大谷正「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」中公新書
「朕素より不本意なり、閣臣等戦争の已むべからざるを奏するに依り、之を許したるのみ、之を神宮及び先帝陵に奉告するは朕甚だ苦わしむ」
――第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ桂第三師団長だけでなく、第五師団幹部も、師団長野津道貫中将、第九師団長大島義昌少将、そして第十旅団長立見少将の三人とも、揃いも揃って、全員が独断と独走の軍人であった。
――第4章 中国領土内への侵攻つまり大本営に、のちの記者クラブにあたる組織を設置したのである。
――第5章 戦争体験と「国民」の形成日清戦争に日本が勝利した理由のひとつは、日本軍が対外戦争のための動員システムを持っていたのに対して、清軍にはそれが欠けていたことである。
――第5章 戦争体験と「国民」の形成その死亡原因は、戦死・戦傷死が約10%、病死が88%で、日清戦争が病気との闘いであったことが明らかである。
――終章 日清戦争とは何だったのか日清戦争は外交で失敗した戦争であり、陸奥は外相としてその責任を負わなければならない。
――終章 日清戦争とは何だったのか
【どんな本?】
1894年~1895年にかけて、文明開化を進める日本と、旧態依然とした清の間で、朝鮮の支配権をめぐる戦いとされる日清戦争。軍事改革が進んだ日本が、旧式装備の清を破ったとも言われる。
だが、その実態はどうだったのか。なぜ朝鮮の支配権が問題になったのか。焦点となった朝鮮の内情はどうなのか。両軍の装備や軍制はどうだったのか。両国を巡る欧米列強は、戦争をどう見ていたのか。そして、戦争を国民はどう受け止め、関係国をどう変えていったのか。
朝鮮半島や遼東半島の戦いに加え、1895年以降の台湾での戦いも含め、また当時の日清両国の内情や対外的立場の変化も視野に収めて日清戦争の全貌を描き、コンパクトな新書で日清戦争の概要を掴める、一般向けの歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年6月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約253頁に加え、あとがき3頁。9ポイント41字×16行×253頁=約165,968字、400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容もあまり難しくない。ただ、朝鮮や中国の地名が多く出てくるので、しっかり読みたい人は地図か Google Map を用意しよう。
【構成は?】
「終章 日清戦争とは何だったのか」が、巧みに本書を要約しているので、急いで全貌を知りたい人は終章だけ読んでもいい。
- はじめに
- 第1章 戦争前夜の東アジア
- Ⅰ 朝鮮の近代と天津条約体制
「属国」と「自主の国」/開化政策と壬午軍乱/日清の対応/甲申政変 急進開化派のクーデター失敗/長州派・薩派の対立/天津条約と日清英の協調体制/極東ロシア イメージと実像 - Ⅱ 日本と清の軍備拡張
清の軍備近代化 准軍の膨張/北洋海軍の近代化/壬午軍乱以後の日本の軍備近代化/優先された海軍の軍備拡張/陸軍、七個師団体制へ/陸海軍連合大演習/参謀本部の対清戦争構想の形成
- Ⅰ 朝鮮の近代と天津条約体制
- 第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ
- Ⅰ 甲午農民戦争と日清両国の出兵
第二次伊藤博文内閣の成立/伊藤内閣の苦難 条約改正と対外硬派/甲午農民戦争 東学の拡大と蜂起/朝鮮政府の派兵要請/清と日本の出兵 - Ⅱ 開戦までの日清政府の迷走
清・日両軍の朝鮮到着/伊藤首相の協調論、陸奥外相の強硬論/第一次絶交書とイギリス・ロシアの干渉/清政府内の主戦論と開戦回避論 - Ⅲ 日清開戦
7月19日の開戦決定/豊島沖海戦/朝鮮王宮の武力占領/混成第九師団の南進/成歓の戦い/宣戦詔書をめぐる混乱 戦争はいつ始まったか/明治天皇の日清開戦への思い
- Ⅰ 甲午農民戦争と日清両国の出兵
- 第3章 朝鮮半島の占領
- Ⅰ 平壌の戦い
戦争指導体制/短期戦から長期戦へ/第五師団本体、朝鮮へ/輜重の困難 「輸送の限界」/第三師団の動員/野津第五師団長の平壌攻撃決意/日清の武器の差/激戦 混成第九師団の正面攻撃/平壌占領と清軍の敗走 - Ⅱ 黄海開戦と国内情勢
9月17日の遭遇/勝利 過渡期の軍事技術と制海権確保/明治天皇と広島大本営/大本営御前会議/日清戦争最中の総選挙/第七臨時議会の広島開催 - Ⅲ 甲午改革と東学農民軍の殲滅
甲午改革 親日開化派政権の試み/井上馨公使赴任と朝鮮の保護国化/第二次農民戦争 反日・反開化派/東学農民軍へのジェノサイド
- Ⅰ 平壌の戦い
- 第4章 中国領土内への侵攻
- Ⅰ 第一,第二両軍の大陸侵入
第一軍の北進と清軍の迎撃体制/鴨緑江渡河作戦/桂師団長・立見旅団長の独走/第二軍の編成 旅順半島攻略へ/無謀な旅順攻略計画 - Ⅱ 「文明戦争」と旅順虐殺事件
欧米の目と戦時国際法/旅順要塞攻略作戦/11月21日、薄暮の中の旅順占領/虐殺 食い違う事件像/なぜ日本兵は虐殺行為に出たのか 兵士の従軍日記を読む/欧米各国に対する弁明工作 - Ⅲ 冬季の戦闘と講和の提起
第一軍と大本営の対立/山県第一軍司令官の更迭/第一軍の海城攻略作戦/遼河平原の戦闘/講和を絡めた山東作戦・台湾占領作戦の提起/山東作戦による北洋海軍の壊滅
- Ⅰ 第一,第二両軍の大陸侵入
- 第5章 戦争体験と「国民」の形成
- Ⅰ メディアと戦争 新聞、新技術、従軍記者
朝鮮に向かう新聞記者たち/強化される言論統制/国民の戦争支持と情報開示/新技術導入と『朝日新聞』の戦略/『朝日新聞』の取材体制/高級紙『時事新報』の戦争報道/浅井忠と「画報隊」/『国民新聞』と日本画家久保田米僊父子/写真と絵画の差異/川崎三郎『日清戦史』全七巻 - Ⅱ 地域と戦争
義勇兵と軍夫/軍夫募集/兵士の動員と歓送/戦場と地域を結んだ地方紙/『扶桑新聞』記者鈴木経勲/盛況だった戦況報告会/凱旋帰国と人々の歓迎/追悼・慰霊 “選別”と東北の事情/福島県庁文書が残す「地域と戦争」/動員と査定 町村長たちの“勤務評価”/日清戦争と沖縄/その後の沖縄
- Ⅰ メディアと戦争 新聞、新技術、従軍記者
- 第6章 下関講和条約と台湾侵攻
- Ⅰ 講和条約調印と三国干渉
直隷決戦準備/征清大総督府の渡清/李鴻章の講和全権使節就任/交渉開始と李鴻章へのテロ/清の苦悩と条約調印/三国干渉 露独仏の遼東半島還付の要求/遼東半島返還と「臥薪嘗胆」 - Ⅱ 台湾の抗日闘争、朝鮮の義兵闘争
台湾総督府と「台湾民主国」/日本軍の増派/南進作戦の遂行への激しい抵抗/「台湾平定宣言」後も終わらない戦闘/閔妃殺害事件/抗日義兵闘争と露館播遷
- Ⅰ 講和条約調印と三国干渉
- 終章 日清戦争とは何だったのか
戦争の規模/戦争相手国と戦争の継続期間/だれが、なぜ、開戦を決断したのか/未熟な戦時外交/困難な戦争指導/戦費と日清戦後経営 - あとがき
- 参考文献/日清戦争関連年表
【感想は?】
思い込みが次々と覆され、いっそ気持ちがいい。
この本は単に軍事だけを扱うのではなく、外交はもちろん内政や国民の反応、そして関係各国の立場の変化までも視野に入れた、総合的な視点で日清戦争を捉えた本だ。新書なので細かい部分は省いているが、それだけに日清戦争の全貌を掴むには適した本だろう。
ちなみに日本の外交の失敗や軍の暴走も容赦なく書いているので、「日本偉い」が好きな人には向かない。
話は朝鮮半島から始まる。清の属国か独立国かが曖昧な上に、国内は改革を求める開化派と守旧的な東学派の対立、宮廷内の政権争いに加え、米と豆の輸出が物価高騰を招き庶民の不満が募り…と、物騒かつ複雑な様相。
全般的に日本の介入は、現地の者が伊藤内閣の意向を無視して強引に独走し、結果として朝鮮の国民感情を逆なでし、更に状況を悪化させていったように書かれている。清との戦いでも前線の師団長が勝手に進軍して戦闘に入ってたり。
幸か不幸か、師団長の独走は往々にして戦闘の勝利につながり、これが後の関東軍独走へとつながったんじゃないか、とか思ってしまう。もっとも前線指揮官が独走しても結果オーライなら不問って文化は常勝のイスラエル軍も同じなので、当時の日本の未熟さだけが原因じゃないのかも。
一言で戦争と言っても、敵国の完全支配を目指す全面戦争と、権益や一部地域の支配が目的の局地戦があって、日清戦争は局地戦だと思っていたんだが、一部の軍人は全面戦争も覚悟していたみたいだ。
「作戦大方針」の要点は、黄海・渤海の制海権を掌握し、秋までに陸軍主力を渤海湾北岸に輸送して、首都である北京周辺一帯での直隷決戦を清軍と行うというもので、短期決戦をめざしていた。
――第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ
終戦間際にも直隷平原に陸軍兵力の大半を輸送する計画があって、この野望が泥沼の日中戦争へとつながったんだろうか。同じような悪いクセは他にもあって…
明治期の日本陸軍の最大の弱点は、軍馬の不足と不良であったと言っても過言ではない。
――第3章 朝鮮半島の占領
と、兵站軽視も根が深い。「輜重輸卒は在営期間が短く、日中戦争期までは昇進できず二等兵で終わることが多かった」とかもあるし。なお輜重輸卒は荷を担いで運ぶ人で、馬で運ぶ輜重兵は普通の兵と同じに扱われた模様。
これを補うのが、軍夫って制度。輸送任務をこなす人たちで、今なら輸送部隊や民間軍事企業が担う役割で、立場的には民間人。だもんで凍傷を負ったら解雇だし、戦死者にも数えられないし、亡くなっても軍は祀らない。書いてないけど、たぶん恩給も出ないんだろう。酷い話だ。対して民間の態度は…
他所からやってきた第二師団の将校も追悼の対象に含まれたが、主体は戦没した東北の人々であり、軍人と軍夫の差はなかった。
――第5章 戦争体験と「国民」の形成
と、「おらが村の犠牲者」として、区別しなかった様子。こういう兵站軽視は平壌の戦い(→Wikipedia)などで危機的な状況に陥るんだが、清側が勝手にコケる幸運に何度も助けられる。ただ、平壌の戦いの部分では、清側の事情を全く書いていないので、読んでて不思議さにポカンとなってしまった。
などの軍事的な事柄に加え、「第5章 戦争体験と「国民」の形成 」があるのも、本書の大きな特徴。
特に「Ⅰ メディアと戦争 新聞、新技術、従軍記者」は、メディアが戦争をどう取材し伝え、その反響はどうだったかをまとめるだけでなく、当時のメディア事情も書き込んで、あの頃はメディアも革命期だったのだな、としみじみ感じさせる。
基本は文字だが、画像も活用してて、洋画家・日本画家などの絵に加え、写真もガラス乾板とフィルムが混在した状態。これは新聞の印刷でも問題になって…
大日本帝国の陸軍は出身地ごとに部隊を編成しているためか、出身地方の地方紙は「故郷の新聞は師団長から一兵卒・軍夫までが熟読する故郷の便りであった」なんて風景は、少し前に読んだ「戦地の図書館」を思い浮かべてしまう。
旅順虐殺事件(→Wikipedia)などの苦い話も盛り込み、兵器の優劣や日本側の外交の不備など教科書で習ったのとは大きく違う話も多く、私にとっては次々と驚きが続く本だった。やっぱり歴史も知識を更新しないといけないんだなあ。
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コメント
shinzei様、ありがとうございます。機会があれば探してみます。
投稿: ちくわぶ | 2017年3月23日 (木) 22時24分
おはようございます。
この本の関連本としては、少し古いですが伊藤正徳の『軍閥興亡史』1?3(文藝春秋新社1958)がオススメです。多分古本屋を探すか無ければ図書館にあると思いますので一読をオススメします。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2017年3月23日 (木) 07時25分