妙に怯えているようだ。ジェラルドを愛しているが、この両親は…
- 豪華で清潔で立派なお屋敷、真っ白いテーブルクロスの上に銀の食器が並ぶ上品な食事。なのに妙に重苦しい雰囲気の家族が抱えた秘密は…。ちょっと日本人にはピンとこないオチかも。
- 象徴 / The Thing / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年5月号 / 尾之上浩司訳
- ローストビーフが乗ったテーブルを囲む、四人の男女。リー夫妻とトムスン夫妻。これは最後の晩餐。発達した科学は栄養剤を作りだし、病気はなくなり、子供は試験管で生まれる。そしてミートローフも消えた。今夜はリー夫妻の子ビリーに、“あの品”を見せる日だ。
- 正直、オチがわかんなかった。
- おま★★ / F... / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年4月号 / 尾之上浩司訳
- 交差点のど真ん中に、いきなり巨大な金属球体が出現し、そこからロバート・ウェイド教授と名乗る男が出てきた。1954年の過去から来たという。近くにいた巡査がさっそくやってきて、金属球体の中を調べた時、恐怖と怒りで叫んだ。「卑猥なクズ野郎が!」
- 先の「象徴」と同じ未来世界を舞台とした、ユーモア作品。タイトルの訳が見事w 人の倫理ってのは、時代や場所で変わるもので…
- 心の山脈 / Mountains of Mind / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年11月号 / 尾之上浩司訳
- フレドリク・コパルは政治学者だ。様々な学会のトップクラスの天才を集めた<ノーヴェンバー公開科学会議>のためフォート・カレッジにきた。今日はアルフレッド・ラシュラー博士の実験に参加する。脳波を測り記録するのだ。
- 奇妙な実験に参加したがために、説明のつかない奇妙な「何か」に憑かれてしまったフレドリク・コパルの視点で描かれる、不思議な物語。一応は完結してるけど、掲載誌から想像するに、長編シリーズの開幕編って感じもする。
- 最後の仕上げ / The Finishing Touches / 短編集 Shock Waves 1970年 / 尾之上浩司訳
- レックス・チャペルと妻のアマンダがいちゃついている部屋のバルコニーに、ホリスターは潜んでいた。二人がベッドでからみあい、いよいよこれからという時にホリスターは…
- うーん、敢えて言えばホラーかなあ。
- ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン 尾之上浩司
レイ・ブラドベリに代表されるように、この時代のアメリカのSF作家はテレビドラマや映画の脚本でも活躍している人が多くて、マシスンもその一人。そのためか、あまりSF的に凝ったガジェットは使わず、けれど今でも通用するアイデアをコンパクトに料理した作品が多く、日本の作家だと星新一に味わいが似ている。小難しいのが苦手なSF初心者にも楽しめるのが、この作家の特徴だろう。
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