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2017年3月 8日 (水)

アン・レッキー「星群艦隊」創元SF文庫 赤尾秀子訳

ほかの星系を武力で制圧・植民地化することを体よく表現すると“併呑”になる。

「わたしたちこそ、彼女に都合よくつくられた武器です」

「いまは歌わないでくれ、同期。その歌に関しては、まだあなたを心から許しきれていないのだ」

【どんな本?】

 SF関係の賞を総ナメにしたデビュー作から始まる、遠未来スペースオペラ三部作の完結編。

 人類が多くの恒星間世界に広がった遠未来。

 数千の肉体を持つ支配者アナーンダ・ミアナーイが統べるラドチは、周囲の星系を呑み込み大きな版図を保っていたが、アナーンダ同士で戦いが始まってしまう。ラドチが誇る強力な武器は属体。ヒトの遺体をAIが操るゾンビ兵であり、優れた協調行動と肉体能力を持つ、使い捨ての兵士である。

 兵員母艦<トーレンの正義>のAIだったブレクは、戦いの中で艦も乗員も失い、たった一体の属体となりながらも、愛した副官オーンの仇として、アナーンダへの復讐を誓う。艦隊司令官として<カルルの慈(めぐみ)>を指揮するブレクはアソエク星系へ赴くが、ここにもアナーンダ同士の内乱の戦火が及んできた上に、謎の異種族プレスジャーまでもが姿を現し…

 なお、同じ世界が舞台の短編「主の命に我従はん」も収録。

 2016年ローカス賞SF長編部門を受賞。

なお、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇では、開幕編「叛逆航路」が三位に輝いているほか、三部作として16位に入ってて、票を合わせると一位の「死の鳥」を越えてるんだけど、グレッグ・イーガンの直交三部作も票が割れてるんで、シリーズで集計してみた。

  1. 267点 グレッグ・イーガン クロックワーク・ロケット172点(5位)+エターナル・フレイム95点(10位)
  2. 264点 アン・レッキー 叛逆航路186点+三部作78点(16位)
  3. 256点 ハーラン・エリスン 死の鳥256点(1位)

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ancillary Mercy and She Commands Me and I Obey, by Ann Leckie, 2014, 2015。日本語版は2016年10月28日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約432頁に加え、訳者あとがき7頁+アンシラリーー用語解説第3集3頁。8ポイント42字×18行×432頁=326,592字、400字詰め原稿用紙で約817枚。文庫本としては厚め。

 正直、かなり読みにくい。

 このシリーズの特徴は、人称が混乱してること。三人称はみんな「彼女」で、兵はボー3のように小隊名+番号で呼ばれる。他にも格式ばったラドチ文化の微妙なしきたりがあって、ちょっとした言葉の選び方や動きに深い気持ちがこもってたりするので、注意深く読む必要がある。

 また、お話が前の「叛逆航路」「亡霊星域」から直につながっており、ややこしい設定や登場人?物の背景事情がてんこもりなので、できでば最初の「叛逆航路」から読もう。

【感想は?】

 などと書いてて気が付いたんだが、人称の特徴は三人称が彼女ってだけに限らず、兵員が番号なのも大きく効いてたり。

 なにせ番号なんで、人格がないように感じるけど、ちゃんと読むとそれぞれに性格やこだわりがあるのだ。特に<カルルの滋>の場合は。分かり易いのがカルル5で、主人公ブレクの身の回りの世話をする役目。当番兵とか従卒とか言われる立場。

 単に職務熱心で忠実であるだけでなく、身だしなみや茶器など優雅さへのこだわりが強く、ブレクが身につける物にも最善を尽くす。従卒としてはとても優秀なんだが、どうも職務への情熱は単なる職業意識だけでなく、本人の趣味がだいぶ入っている様子。

 と、性格から見るとメイド長とか女官って感じなんだけど、従卒って立場と「カルル5」って呼び方で、読者はそういう個性が掴みにくい。属体ってガジェットも合わせて考えると、これもまた著者が仕掛けたトラップなんだろう。人を番号で呼ぶのは、人を物扱いしてるって事なのだ。映像化の話もあったそうだが、この辺はどう表現するんだろう?

 などと兵員は物扱いなのに対し、この巻ではAIの個性が輝いてるのが楽しい。

 なんといっても可愛いのが<カルルの慈>。もともと主人公ブレクからしてAI(の残り滓)で、復讐に燃える心中を計算づくの表情で隠してるあたり、一見クールで感情があまり表に出ない。

 対して<カルルの慈>は軍艦とは思えぬ細やかな心の持ち主で、この巻ではなんと痴話喧嘩の仲裁までやってる。このあたりは Yahoo!知恵袋で鬼女たちに袋叩きにされる相談者を見ているようで、ちょっと可哀そうになっちゃたりw

 加えてアソエクのステーションも、エレベーターの扉の開け閉めなど微妙な方法で気持ちを表していたが、この巻では更に過激になって…

 こういう細かい動きや、その場で使う小道具で心中を表すのは人間も同じで、どんな飲み物をどんな茶器で出すかで相手の評価を示したりと、読者にも相当の集中と注意力が要求される。

 とかの微妙な読みで疲れたあたりで登場するのが、異種族プレスジャーの通訳士ゼイアト。

 この人?、言うこともやる事も見事なまでの非常識ぶりを発揮し、繊細な懐の読みあいを粉々にフッ飛ばしてくれるから、いっそ爽快だったりする。それでもプレスジャーの使いとあっては丁寧にもてなさにゃならず、目玉を白黒させながら応対するあたりは、この巻ならではのドタバタ・ギャグで、和食にタバスコをブッかけたようなミスマッチが心地いい。

 特に意味不明なのが飲み食いで、なぜそんなモンにこだわるw でも考えようによっては、この先、人類の輸出品として使えるかもしれないw

 終盤は三部作の最終巻に相応しく、緊張感あふれる場面が続く。戦力的には圧倒的に不利であり、また敵の情勢も全く分からぬブレクに、形勢逆転の目はあるのか。

 ブレクの視点で描かれる物語なだけに、読み終えた時には、どうしてもブレクの目指す世界を望みたくなる。モノのインターネットやAI技術など、今の調子で情報技術が進んだとすると、近い将来に同じような選択が必要となるかもしれない。その時、私はどっちを選ぶんだろうか。

 ってな事を考えられるのも、読み終えて幾らか時間が経ったからで、読み終えた直後には選択肢は決まっていた。それぐらい熱中させてくれる作品だ。

 世界観も人間?関係も凝りに凝った、濃いSF小説。できれば三部作を一気に読もう。

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