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2017年3月26日 (日)

グレアム・ジョイス「人生の真実」東京創元社 市田泉訳

マーサの経験からいって、ずっと壁を叩いている人間には、大した返事など与えられないものだ。

真実はいつも隠れてて、そのうち人の顔を平手打ちする。

【どんな本?】

 イギリスの作家グレアム・ジョイスによる、ちょっとファンタジックな長編小説。

 第二次世界大戦中、ドイツ軍の空襲で大きな被害を受けたイングランドのコヴェントリー。

 母マーサが仕切るヴァイン家は、七人姉妹だ。末っ子キャシーは、戦死したアメリカ空軍兵の子を産み、フランクと名付ける。魅力的だが気まぐれなキャシーの子育てを危ぶむヴァイン家は、六人の姉たちが交代でフランクを育てると決めた。

 母マーサは奇妙な力を持つ。五女のユーナは明るく、夫のトムは農場主。双子の次女&三女のイヴリンとアイナは心霊現象に入れ込む。六女ビーティは向上心旺盛で、恋人バーナードと共に学問を続ける。長女のアイダは落ち着いていて、夫は死体防腐処理者のゴードン。四女のオリーヴはしっかり者で、夫のウィリアムは復員後に八百屋を始めた。

 空襲の痛手から次第に立ち直りつつあるコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家姉妹に囲まれながら、フランクは育ってゆく。

 2003年度世界幻想文学大賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇でも15位と健闘した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Facts of Life, by Graham Joyce, 2002。日本語版は2016年7月22日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約349頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×21行×349頁=約329,805字、400字詰め原稿用紙で約825頁。文庫本なら厚めの一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、ゴダイヴァ夫人(→Wikipedia)ぐらいだが、知らなくても作品中に充分な説明があるので、大きな問題はない。

【感想は?】

 誰が主人公かは、読者によりけり。

 表紙はフランクだけど、その祖母マーサの存在感がとても大きい。むしろ「肝っ玉マーサと愉快な娘たち」みたいな話。

 マーサも含め女ばかり八人の家族だ。しかも絆は強くて、事あるごとに姉妹が集っちゃワイワイガヤガヤとかしましく話し合う。その連れ合いであるトムやゴードンやウィリアムやバーナードは、彼女らに連れられヴァイン家に参上するものの、話し合いでは素直に女たちに舞台を明け渡す。

 こういう女系の家族ってのは、イギリスでもちょっと珍しいんじゃなかろか。それでもなんとなく納得しちゃうのは、家族を仕切るマーサの貫禄ゆえ。

 このマーサ、魔女の血でも入っているのか、不思議な能力がある。あるにはあるんだが、自分じゃどうしようもなく、何の前触れもなく突然にやってくるシロモノで、役に立つような立たないような。マーサ自身はこの能力を疎んでるんだが…

 などのファンタジックな設定以上に、火掻き棒をガツンと鳴らし、かしましい姉妹たちの喧騒を静める迫力や、フランクの預け先を決める際のいっそ狡猾とすら言える根回しは、七人もの娘を育てた母親の威厳と、歳を経て身に着けた深い知恵を感じさせる。

 こういう年寄りの知恵が光るのは、ゲストとして登場する産婆のラギー・アニーも同じで。あの襤褸に、そんな秘密があったとはw さすがベテランは違う。

 イギリス人ってのは変人ばかりって印象だけど、それは男ばかりでなく女も同じらしく、マーサの娘たちもビンビンにキャラが立ってる。

 最も登場場面が多いキャシーは、恋多き天然娘で、電波を受信すると何処ともなくスッ飛んでいく。そんなキャシーを母も姉たちも、「あの娘はそういう娘」と、ありのままに受け入れているあたりが、ヴァイン家の絆を感じさせる。

 ビーティは第二次大戦後のイギリスの変化を象徴するような人で、徴用された工場で労働運動に目覚め、学問の世界へと踏み入ってゆく。のはいいが、同時に社会運動にもかぶれて、恋人のバーナードと共に小難しい理屈を振り回すようになる。

 昔の赤い人ってのは、事あるごとに音読み漢字を並べた聞きなれない言葉を連発してたんだよなあ。それこそ軍人さんみたく。

 不思議な能力を持つマーサに対し、全く力のないイヴリンとアイナは、スピリチュアルうんたらに入れ込んで、そっちの世界じゃ大物扱い。ロンドンは人間より幽霊の方が多いとかで、これもまたイングランドのもう一つの面だろう。やたらと決まり事に拘るあたりも、イギリスならでは。

 前半では影の薄いアイダだけど、終盤では夫のゴードンと共に奇妙な光を放つ。なんたって死体防腐処理なんてケッタイな仕事に携わっているだけあって、前半ではひたすら不気味なだけなんだが…

 といった暗い面に対し、明るいイギリスを見せてくれるのが、ユーナとトムの農場パート。何もかもキッチリ決めないと気が済まないイヴリン&アイナとは違い、なにせ農場じゃ相手は天気や動物。いくら人が頑張っても、お天気はどうにもならない。そんな商売に慣れるコツは…

 そう、この物語に出てくる人は、みんな何か「どうしようもないもの」を抱えている。突然何かがやってくるマーサ、電波に操られるキャシー、学問にカブれるビーティ、お天気に左右されるユーナとトム、「能力」に焦がれるイヴリン&アイナ、戦争の記憶に追われるウィリアム、そして幼いフランクもまた。

 憎しみの炎に焼かれながらも少しづつ傷を癒してゆくコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家に囲まれ、戦争の落とし子フランクは育ってゆく。逃げられない事柄と、どうやって折り合いをつけるか。周りの大人たちが、それぞれの形で向き合う姿を眺めながら。

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