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2017年3月14日 (火)

フランク・スウェイン「ゾンビの科学 よみがえりとコントロールの探求」インターシフト 西田美緒子訳

マニサにあるジェラルバヤル大学のコル・イェレリ教授は幅広く調査を行い、トルコの交通事故の多くは、実際には市民の脳に侵入した寄生生物によって画策されていることを発見した。
  ――第6章 感染プログラム

【どんな本?】

 ゾンビ。ハイチに伝わる、歩く屍。歩いて動き回るのなら、それは生者とどう違うんだろう? そもそも死者と生者の違いは? ゾンビは本当に存在するんだろうか? ヒトをゾンビにする方法はあるんだろうか?

 一見お馬鹿な疑問のようだが、生と死の狭間にある溝を越えようと足掻いた者は多く、また生物界には恐るべき精密さで宿主を操る寄生生物もいる。医学の歴史から最新の神経科学、奇想天外な寄生生物の生態から諜報機関の怪しげな計画まで、サイエンス・ライターの著者が不気味で魅力的なエピソードをたっぷり交えて送る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Make a Zombie : The Real Life (and Death) Science of Reanimation and Mind Control, by Frank Swain, 2013。日本語版は2015年7月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約219頁に加え、本書出版プロデューサー真柴隆弘の解説2頁。9.5ポイント44字×19行×219頁=約183,084字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ときおり見慣れない生物や化学物質や脳の部位の名前が出てくるが、「そういうモノがあるのね」程度に思っておけば充分。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 眠れなくなるような真実
  • 第1章 ゾンビの作り方
    • 本物のゾンビを追って
    • 棺のなかの釘
    • 教授とブギーマン
    • 脳のスイッチをしばらく切る
    • 眠れない人口冬眠
  • 第2章 よみがえりの医療
    • 死の境界から連れ戻す
    • 生命の電気
    • 死んだロシア人がやってくる
    • シーソーに揺られて
    • 柔道の「活」は動物に効く?
    • 臨死への冒険
    • 青に埋もれる
  • 第3章 マインドコントロールの秘密兵器
    • 脳が腐る
    • 洗脳されたスパイを育てる
    • 身も心もリクルートされて
    • 服従してしまう心理
    • 信じることが見えること
  • 第4章 行動を遠隔操作する
    • すべては脳の中に
    • 隠れ家に踏み込む
    • 心を取り除く
    • 喜びを生む機械
    • 昆虫偵察機
  • 第5章 脳を操る寄生生物
    • 生きた備蓄食料兼育児室
    • 奴隷になった乳母
    • 考える帽子
    • ゴルディオンの結び目
    • 体が戦場
  • 第6章 感染プログラム
    • キスで封印
    • 憂鬱の汚れた空気
    • 激怒に感染する
    • ネコからヒトへ乗り移る
    • 統合失調症の原因?
  • 第7章 人体資源
    • 生命エネルギーを取り出す
    • 冷たい血の中で
    • 臓器のサプライチェーン
    • ヒューマン・ヴェジタブル
    • 死者から授かった子ども
    • 格別のごちそう
  • エピローグ あなたもゾンビだ
  • 謝辞/注/参考文献/解説

【感想は?】

 キワモノっぽいタイトルだし、各頁も真っ黒に縁どられてて、とっても怪しげ。

 だもんで、「どうせアレな本だろう」などと思い込んで見逃したら、もったいない。実は真面目な、でもってとっても楽しい科学エッセイ集だ。アイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイが好きなら、読んで損はない。もちろん、ゾンビが大好きな人も。

 ただし、ネタがネタだけに、結構エグい所はある。それは覚悟しよう。

 中でも印象に残るのは、ロシアの科学者セルゲイ・ブリュコネンコの実験。なんと犬を首だけで生かす事に成功し、その様子の映画を1943年に公開している。今でいう人工心肺装置を作り上げたわけだが、当時はキワモノのように思われていた模様。

 これが犬だけで済んでりゃよかったが、そのうち人間で試してみようって人も出てきて…。このあたりは、科学エッセイというよりホラーに近い。

 死体を動かすのは無理でも、生きてる人間なら操れるんじゃね? と考える奴もいる。そこでまず出てくるのが薬物。有名な暗殺組織アサシンはルーキーに大麻を与えて洗脳したとされるが、「どうやらおもしろおかしい作り話にすぎないらしい」。いけず。

でも現実はもっと過酷で、例えばシエラレオネ内戦じゃ少年兵をヤク漬けにして使い捨てにしてる。「アメリカン・スナイパー」でも、イラクのテロリストは麻薬を使いハイになった状態で戦っているとか。

 操れないまでも、正気を失った者は色々と使い道がある。女を酔い潰してムニャムニャなんてのは常道で、海外旅行先で貰った飲み物に変な薬が入ってて、なんてのもありがち。どころか、薬も使わず電話だけで若い娘さんにストリップさせたエピソードも出てくる。

 もちっとハイテクを使う方法だと、脳に電極を埋め込む話も出てくる。さすがに思考までは操れないけど、腹立つとか心地いいとかの気分は操れるらしい。ヤバくはあるけど役にも立って、狂暴な男の小脳に電極を差し、「五分おきに怒りを鎮めるパルスを送」ったところ、見事に症状が改善したとか。困ったことに、こういう装置に興味を持つのは医療関係者ばかりとは限らず…

このあたり、著者はアッサリ流しちゃってるけど、実は難しい問題を投げかけてるんだよね。例えば暴行や傷害で服役してる人の何割かは、感情にブレーキが利かない人なわけで、こういう措置を講じれば再犯の恐れはなくなると思うんだけど、果たして世間はそれで納得するんだろうか?

 ハイテクの次はバイテクとばかりに、寄生生物の恐ろしい戦略も実に恐ろしい。今でも約二億人が犠牲になっているマラリア、これに感染した人は、蚊に狙われやすくなるというから怖い。マラリア原虫が、汗や息のにおいを変えちゃうのだ。ただし、どうやってるのかは、今でも不明。原虫のくせに。

 狂犬病もおっかない上に、歴史も古い。なんと四千年前のメソポタミアで法律ができてる。曰く、「狂犬病にかかったイヌをちゃんと管理していなかった飼い主に重い罰金を科す」と。18世紀のロンドンは犬にとって受難の街で…

 とはいえ、現代日本じゃまずもって狂犬病に罹る事はないんで一安心なんだが、思いもよらぬ所から侵入者はやってくる。その名もトキソプラズマ(→Wikipedia)。猫好きは納得しがたいだろうけど、猫から感染する時もある。もっとも一番多いのは「生焼けの肉を食べる社会ほど感染率も高い」。

 Wikipedia にもあるように、成人は感染しても大した自覚症状は出ない。ちょっと体の調子が悪いかな、って程度。でも性格が変わっちゃうのだ。これは男と女じゃ影響が違って…

男性は軽率になり、ルールを無視する傾向が強く、「より功利主義的で、疑い深く、独善的」にもなる。(略)女性は「より心温かく、社交的で、誠実で、粘り強く、道徳的」になる。

 加えて運動能力も低くなり、交通事故を起こしやすくなるばかりか、統合失調症とも関係がありそう。もっともこれは、「あんま関係ないみたい」って結果が出てる実験もあるんだけど。

 他にもラフガディオ・ハーンが出てきたり、毒ハチミツで戦争に勝つ話とか、プルシアンブルー誕生秘話など、トリビアがいっぱい。読み終えた後は思わず手を洗いたくなるのが、唯一の欠点かも。

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