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2017年4月の12件の記事

2017年4月28日 (金)

リチャード・バック「飛べ、銀色の空へ」草思社 稲葉明雄訳

飛行機がそれ本来の位置、つまり空中にあるときは、死を賭するようなことはりえない。ほんとうに危険が迫るのは、それが地面とかかわるときだけなのだ。
  ――p14

リチャード、子供であることをやめてはいけない。大気やエンジンや爆音や日光といった偉大なものを、自分のうちに味わい、感じ、ながめ、興奮することをやめてはいけない。世間から子供らしさを護るために必要とあれば、仮面をかぶるのもいい。が、その子供をほんとうに抹消すれば、おまえは大人になって死んでしまうのだ。
  ――p203

【どんな本?】

 1920年代、アメリカ合衆国。陸軍で飛ぶことを覚えた若者たちは、軍からの払い下げで手に入れたカーチスJN-3 などの小型飛行機を駆り、自由に空を飛び回った。小さな町に近い広い牧草地に機を止め、客を集めては数分間の遊覧飛行を楽しませる、ジプシー飛行士として。

 そして1960年代。

 空軍で飛ぶことを覚え、ジェット戦闘機F-86セイバー などで経験を積んだリチャード・バックは、航空雑誌 Antiquer の編集長を務めるうちに、複葉機の魅力にとり憑かれる。1929年製の複葉機パークスを手に入れた彼は、ちょっとした実験を思いつく。

 現代でもジプシー飛行士は生きていけるのだろうか?

 お馬鹿な変わり者はいるもので、実験に付き合うモノ好きが二人も現れる。カメラマンで単葉機ラスコムを駆るポール・ハンスン、パラシュート降下要員のステュアート・サンディ・マックファースン。かくして大アメリカ飛行サーカスは、アメリカ中西部へと飛び立った。

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたリチャードバックが、憧れのジプシー飛行士の暮らしを実践し、次作「イリュージョン」のヒントを得た、ひと夏の実験のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nothing By Chance : A Gypsy Pilot's Adventures in Modern America, by Richard Bach, 1969、日本語版は1974年10月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約248頁に加え、訳者によるあとがき4頁。9ポイント47字×19行×248頁=約221,464字、400字詰め原稿用紙で約554枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部に航空機関係の専門用語が出てくるが、分からなければ無視しても大きな問題はない。敢えて言えば、長さの単位だろう。1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm、1フィートは約91cm。

 ただし今じゃ新刊は手に入らないだろうから、古本を当たるか、図書館で借りよう。

【感想は?】

 つくづくアメリカが羨ましい。

 なんたって、ジプシー飛行士だ。こんな商売が成り立つのは、アメリカとオーストラリアぐらいだろう。アルゼンチンも、なんとかなるかな?

 広く平坦で、人口がまばらな土地。航空燃料(どうやらハイオクのガソリンらしい)や航空機の部品が潤沢に手に入る程度に、産業が発達し工業製品が人々に浸透した社会。ただし勝手気ままに空を飛んでも文句を言わない程度に緩い政府と航空管制。

 幾つもの植民地がそれぞれに発達し、その連合体として州政府と連邦政府ができたアメリカ合衆国ならではの、自由と産業力、そして末端までは管理が行き届かない政府など、幾つもの条件が重なって成立した、絶妙のバランスの上に成り立つ商売である。

 とまれ、実際に飛び回るリチャードら一行は、そんな難しい事なんか考えちゃいない。単に「とりあえずやれるかどうか試してみようぜ」ってな感じで、稼ぎながらその日その日を過ごしてひと夏を楽しもうとする、お馬鹿な野郎三人組の気楽な旅のお話だ。

 そんなわけで、作品としては、ちょっと変わった飛行機物語としても楽しいし、ドサ回りの小さなサーカスのルポルタージュとしても面白い。

 やっぱり飛行機に熱中するのは、ガキどもである。人口776人の小さな町リオでは、リトルリーグの試合を見ていたガキどもが、二機の飛行機とステュのパラシュート降下で大騒ぎで、週末には大繁盛だ。いい土地ばかりとは限らないが、町の人とソリが合えば大儲けできる。

 ばかりでなく、曲芸飛行を披露するパイロットは大人気で、サインをねだられることだってある。もっとも、最大のヒーローは…。わはは。でも、ガキどもの気持ちはわかるなあ。私も、ガキの頃、近くに飛行機が止まったなんて聞いたら、きっと走って見に行っただろうし。

 もっとも、世の中いい事ばかりとは限らず。夜にシャツを干そうとすれば朝露で濡れちゃうし、寝ようとすれば蚊の大群に襲われるし、珍しく屋根のあるねぐらにありつけたと思ったら…。こういうへっぽこな旅も、気の合う相棒とだったら、それなりに楽しめるんだよなあ。そんな旅日記としても面白い。

 お客さんも楽しんでるようで、単葉機のラスコムと複葉機のパークス、それぞれに乗った客が「どっちがいいか」で語り合うあたりも、飛行士としては気分のいい所。子供たちにいい所を見せようと一計を案じる親父さんとかもいて、なかなか微笑ましい。いい父ちゃんだなあ。

 意外と楽しんでるのが年配の人で、かつてのジプシー飛行士の想い出を語ってくれたりするのも、ちょっとホロリとする。ばかりか、飛び続けると、かつてジプシー飛行士だった人まで登場するから、アメリカも広いようで狭い。他にも様々な飛行機仲間が登場しては、ちょっとした思い出を残してゆく。

 中でも印象的なのが、スペンサー・ネルスン。「イリュージョン」にも登場したトラベル・エアーに乗り、はるばるネブラスカから駆けつけた勤め人。なんちゅう贅沢な休暇の過ごし方だ。

 そうやって飛び続けるうちに、リチャードは商売も巧みになtってゆく。と同時に、人はどんな環境にも慣れるのか、ジプシー飛行士の日々が単なる繰り返しにも感じてきて…

 口数少ないステュの意外な秘密、常に最悪を想定するパイロットならではの注意深い視点、バラエティ豊かな客の数々、様々な立場で飛行機を愛する仲間たち、そして次から次へと降りかかるトラブル。

 呑気な三人の男が、気分次第で行く先を決めたドサ回りのヘッポコ道中。あまり知られることのないアメリカの田舎を見せてくれると共に、一種の旅芸人の気分も楽しめる、ちょっと変わった旅の記録。

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2017年4月27日 (木)

SFマガジン2017年6月号

金属の管とそおうじゃない管があって、それぞれに曲がり方も強度も違うんですよ。よくみると構造体として使われているパイプと、そうじゃないものが描き分けられています。
  ――弐瓶勉インタビュウ

「……どうすれば分かってもらえるかなあ」
「私も同じことを言おうと思ってました」
  ――山本弘「プラスチックの恋人」第3回

「音楽は心を強姦する」
  ――劇場アニメ『虐殺器官』公開記念座談会 「虐殺の文法」をめぐって
    岡ノ谷一夫×吉田尚記 司会:塩澤快浩

 376頁の標準サイズ。

 特集は二つ。まず「アジア系SF作家特集」とあるが、中身はほとんど中華系SF特集。もうひとつは「2017年春アニメ特集」として、「ID-0」「正解するカド」そして映画「BLAME!」。

 小説は10本。

 まずは「アジア系SF作家特集」で、3本。噂の郝景芳「折りたたみ北京」大谷真弓訳。次にケン・リュウ「母の記憶に」古沢嘉通訳。最後にスタンリー・チェン「麗江の魚」中原尚哉訳。「折りたたみ北京」「麗江の魚」はケン・リュウの英訳から日本語に訳したもの。

 次に連載5本。夢枕獏「小角の城」第44回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第14回,山本弘「プラスチックの恋人」第3回,三雲岳斗「忘られのリメメント」第2回,そして椎名誠のニュートラル・コーナー「むじな虫」も、連作っぽい。

 読み切りは2本。澤村伊智「コンピューターお義母さん」,藤田祥平「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」。

 加えて、新連載「筒井康隆自作を語る」が新連載。日下三蔵を聞き手に、今回は「日本SFの幼年期を語ろう」。主役の怪演はもちろんだが、聞き手の日下三蔵の知識が凄い。日本SF黎明期に江戸川乱歩が果たした役割って、大きかったんだなあ。それとスーパージェッターの台本陣の豪華さにもびっくり。

 郝景芳「折りたたみ北京」大谷真弓訳。午前五時。ごみ処理施設での勤務が終わったラオ・ダオは、ベン・リーを訪ねる。ここ第三スペースから第一スペースに行けば、二十万元が手に入る。ベン・リーはそのルートを知っている。捕まればブチ込まれるが、今はなんとしても金が要る。

 北京を折りたたむって、なんなんだ?と思ったら、そうきたかw あまりのスケールに感心するやら笑っちゃうやら。某アニメの影響かしらん。アイデアはお馬鹿だけど、お話はとってもシリアスで、共産主義のお題目とは違い階層化が進む中国社会を、とってもわかりやすくヴィジュアル化する巧みな発想。

 ケン・リュウ「母の記憶に」古沢嘉通訳。3頁の掌編。わたしが幼い時に、母は余命を宣告された。残された時間は、あと二年。わたしの成長を見守るため、母は時間をだますことにした。

 ケン・リュウお得意の泣かせる話。もはやSF小説界のデイヴィッド・ギルモアですね。

 最後にスタンリー・チェン「麗江の魚」中原尚哉訳。年度末の課長補佐昇進を狙いバリバり働いていた僕は、PNFDⅡ(心因性神経機能障害Ⅱ型)と診断され、麗江での二週間のリハビリを申し渡された。麗江は10年前にも行ったことがある。当時は自称アーティストが集まり、女には片っ端から声をかけたものだが…

 これまた政府による強い統制のもと、急激に工業化・産業化が進む中国を、観光都市・麗江を舞台として、巧みに揶揄する作品。出てくる納西族の民族音楽を漁ってたら、コメントに「麗江は観光地化され過ぎた」とあって苦笑い(→Youtube)。

 同特集中のハイカソル編集者ニック・ママタスのインタビュウ「英語圏における日本SF」SFマガジン編集部訳。野尻抱介「ロケットガール」が翻訳されてたのか。十代の女の子向けに出したってのも市場の違いを感じさせるが、「蓋を開けてみると、ロバート・ハインラインを愛読するような中年層によく読まれた」に大笑いw ああいうストレートで気持ちのいいSFに飢えているのだ、オッサンは。

 ピーター・トライアスのエッセイ「<ファンシースターはSFの名作だ>」鳴庭真人訳は、タイトル通りファンシースターと小玉理恵子への熱い想いを切々と綴る感動作。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「むじな虫」。アブドは高原列車イースト・アンド・ウエストの保線係だ。列車の軌道は、むきだしの地殻に掘った二条の溝。軌道が地上から突き出しているマザー・プラネットとは逆だ。路線の途中、赤い小屋は馴染みのクフの家だ。今日はレザーボールを捕まえるので忙しい。

 連載中、エッセイからいきなり小説になった前回を受けて、宇宙の彼方に植民した人々の暮らしを描く連作集その2。乾いた大地に延々と続く二本の軌条、役割も正体も分からないけど惑星を飛び回りゲームの対象になっているレザーボールなど、異様な風景が続く。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第14回。ウフコックは、クインテット潜入捜査で集めた情報を、イースターとブルーに伝える。58人と11頭のエンハンサー、そしてハンターの野望。事態は危機的で、残された時間は少ない。

 今回はイースター・オフィスの視点で物語が進む。そのためか、物騒な雰囲気は底に流れながらも、話は穏やかに進んでゆく。ホワイトコープ病院の<天使たち>の恐るべき正体が明かされ、イースター・オフィスは反撃の準備を始めるが…。空気読まないダニー・シルバーのキャラがいいなあw

 山本弘「プラスチックの恋人」第3回。セックス用アンドロイド、オルタマシン。未成年型はマイナーと呼ばれ、日本のムーン・キャッスルでサービスを始めた。取材に訪れた長谷部美里はマシンの見事さに圧倒される。その帰路、反対派らしき者を見つけ接触を試みるが…

 “非実在”児童ポルノ問題に挑む作品、今回は賛否の両側を代表する人が出てきて、熱く語ってくれる。ナッツ99に熱く思い入れちゃう自分が悲しいw 月光のマニアっぷりには、ひたすら頭が下がる。変身ベルトやオルタナファクトなど時事ネタはキャッチーだが、単行本では脚注が付くのかな? にちても、プロの物書きの努力には脱帽するのみ。

 三雲岳斗「忘られのリメメント」第2回。人の体験を記録・再生できるリメメントが普及した時代。リギウス社CEO迫間影巌はMEMアーティストとして活躍中の宵野深菜に、連続殺人犯アサクノの捜索を依頼する。アサクノの殺人MEMが出回っており、それを介して精神を汚染された者もいるらしい。

 連載二回目と物語は始まったばかり。主人公の深菜の過去や敵役のアサクノの紹介や掘り下げを担う回だろう。体験が人格を変えてゆくなら、やり方次第で様々な応用も効く。だいぶ違うけど、「戦地の図書館」の冒頭、傷つき心が死んだ海兵隊員が病院のベッドで読んだ「ブルックリン横丁」のファンレターは強烈だった。

 澤村伊智「コンピューターお義母さん」。「くらしマート」でのパートを終える時、遅番の佐川さんと挨拶した。テキパキしてるし、頼れる人だ。買い物を済ませ、重いビニール袋を両手に下げて家へと向かう。自動で灯るはずの玄関照明は、やはり点かない。誰の仕業かはわかっている。

 「九十八円ぺたり、九十八円ぺたり、九十八円ぺたり」だけで、お話の雰囲気を鮮やかに伝える語りが見事。「コンピューターおばあちゃん」を思わせるタイトルだし、ある意味では深い関係がある。奥様の井戸端会議の大切さがしみじみわかる作品←違うだろ

 藤田祥平「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」。バーで飲みながらの読書会。テーマはカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」。師匠はベロベロで、バーのオーナーのI氏は師匠の若かりし日の失敗談を聞かせてくれた。

 卒論に四苦八苦する学生たちの悪あがきや、それを見守る?教授。行き詰まっては飲んだくれた、京都で過ごす学生時代に、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」を絡め、ノスタルジックな短編。にしても強烈そうなカクテルだなあw

 東茅子「NOVEL & SHORT STORY REVIEW」、今回は特集に合わせたのか「アジア系SF」。劉慈欣「神の世話をする」 Taking Care of God。地球を創り超科学で人類を導いてきた神たちが、老いた自分たちの面倒を見ろと地球に押し寄せて…。一人っ子政策のため日本以上に厳しく高齢化対策が求められている中国で、よく出せたなと思うぐらいキツい風刺作。

 横田順彌「近代日本奇想小説史 大正・昭和篇」第31回 大正末期のジュヴナイル小説7.今回は、なんと横溝正史の少年冒険探偵小説なんていうレア物の紹介。現代のライトノベルに当たる市場を狙った作品だろうなあ。

 藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars」が「超深海篇」で完結してるとは気がつかなかった。ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」も面白そう。

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2017年4月24日 (月)

リチャード・バック「イリュージョン 悩める救世主の不思議な体験」集英社文庫 佐宗鈴夫訳

「人々がもとめているのは、ぼくじゃない。奇蹟さ!」

「魔法使いから知っていることを教えられたら、それはもはや魔法ではなくなる」

「学生たちはきまって簡単なことを難しくしてしまう」

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたアメリカの作家リチャード・バックが、その7年後に出したメルヘン/ファンタジイ長編。

 夏も盛りを過ぎた頃。ジプシー飛行士のリチャードは、同業のドナルド・シモダに出会う。古い複葉機で田舎を飛び回り、広い牧草地を見つけては降り立ち、近くの客を集めては10分間3ドルで空の旅を楽しませる。気ままな商売だが、時には人恋しくなることもある。

 ちと風変りだが気が合いそうだし、商売も巧い。しばらく一緒に旅をしようと思ったが、実はとんでもない奴だった。ニュースに出ていた自動車修理工の救世主が、彼ドナルド・シモダだったのだ。

 著者リチャード・バックならではの極めて楽天的な哲学が色濃く出た、メッセージ色の強い寓話。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Illusions : The Adventures of a Reluctant Messiah, by Richard Bach, 1977。日本語版は、少なくとも以下4種が出ている。

  1. 1977年9月30日発行 村上龍訳 集英社 単行本 副題:退屈している救世主の冒険
  2. 1981年3月25日第1刷 村上龍訳 集英社文庫 副題:退屈している救世主の冒険
  3. 2006年4月 佐宗鈴夫訳 集英社 単行本
  4. 2009年5月25日第1刷 佐宗鈴夫訳 集英社文庫

 村上龍訳と佐宗鈴夫訳は、文体も内容もかなり違う。

 村上龍訳では、主人公の一人称は地の文だと「僕」で、会話中は「俺」。対して佐宗鈴夫訳は、いずれも「ぼく」だ。全般的に、佐宗鈴夫訳はお行儀がいいが、ジプシー飛行士同士の会話としては村上龍訳の方がしっくりくる。

 問題は内容。これは間違いなく佐宗鈴夫訳の方が原書に忠実で、よりリチャード・バックの思想に近い。村上龍訳は、独自のエピソードを勝手に加えてたりする。二人が美人局にひっかかる場面などは、村上龍の創作らしい。

実は手元に1978年版のペーパーバックがあって、ちと確認したんだが、やはり美人局の場面はなかった。もしかしたら原書もハードカバー版とペーパーバック版で違うのかと思ったが、そういう事でもないようだ。

 また、 2)村上龍訳の集英社文庫版に限り、円池茂のイラストが幾つか入っていて、なかなかいい味を出してる。

 結論として、村上龍訳は超訳で、佐宗鈴夫訳は原作に忠実。私は村上龍訳の方が好きだが、この作品が持つヤバさは、佐宗鈴夫訳の方がストレートに伝わってくる。

 今回読んだのは佐宗鈴夫訳の集英社文庫版。文庫本187頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント38字×16行×187頁=約113,696字、400字詰め原稿用紙で約285頁。バーナード嬢大喜びの薄さだ。

【感想は?】

 大好きで若い頃に村上龍訳で何度も読み返していた本だ。新訳でどうなるかと思ったが…

 驚いた。こんなにヤバい本だったのか。もともと、クリスチャン・サイエンスに入るなど、ちとアレな人だよな、と思っていたが、「ちと」どころではない。この人、紛れもない本物だ。

 お話は、思想的・哲学的なものだ。著者の思想を読者に伝える、そのために物語の形を借りる、そういう作品である。ジプシー飛行士のリチャードが、救世主のドナルド・シモダ(ドン)に出会い、ドンに導かれて救世主としての修業をする、そういう物語だ。

 この世はどういうものか。何のために人は生きているのか。どう生きるべきか。そのために最も大切なものは何か。そういった哲学的な問題を、リチャードとドンが語り合い、また幾つかの実習を通し、次第にリチャードが身に着けてゆく、そういう形で物語は進む。

 著者の哲学は、いかにもアメリカ人らしい楽天的なもので、大嫌いな人と大好きな人に分かれるだろう。その判断は簡単。冒頭、14頁ほどの短い寓話がある。この寓話が気に入れば他にも気に入る所があるだろうが、腹が立つなら、さっさと放り出すのが吉だ。この作品は、あなたの好みに合わない。

 どんな哲学か。

 それは、究極のリバタリアニズムと言っていい。私たちは、みんな自由だ。今のあなたの境遇は、あなたが自ら選んだものだ。私たちは、なんだってやっていい。なんだってできるのだから。

 無茶苦茶だと思うかもしれない。でも、この物語を読むに従い、次第に洗脳されてゆく人もいる。私もそうだった。まあ、洗脳は完全じゃなかったけど。

 これは、村上龍が勝手に追加した美人局のエピソードの効果が大きい。あの挿話で、著者が主張したかった完全性が損なわれた。その分、先鋭性は鈍ったが、親しみやすさは増した。

 お気楽ご気楽な哲学だが、それを可能にしたのは、1970年代のアメリカの状況が大きい。

 嵐の1960年代が過ぎ、政治の時代が終わった。好景気が続き、食い詰める者は減った。産業は発展を続けるものの、政府の監視は比較的に緩く、もともと自由と自立を尊ぶ国民性も相まって、社会にスキ間が沢山あり、ケッタイな商売が成り立つ余地が充分にあった。

 それを象徴するのが、主人公二人の稼業、ジプシー飛行士。私がこの作品に惚れた理由の半分以上は、この商売にある。

 時代遅れの複葉機に乗り、田舎を飛び回る。休耕地や放牧地などの適当な空き地を見つけては着陸し、地主の許しを得て臨時の飛行場にする。近くに住む人を集めては、10分間3ドルの空中散歩を味わってもらう。一通り稼いだら、荷物をまとめて次の町へと飛んでゆく。

 航空法なにそれ美味しいの?ってな無茶苦茶な商売だが、著者は実際にこの稼業で食ってけるか試している。その記録が「飛べ、銀色の空へ」で、近いうちに紹介したい。

 まさしくその日暮らしの風まかせ、自由気ままなドサ周りの暮らしで、いつだって野宿だし、メシはアリ付サンドイッチならマシな方で、リチャードのパンときたらオガクズと牧草だらけの石膏味。それでも、煩い上司に頭を下げる必要もなければ、出世の速い同期を嫉むこともない。

 満員電車に詰めこまれて通勤している者にとっては、羨ましくてしょうがない。こういう、思いっきり手足を伸ばして昼寝できる暮らしには、どうしたって憧れちゃうのだ。

 読み方によっては劇薬で、人生を誤る可能性もある。が、日々の暮らしや仕事で息が詰まる想いをしている人にとっては、頭の上の重苦しい雲の隙間から青空がのぞく、そんな気分になる。ちょっとだけ気分が軽くなる、そんな作品だ。

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2017年4月23日 (日)

リチャード・バック「翼の贈物」新潮社 新庄哲夫訳

古来の格言によると、プロの作家というのは、ついに筆を捨てなかったアマチュアなのだそうである。
  ――十秒の間がある

「いやでたまらないいまの生活よりも、自分の知らない世界のほうがずっとこわいのね……」
  ――願いごと

“飛行”という言葉も、結局は脱出と同意語なのだから。
  ――完全なる場所への旅

「シービーを着水できる飛行機と考えちゃいけない」ドン・カイトが、何年か前にそう言ったことがある。「空飛ぶ船と考えるんだね」
  ――空飛ぶサマーハウスの冒険

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたアメリカの作家リチャード・バックが、その前後に発表したエッセイや短編をまとめたもの。

 彼が大好きな飛行機やパイロットにまつわる話が大半で、登場する飛行機の多くは古い複葉機だが、空軍時代に操縦した F-100 スーパーセイバーや、当時の先端技術を集めた単翼の軽飛行機、水陸両用機からグライダーまでバラエティ豊か。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Gift of Wings, by Richard Bach, 1974。日本語版は1975年2月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約234頁に加え、編者の言葉1頁+訳者による解説4頁。9ポイント42字×17行×234頁=約167,076字、400字詰め原稿用紙で約418枚。文庫本なら標準的な一冊分。イラストも多いので、実際の文字数は8割程度だろう。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。航空機関係の専門用語がよく出てくるが、分からなければ「何か専門的な事を言ってる」程度に流しておけば充分。

 ただし今は新品を手に入れるのは難しい。古書を漁るか、図書館で借りよう。

【構成は?】

 それぞれの作品は独立しているので、お好みの所だけを拾い読みしてもいい。

  • 十秒の間がある
  • 空飛ぶ人々
  • 私は風の音を聴いていない
  • 願いごと
  • 消えたパイロットの帰還
  • 常に空はある
  • 過去から来た女
  • 空からの眺め
  • 雪と恐竜
  • ラガーディア飛行場でのパーティー
  • サム福音書
  • ペカトニカの淑女
  • カモメはどうかしている
  • 闇の中の声
  • 本日、巡業飛行中
  • ひとかけらの土地
  • 完全なる場所への旅
  • 寝椅子の下にあるもの
  • 七万一千ドルの寝袋
  • 午後の死 ある滑翔物語
  • 飛行場少年への贈物
  • エジプト人はいつの日か飛ぶ
  • 楽園は自ら造るもの
  • わが家は他の惑星
  • 空飛ぶサマーハウスの冒険
  •  編者の言葉/解説

【感想は?】

 重症のオタクが、相応しい対象に出会い、幸せに暮らすお話。

 当時はオタクなんて言葉はなかったが、彼が飛行機に寄せる想いはオタクの熱情そのものだ。わずらわしい俗世を離れ、自分だけの自由を堪能できる時間、それが彼にとっての飛行である。

 リチャード・バックは冷戦時代に合衆国空軍で F-86 セイバーなどを操縦し、航空関係のジャーナリストを経て作家となった。成人して以来、ずっと飛ぶことに憑かれて過ごし、プライベートでも複葉機や軽飛行機に乗り続けている。とにかく飛ぶことが好きなのだ。

 ただしスピード狂ではなく、好きなのは1920年代の複葉機ってのが彼の特徴。クルマでもクラシック・カーに拘る人がいるように、古いけど「自分でメカを操っている」感覚が好きなんだろう。

 当然ながら、最新の飛行機には性能じゃ敵わない。けど、古いメカが好きな人は、なんだかんだと自分の愛機の長所を見つけ出すものだ。「私は風の音を聴いていない」では、F-100 スーパーセイバーに対し、「排気ガスの臭いもしなけりゃ発動機の咆哮も聞こえない」と噛みついている。

 こういったあたりはオッサンの愚痴そのものなんだけど、そこが可愛い所でもある。「ラガーディア飛行場でのパーティー」では、木製の飛行機は長持ちするんだ!と大威張りだったり。

 その F-100 を、ちょっと変わった形で堪能できるのが、短編「猫」。ベルリン危機(→Wikipedia)で召集されドイツで任務に就いた頃の体験を元にした小説だ。ここでは、次から次へと F-100 に不調が起こる。軍事物でも、あまり機体の不調の話は出てこないので、なかなか貴重なネタが楽しめた。

 やはり F-100 にまつわる話が、「消えたパイロットの帰還」。ドイツ時代の相棒ボウ・ペヴァンを描いたエッセイだ。僚機のミスを指摘するペヴァンの態度は、映画「トップガン」とはまた違った戦闘機パイロットの姿を感じさせる。その後のペヴァンの生き方は、オタクへの力強い応援歌でもある。魚から水を奪ってはいけないのだ。

 とまれ、そんな生き方ができるのも、アメリカならでは。「本日、巡業飛行中」では、彼がジプシー飛行士としてドサ回りの旅を試みた時の体験談で、後にドキュメンタリー「飛べ、銀色の空へ」や長編小説「イリュージョン」の原型となるもの。

 このジプシー飛行士ってのが、当時のアメリカならではの商売で。

 複葉機で田舎へ飛び、空いてる農地に着陸する。大声で客を集め、10分間3ドルで空中散歩を楽しませる。適当に稼いだら、次の町へと飛んでゆく。孤独だけど、自由気ままな商売である。

 1920年代~1930年代ノアメリカには、そんなジプシー飛行士がいたそうだ。離着陸可能なだだっ広く平らな土地と、安く潤沢に手に入る飛行機&燃料、仕事を求めるパイロット、航空法などの煩い取り締まりをしない御上など、幾つもの条件が重なって可能となる稼業だ。

 いくら短い距離で離発着できる複葉機といえど、日本じゃ休耕地は少ない上に一枚の畑が小さく、また土地に起伏が多くて、臨時にでも飛行場にできる場所が少ない。御上も煩いから、流れ者には厳しいだろう。航空法も厳しくって、予め航路を届けなきゃいかんだろうし、燃料もバカ高くてブツブツ…

 まあいい。ここでは、とりあえず、そんな当時のアメリカを素直に羨ましがっておこう。でもホント、そういう旅烏な暮らしって、どうしても憧れちゃうんだよなあ。

 そんなリチャード・バックが勤め人になろうとした「楽園は自ら造るもの」は、ちょっと笑える話。まあ、どうしたってネクタイを締められない人って、いるもんです。

 ちょっと変わった飛び方としては、「午後の死 ある滑翔物語」がユニークだ。これは、グライダー競技に参加した時の体験談。同じ航空機とはいえ、なにせエンジンがないので、複葉機とは全く違う事に気を配らなきゃいけない。ある意味、「飛ぶ」事の身も蓋もない現実を、否応なしに突きつけてくる作品だ。

 社会に適応できないオタクが、愛する飛行機に巡り合って、幸せに暮らすお話。生きていくには稼がなきゃならないけど、稼いだ分は趣味につぎ込んだっていいじゃん、そんな気分にさせる、もしかしたらちょっと危険な本かも。

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2017年4月21日 (金)

チャイナ・ミエヴィル「爆発の三つの欠片」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通他訳

「もし、病気なのがあなたではなく、この世界だとしたら?」
  ――キープ

 死者に関わる仕事をしたことがある者なら、誰でも知っていることがひとつある。死体に何かをすれば、自分に返ってくるということだ。
  ――デザイン

【どんな本?】

 独特のグロテスクな世界観と突飛なアイデアが魅力の、イギリスのホラー/SF/ファンタジイ作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。

 殺伐とした未来や奇矯な風景を切り取った掌編、架空の映画の予告編、ドロドロ・グニョグニョなスプラッタ、ジワジワと不吉な影が広がる正統派ホラー、イカれたアイデアをクソ真面目に語るバカSF、そして市民レベルの政治活動をネタにしたものなど、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Three Moments of an Explosion : Stories, by China Miéville, 2015。日本語版は2016年12月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約501頁に加え、日暮雅通の訳者あとがき4頁。9ポイント24字×17行×2段×501頁=約408,816字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれているが、内容的にちと読みづらい。なにせアイデアがブッ飛び過ぎているので、何が起きているのかを理解するのに時間がかかる上に、語りの仕掛けに凝る人なので、何度も前の頁に戻って細かい所を確かめながら読まなきゃいけない。それを覚悟して、注意深くじっくり読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

爆発の三つの欠片 / Three Moments of an Explosion : Stories / 2012年9月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 染伝荒告。遺伝子調整した腐敗物質にブランド名や製品名を描き込み、それが分解し消え去ると、別のイメージが現れる、そんな広告は、もう当たり前になった。そして今は、新しい形の広告媒体が流行りはじめた。爆発だ。
 3頁の掌編。「染伝荒告」に思わず「うまい!」と唸ってしまう。目新しさを求めるのは広告業界ばかりでなく、先端にいようとする若者もまた同じ。テクノロジーが可能にする、イカれた未来の風景を描く。妙に病的なあたり、ロンドンの空気を伝えてくる。
ポリニア / Polynia / 2014年6月出版社TORのサイト / 日暮雅通訳
 ロンドン上空に“塊”が現れた。最初はシティホール上空で、次第に数を増していく。不規則に空を漂う“塊”は、冷たい空気を吹き付けてくる。正体は氷山。政府は公式の調査チームを派遣する。子どもだったぼくたちも、調査隊には敬意を持っていた。
 突然現れた、プカプカと空に浮かぶ氷山なんてシュールな風景と、その下で少年時代を過ごすありがちな子供たちの対比が楽しい。同じ趣味を持つイアンに、微妙に素直になれない主人公の姿が、ミエヴィルならではの味を感じさせる。
<新死>の条件 / The Condition of New Death / 2014年3月リヴァプールの Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 日暮雅通訳
 新死。最初の報告は2017年8月、ガイアナのジョージタウン。以後、急速に世界に広がり、従来の旧死が最後に確認されたのは六年前だ。発見したモリス氏は語る。「彼女の両足はまっすぐ私の方に向いていました」。そして、彼が歩き回ると、彼女の体も回転してモリス氏に足を向ける。
 これもミエヴィルの奇想が炸裂する掌編。誰がどこから見ても、死体の足はこっちを向いている「新死」は、世界の風景をどう変えるか。まあ、人間ってのは、けっこう逞しいもので。
<蜂>の皇太后 / The Dowager of Bees / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 22年前、ぼくは“伝授”された。シュガーフェイス,デンノ,ジョイ,そしてぼくの四人でカードの勝負をしていた。シューガーフェイスとデンノが降り、ぼくとジョイの勝負になった時、それが来た。スペードの2、クラブの7とジャック、ダイヤの8、そしてぼくの見たことのない札。
 麻雀だと地域によって様々なルールがあって、大車輪なんて役があったりする。また九蓮宝燈をアガると不幸が訪れる、なんて噂も。そんなギャンブラーたちの間に伝わる、不思議な伝説をネタにした話。
山腹にて / In The Slopes / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 エラムウは小さな町だが、近くに二つも発掘場がある。フリー・ベイとバントー。小間物屋のマカロックは、バントーを掘るギルロイ教授チームの学生ウィルとソフィアと知り合う。ライバルのパディックはフリー・ベイで大変な物を掘り当てて…
 ヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたボンベイの遺跡から発掘?された、石膏遺体像(→ガラパイア)からアイデアを得た作品。考古学も今は次々と新技術が登場するんで、遺跡や遺物は解析すべきか、それとも未来の解析技術に任せるか、難しい所だろうなあ。
クローラー / The Crawl / 2014年6月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 映画の約2分の予告編の台本を模した作品。ゾンビの襲来で人類は世界を失った。それでも生き延び戦い続ける者もいる。しかし…
 クリーチャー大好きなミエヴィルとゾンビ。あまりに相性ピッタリすぎると思ったら、これまた思いがけないヒネリがw
神を見る目 / Watching God / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 その町の沖には時おり船が訪れる。岸には近づかない。たいてい湾の外側に停泊し、そして去ってゆく。島のタウンホールには、様々な額がかかっている。その一つには、こうあった。『遠くの船は、あらゆる男の願望を積んでいる』。その下に小さな斜体で『彼らの目は神を見ていた』。
 海と渓谷で、世界から切り離された町で育つ少女。何かのメタファーなんだろうけど、私にはよくわからなかった。何かを運んでくるのでも、積んでゆくでもなく、ただ沖合に現れるだけの船が、町の人にとって「そこにあるべきもの」になっちゃうあたりは、ちょっとわかるような気もする。
九番目のテクニック / The 9th Technique / 2013年10月自費出版 / 日暮雅通訳
 プレサイズ・ダイナーの客の多くは学生だ。地元民もいる。そして、兵士と取引する者も。コーニングも、その一人だ。小さなガラス瓶の中に入った、指ぐらいの大きさの黒っぽい塊を受け取り、尋ねる。「グアンタナモにはどのぐらいいたの?」
 グアンタナモ(→Wikipedia),ラフガディオ・ハーン=小泉八雲,アレイスター・クロウリーなどの固有名詞を散りばめつつ、次第に不穏な方向に物語は向かってゆく。明るく賑やかな定食屋から始まり、段々と視野が暗くなってゆくような場面の変化が巧い。
<ザ・ロープ>こそが世界 / The Rope is the World / 2009年12月 Icon Magazine / 日暮雅通訳
 最初は宇宙エレベーターなんて空想上のものだと思われていた。でも様々な新技術や経済情勢が関わり、幾つもの赤道上の国が巻き込まれていった。ザ・ロープは最初につくられたが、オープンは三番目になった。後からつくった他の二本に追い越されたのだ。
 宇宙エレベーターの興亡を、ミエヴィル流の退廃感あふれたイマジネーションで綴った掌編。なんか結末が取って付けたような感じでもあるし、舞台としてはなかなか魅力的な世界なので、実は長編のプロローグなのかも。
ノスリの卵 / The Buzzard's Egg / Granta 2015年4月号 / 日暮雅通訳
 ノスリとワシが恋をして、ノスリが卵を一つ産んだ。ノスリは卵を見捨てたが、ハトが自分の卵だと勘違いして温め始めた。卵から孵った鳥は、鉄のように硬い羽毛が生え、羽ばたけば雪が降り、鳴けば口から虹が出る。そんな話を、捕虜に語り掛ける、塔に住む老いた男。
 独特のルールで戦争が続く世界で、周辺国の侵略を続け拡大してゆく国。戦争のルールとして、これはこれでアリかも。
ゼッケン / Säcken / Subtropics Issue 17 Winter/Spring 2014 / 日暮雅通訳
 メルとジョアンナは、ドイツの田舎にある湖のほとりに建つ館で、しばらく過ごすつもりだった。朝食のあと、湖の岸を歩いていたメルは、メダルのような黒い木片を見つける。あまりに臭いがひどいので、投げ捨てたのだが…
 のんびり休暇を楽しもうと、静かで平和なドイツの田舎を訪れた女同士のカップルに、少しづつ忍び寄る怪異の影…というパターンの、正統的なホラー。
シラバス / Syllabus / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布  / 嶋田洋一訳
 3頁の掌編。三週間の授業の概略と進め方を説明するパンフレットの形式で、異様な世界をチラリと見せてくれる。
恐ろしい結末 / Dreaded Outcome / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 デイナ・サックホフは37歳のセラピスト。ブルックリンで仕事をはじめ、もう10年目だ。午後の最後のセッションはアンナリーゼ・ソーベル。彼女のセッションは八回目だ。彼女の問題は、はっきり分かっている。仕事熱心で社交的な言語学者・翻訳家、44歳の独身。
 レインはR・D・レイン(→Wikipedia)かな? 患者を大事にしたって評価もあるが、大事にし過ぎたって評価の方が(少なくとも当時は)強かったようで、精神医学会に真っ向からケンカを売った形になったらしい。デイナの療法が明らかになるあたりは、ちょっと笑ってしまった。
祝祭のあと / After the Festival / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 今日は謝肉祭。ステージでは司会者が観客を煽り、電子音楽が大音響で鳴り響く。登場したのは、食肉加工業者の白い上っ張りを着た一団。鎖につないだ一匹の豚を引っ張っている。鉄枠に豚を固定し、液体が飛び散らないようにプレートをはめ込む。
 血まみれのスプラッタ風味で始まる、正統派ホラー。グニャグニャ・ドロドロ・ヌメヌメが嫌いな人は要注意。
土埃まみれの帽子 / The Dusty Hat / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 南ロンドンの大学のホールで開かれた社会主義者の集会に、その男はいた。鍔広の帽子は土埃まみれで、歳は70代後半。どう見ても周囲から浮いている。話の内容はフラフラと漂い、その筋道を追うのは難しい。
 左派の社会運動家でもあるミエヴィルの一面が光る作品。舌を噛みそうな音読みの漢字が続く言葉を好み、何かといえば激しく議論しちゃ内ゲバを繰り広げ、次々と組織が分裂していく左派の運動を皮肉りつつ、奇妙な世界へ読者を誘ってゆく。
脱出者 / Escapee / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 「クローラー」同様、映画の予告編の台本を模した掌編。ホラーのようだけど、主人公の見た目は、ちょっと間抜けなヒーロー物っぽい。
バスタード・プロンプト / The Bastard Prompt / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 出会ったとき、トーは駆け出しの役者だった。一緒に住み始めた頃から彼女は売れ始めたが、ブレイクってほどじゃなかった。そこでトーはSP=標準模擬患者の仕事も始めた。医学生の前で患者のフリをして、問診の練習台となるのだ。彼女の演技は真に迫っていて…
 ネタかと思ったら、標準模擬患者(→城西国際大学薬学部模擬患者会)って本当にあるのね。ダスティン・ホフマンは、映画レインマンの演技の参考のために精神病院を訪れて患者を観察し、その帰りには完璧に演じて見せた、みたいな話があったような。役者の怖さが伝わってくる作品。
ルール / Rules / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 3頁の掌編。飛行機の真似をして走る子供の遊びと、何かのゲームのルールの説明が交互に出てくる構成。もしかしたら、小説の書き方の指南と、そのサンプルなのかも。
団地 / Estate / The Winter Review 2013年7月 /  嶋田洋一訳
 八月。その晩は、団地の外で何人かが騒ぐ声で起こされた。次の晩は、狐の鳴き声だ。近所の噂話で、ダン・ロッチが帰ってくると聞いた。子どもの頃、同じ学校に通っていた。夜になると、顔も知らない人が集まってきた。
 若者たち?が始めた、ケッタイで残酷で危なっかしい遊びを扱う作品。いかにもロンドン・パンクを生み出したイギリスらしい、暴力的な退廃感が漂っている。
キープ / Keep  / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 突然、流行りはじめた奇怪な現象。第一号のニックが、地下室に閉じ込められている。当人の周囲に、半径6フィートほどの円形の溝ができるのだ。当人には止めることも早めることもできず、建物や乗り物の中にいれば、床や壁や柱をくりぬいてしまう。伝染性の可能性もあるが…
 ミエヴィルならではの奇想が光る作品。止まっていると、本人の周りに勝手に溝が掘られてしまう奇病なんて、どっから思いついたんだか。馬鹿馬鹿しいアイデアながら、その対処法や世間の反応を真面目に考え、シリアスに展開してゆく。
切断主義第二宣言 / A Second Slice Manifest / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 ミエヴィルの先鋭的なセンスとSFマインドが光る4頁の掌編。美術界の新しいムーヴメント、切断主義を謳いあげ…へ?
コヴハイズ / Covehithe / The Guardian(online) 2011年4月 / 日暮雅通訳
 ダニッチの村を訪れたドゥーガンと娘は、夜の闇に隠れて特別警戒地域に忍び込み、浜辺へと向かってゆく。ドゥーガンは確信していた。現れるのは今夜だと。予想はあたった。月明かりに照らされた海から、何かが波をかき分けて向かってくる。
 わかる人には「ダニッチ」でピンとくる作品。いや私は知りませんが。やはりミエヴィルらしいバカバカしさなんだけど、無駄に大きいスケール感が心地いい。ある意味、パシフィック・リムw
饗応 / The Junket / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 脚本を書いたダニエル・ケインは、姿を消した。そうでなくても、大騒ぎを引きおこす映画だ。出演者やケインの家族は取材陣に取り囲まれ、広告業界や弁護士ばかりでなく、多種多様な政治団体・市民団体が賛否を巡って運動を繰り広げた。
 インタビュウの形で綴る作品。こういったタブーに切り込む姿勢は、B級な映画を愛し、奇想に溢れ、また政治活動にも熱心なミエヴィルならでは。ちょくちょくB級ホラーに使われるあのネタを、こう捻るかw
最後の瞬間のオルフェウス 四種 / Four Final Orpheuses / 2012年4月ミエヴィルのサイト / 市田泉訳
2頁の掌編。亡くなった妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ行ったオルフェウス(→Wikipedia)の胸中を察するに… これだから作家って奴はw
ウシャギ / The Rabbet / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 マギーとリカルドの家に、新しい下宿人シムが来た。シムは働きながらコンピュータ・アニメを作り、ネットで公開してるが、出来はイマイチ。よく街中を歩き回り、変わったものを見つけるのが得意だ。長く住んでいるマギーが知らない面白い店を発見し、捨ててあった絵画などのガラクタを拾ってくる。
 少しづつ大きくなる予兆と、それに伴い物騒になってゆくナニ、そして無邪気に戯れる幼子を絡めた、正統派のホラー。
鳥の声を聞け / Listen the Birds / 書き下ろし / 市田泉訳
 これまた映画の予告編の台本を模した掌編。無音・耳障りな音・雑音・歪んだ声など、音の使い方に工夫を凝らしている。
馬 / A Mount / 書き下ろし / 市田泉訳
 5頁の掌編。1フィートほどの高さの磁器の馬と、その前で涙を流す少年から、イマジネーションを広げた作品。
デザイン / The Design / McSweeney's Quarterly Concern Issue 2013年12月 / 日暮雅通訳
 グラスゴーの医学校で解剖の実習中、ウィリアムはそれを見つけた。死体は60代の男性。組織を払いのけ、尺骨を露わにした時だ。何かの事故でできるようなものじゃない。明らかにデザインされた模様、絵柄が骨に描かれている。
 「祝祭のあと」同様、グロテスクなシーンに溢れた作品。なんたって、死体の処理を嫌というほど細かく具体的に書いてるし。デザイン,語り手の過去,少女と謎は出そろっているが、私は一つも読み解けなかった。
訳者あとがき:日暮雅通

 全般的に、小説としては未完成な感のある作品が多い。その反面、作品内で繰り広げられる風景は奇妙奇天烈・前代未聞で、そのケッタイさにクラクラしてくる。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」でも異様なアイデアを連発したミエヴィルなので、思いついたけど長編に巧く組み込めなかった、けどセンス・オブ・ワンダーはタップリ詰まったアイデアを、なんとか形にして吐き出した、そんな雰囲気の作品集だ。

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2017年4月17日 (月)

ハナ・ホームズ「小さな塵の大きな不思議」紀伊国屋書店 岩坂泰信監修 梶山あゆみ訳

地球は今でも毎日100トン以上の宇宙の塵を集めている。(略)塵のほとんどは小惑星や彗星から飛びだしてきたものである。
  ――第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵

最近、米国農務省は、二酸化炭素(地球温暖化の原因とみなされている)の多い温室でブタクサを育てる実験をおこなった。すると、ブタクサがつくる花粉の量は増えたのである。実験を担当した研究者によれば、ブタクサが吐き出す花粉の量は過去100年間で倍になった可能性がある。
  ――第5章 空を目指す塵たち

「タンカーに半分くらい鉄を積んで私によこしてくれ。そうしたら、氷河期を引きおこしてみせる」
  ――第7章 塵は氷河期に何をしていたのか

…家のなかで塵がとくに濃く立ちこめている場所がわかった――なんと人間のまわりである。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

たとえば、100グラムの小麦粉の場合、昆虫のかけらが150個とネズミの毛二本までなら、なかに混ざっていても法的に「不衛生な小麦」とはみなされない。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

【どんな本?】

 塵もつもれば山となる。いや、それどころか、星にだってなる。流れ星にもなるが、恒星にだってなる。そして星から出た塵は、今も地球に降り注いでいる。地球も沢山の塵を生み出し、空に放ち、地に降り注ぐ。それは土を肥やし、海の生物を育み、または疫病を流行らせ、時として気候すら変えてしまう。

 宇宙塵・隕石・黄土・火山灰などの無機物から、花粉や胞子などの生物、硫黄ビーズやアスベストなどの人工物まで、様々な塵の性質と働き、それが私たちの暮らしにもたらす影響を語ると共に、そんな塵を調べる科学者たちのセンス・オブ・ワンダーあふれる研究を紹介する、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Secret Life of Dust : From the cosmos to the kitchen counter, the big consequences of little things, by Hannah Holmes, 2001。日本語版は2004年3月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約377頁に加え、監修者の岩坂泰信による解説が豪華11頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×18行×377頁=約312,156字、400字詰め原稿用紙で約781枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし終盤は鼻や皮膚がムズムズする内容が多いので、繊細な人には向かないかも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 謝辞
  • はじめに
  • 第1章 一粒の塵に世界を観る
    地球は塵にとり地球は塵にとりまかれていた/小粒の塵は鼻をすり抜けて肺へ達する/「善玉」の塵もお忘れなく/塵は人間の生活にもかかわってきた/塵には「凶悪犯」が紛れこんでいる/塵から塵へ これが逃れられない運命
  • 第2章 星々の生と死
    塵を宇宙に吐き出す星雲/宇宙塵の形のミステリー/宇宙空間は塵だらけ/太陽系を産んだ塵の雲/塵の雲からアミノ酸もできる?/「塵の揺りかご」から太陽の誕生へ/「塵のドーナツ」から地球の誕生へ/宇宙塵は昔も今も星たちの運命とともに
  • 第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵
    生物大量絶滅の謎と塵/宇宙塵と「夜光雲」/南極基地の井戸に溜まった宇宙塵/二万メートルの上空で宇宙塵を集める/宇宙塵の標本をつくる/塵のルーツ探し/過去を語る塵/星くずから母なる星を探す
  • 第4章 砂漠の大虐殺
    ゴビ砂漠が生まれたとき/恐竜の足跡を見つけた/ゴビの風、舞い上がる砂粒…/塵のベールが頭上を覆っている/世界で猛威をふるう砂塵嵐/砂塵嵐が原因との説には疑問あり/雨と砂崩れと塵と
  • 第5章 空を目指す塵たち
    火山の塵はいつまでどこまで「悪さ」をする/飛行機事故を起こした「火山灰の雲」「硫黄ビーズ」のさまざまな働き/海の白波の塵、ペンギンの塵/植物も塵を吐き出す 胞子、花粉、有機化合物/氷河のまんなかに、ケイ藻が飛ばされて住みついた/蜘蛛の中で子孫を殖やすバクテリア/菌類は岩をも溶かし、塵となす/火と塵 山火事、焼畑農業、戦争による火災/車の排気ガスによる塵
  • 第6章 塵は風に乗り国境を越えて
    空を流れる「塵の河」/大国・中国の「塵」事情/水平線に浮かぶ「塵の帯」を見る/アジアからアメリカへ 「塵の河」をついにとらえた/「アジア直送便」の姿が見えはじめた/塵が水滴と出会うとき/ケネディ・ジュニアの飛行機事故/「サハラ砂塵層」の発見/「塵予想」が現実味を帯びてきた
  • 第7章 塵は氷河期に何をしていたのか
    水に埋め込まれた塵が地球の歴史を語る/「空気の化石」が教えてくれたこと/何かが地球を冷やしている/自然界の塵が地球に与える影響/グリーンランドの塵が語るもの/氷期のほうが風は強く吹いた/南極の氷から見つかった塵の出どころ/氷河期の終焉と塵/塵が植物プランクトンの大増殖を促す/人間が生み出した塵
  • 第8章 ひたひたと降る塵の雨
    カリブの土の謎/南極の氷の下で命を育んだもの/マリンスノー 海のオアシス/農地や庭に塵をまく/サハラの塵が病原体を運ぶ?/空を旅する胞子のゆくえ/空を飛ぶ有機汚染物質/人間の肺にも降りつもる塵/塵が人間を病気にするとき/
  • 第9章 ご近所の厄介者
    トルコの洞窟の村々を襲った奇妙な癌/アメリカ北中部の街を襲った肺疾患/アスベストの塵が原因/石切り工と石灰の塵/肺の中で何が起きるのか/炭鉱夫たちを襲った病/鉱物の塵と職業病/綿花や木材の塵、小麦粉も肺を襲う/イヌ、ネコ、ネズミ、バッタの塵/ゴミの塵とダイオキシン/健康的な農場にも 有機塵中毒症候群/糞便の塵、穀物の粒の塵/古代ミイラの体を蝕んでいた塵/「「渓谷熱」、ハンタウィルス、ホコリタケ
  • 第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち
    喘息患者が激増している/パーソナル・クラウド 人のまわりを取りまく塵の雲/掃除機がまき散らす塵の量/消臭剤とアロマキャンドルが生みだす塵/意外と恐ろしいベビーパウダー/料理をつくると塵ができる/加湿器とホットタブと微生物/殺虫剤とタバコの煙/カーペットは有害な塵の宝庫/カビのまき散らす塵が喘息の原因?/大食漢チリダニとアレルゲン/ハウスダストの生態系/外で遊ばないことと子供の喘息の関係/塵の何かが免疫系を鍛える?!
  • 第11章 塵は塵に
    人間の死 土葬と鳥葬と/火葬は「暖炉で薪を燃やす」よりも空気にやさしい/遺骨と遺灰はどこへ/地球もまた塵に返る
  • 解説:岩崎泰信/訳者あとがき/参考ウェブサイト/参考文献

【感想は?】

 塵と、それを調べる研究者・研究方法と、どっちが面白いのか悩む。

 研究方法で印象的なのが、パナマシティーのスミソニアン熱帯研究所で、大昔の植生を調べるドロレス・ピペルノ。研究対象は湖の底の泥だ。

 彼女によると、1万1千年前までは森が多かったが、次第に減ってゆき、四千年ほどで森の木は消える。代わりに開けた土地に生える植物が増え、四千年ほど前からは、トウモロコシが一定の期間をおいて増え、やがてこれにカボチャが加わる。そして500年ほど前から、再び森の植物が増えた。

 これはアメリカ大陸の人間の歴史を語っている。1万1千年ほど前に人類が中央アメリカにやってきて、森を切り開いていった。四千年ほど前からトウモロコシの農耕が始まり、次にカボチャも加わった。しかし500年ほど前にスペイン人がやってきて、彼らを根絶やしにした。

 なぜそんな事がわかるのか。

 タネはプラントオパール(→Wikipedia)だ。多くの植物は、とても小さい石を作る。果物の皮や葉の表面に蓄え、イモムシなどから守っているらしい。このプラントオパール、種によって形が違うし、含んでいる炭素を調べれば、いつごろの物かもわかる。

 たかが塵でも、現代科学を駆使して調べれば、様々な事がわかるのだ。これから先、こういった科学を駆使した方法で、私たちが思い込んでいた歴史も、色々と書き換わっていくんだろうなあ。

 サハラの砂漠化も良しあしで。どうやらサハラの砂塵はヨーロッパから大西洋を経て南北アメリカまで、生態系に大きな影響を及ぼしているとか。

 その代表が、カリブ海の島バルパドス島。ここはサンゴ礁の島だ。サンゴ礁は炭酸カルシウム(石灰岩)で、植物を育てるには向かない。にも関わらず、バルパドス島は緑に覆われている。土は40cm~1mほどの厚さがあり、アルミニウムとケイ素を豊かに含む。

 一体、この土はどこからやってきた?

 サハラから、はるばる大西洋を越えてやってきたらしい。ばかりではない。あのアマゾンの大密林も、サハラの恵みを受けている。雨の多いアマゾンでは、土の栄養分がすぐに流れ出てしまう。これをサハラから飛んでくる砂塵が補っているとか。

 とすると、下手にサハラを緑化したら、アマゾンのジャングルは消えてしまいかねない。地球の気候ってのは、何がどうつながってるのか、やたら複雑なものらしい。

 やはり砂塵で有名なのが中国から飛んでくる黄土だけど、これも中国北部の土を富ませているとか。黄土も悪い事ばかりじゃないのだ。いや同時にPM2.5なんて困ったモンも飛んでくるんだけど。これがまたタチが悪くて、「中国ではじつに年間100万人」が塵で亡くなっている。

 終盤では、人の命を奪う塵の話が嫌というほど出てくる上に、なんと人間の周りは塵だらけなんて話も出てくる。私たちは塵に囲まれて生きているのだ。これを称してパーソナル・クラウドと呼ぶ。ところが、この正体が、「この塵の雲が何からできているのか、じつはまだはっきりしない」。

 パーソナル・クラウドに限らす、この本は全般的に、「まだよくわかっていない」ネタが多い。一応の仮説は示すのだが、今後の研究待ちってエピソードが沢山ある。

 こういうのは、塵だけにモヤモヤするが、同時に「これからどんな事がわかるんだろう」とワクワクする所でもある。やはり塵が温暖化に与える影響や、南極の氷河の下の湖で見つかった生物、雲のなかで繁殖するバクテリイアなど、SF者の魂を揺さぶるネタは盛りだくさん。もちろん、破滅物が好きな人にも、ふんだんにネタを提供してくれる。

 ただし、潔癖な人にはいささか耐え難い現実も突きつけてくるので、神経質な人には向かないかも。しかし、ペンギンって、可愛いだけじゃないのねw

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2017年4月14日 (金)

奥泉光「ビビビ・ビ・バップ」講談社

これはつまりドルフィーなのであった! 何がドルフィーかと云って、音がドルフィー。紛うかたなきドルフィー節だ。
  ――p70

彼らはいかなる厄災であれ、それを利益に変える術を心得ている。
  ――p367

【どんな本?】

 ミステリ風味の作品で人気の奥泉光が、ジャズ魂を炸裂させた長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々3位に輝いた。

 舞台は21世紀末の日本。2029年にコンピュータ・ウイルスの暴走による「大感染」が起き、電子機器や情報通信網が崩壊して社会は大混乱をきたし、また多くのデジタル・データが失われた。原因である 29Viirus の解析は進まないものの、少しづつ社会および情報通信網は復興・進歩を続けた。

 主人公は木藤桐またはフォギー。音響設計士またはジャズ・ピアニスト。お得意様の山萩貴矢は29Viirus の解析でも有名な科学者で、ロボット製作販売の多国籍企業 Morikiteck に勤めている。彼に架空空間に呼び出されたフォギーは、架空空間にあるジャズの聖地『新宿 Pit Inn』に招かれる。

 これが、世界を揺るがす大異変と、それに巻き込まれるフォギーの大冒険の始まりだった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年6月22日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約642頁。9.5ポイント43字×20行×642頁=約552,120字、400字詰め原稿用紙で約1,381枚。文庫本なら上下巻または上中下の三巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。SFガジェットとしては、コンピュータやロボットやAI関係の用語が出てくるが、大半はハッタリなので余り気にしないように。それより、1960年代と新宿とジャズに詳しいと、楽しみが増す。

【感想は?】

 著者、思いっきり楽しんで書いてる。自分の好きなものを山ほどブチ込んで煮たてた闇鍋小説。

 お題は三つ。1960年代、新宿、そしてジャズ。なんたって、謎の人物・山萩貴矢が再現しようとしているのが、1960年代の新宿 Pit Inn だし。

 そもそも新宿ってのは奇妙な所で。同じ東京でも、場所により行き交う人の雰囲気が違う。銀座はお行儀が良くてハイソな雰囲気だし、原宿や渋谷はお洒落な若者・少年少女の街。六本木は同じお洒落でもアダルトな感じで、池袋は埼玉県の植民地で家族連れが多く、秋葉原は趣味の街。

 それぞれの場所に相応しい世代や格好ってもんがあるんだけど、新宿は何でもアリな雑駁さがある。

 品のいいブランド物で歩いてもいいし、金のアクセサリをジャラジャラさせても構わない。パステル・カラーの十代もアリだし、パンクスやヒップホップも溶け込めるし、チェックのシャツにリュック背負ってもいいし、若夫婦が子供の手を引いて歩いてもいい。

 どんな人でも、それぞれの人に相応しい地区や店がある、そんな懐の深さと、底知れなさがある街だ。

 1960年代は、そんな新宿に熱気があふれていた時代。血気にはやる学生は機動隊と衝突し、ゴールデン街では文士がオダをあげ、花園神社ではアングラ劇団がテントで公演を続ける。怪しげで得体のしれない輩が群れ、熱病に浮かされたように闊歩した時代。いや私も直接は知らないけどw

 そんな新宿を架空空間で再現する場面は、読んでて実に楽しい。なんたって架空空間だからして、多少のズルは仕方がない。ってんで、ちょっと時代や場所もアレして…。花園神社オンステージのあたりは、思いっきり悪ノリしてて、前半のハイライト・シーン。いやあ、盛り上がったなあ。

 もう一つのテーマ、ジャズもやりたい放題。私のようにジャズに疎い者でも、名前はよく聞く名プレイヤーが、次から次へと押し寄せて、ノリノリのプレイを魅せる。

 そんな伝説のプレイヤーを相手にしながら、「空恐ろしい」とかいいつつ、ちゃっかり演奏は楽しんじゃうフォギーも鈍いんだか図太いんだかw 憧れのプレイヤーと同じステージに立つってだけで、チビっちゃうでしょ普通。

 このフォギー、日頃は飲んだくれの炬燵猫なのに、謎を秘めた天才科学者の山萩貴矢に見込まれちゃったから、さあ大変。可愛い猫を預けられ、前代未聞の密室殺人事件に巻き込まれ、巨大国際企業に拉致され、しまいにゃ世界の命運まで背負い込む羽目になる。

 にも関わらず、妙にマイペースなのもフォギーらしい所。張りつめた雰囲気が続いた場面でも、語り手の文体が、ときおり「です・ます」調になって気が抜けるなどの工夫も、フォギーの気質と相まって、長い作品の中に独特のユーモラスで軽快なグルーヴを生み出してる。

 などメリハリの利いたリズムで語られる物語の終盤、ライブハウスにスーパースターが雪崩れ込んだ以降の展開は、もう大笑い。兼子氏、ギターが好きなのか。同志よ。

 妖星伝に始まり、大山康晴,古今亭志ん生,フェンダー・ローズ,BVDのブリーフ,ゴジラ,末廣亭,横尾忠則,野獣死すべし,牧伸二など懐かしの人物・キーワード・アイテム満載な上に、コスプレ大好きな天才美少女まで登場し、テーマとアドリブのバランスを取りつつ、世界を揺るがす大騒動を、ゴージャスなプレイヤーによるビッグバンドにのせて送る、悪ノリいっぱいの楽しい作品。

 誰でも溶け込める猥雑な新宿が好きな人と、モダンジャズが好きでエリック・ドルフィーでピンと来る人には、文句なしにお薦め。

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2017年4月11日 (火)

アレックス・ヘイリー「プレイボーイ・インタビューズ」中央アート出版社 マレー・フィッシャー編 住友進訳 2

ヘイリー:弁護士に医学の心得は不可欠なものなのですか?
ベリー:絶対に必要です。
  ――メルヴィン・ベリー

 アレックス・ヘイリー「プレイボーイ・インタビューズ」中央アート出版社 マレー・フィッシャー編 住友進訳 1 から続く。

【メルヴィン・ベリー】

 個人傷害保険や医療事故などの訴訟で保険会社などから恐れられ、マスコミからも注目を集めた弁護士。ケネディ暗殺犯オズワルドを殺したジャック・ルビーの弁護が有名。有罪判決が気に入らなかったためか、散々にダラスを貶している。保守的なテキサスの中でも更に酷い、と。

 生い立ちを語る所で、若い頃に政府調査官の職に就いた話が凄い。なんと浮浪者と共に暮らし、彼らが勘新を持っていること、望んでいることを調べるのだ。目的は浮浪者救済策を手引を作ること。アメリカって国は、そこまでやるんだなあ。

【ジョージ・リンカーン・ロックウェル】

 ある意味、この本で最もエキサイティングなインタビュー。なんたってアメリカ・ナチ党総統だ。

 こんな、平然と人種差別やユダヤ人弾圧を主張する奴のインタビューを取り付けたってだけでも凄いのに、黒人でありながら一人で本部に向かい、あけすけな本音を語らせてるのも凄い。

 いきなり「ニガーは野生動物なんだ」とカマし、その後も平然とニガーを連発し、ユダヤ人への憎しみも隠さない。白人の優越性やユダヤ陰謀論を滔々と語り、その根拠をあげ、「証拠を送ってあげよう」といっているが、それに対し編集部がいちいち「証拠は届いていない」と註をつけてるのが笑える。

 遺伝学の優性・劣性を勘違いしてるのもお約束通り。浅沼稲次郎暗殺事件も、自分の部下がやったとか、もう無茶苦茶だ。これが単に口だけならともかく…

 ホロコースト生存者を乗せた船がイスラエルを目指す映画「栄光への脱出」上映を邪魔するため、上映を待つ群衆の真ん中に突っ込んだロックウェル一党、おもむろにコートを脱ぐと、その中は「ナチスの制服姿」。それでユダヤ人が怒ったのを見て、「ユダヤ人も愚かな振る舞いをする」。

 ナチスによるホロコーストはなかったと主張するロックウェルだが、彼が実行しようと望む政策は…。論理的な思考ができない典型的なトンデモさんなんだが、それなりに支持者がいて組織が運営できてるってのも信じられない現実。

 ところでアレックス・ヘイリー、100ドルは受けとれたんだろうか?

【サミー・デイヴィスJr.】

 前のロックウェルの正反対みたいな人で、この本に登場する中では最もカッコいい。

 サミー・デイヴィス・Jr、オジサン・オバサンには有名なエンタテナー。どこがカッコいいって、自分の欠点を隠さず、かといって僻みも開き直りもせず、素直に認めちゃってるのがカッコいい。

 『人から認められたいという熱望』がある、なんて問いに対し、アッサリと「おそらくその通りだと思うよ」と認め、観衆を楽しませる、いや熱狂させるため常に考えていると続ける。学校に行けず読み書きできなかったと認め、綴りを間違っちゃ恥ずかしい思いをしてると語る。

 ここまで率直に、怒りも恥ずかしがりもせず自らをさらけ出せる素直さが、やたらカッコいい。そんな彼が軍に入って本を読み始めたきっかけを語る所は、本好きなら感涙物のエピソード。売れ始めて散財し、借金が嵩んだ事についても…

「俺はそんなヘマなんて一度もしたことがない」と思うより、「そんなヘマもしたな」と思ってた方がずっといい。

 と、力まず受け入れてる。たぶん、気持ちが若くて、自分はもっと成長できると信じてるんだろうなあ。

 そんな彼の売れない頃のドサ周りの話はやたら悲惨だし、黒人だからと差別されたエピソードも多い。従軍した時は二度も鼻を折られてるし。にも関わらず、ここまでまっすぐな気持ちを持ち続けられるのは、なぜなんだろう?

黒人が実力によって判断される権利を獲得したということは、エンターテイナーとして、スターダムに登る権利だけでなく、“並み、及第、まあまあ、ぱっとしない”という評価を得る権利も獲得したってことだ。

 なんて言ってるように、実力を正当に評価されやすい芸能界で成功してるからなんだろうか?なんにせよ、とにかくカッコいい人なのだ。

【ジョニー・カーソン】

 TV番組「トゥナイト・ショー」の司会で有名な人。日本だとタモリのポジションかな?

 ジョークには型があって、使いまわしが効くってのは知らなかったなあ。大学で喜劇の論文を書いたってのも驚き。曰く…

当時演じられていた最高のコメディーを分析し、急所となる文句、オチの工夫、連発ギャグを構成する所作と台詞のテンポや演出の一連の流れなどを説明するため…

 と、コメディを分析して論文にしてる。アメリカじゃお笑いも真面目な研究の対象になるのか。お話を自動生成する人工知能なんて研究もあって、でも喜劇は難しいだろう、とか思ってたけど、案外とギャグににもパターンはあるのかも。

【ジム・ブラウン】

 アメリカン・フットボールの花形プレイヤーから俳優に転身し、活発な社会運動も始めた人。

 アメフト時代の話は、プロ・スポーツ界の物騒さがヒタヒタと伝わってくる。もともと球技だか格闘技だかわからん競技だけに、審判の目が届かない所じゃ大変な事が起きてるのがわかる。

 とはいえ、彼もモハメド・アリ同様に頭のいい人で、プレイ前には集中して戦略を練っているとか。そのせいで「周囲にとけこまない」と噂されちゃうんだけど。身体能力があれば一流のプレイヤーになれるが、超一流になるには賢くないといけないようだ。

 幼い頃は不良のボスとしてブイブイいわしてた人に相応しく、彼の社会運動の手段もユニークなもの。曰く…

暴動が起きないようにしたいなら、通りにいるチンピラであれ何であれ、暴動を起こす人間を牛耳っていられる人物が、プログラムを実施する資格がある人間だ。

 と、その地域のボスを味方につけろ、と説く。一見無茶なようだけど、占領軍が住民を掌握する際に使う手口も同じですね。そう考えると、当時のアメリカは内戦状態だったって事にもなるけど。問題は、どうやってボスを味方にするかって事だけど、そこは「もの凄い忍耐のいる仕事だ」と認めてる。

 結局のところは経済力だよね、としつつ、「ストリートを捨てて、教室、大学、図書館に入れ」と、その手法は王道そのもの。スポーツ選手が社会問題に携わる理由についても、実に説得力のある説明をしてくれる。酷い差別がある半面、こういう人が活発に活動できるのも、アメリカなんだよなあ。

【「ルーツ:血の交わり」】

 小説「ルーツ」の抜粋。語り手がクンタ・キンテからキッジーに交代する場面。

【アレックス・ヘイリー】

家族のひとりが社会で成功すると、まず自分の母国――それにその伝統や文化――を忘れ、新しい母国に自分を適合させていこうとするものなんだ。

 これはアレックス・ヘイリーが逆にインタビューを受ける側に回った記事。「ルーツ」創作にまつわる話が中心。作家が小説を書き上げるために、どれだけの事をやっているのか、その凄まじい手間と努力が恐ろしくなる記事。なんたって12年もかかってるし。

 加えて、締め切りを伸ばす秘技もありますぜw

【有名にならなければよかったと思う日もある】

 アレックス・ヘイリーによるエッセイ。有名になるとはどういう事かを、ユーモラスに語る。やたら親戚や友人が増えるのは想像通り。忙しさも相当なもので、肝心の「ルーツ」のドラマを見る暇すらなかったりするw

【クインシー・ジョーンズ】

ポップスの世界に入る決心もした。素晴らしい批評は書いてもらえても、レコードを買ってくれる人がいないジャズのプロデュースをするのは飽き飽きしていたからね。

 マイケル・ジャクソンの「スリラー」のプロデュースなどで知られる、大物ミュージシャン。日本ツアーの途中で倒れたエピソードは、読んでるこっちの背筋が寒くなる。無茶しやがって。「ウィー・アー・ザ・ワールド」製作秘話もチラリ。

【「回想のマルコムX」】

マルコムX「殉教者になる時が来た。だが、自分が死んだとしても、それは同胞たちのためなのだ」

 アレックス・ヘイリーによる、マルコムX追悼文にして、アレックス・ヘイリーが最後に発表した文章。当初、警戒感バリバリのマルコムXの心を、どうやって開いたのか。ジャーナリストとしいてのアレックス・ヘイリーの力量をうかがわせる文章。

【終わりに】

 激動の60年代に書かれたものが多く、また大半のインタビューで人種問題を扱っており、かなり政治的かつ刺激的な本だ。市民運動が活発なアメリカだけあって、運動のコツも少しだけわかる。机に向かって文書を書いてるだけじゃダメで、やっぱり街に出て体を動かし人に会うのが王道なんだろうなあ。

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2017年4月10日 (月)

アレックス・ヘイリー「プレイボーイ・インタビューズ」中央アート出版社 マレー・フィッシャー編 住友進訳 1

マイルス(・デイヴィス)はレポーターに喧嘩腰の態度を取ることで有名だった。そこで、この敵意を取り除こうと、彼(アレックス・ヘイリー)はマイルスの家にあるジムのリングに上がり、ボクシングのスパーリング・パートナーを二、三ラウンド務めた。
  ――イントロダクション by マレー・フィッシャー

【どんな本?】

 「マルコムX自伝」「ルーツ」で有名なアメリカの小説家・ジャーナリストのアレックス・ヘイリーが、月刊誌プレイボーイの目玉記事として行ったインタビューを中心に、「ルーツ」の抜粋やマルコムXへの哀悼を綴ったエッセイを加えたもの。

 マイルス・デイヴィス,サミー・デイヴィスJr,クインシー・ジョーンズなどの芸能人から、マルコムX,マーチン・ルーサー・キングJr. などの政治運動家、そしてヤンチャな男の子のヒーローであるモハメド・アリまで、アクの強い有名人がズラリと並ぶ豪華なメンバーが揃っている。

 それぞれの専門分野や、家族などプライベートに関する応答ばかりでなく、人種問題や政治信条への突っ込んだ質問も多く、緊張感あふれる応答が繰り広げられる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Alex Haley : The Playboy Interviews, 1993。日本語版は1998年7月31日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約431頁。9ポイント29字×24行×2段×431頁=約599,952字、400字詰め原稿用紙で約1,500枚。文庫本なら三冊分ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、登場する人物とその専門分野に詳しければ、更に楽しめる。

【構成は?】

 それぞれの章は独立しているので、好きな所だけを拾い読みしてもいい。

  • イントロダクション by マレー・フィッシャー
  • 1962年9月 プレイボーイ・インタビュー
    マイルス・デイヴィス
  • 1963年5月 プレイボーイ・インタビュー
    マルコムX
  • 1964年10月 プレイボーイ・インタビュー
    カシアス・クレイ(モハメド・アリ)
  • 1965年1月 プレイボーイ・インタビュー
    マーチン・ルーサー・キングJr.
  • 1965年6月 プレイボーイ・インタビュー
    メルヴィン・ベリー
  • 1966年4月 プレイボーイ・インタビュー
    ジョージ・リンカーン・ロックウェル
  • 1966年12月 プレイボーイ・インタビュー
    サミー・デイヴィスJr.
  • 1967年12月 プレイボーイ・インタビュー
    ジョニー・カーソン
  • 1968年2月 プレイボーイ・インタビュー
    ジム・ブラウン
  • 1976年10月 「ルーツ:血の交わり」
  • 1977年1月 プレイボーイ・インタビュー
    アレックス・ヘイリー
  • 「有名にならなければよかったと思う日もある
  • 1990年7月 プレイボーイ・インタビュー
    クインシー・ジョーンズ
  • 1992年7月 「回想のマルコムX」
  •  訳者あとがき

【全体の感想】

 1960年代の熱気が伝わってくる一冊。まさしく Rolling 60' だ。

 なんたって、インタビュー相手10人中、3人が殺されている。「死んでいる」のでは、ない。テロで殺されているのだ。しかも全て銃で殺されているのも、アメリカならでは。

 札付きのチンピラ白人に射ち殺されたマーティン・ルーサー・キングJr. も切ないが、マルコムX とジョージ・リンカーン・ロックウェルは更に悲しい。黒人のために闘ったマルコムXは、かつての師イライジャ・ムハマドの意を受けた手下に殺され、ジョージ・リンカーン・ロックウェルは元同志に殺されている。

 1960年代のアメリカ。平和運動家はベトナム撤退を求めパフォーマンスを繰り広げ、多くの黒人が抑圧と不平等に対し立ち上がって公民権運動が盛り上がり、と同時に夏の夜ともなれば都市の貧民居住区で暴動が起きた、熱く物騒な時代。

 今はイスラム原理主義者が起こすテロをニュースが騒いじゃいるが、半世紀前はアメリカ人同士が盛んに殺し合っていたのだ。野蛮さじゃどっこいどっこいじゃないか。

 などの時代の空気に加え、それぞれの専門分野での意外な面も覗けて、これがまた楽しい。

【マイルス・デイヴィス】

 演奏中、客を無視しているって言う奴もいるけどな。客が自分の目の前にいることぐらいわかってるさ。でも、演奏中は、自分のホーンをきちんと鳴らす方に気がいってるんだ。

 トップバッターは帝王マイルス。しかし帝王なんて御大層な二つ名とは逆に、音楽に対する姿勢は極めて禁欲的かつ求道的で、音楽が彼の人生を大きく支配していることが伝わってくる。人種問題では煽情的に恨みを吐き出すだけじゃなく…

レストランじゃ、黒人にサービスしなくても白人はへっちゃらな顔をしやがる。ところがどうだい、客がアメリカ人じゃなくアフリカの黒人だとわかるとそれまでとはガラリと態度を変えやがるんだ。

 これを読んで、私はやっとわかった。アメリカの人種問題は、単に肌の色だけの問題じゃない。奴隷を虐げた者の子孫として反撃を恐れる気持ち、おぞましい罪を認めたくない想いが、黒人への差別の根底にあるのがわかるエピソードだ。似たような構図は、この日本にもあるんだけどね。

  といった風に、白人への恨みを抱えているにも関わらず、音楽ではアレンジをギル・エバンスに任せ、「きちんとした演奏さえすれば、顔が緑色をしいていようが、赤い息を吐いていようが構わない」と啖呵を切り、徹底した能力主義を貫いている。音楽が彼の神で、彼はその司祭なんだろうなあ。

【マルコムX】

 人種問題では武闘派の代表格とされるマルコムX。彼は大きく分けて三つの時期がある。チンピラだった少年時代、イライジャ・ムハマドに帰依しブラック・モスレムの中で頭角を現した時代、そして正統派ムスリムとなり穏健な方向に舵を切った晩年。

 このインタビューは、ブラック・モスレムの幹部としてイライジャ・ムハマドへの右腕と呼ばれた頃に行われたもの。皮肉なことに、このインタビュウが契機となりマルコムXの知名度が増し、その台頭を恐れたイライジャ・ムハマドから睨まれてしまう。

 ブラック・モスレムの教義はカルトなんだが、黒人にウケた理由はわかる。中でも、黒人は高潔で優秀だが白人は卑怯で劣悪って主張は、多くの黒人に誇りを与えただろう。さすがに「ベートーヴェンも黒人だ」はどうかと思うけど。

 が、実際に取っている手段は、極めて現実的で効果がありそう、と思わせるもの。まず経済力だと主張し、「黒人が自ら土地を所有しなくてはならない」ときた。そりゃ白人は彼を憎むだろう。権力の本質を見事に捉えているんだから。

 インタビュウでは、何かと「イライジャ・ムハマド師によれば」と、師に心酔している姿を見せながらも、ヘイリーの鋭い突込みを軽くかわし自分の知るエピソードで鮮やかに切り返すあたりは、卓越した知性を伺わせる。ギャングのままでいたら、きっと大きな組織を率いてただろうなあ。

 ハッキリ敵と認識できる人種差別主義者の方が、心の底を見せない統合主義者よりマシ、なんて言っちゃうあたりも、政治運動家としての読みの深さが伝わってくる。政治運動の成否は、それを支える多くの大衆にかかっているんだから。

【カシアス・クレイ(モハメド・アリ)】

 ヘビー級ボクシングの印象を大きく変え、蝶のように舞いハチのように刺す華麗なファイト・スタイルもさることながら、それ以上に、派手なパフォーマンスと大口をたたく事で有名なチャンピオン。

 ボクサーという職業に加えスキャンダラスな言動が目立つので、いささかオツムの中はアレなんじゃ?

 なんて思ってたら、とんでもない。ボクシングをビジネスとして捉え、その世界で成功するにはどうすればいいか、充分に考え抜いた末に極めて戦略的に動いていたことがわかる。そういう点では、矢沢永吉とよく似ている。にしても、ソニー・リストン相手のイチビリはヒドいw

 加えて、リストンとの試合を自己分析する下りでは、「15ラウンドを全力で戦える奴なんてひとりもいないんだよ」から始まって、私のボクシングへの思い込みを綺麗に覆してくれた。そうだったのかあ。なんにせよ、私が思っていたよりはるかに賢い人だった。

【マーチン・ルーサー・キングJr.】

 黒人の地位向上に勤め凶弾に倒れた点ではマルコムXと同じながら、穏健派でもあり「いい子ちゃん」な印象が強いマーチン・ルーサー・キングJr.。

 この本の中では、他の人のキャラクターが強すぎる上に、彼の立場が社会運動家というより政治家に近いためか、ややおとなしげな感はある。が、自らの失敗をあけすけに語ったり、相手の戦術を分析したり、将来の目的を予測するあたりは、政治家としての鋭い観察眼をうかがわせる。例えば…

時間は善意の人間に建設的に利用されるより、邪悪な意思を持った人間に破壊的な方向で利用されている場合が多いように感じます。

 なんてのは、何かを変えようとする者が心得るべき重要な示唆だろう。実例として、南部の権力者の抵抗方法を挙げているのが、更に説得力を持たせている。

 当時は武闘派のマルコムXと対立していたにも関わらず、「権力集団が自ら特権を放棄することはない」とか「アフリカの“兄弟”の間に親密な感情を培」おうとしたり、幾つかの点でマルコムXと同じ見解を示しているのが面白い。

 特に驚いたのは、リベラルな北部と保守的な南部を比べるくだり。現実を直視せざるを得ない南部に対し、北部は抽象的に考える傾向があり、「本当に根の深い偏見や差別は、隠され、巧妙に取り繕われている」なんてあたりは、マルコムXの差別主義者/統合主義者の見解にとても近い。

 南部中心に活動したキング牧師と、北部の都市を中心に闘ったマルコムXの双方が、南北の違いを同じように分析していたのは、偶然じゃないだろう。両者がタッグを組んでいたら…と、つくづく考えてしまう。

【終わりに】

 熱中して書いてたら、無駄に長くなってしまった。次の記事に続きます。

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2017年4月 7日 (金)

リチャード・マシスン「リアル・スティール」ハヤカワ文庫NV 尾之上浩司編 伊藤典夫・尾之上浩司訳

「わたしはロバート・ウェイド教授。1954年の過去からやってきた」
  ――おま★★

これで、われわれの言葉が聞こえただろう。われわれは、きみとともにある。
  ――心の山脈

【どんな本?】

 SF・ホラー・ミステリなどの小説のほか、テレビドラマや映画の脚本でも活躍し、「縮みゆく人間」「運命のボタン」「アイ・アム・レジェンド」などの原作でも知られるアメリカの作家リチャード・マシスン Richard Matheson の作品を集めた、日本独自の短編集。映画「リアル・スティール」の原作 Steel を含む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約273頁に加え、約の尾之上浩司による解説「ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン」3頁。また、それぞれの短編の前に1頁の紹介がついてるのも嬉しい。9.5ポイント39字×16行×273頁=約170,352字、400字詰め原稿用紙で約426枚。文庫本としてはちょい薄め。

 文章はこなれている。SFとはいっても古い作品が多く、小難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただし小説としてはヒネリの効いた考えオチっぽいのが多いので、注意深く読む必要がある。

 当然、古いだけあって、出てくるガジェットも真空管など時代遅れなモノもあるが、そこは読者の方で量子プロセサとか分子メモリとかの今風なシロモノに脳内変換して読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

リアル・スティール / Steel / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1956年5月号 / 尾之上浩司訳
 人間同士のボクシングは禁止された。今リングに上がるのはロボットだ。ケリー、愛称はスティール。彼は整備士のポールと共にドサ周り中。頼みのボクサーはバトリング・マクソ、いささかトウはたっちゃいるが、昔は強かった。ただ今は懐が寂しく、部品も手に入らなきゃ整備も思うに任せない。だが今度の試合で勝てば…
 320GBのIDEハードディスクに変換コネクタかませてUSBポートにつないで使ってる私には、色々と身に染みる作品。コンピュータに限らず、自動車やオーディオ機器でも、新しい製品の方が性能はいいとわかっちゃいるが、それでアッサリ乗り換えられるとは限らないのがヒトの性というか業というか。ブログなんてメディアも Twitter や Facebook に押されつつあるけど、ここまでやってきて今更やめられないんだよなあ。
白絹のドレス / Dress of White Silk / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1951年10月号 / 伊藤典夫訳
 おばあちゃんはいった。ママはもう帰ってこない。おばあちゃんはママの部屋に入っちゃいけないっていう。でも、あたしはママの部屋が好き。特に好きなのが、ママの白絹のドレス。きょうも、いつもとおんなじ、メアリ・ジェーンが遊びにきた。向かいに住んでる子。
 幼い女の子の独白で語られる、不気味な掌編。亡くなった母親や禁じられた部屋などの不穏な小道具と、無邪気な子供の独白の落差が、忌まわしさを引き立ててゆく。
予約客のみ / By Appointment Only / プレイボーイ1970年4月号 / 尾之上浩司訳
 いつもと同じ時刻に、ミスター・パングボーンがワイリーの床屋にやってきた。最近は体調がすぐれないらしく、医者に診てもらっても、原因がわからない。幸いにして、ランドという医師が見つかり、彼にかかると、症状が良くなる。
 これも6頁の掌編。床屋のオヤジと客の会話で話を進め、オチに持ってゆくアイデア・ストーリー。登場人物が交代しリズムが変わった所でオチへと向かう語り口が巧い。
指文字 / Finger Prints / アンソロジー The Fiend in You, 1962年 / 伊藤典夫訳
 その二人の女は、バスの右側の列に座っていた。通路側の女は手話で話している。彼女の両手は忙しく動き、一時も休まない。もう一人、窓側の女は、疲れた顔で、連れの女をぼんやり見つめている。
 世の中には時おりやたらとお喋りな人がいて、よくもまあネタが尽きないものだと感心するんだけど、ああいう人の頭の中はどうなってるんだろう?
世界を創った男 / The Man Who Made the World / イマジネーション1954年2月号 /  尾之上浩司訳
 世界を創ったという男が、診察室に入ってきた。彼は47歳で、世界を創ったのは5年前だと。
 舞台か映画の台本のように、医師と患者の会話で進むユーモア掌編。
秘密 / Interest / ガンマ1965年9月号 /  尾之上浩司訳
 恋人のジェラルドの家に、キャスリンはやってきた。そこは立派な屋敷だが、どこか冷たい感じがする。ジェラルドの父ミスター・クルイックシャンクは無口で無愛想だし、ミセス・クイックルシャンクも妙に怯えているようだ。ジェラルドを愛しているが、この両親は…
 豪華で清潔で立派なお屋敷、真っ白いテーブルクロスの上に銀の食器が並ぶ上品な食事。なのに妙に重苦しい雰囲気の家族が抱えた秘密は…。ちょっと日本人にはピンとこないオチかも。
象徴 / The Thing / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年5月号 /  尾之上浩司訳
 ローストビーフが乗ったテーブルを囲む、四人の男女。リー夫妻とトムスン夫妻。これは最後の晩餐。発達した科学は栄養剤を作りだし、病気はなくなり、子供は試験管で生まれる。そしてミートローフも消えた。今夜はリー夫妻の子ビリーに、“あの品”を見せる日だ。
 正直、オチがわかんなかった。
おま★★ / F... / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年4月号 /  尾之上浩司訳
 交差点のど真ん中に、いきなり巨大な金属球体が出現し、そこからロバート・ウェイド教授と名乗る男が出てきた。1954年の過去から来たという。近くにいた巡査がさっそくやってきて、金属球体の中を調べた時、恐怖と怒りで叫んだ。「卑猥なクズ野郎が!」
 先の「象徴」と同じ未来世界を舞台とした、ユーモア作品。タイトルの訳が見事w 人の倫理ってのは、時代や場所で変わるもので…
心の山脈 / Mountains of Mind / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年11月号 /  尾之上浩司訳
 フレドリク・コパルは政治学者だ。様々な学会のトップクラスの天才を集めた<ノーヴェンバー公開科学会議>のためフォート・カレッジにきた。今日はアルフレッド・ラシュラー博士の実験に参加する。脳波を測り記録するのだ。
 奇妙な実験に参加したがために、説明のつかない奇妙な「何か」に憑かれてしまったフレドリク・コパルの視点で描かれる、不思議な物語。一応は完結してるけど、掲載誌から想像するに、長編シリーズの開幕編って感じもする。
最後の仕上げ / The Finishing Touches / 短編集 Shock Waves 1970年 / 尾之上浩司訳
 レックス・チャペルと妻のアマンダがいちゃついている部屋のバルコニーに、ホリスターは潜んでいた。二人がベッドでからみあい、いよいよこれからという時にホリスターは…
 うーん、敢えて言えばホラーかなあ。
ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン 尾之上浩司

 レイ・ブラドベリに代表されるように、この時代のアメリカのSF作家はテレビドラマや映画の脚本でも活躍している人が多くて、マシスンもその一人。そのためか、あまりSF的に凝ったガジェットは使わず、けれど今でも通用するアイデアをコンパクトに料理した作品が多く、日本の作家だと星新一に味わいが似ている。小難しいのが苦手なSF初心者にも楽しめるのが、この作家の特徴だろう。

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2017年4月 6日 (木)

デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ トリックで戦った男たち」柏書房 金原端人・杉田七重訳

1939年に勃発した戦争で、あらゆる人間が苦境に立たされることになったが、その中身は人それぞれであった。私の場合それは、まったく思いがけない、まさに風雲急を告げる任務であった――持てるかぎりの想像力と知識を注いで、マジックの力でヒトラーを倒せというのである。
  ――ジャスパー・マスケリン

「第一次世界大戦で、わたしは大切なことを学んだ。自分の命を危険にさらしたからって、それでその後の人生が好転することはない」
  ――ジェフリー・バーカス陸軍少佐

【どんな本?】

 1939年、第二次世界大戦中のイギリス。予備役将校入隊センターに意外な男がやってきた。ジャスパー・マスケリン、38歳。マジックで有名なマスケリン家の10代目で、それまでは舞台に立ち華麗なマジックで観客を幻惑し喝采を浴びていた。戸惑う新兵募集士官を、彼は説き口説く。

「あるはずのない大砲を出現させ、幻の船を海に浮かべて見せます。何もない戦場に突然一軍隊を出現させ、飛んでいる航空機を敵の目から隠すこともできます」

 場違いなエンタテナーを持て余した英国陸軍は、彼をエジプトに送った。乱雑と混沌の街カイロで、ジャスパーは軍のはみだし者を集め、マジック・ギャングを結成する。

 動物の擬態が専門の大学教授フランク・ノックス,陽気でユーモラスなマイケル・ヒル二等兵、腕のいい大工のネイルズことセオドア・グレアム、『パンチ』誌で活躍する漫画家ウィリアム・ロブソン,色彩に詳しい画家のフィリップ・タウンゼント、そして軍の裏も表も知り尽くしたジャック・フラー軍曹。

 おりしも北アフリカは砂漠の狐ことエルヴィン・ロンメルが快進撃を続け、イギリス軍は苦境に立たされていた。華麗で壮大なマジックを操るジャスパーは、知将ロンメルに挑むが…

 ユーモラスな語り口で一風変わった男たちの戦いを描く、ユニークな従軍記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The War Magician : the man who conjured victory in the desert, by David Fisher, 1983。日本語版は2011年10月15日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約553頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント44字×20行×553頁=約486,640字、400字詰め原稿用紙で約1,217枚。標準的な文庫本なら厚めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。軍事物だが、素人でも充分に楽しめる。第二次世界大戦の欧州じゃドイツ&イタリアとフランス&イギリスが戦って、ロンメルはドイツの有名な軍人、ぐらいを知っていれば充分。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  主な登場人物/北アフリカ戦線 主な戦場
  • 1 入隊志願
  • 2 最初の任務
  • 3 カモフラージュ部隊、結成
  • 4 戦車をトラックに見せかけるわざ
  • 5 アレクサンドリア港を移動せよ
  • 6 ゴミの山から軍隊を作りだせ
  • 7 スエズ運河を消せ
  • 8 エジプト宮殿でのスパイ活動
  • 9 命がけのイリュージョン
  • 10 第24“ボール紙”旅団
  • 11 折りたためる潜水艦
  • 12 戦艦建造プロジェクト
  • 13 失意と絶望の日々
  • 14 砂漠での失敗
  • 15 刻々と変わる戦況のなかで
  • 16 史上最大の偽装工作
  • 17 司令官からのメッセージ
  • 18 ニセの戦車で奇襲をかけろ
  • エピローグ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 愉快、痛快、奇想天外。

 「なんてお馬鹿な書名だ、嘘に決まってる」と思うかもしれない。でも、本当なのだ。マジック・ギャングは本当にスエズ運河を消している…少なくとも、ドイツ空軍からは。

 目次を見ればわかるように、他にも様々なペテンを繰り出し、ドイツ軍を煙に巻いている。アレクサンドリア港を移動させ、ありもしない戦艦を作りだし、トラックを戦車に変え、パラシュートなしで物資を安全に空中投下し、火の上を歩き回り、砂漠に忽然と大軍団を出現させ、艦隊を率いて上陸作戦を始め…

 すべて光と影のマジックで、タネも仕掛けもある。ないのは予算と時間w 特に前半では、実績もないため必要な物資の調達に苦労したり。そこで目を付けたのが…。特に偽装用の砂色のペンキを手に入れるくだりは、エジプトならではの奇天烈さ。

 このエピソードで、ジャスパー率いるマジック・ギャングのチーム・カラーが鮮明に浮き上がってくる。常識にとらわれない自由な発想を、豊かな経験と科学的知識で着々と実現してゆく。

 それを可能にしているのが、フリーダムでユーモア溢れるチームの雰囲気。特にマイケル二等兵は口を開けばジョークばかりで、場を明るくする最大の功労者。そんな彼も、苦手な分野はあって…。いいねえ、若いってのはw

 とかの人間模様も交えつつ、彼らが知恵を絞ってアイデアを出し、工夫を凝らして実現させていくあたりは、設計・開発部門で働く人にはジ~ンと来る所。やっぱり人に創造性を発揮させるには、のびのびした空気が必要なんだよなあ。

 とまれ、そんなマジック・ギャングも軍の組織だけに、時として調整が必要な場面も出てくる。

 そこで活躍するのが、ジャック・フラー軍曹。最初は規則に厳しい鬼軍曹だったジャックも、ファースト・ネームで呼び合うチームの雰囲気に染まりはしないものの馴染んでゆき、かつ経験豊かな軍曹ならではのコネと知恵を駆使して便宜を図るあたり、実に貴重な人材だったり。

 そんなマジック・ギャングに立ちはだかるロンメルも、実は優れたペテン師なのが、ヒネリの効いた所。

 ふたつの大隊を大軍団に見せかけ、トラックを戦車に変え、撤退と見せかけて罠に誘い込み、逆に罠と見せかけて撤退し、戦車殺しの88ミリ砲を水増しし…。そういえば、ノルマンディーでもロンメルは偽の地雷で上陸を邪魔してたっけ(→「ノルマンディ上陸作戦1944」)。まさしく狐、狡猾な人だ。

 などとロンメル相手に知恵を絞りつつ、「やっぱりイギリスだね」と感じさせるのが、クラーク准将の登場場面。諜報組織A部隊、つまりスパイの親玉だ。クラークとジャスパーがツルんで企むのは、それこそ007が使う小道具みたいな奇天烈なもの。

 ばかりか、ジャスパー自身が、本業のマジック・ショーを使って敵のアジトを探る場面もあったり。

 などに加え、舞台となるアラブの社会の意外な面もお楽しみの一つ。

 ジャスパーの最初の任務、ダマスカスで展開する、デルビーシュの長老との魔術合戦に始まり、マジック・ギャングが見つけた「宝の山」、彼らの秘密基地「魔法の谷」での陳情合戦などは、私が知らないアラブ世界の意外な一面がのぞけて楽しかった。

 個性的なメンバーを集めたチームが、自由闊達な発想と得意技を活かした創意工夫で、壮大なペテンを次々と仕掛ける痛快な物語。軍事やスパイに興味があればもちろん、トリックやチーム物が好きな人にも、自信を持ってお勧めできる楽しい本だ。

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2017年4月 4日 (火)

アレックス・ヘイリー「ルーツ Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」現代教養文庫 安岡章太郎・松田銑訳

見よ、お前自身よりも偉大なものはあれだけだ
  ――Ⅰ巻15頁

人間にとって本当の言葉は一つしかない。その人間の生まれ育ったくにの言葉だ。その言葉が人を作り、魂をそだてる。
  ――Ⅱ巻129頁

「…お祖父ちゃんがいちばん大切に考えとったのは、母ちゃんにアフリカのことを話すことじゃったちゅうて――」
  ――Ⅱ巻391頁

「自由は飯をくわしてはくれん。飯を食べるために何をするかを自分できめられるということだけじゃ」
  ――Ⅲ巻326頁

「おれはあの世へいくときに、あの子がおれたちよりもチャンスに恵まれることは信じていけるからな」
  ――Ⅲ巻354頁

【どんな本?】

 「マルコムX自伝」で話題を呼んだアレックス・ヘイリーが、自らの先祖を手繰って調べ、西アフリカのガンビアで生まれ奴隷としてアメリカ大陸に売られたクンタ・キンテから、七代後である自分までの一族の歴史を語った、壮大な物語。

 アメリカでは1977年度のベストセラー・リストを荒らしまくってピュリッツァー賞を受賞し、ドラマ化したテレビ番組は史上最高の視聴率を稼ぎだした上に、人種を問わずご先祖様探しの大ブームを引き起こした化け物コンテンツである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Roots : The Saga of an American Family, by Alex Haley, 1976。日本語版はⅠ巻:1978年3月30日初版第1刷発行、Ⅱ巻:1978年4月5日初版第1刷発行、Ⅲ巻:1978年4月8日初版第1刷発行。

 文庫本で縦一段組み、三巻でそれぞれ本文約377頁+412頁+399頁=約1,188頁に加え、Ⅰ巻に著者アレックス・ヘイリーによる「日本の読者へ」3頁、Ⅲ巻に安岡章太郎の「もう一つの『ルーツ』 あとがきにかえて」5頁+松田銑の「アレックス・ヘイリーについて」5頁。8ポイント43字×18行×(377頁+412頁+399頁)=約919,512字、400字詰め原稿用紙で約2,299枚。4~5冊に分けてもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えていえば、アメリカ合衆国の歴史を知っていると、ちょっとした驚きが味わえる。

 ただし、今は版元がなくなているので、新品を手に入れるのはまず無理。古本を漁るか図書館で取り寄せよう。映像派の人向けにDVDも出てます(私は見てないけど)。

【どんな話?】

 1750年の春。西アフリカのガンビアで、オモロ・キンテの妻ビンタが長男を産む。オモロの父カイラバ・クンタ・キンテにちなみクンタと名付けられた子供は、マンディンカ族の村ジュフレで健やかに育っていたが、17雨の時にトゥボブ(白人)に捉えられ、奴隷としてアメリカ南部に売り飛ばされてしまう。

 財産も家族も自由も言葉も、そして人としての誇りすら奪われ獣のように扱われながら、逞しく生き抜いたクンタ・キンテにも、やがて家族ができ…

【感想は?】

 著者は奴隷制を告発するつもりで書いたそうだ。しかし、読後感は全く違う。

 全体の3割ほどはクンタ・キンテのアフリカでの暮らし、6割ほどはクンタと彼の子孫の奴隷としての人生、そして残りの1割ほどが自由の身となった黒人たちの暮らし、そんな割合だ。

 滑り出しは、クンタ・キンテがガンビアのジュフレ村で過ごす少年時代を、じっくりと描いてゆく。クンタは普通の男の子で、自分が大人になるのが楽しみでしょうがない。裸で過ごし保護されるだけの第一カフォー,山羊の世話を任せられる第二カフォー,恐怖の成人訓練を経て大人と認められる第三カフォーと、段階を踏んで村の責任を任されてゆく。

 ここで描かれる村の暮らしは、男の子の成長物語として楽しいだけでなく、私たちが考える「アフリカ」の姿を大きく変えてゆく。そりゃ電気もテレビもないけど、社会制度としちゃ充分に考えられ安定したシステムになってるのだ。

 そんなわけで、「良き援助とは」なんて事も、ちょっと考えちゃったりする。が、それ以上に、じっくりと描かれたクンタ・キンテが、マンディンカ族の男でオモロの長男としての、自由な心と誇り高い魂を持っていると、読者に伝わってくる。これが、次の奴隷篇での衝撃を増幅する見事な隠し味だ。

 次の6割を占める奴隷篇は、嫌になるほどの恨み節の連続。次から次へと誇りを奪われながらも、必死に運命に抗うクンタ・キンテの姿は、先のアフリカ篇がのどかなだけに、その落差が凄まじい。相応のグロ耐性も必要だし、このあたりを読むと、正直アメリカの人種問題は解決不可能じゃないかと思えてくる。

 というのも。ここで語られるアメリカの歴史は、南部の黒人奴隷の目から見た歴史で、私が知っている歴史と全く違うからだ。アメリカ合衆国の独立戦争や南北戦争、アイルランドのジャガイモ飢饉なども、黒人奴隷の目から見ると、全く違った姿に見えてくる。

 ばかりでなく、今のアメリカの歴史は北部諸州から見た歴史なのだな、と今気が付いた。そう、黒人奴隷っばかりでなく、南部の白人から見た南北戦争も、私が知っているアメリカの歴史とは違うのだ。

 この奴隷解放が近づくにつれピリピリしてくる空気は、クンタの受けた屈辱とはまた違った恐ろしさが伝わってくる。黒人が白人を恨むだけでなく、白人もまた黒人を憎み、互いが己の命をかけてまで相手を殺そうとする、条理を越えた敵対感情。それの根本は、間違いなく奴隷なんぞという狂った制度だ。

 とか書くと小難しい話みたく思われそうだが、ベストセラーの実績は伊達じゃない。もちろん、魅力的な人物も沢山出てくる。

 最も脚光を浴びるクンタ・キンテはもちろん、彼の父オモロも、ちょっとシャイで無口ながら、日本の男なら是非こうありたいと願う父親の姿そのもの。息子への贈り物はギリギリまで隠し、そっけない態度でそれとなく渡しつつ、大事な所では大人としての威厳をバッチリ示す。そう言えば、私が幼い頃は親父が働く姿を間近で見られたんだよなあ。通勤って制度も良しあしだね。

 やはり印象に残るのが、クンタの孫チキン・ジョージ。性格はオモロと正反対で、口から先に生まれたような洒落男。幸いにして天職となる闘鶏師の仕事に巡り合い…。彼が全てを賭けて挑む決戦の場面は、この物語の中で異彩を放つ緊張が続き、ベストセラー作家の底力を存分に見せてくれる。

 そんな華やかな舞台が目立つチキン・ジョージだが、彼と「父親」が最後に出会うシーンに漂う冷たい緊張も、忘れがたい所。

 そこから後は、もう怒涛の奔流となって、現代へと押し寄せてゆく。

 この現代篇のインパクトが、これまた凄まじい。それまで著者の思惑通りに延々と積み重ねた恨み節が、著者の思惑を外れて全く違う所へと突き抜けてしまい、人種を問わず今生きている全ての人に伝わる強力なメッセージとなって炸裂するのだ。

 これから結婚する人・子供が生まれる人は、今のうちに読んでおいた方がいい。もちろん、男女を問わず。今後の子育てで大切なことを読み取るだろう。あなたにとって、そしてあなたの子にとって、最も大切な事は何か。それを、この本は教えてくれる。

 手に入れにくいけど、頑張って手に入れるだけの価値はある。もっとも、人によっては、その後に半端ない散財が待ってるんだけどw

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