« 川上和人「生物ミステリー 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」技術評論社 | トップページ | J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳 »

2017年3月28日 (火)

宮内悠介「彼女がエスパーだったころ」講談社

S県歌島の猿が火をおこす方法を覚えたとき、その技術が土地や世代を超えて伝播し、そして前触れなく高崎山や箕面山、下北半島といった遠地の猿も火をおこすようになった。
  ――百匹目の火神

しかし信じるという行為は、それ自体が、本能に根ざした、快いものでもあるのだ。
  ――水神計画

ホスピスは、死を早めることも遅らせることもしない。
  ――薄ければ薄いほど

【どんな本?】

 「盤上の夜」で衝撃的なデビューを飾ったSF界の新鋭・宮内悠介による、連作短編集。

 百匹目の猿・超能力・ホメパシーなど、オカルトや疑似科学をテーマとして、それを主導する者・すがる者・巻き込まれた者・批判する者・野次馬など様々な立場の人々の姿を、取材に赴くジャーナリストの視点で描き、怪しげなモノゴトと人間の関係を浮き上がらせてゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々7位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月19日に第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約221頁。9.5ポイント42字×17行×221頁=約157,794字、400字詰め原稿用紙で約395枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。SFとしても、特に凝ったガジェットは使っていないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

百匹目の火神 / 小説現代2012年9月号
 ニホンザルが、火を使うことを覚えた。最初に覚えたのは島に住む一匹、アグニと呼ばれる個体だけだったが、次第に離れた所の群れにも伝わり、日本列島を北上してゆく。後に<百匹目の猿事件>と言われる事件だ。これは周辺住民に思わぬ影響を与えて大問題となり、霊長類研究者・新興宗教の教祖・社会学者・物理学者そしてネットの野次馬などが騒ぎ立て…
 一瞬「熊が火を発見する」のパロディかと思ったが、そうかもしれない。猿が火の扱いを覚えた事から事件が転がってゆくあたりが、とってもスピーディかつユーモラスで、読んでてやたら心地よかった。特に事件と直接の関係がない野次馬的な立場の者が騒ぎ立てるあたりは、最前線にいる人の切実さとコントラストが効いていて、2ちゃんの住民でもある私にはグサリと突き刺さる。
彼女がエスパーだったころ / 小説現代2013年3月号
 及川千春。スプーン曲げの動画をウェブで公開し、独特のユルい語りも相まって、一時期はソレナリの人気を博すると共に、彼女を批判する者も多かったが、アッサリと表舞台から去ってしまう。わたしは、そんな彼女に取材を申し込み…
 Youtube やニコニコ動画などの動画サイトで人気を博す素人の動画芸人と、オジサン・オバサンには懐かしいスプーン曲げを絡めた作品。「百匹目の火神」同様、無責任な野次馬であるネット民と、騒ぎの前線にいる人々との対比が痛い。
ムイシュキンの脳髄 / 小説現代2013年7月号
 統計的に効果は認められているが、因果関係は明らかになっていない療法、オーギトミー。メタル・バンドのシンガー網岡無為ことムイシュキンは、三年前にオーギトミーを受けた。自らの暴力衝動を抑えるためだ。その結果、彼のバンドは解散したが…
 既に鬱病の治療で脳に電極を植え込む療法もあって(「書きたがる脳」)、かなり目前に迫った問題でもあるんだけど、あまし議論になってないのは、世間にあまり知られてない為かな? てんかんなどの病気の治療に使うなら反対する人は少ないだろうけど、栄養ドリンク代わりに電気で気合い一発なんて使い方は、さすがにマズいだろう。そのどこに線を引くかは、人それぞれ。
水神計画 / 小説現代2014年4月号
 品川水質研究所が発行した『水の心への経路』は、特に宣伝したわけでもないのに、静かなブームとなった。水に「ありがとう」と語りかければ、水は浄化されて綺麗になる。胡散臭いようだが、研究所の姿勢は慎重で、自ら非科学的であると宣言し、マスメディアにも出ず、そのため疑似科学ハンターにも目を付けられずに済んだのだが…
 かの「水からの伝言」と、原子力発電所の事故を絡め、意外な方向へと向かう作品。研究所の所長を務める黒木が、華やかなスター性はないながらも実直なベテランの理系研究者らしい、いい味を出してる。
薄ければ薄いほど / 小説現代2014年9月号
 <死を待つ家>、白樺荘。末期癌などの患者が死を待つ施設。ただし録音や写真撮影ばかりか、日記に至るまで、あらゆる記録を禁じ、徹底して世に痕跡を残すまいとした。問題は、<量子結晶水>なる物を用いた事だ。これは生薬を10の60乗倍以上に薄めたもので…
 ホメパシーをネタに、終末医療に携わる人と、そこで死を待つ人々の心の中へと迫る、重い作品。「自分はどう死を迎えたいか? 死を逃れられないなら、自分はどう振る舞うか」までも考え込んでしまう。そんな重苦しさを吹き飛ばす、中村南波のオバサンぶりが気持ちいい。
沸点 / 小説現代2015年3月号
 職を失ったわたしは、小さなソフトハウスに勤め始めた。社長の黄は子供っぽい遊びが好きで何かと珍妙な真似をやらかすが、アルバイトの川崎空はそれを楽しんでおり、事務の内海宮は顔をしかめ、技術のイェゴール・リドヴィネンコは鮮やかにスルーしている。同じビルの二階はネパール人女性が営む食品店で…
 などのクセ者揃いで国際色豊かな風景が、「アジア新聞屋台村」みたいでワクワクするが、中盤以降にアレな連中が絡んできて…。主人公とM、その運命を分けたのは何だろうと考えても、結局は運だよなあ、なんて思ってしまう。

 この作品ではオカルトや超能力の是非に答えを出していない。それより、そういった怪しげな物事になぜ人が関わるのか、なぜ深入りしていくのか、そんな人の心の問題へと迫ってゆく物語だ。読み終えると、とてもヒトゴトとは思えなくなるようで、静かな怖さを秘めている。

【関連記事】

|

« 川上和人「生物ミステリー 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」技術評論社 | トップページ | J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳 »

書評:SF:日本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/65078138

この記事へのトラックバック一覧です: 宮内悠介「彼女がエスパーだったころ」講談社:

« 川上和人「生物ミステリー 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」技術評論社 | トップページ | J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳 »