ジョン・スラデック「ロデリック または若き機械の教育」河出書房新社 柳下毅一郎訳
「ねえパー、これっておっきなお話があるみたいだよね。小さなお話がたくさんある裏にさ」
【どんな本?】
広く深い知見に裏打ちされた珍妙な発想を、しょうもないギャグを散りばめて凝った言葉遊びで綴る、独特の芸風で知られたジョン・スラデックによる、長編SF小説。
NASA の秘密支援を受け、ミネトンカ大学で進んでいた、学習するロボットの開発プロジェクト。その実態は、優れたエンジニアのダン・ゾンネンシャインがほとんど一人で創り上げたものだった。だが、学内の派閥争いや殺人事件などのトラブルに加え、NASA からの資金が途絶えた上に、主導していたダンも姿を消し、成果物のロデリックは、ロボットの体を得たものの、学校を放り出されてしまう。
悪ガキども・ジプシーの一家・ニューエイジ思想の闘士・スポーツ狂いの神父・クイズ番組マニアの保安官など奇矯な連中との交際やテレビから、世界を学習しつつ自らの存在について考えるロデリックと、彼を中心に巻起こる騒動を、ヒネくれきったユーモアたっぷりに綴る、マニア向けの作品。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は RODERICK : or The Education of a Young Machine, by John Sladek, 1980。日本語版は2016年2月28日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約496頁に加え、訳者あとがき「ロデリックのゆくえ」8頁+円城塔の解説6頁。9ポイント44字×20行×496頁=約436,480字、400字詰め原稿用紙で約1,092枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。
実は、かなり読みにくい。
訳文からも伝わってくるんだが、どうも原書からして、韻を踏んだり地口をかましたりワザと意味を取り違えたりと、かなり凝った言葉遊びが多い文章な上に、哲学的に突っ込んだ理屈が下ネタにまぶしてあったりするんで、真面目な話と悪ふざけを区別するには、注意深く考えながら読む必要がある。
加えて登場人物が多く、大半の人物が言ってることとやってる事が違うばかりでなく、明らかに目的と正体を隠している者もいて、お話が相当にややこしい。できれば登場人物一覧をつけて欲しかった。
現代アメリカの風俗をたっぷり取り込んだ作品だけに、テレビ番組の説明などの訳注が、巻末ではなく本文中にあるのは嬉しい配慮。
【感想は?】
油断ならない作家の油断ならない作品。
出てくる人物の大半は、やたらとおしゃべりな上に人の話を聞かない。登場人物全部がエディ・マーフィーばりに俗語たっぷりでしゃべくりまくる、騒がしくユーモラスなソープオペラ風の雰囲気だ。お陰で話はなかなか進まないが、これもスラデックの仕掛けの一つだとか。
1980年の作品だが、基本的な発想はかなり真面目。いわゆるロボットをテーマとした作品だ。
このテーマについては、作品中でゴーレムやフランケンシュタインの怪物やカート・ヴォネガットのプレーヤー・ピアノなどの定番ばかりか、賀陽親王(→Wikipedia)なんてマニアックなネタまで出てくる。ソープオペラ風の饒舌なノリとドタバタ・ギャグの合間に、マニアックなネタをコッソリと仕込む、そういう困った芸風の人なのだ。
もちろん、アジモフの三原則も槍玉にあがる。これをネタにした神父とのやりとりは、スラデックならではの意地の悪さ。実際、あんなシロモノが要求仕様に紛れ込んでいたら、大半のプログラマは尻に帆かけて逃げ出すに違いない。
そう、この作品、プログラマはニタニタしながら読めるようになっている。
どうもロボットというと陽電子脳とか十万馬力とか、ハードウェアが大事なように思われがちだが、ソフトウェアも難しい問題をいっぱい孕んでいる。
この作品のマニアックな点の一つは、主人公ロデリックが、最初は体を持っていない点。単なるソフトウェアなのだ。つまり人工知能…と言いたくなるが、むしろ人工意識の方が近いかも。しかも、自ら学習する能力を持っている。
長年、多くのSF小説はロボットと人工知能の切り分けが出来てなかった。ハードウェアとソフトウェアの違いが分かっていない、と言ってもいい。その辺を、この作品はかなり巧く切り分けている。ロデリックも、作中でボディが変わったりするし。
など、半分ほど哲学の領域に足を突っ込んだ話もあれば、「くりかえし」や「組み合わせの数」、そして決定木とか、プログラマにはお馴染みの下世話なネタもコッソリ仕込んであるから憎い。
私はよく分からないんだが、言葉遊びも、自然言語処理をやってる人にはわかるネタが混じってるのかも。
Java にせよ HTML にせよ、機械言語は文脈自由文法(→Wikipedia)に従ってて、比較的に単純なプログラムで扱えるんだが、ヒトが話す言語はもっと複雑かつ曖昧で、同じ文でも状況によって意味が全く違ってくる。
話し手と聴き手が同じ状況を想定していれば問題ないんだが、この話の登場人物はたいてい強烈なクセを持っていて、相手の立場なんか考えない自己中ばかりなため、次から次へと勘違いが続いていく。加えてロデリックもテレビドラマから変な世界観を植え付けられてるんで…
など計算機科学のネタがあるかと思えば、占いや心理学などの社会風刺から始まり、果ては宗教まで扱った危なっかしいネタもチラホラ。ほとんど全方面に喧嘩売ってます。占いのプログラムなんてシロモノまであって、それに客がつくんだから、世の中ってのはわかんないもんで。
そんな複雑怪奇な人間社会を、機械人形のロデリックがどのように解釈し、学んでいくか。そんなロデリックに触れた人々は、どんな反応を示すのか。
強烈なキャラクターが引き起こすドタバタ・ギャグに考えオチ、マニアックな知識や様々なパズル、社会風刺にブラック・ジョークなど、仕掛けタップリで展開するトラップに満ちた濃いSF小説。心身ともに充実した時にじっくり挑もう。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:SF:海外」カテゴリの記事
- エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳(2022.04.25)
- ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳(2022.04.13)
- アフマド・サアダーウィー「バグダードのフランケンシュタイン」集英社 柳谷あゆみ訳(2022.02.16)
- 陳楸帆「荒潮」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳(2021.10.21)
- ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳(2021.09.27)
コメント