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2017年3月15日 (水)

吉田エン「世界の終わりの壁際で」ハヤカワ文庫JA

 西の空。そこには<壁>があった。
 かつて、山手線と呼ばれた鉄道の沿線に築かれた巨大な壁。その見渡す限り果てのない黒い壁の内側には、美しく、整った、まるで天国のような街があると、片桐を育ててくれた孤児院の住職が言っていた。

【どんな本?】

 2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 近未来の東京。数十年後に迫った大異変に備えるため、山手線をなぞるように巨大な壁が築かれている。壁の中の者は異変を逃れ、豊かで安全に暮らせるという。

 だが壁の外でも、人々は暮らしていた。抜け目なく立ち回れば、貧しくともなんとか生きてはいける。片桐音也は、有り金はたいて装備を買い集め、ゲーム<フラグメンツ>で勝ち残り一攫千金を狙うが、軽く蹴散らされてしまう。桁違いの金をかけた身体改造者、壁の中の住民が対戦相手だったのだ。

 素寒貧になった音也は、旧友の保坂に誘われ、ヤバい仕事に手を出す羽目になる。勢力拡大に熱心な新興組織ブラザーフット絡みだ。嫌な予感は当たり、音也はトラブルに巻き込まれるばかりでなく、正体不明で物騒なモノを背負い込む羽目になり…

 ゲーム,ボーイ・ミーツ・ガール,貧しい少年の野望など、娯楽作品の定番を揃え勢いのあるアクションで引っ張りながら、骨太なアイデアに支えられた世界観を示した、勢いのある長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。9ポイント40字×17行×382頁=約259,760字、400字詰め原稿用紙で約650枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容は、一部のガジェットを除き、かなり親切。難しそうな部分もあるが、理屈はわからなくても、ストーリーに絡む重要なツボは感覚的に伝わるよう、巧く書き方を工夫している。

【感想は?】

 バトル・アクションを中心とした娯楽小説として、新人とは思えぬ巧さ。こう言っちゃなんだが、電撃文庫で電撃向けの味付けで出したら、もっと売れると思う。

 出だしからして見事。ゲームでのし上がろうと野望を抱く貧しい少年が、全財産をかけ揃えた装備で一発勝負に臨むが、圧倒的な資金を誇る金持ちプレーヤーに一蹴される。ちょっと古臭い感はあるが、少年漫画の王道を感じさせる導入部だ。

 壁で区切られた世界で、その壁を乗り越えようと足掻く少年は、ヤバい橋を渡る過程で曰くありげなシロモノを手に入れ、また不思議な少女と出会い…

 と、幾つもの謎を示した上で、更なる冒険を予感させる、多少古臭くはあるけど少年漫画の安定感ある王道を感じさせる開幕。当然、そういった読者の期待は裏切られることなく、主人公の片桐音也は次々と危機に見舞われ、その度に激しいアクションが展開する。

 このバトル・アクションの書き方が、これまた少年漫画の王道で。それぞれの闘いに、「なぜ闘うのか」「誰と闘うのか」「どう闘うのか」が、キチンと意味を持っているのだ。お陰で、バトル突入の唐突感がない上に、読み進めるほど伏線が効いてきて、読者は本を閉じるキッカケが掴めなくなる。

 しかも、主人公が若いだけに、少しづつ変わっていくのもいい。最初はゲームで成り上がる事しか考えてないチンピラな音也が、それぞれの闘いや出会い、そして世界の仕組みを知るにつれ、冒険物語のヒーローに相応しい人物に育ってゆく。こういうのが、とっても気持ちがいいのだ。

 そうやって育ってゆくのが、主人公だけじゃないのも、電撃向きな所。音也が彼女を変えてゆき、彼女も音也を変えてゆく。ただ、誰がメイン・ヒロインかは、読者によって意見が分かれるだろうなあ。ほんと、途中からグッと可愛くなるんだ、彼女。

 対して、オトナたちは、それぞれが確固たる性格を持ってて、あまり変わらないのも、オジサンには厳しいけど若い読者にはウケそうだし。

 SFとしても、最近流行りのアレについて、ちゃんと理論的な基礎から現在技術の延長に至るまで何歩か先を見通して設定を築き上げてるんだけど、そういった舞台裏はサラリと流して、理科や数学が苦手な人にも伝わるようになってる。

 でありながら、マニア向けのクスグリも、本筋に関係ない形でさりげなく散りばめているのが嬉しい。「不具合じゃなくて仕様」とかw

 と、とっても面白い作品だし、特に終盤はガンガンと盛り上がって、速く読み進めたくなるんだが、ここで決め台詞が、ちょっと。

 いや決め台詞はカッコいいんだ。ただ、読者は盛り上がってるから、気持ちが逸ってて、「ど、どうなるんだ!」と早く続きが読みたくてしょうがない。そこに決め台詞が、あまし目立たない形で入っちゃってる。これがとってももったいない。私はサラリと読んじゃって、「あれ、今のかなりカッコよくね?」と逸る心を押さえて頁を戻すと、やっぱりカッコいいんだな。呼び方だけなのに。

 のし上がろうとする少年が、大きな運命に飲み込まれ、様々な人々と出会い、生き延びるために闘い続ける中で、世界の姿を知り、成長してゆく、鉄板の娯楽アクション作品。たぶんSFじゃなくても商業的に成功しそうな気配がする著者だけど、SFも書き続けてくださいお願いします。

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