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2017年3月の15件の記事

2017年3月30日 (木)

J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳

ウマの歴史は消化と消化不良の歴史だ。
  ――第1章 霧の中から アメリカの馬と人

荷役馬であれ馬術馬であれ、サーカス馬であれ競走馬であれ、すぐれた馬を育てる人には共通点がある。よく観ているのだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマと友だちになるには、まずは話しかけ、そして掻いてやることだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマは戦争を発明したばかりか、軍備拡大競争まで始めたのだ。
  ――第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで

ウマに関してはモンゴルがいまだ先頭をいっている。この惑星上で、人よりもウマが多い(約300万頭)のはここだけだ。
  ――第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで

【どんな本?】

 荷車を引き、畑を耕し、人を運び、戦で敵に突撃し、競馬場で華麗に駆けるウマたち。そのウマは、元々どこに住んでいて、本来はどんな生き物なのか。ヒトとウマはいつ、どのように出会い、どのように互いの生き方を変えていったのか。そして、今、ウマとヒトの関係は、どう変わろうとしているのか。

 新石器時代の壁画から古代中国の兵馬俑などの遺物、首あてや鐙などの馬具、アレクサンドロス大王のブケパロスやサラブレッドの祖エクリプスなど歴史上の名馬、そしてアラブや中世欧州や現代のアメリカ先住民などウマと関わりが深い文化などを訪ね、ウマと人間の関係を描く、エッセイ色の強い歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Horse : How the horse has Shaped civilizations, by J. Edward Chamberlin, 2006。日本語版は2014年9月22日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約233頁。9ポイント42字×17行×233頁=約166,362字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もあまり難しくないが、専門用語はしょっちゅう出てくる。例えば走り方だとギャロップやトロット、鹿毛・葦毛・青毛などの毛色、首あて・鐙・鞍など馬具の名だ。説明がない場合も多いので、詳しく知りたければ、近くの競馬ファンに聞くか、Wikipedia などで調べよう。

【構成は?】

 一応、全体としてのストーリーはあるが、各章は比較的に独立しているので、興味を持った所だけを拾い読みしてもいい。

第1章 霧の中から アメリカの馬と人
第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬
第3章 地球を駆け巡る 馬の移動と輸送が世界を変えた
第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで
第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで
第6章 魂をふるわせる動物 気品、美、力の躍動
 原註および謝辞/さくいん

【感想は?】

 馬は力と地位の象徴だ。少なくとも、ヒトが定住を始めてからは。

 現代日本で馬を持ってると聞けば、かなり懐に余裕があるんだな、と考える。馬は札束を食うなんて言葉もある。一口馬主なんて制度もあるが、申し込む人の大半は儲けより満足感が目的だろう。

 昔はもっとハッキリしている。紀元前二千年ごろはチャリオットが戦場を支配した。アッシリアではウマ専門の商人を導入した。オスマン帝国は純潔アラブ種の国外持ち出しを禁じた。そういえば「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」でも、当時の日本陸軍の弱点は馬の不足だ、とあったっけ。

 などの物騒な話ばかりでなく、華やかなパレードにも、飾り立てた騎兵隊は欠かせない。ウマは力ばかりでなく、美しさの象徴でもある。

 が、これは数々の矛盾を含んでいるのが面白い。本来、馬は走る生き物だ。一か所に留まって住む動物じゃない。かつてヒトが移動生活をしている時、ウマは単なる獲物だったらしい。「ウマは肉が、アジアでもヨーロッパでも、数万年前から重要な食料源」だった。

 が、定住を始めると、ウマは貴重な使役動物となる。その目的の一つは、移動手段だ。なんたって速いし、長く走れる。「カザフ族のウマは、二時間以内で48キロを走り抜けた記録がある」。速く長く走れる乗り物は、自由と誇りのシンボルだ。

インディアンたちがドーズ法によって土地を手放し、定住者や山師に売った金で最初に手に入れたものは、たいていが車だった。

 定住することで手放した自由を、ウマによって再び手に入れた形になる。どうやらヒトの中では、定住したい欲と旅する欲が争っているらしい。

 おまけに、本来、ウマは狩られる側の動物で、「敵に向かっていくのではなくむしろ敵から逃げ出そうとする」生き物で、戦いには徹底して向かない。ヒトがウマに乗る動作も、狼がウマを襲う動作に近い。にも関わらず、ヒトはウマと密接な関係を築いてきた。

 そんなヒトとウマの関係は、本書でも何回か繰り返される。冒頭の牝馬ビッグバードに始まり、アレクサンドロスとブケパロスもいいが、サラブレッドの祖でもあるゴドルフィンバルブ(→Wikipedia)の話は、ちょっと山本周五郎の紅梅月毛を連想したり。

 中でも最も気に入ったのは、著者が創作した、少女と仔馬が出会う物語。約一万年前、ユーラシアの中央部を舞台として、幼い少女が生まれたての仔馬に目を付けて…って物語。登場人物で想像がつくように可愛らしいお話ながら、ウマの性質を説明しつつ、馴らす基本を巧くまとめてる。

 こういった社会的な事柄に加えて、もっと下世話な、ウマの乗り方も詳しく書いてあるのが、この本の特徴。言われて初めて気が付いたが、いわゆる乗馬の乗り方と、競馬の乗り方は全く違う。同様に、乗馬競技だとヒトは足を延ばし背を立てて乗るけど、競馬の騎手は膝を曲げ背を丸めて乗る。

 競技ばかりでなく騎兵でも色々な乗り方があるらしく、チンギス・ハーンとヨーロッパの鎧騎士の乗り方は全く違うそうな。

 この辺は読んでてよくわからなかったが、チンギス・ハーンは「ウマを手で操るのではなく、膝の動きと体重移動で制御した」とある。そういえば彼らは馬上でも走りながら弓を射れたというから、下半身で馬を御する技術もあったんだろう。加えて、ウマの種類も違うし。

 対して、騎士や武士は手綱を握ってるなあ。バイクだと、チョッパーハンドルのアメリカンと、前かがみなコンチネンタルの違いかな?

 とかの騎乗だけでなく、荷車や馬車を曳くのもウマの仕事。特に馬車の文化は、バギー・キャブリオレー・キャラバン・クーペ・タンデムなどの名詞で、自動車産業が今でも受け継いでる。ちなみにそれぞれ一頭立て軽装馬車・一頭立て二輪で二人座席の折り畳み式幌付き馬車・大型の遊覧馬車・二人乗り箱型四輪馬車・縦並びの二頭引き馬車。

 こういった文献漁りに加え、カナダのブリーダーやブラックフット族の馬商人など、現代のウマ商売に関わる人の話では、著者がウマに寄せる深い愛情が伝わってくる。歴史書と言うにはくだけすぎるが、エッセイ集とするには歴史的エピソードが多すぎて、分類には困るけど、近くの牧場に行って馬に触りたくなる、そんな本だ。

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2017年3月28日 (火)

宮内悠介「彼女がエスパーだったころ」講談社

S県歌島の猿が火をおこす方法を覚えたとき、その技術が土地や世代を超えて伝播し、そして前触れなく高崎山や箕面山、下北半島といった遠地の猿も火をおこすようになった。
  ――百匹目の火神

しかし信じるという行為は、それ自体が、本能に根ざした、快いものでもあるのだ。
  ――水神計画

ホスピスは、死を早めることも遅らせることもしない。
  ――薄ければ薄いほど

【どんな本?】

 「盤上の夜」で衝撃的なデビューを飾ったSF界の新鋭・宮内悠介による、連作短編集。

 百匹目の猿・超能力・ホメパシーなど、オカルトや疑似科学をテーマとして、それを主導する者・すがる者・巻き込まれた者・批判する者・野次馬など様々な立場の人々の姿を、取材に赴くジャーナリストの視点で描き、怪しげなモノゴトと人間の関係を浮き上がらせてゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々7位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月19日に第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約221頁。9.5ポイント42字×17行×221頁=約157,794字、400字詰め原稿用紙で約395枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。SFとしても、特に凝ったガジェットは使っていないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

百匹目の火神 / 小説現代2012年9月号
 ニホンザルが、火を使うことを覚えた。最初に覚えたのは島に住む一匹、アグニと呼ばれる個体だけだったが、次第に離れた所の群れにも伝わり、日本列島を北上してゆく。後に<百匹目の猿事件>と言われる事件だ。これは周辺住民に思わぬ影響を与えて大問題となり、霊長類研究者・新興宗教の教祖・社会学者・物理学者そしてネットの野次馬などが騒ぎ立て…
 一瞬「熊が火を発見する」のパロディかと思ったが、そうかもしれない。猿が火の扱いを覚えた事から事件が転がってゆくあたりが、とってもスピーディかつユーモラスで、読んでてやたら心地よかった。特に事件と直接の関係がない野次馬的な立場の者が騒ぎ立てるあたりは、最前線にいる人の切実さとコントラストが効いていて、2ちゃんの住民でもある私にはグサリと突き刺さる。
彼女がエスパーだったころ / 小説現代2013年3月号
 及川千春。スプーン曲げの動画をウェブで公開し、独特のユルい語りも相まって、一時期はソレナリの人気を博すると共に、彼女を批判する者も多かったが、アッサリと表舞台から去ってしまう。わたしは、そんな彼女に取材を申し込み…
 Youtube やニコニコ動画などの動画サイトで人気を博す素人の動画芸人と、オジサン・オバサンには懐かしいスプーン曲げを絡めた作品。「百匹目の火神」同様、無責任な野次馬であるネット民と、騒ぎの前線にいる人々との対比が痛い。
ムイシュキンの脳髄 / 小説現代2013年7月号
 統計的に効果は認められているが、因果関係は明らかになっていない療法、オーギトミー。メタル・バンドのシンガー網岡無為ことムイシュキンは、三年前にオーギトミーを受けた。自らの暴力衝動を抑えるためだ。その結果、彼のバンドは解散したが…
 既に鬱病の治療で脳に電極を植え込む療法もあって(「書きたがる脳」)、かなり目前に迫った問題でもあるんだけど、あまし議論になってないのは、世間にあまり知られてない為かな? てんかんなどの病気の治療に使うなら反対する人は少ないだろうけど、栄養ドリンク代わりに電気で気合い一発なんて使い方は、さすがにマズいだろう。そのどこに線を引くかは、人それぞれ。
水神計画 / 小説現代2014年4月号
 品川水質研究所が発行した『水の心への経路』は、特に宣伝したわけでもないのに、静かなブームとなった。水に「ありがとう」と語りかければ、水は浄化されて綺麗になる。胡散臭いようだが、研究所の姿勢は慎重で、自ら非科学的であると宣言し、マスメディアにも出ず、そのため疑似科学ハンターにも目を付けられずに済んだのだが…
 かの「水からの伝言」と、原子力発電所の事故を絡め、意外な方向へと向かう作品。研究所の所長を務める黒木が、華やかなスター性はないながらも実直なベテランの理系研究者らしい、いい味を出してる。
薄ければ薄いほど / 小説現代2014年9月号
 <死を待つ家>、白樺荘。末期癌などの患者が死を待つ施設。ただし録音や写真撮影ばかりか、日記に至るまで、あらゆる記録を禁じ、徹底して世に痕跡を残すまいとした。問題は、<量子結晶水>なる物を用いた事だ。これは生薬を10の60乗倍以上に薄めたもので…
 ホメパシーをネタに、終末医療に携わる人と、そこで死を待つ人々の心の中へと迫る、重い作品。「自分はどう死を迎えたいか? 死を逃れられないなら、自分はどう振る舞うか」までも考え込んでしまう。そんな重苦しさを吹き飛ばす、中村南波のオバサンぶりが気持ちいい。
沸点 / 小説現代2015年3月号
 職を失ったわたしは、小さなソフトハウスに勤め始めた。社長の黄は子供っぽい遊びが好きで何かと珍妙な真似をやらかすが、アルバイトの川崎空はそれを楽しんでおり、事務の内海宮は顔をしかめ、技術のイェゴール・リドヴィネンコは鮮やかにスルーしている。同じビルの二階はネパール人女性が営む食品店で…
 などのクセ者揃いで国際色豊かな風景が、「アジア新聞屋台村」みたいでワクワクするが、中盤以降にアレな連中が絡んできて…。主人公とM、その運命を分けたのは何だろうと考えても、結局は運だよなあ、なんて思ってしまう。

 この作品ではオカルトや超能力の是非に答えを出していない。それより、そういった怪しげな物事になぜ人が関わるのか、なぜ深入りしていくのか、そんな人の心の問題へと迫ってゆく物語だ。読み終えると、とてもヒトゴトとは思えなくなるようで、静かな怖さを秘めている。

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2017年3月27日 (月)

川上和人「生物ミステリー 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」技術評論社

本書の主題は、鳥類と恐竜の緊密な類縁関係を拠り所とし、鳥類の進化を再解釈することと、恐竜の生態を復元することである。
  ――はじめに 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見るか

この本は恐竜学者による恐竜本である。これぐれも詭弁というなかれ。
  ――あとがき 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見たか?

【どんな本?】

 私が幼い頃に図鑑で見た恐竜は、ヘビやワニのように鱗で覆われていて、肌も暗い灰色の味気ない姿だった。だが最近の恐竜の絵は、カラフルな羽毛に覆われている。もし今日に映画「ジュラシック・パーク」がリメイクされたら、恐竜たちは全く異なった姿に描かれるだろう。

 恐竜は鳥盤類と竜盤類に分かれるとされる。しかし2017年3月に、従来の分類法を覆しかねない論文が発表された(→時事ドットコム)。現在の恐竜学は、激しく揺れ動いている。

 なぜ古生物学者ではなく鳥類学者が恐竜を語るのか。そんな疑問を持つ、恐竜に興味はあるが最先端の恐竜学には疎い読者に向け、21世紀の恐竜事情をユーモアたっぷりに伝える、一般向けの楽しくエキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年4月25日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁に加え、あとがき3頁。10ポイント37字×19行×260頁=約182,780字、400字詰め原稿用紙で約457枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も意外なほどわかりやすい。また、えるしまさくのイラストを豊富に収録していて、これがわかりやすさと親しみやすさの大きな助けになっている。ただし文中に様々な恐竜の名前が出てくるので、Google 等で調べながら読むと、なかなか前に進まない。

【構成は?】

 一応、頭から読む構成になっているが、各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

  • はじめに 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見るか
  • 序章 恐竜が世界に産声をあげる
    • Section 1 恐竜とはどんな生物か
    • Section 2 京留学の夜明け、そして…
  • 第2章 恐竜はやがて鳥になった
    • Section 1 生物の「種」とはなにかを考える
    • Section 2 恐竜の種、鳥類の種
    • Section 3 恐竜が鳥になった日
    • Section 4 羽毛恐竜の主張
  • 第3章 鳥は大空の覇者となった
    • Section 1 鳥たらしめるもの
    • Section 2 羽毛恐竜は飛べるとは限らない
    • Section 3 二足歩行が鳥を空に誘った
    • Section 4 シソチョウ化石のメッセージ
    • Section 5 鳥は翼竜の空を飛ぶ
    • Section 6 尻尾はどこから来て、どこに行くのか
    • Section 7 くちばしの物語は、飛翔からはじまる
  • 第4章 無謀にも鳥から恐竜を考える
    • Section 1 恐竜生活プロファイリング
    • Section 2 白色恐竜への道
    • Section 3 翼竜は茶色でも極彩色でもない
    • Section 4 カモノハシリュウは管弦楽がお好き
    • Section 5 強い恐竜にも毒がある
    • Section 6 恐竜はパンのみに生きるにあらず
    • Section 7 獣脚類は渡り鳥の夢を見るか
    • Section 8 古地球の歩き方
    • Section 9 恐竜はいかにして木の上に巣を作るのか
    • Section 10 家族の肖像
    • Section 11 肉食恐竜は夜に恋をする
  • 第5章 恐竜は無邪気に生態系を構築する
    • Section 1 世界は恐竜で回っている
    • Section 2 恐竜の前に道はなく、恐竜の後ろに道はできる
    • Section 3 そして誰もいなくなった
  • あとがき 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見たか?

【感想は?】

 若い人より、年配の人の方が楽しく読める本だ。

 昔の恐竜は、鱗に覆われ単色だった。おかげでゴジラも、あんな姿になった。今の恐竜はカラフルだ。羽毛でモフモフだったり、色も斑点があったりシマシマだったりする。

 そういう、昔の恐竜の姿と、今の恐竜の姿に大きなギャップを感じる人こそ、この本を楽しめる。ついでに言うと、著者は文中に大量のギャグを混ぜ込んでいるが、このセンスはかなりオヤジが入っている。ギャグはノリが大事だ。なので、ギャグ・センスがいささか古い人ほど、いい感じにノれる。

 加えて、最新の恐竜学に疎い方がいい。幼い頃は恐竜図鑑にワクワクしたけど、今はそれどころじゃない、そんな人ほど楽しめる。鳥と恐竜に、何の関係がある? この本は、そんな疑問を抱く人に向けた本だ。

 そんな人にとって、この本は、長年の思い込みを次々と覆されると同時に、自分が生きてきた間に進んだ科学の成果を、存分に堪能できる。その反動で年甲斐もなく恐竜マニアになるかもしれないが、それはそれ。老後の楽しみが増えてよかったじゃないか。

 なんたって、この半世紀の科学の進歩は凄い。今じゃDNA判定なんてものもある。ジュラシック・パークじゃ琥珀の中の蚊から、蚊が吸った血液を取り出してDNAを復元した。流石にあれはフィクションで、DNAの分析までは難しそうだが、似たような手口もあるのだ。つか、よく考えたなあ、こんな手口。

 羽毛そのものの化石も少しは出ているが、多くの化石に羽毛そのものは残らない。また羽毛の化石は残っていても、色まではわからない。でも今は、羽毛の有無どころか、色だって調べる方法があるってのが凄い。

 鳥も哺乳類も、色だけじゃなく様々な模様をまとっている。シマウマはシマシマだし、ヒョウには斑点がある。クジャクは極彩色だし、ペンギンはシックな黒と白だ。それぞれ環境や生態に応じ、保護色だったり、逆に派手だったりする。

 そんな風に、それぞれの恐竜が住む環境や生態から、彼らの色や模様を推理していく所も、羽毛恐竜以降に増えた恐竜学の楽しみだろう。私はプテラノドンはペンギンみたく背は黒く腹は白いと思うんだけど、あなたどう思います?

 でもプテラノドン、正確には恐竜じゃないそうな。ショック。翼竜も首長竜も、恐竜とは異なる種って事になっている。ネッシーも恐竜じゃないのか。残念。

 羽毛と色だけじゃない。姿勢も大きく変わった。昔のティラノサウルスは直立して尻尾は引きずってたけど、今のティラノサウルスは短距離ランナーのように前かがみだ。いかにもダッシュ力がありそう。でもゴジラはやっぱり直立してた方がカッコいいいなあ。

 などの感想に大きく貢献しているのが、たっぷり収録したイラスト。なにせ形や姿勢の話が多く、これらが一発で伝わるイラストの効果は大きい。肩の力が抜けた漫画っぽいものもいいが、特徴を巧く捉えた姿絵は、写真よりもわかりやすい。もっとも、相手が恐竜だけに、写真は無理だけど。

 中でも私が一番気に入ったのは、226頁の「夜行性の獣脚類」。たぶん肉食なんだろうけど、妙に色っぽいんだよなあ←ケモナーかい

 と、暫く恐竜にご無沙汰だった人にとっては、最近の恐竜学の成果を仕入れるいい機会となるだけでなく、恐竜学の進歩の原動力となった科学的な解析・分析方法がわかるのも嬉しい。こういう手法の幾つかは古生物学に限らず歴史学にも応用されてて、現在の学問は理系・文系問わず、凄まじい変化に見舞われている。

 そんな激動の一端を垣間見せ、現代科学が引き起こしつつある革命をヒシヒシと感じさせる、とってもエキサイティングな本だ。普段は科学に触れないけど、かつてはティラノサウルスやトリケラトプスにワクワクする男の子だったオジサンこそ、この本を最高に美味しく楽しめる。

 ただ、勢いに任せて今恐竜のプラモデルを買っちゃうと、数年後には塗りなおす羽目になるかもしれない。これは覚悟しよう。

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2017年3月26日 (日)

グレアム・ジョイス「人生の真実」東京創元社 市田泉訳

マーサの経験からいって、ずっと壁を叩いている人間には、大した返事など与えられないものだ。

真実はいつも隠れてて、そのうち人の顔を平手打ちする。

【どんな本?】

 イギリスの作家グレアム・ジョイスによる、ちょっとファンタジックな長編小説。

 第二次世界大戦中、ドイツ軍の空襲で大きな被害を受けたイングランドのコヴェントリー。

 母マーサが仕切るヴァイン家は、七人姉妹だ。末っ子キャシーは、戦死したアメリカ空軍兵の子を産み、フランクと名付ける。魅力的だが気まぐれなキャシーの子育てを危ぶむヴァイン家は、六人の姉たちが交代でフランクを育てると決めた。

 母マーサは奇妙な力を持つ。五女のユーナは明るく、夫のトムは農場主。双子の次女&三女のイヴリンとアイナは心霊現象に入れ込む。六女ビーティは向上心旺盛で、恋人バーナードと共に学問を続ける。長女のアイダは落ち着いていて、夫は死体防腐処理者のゴードン。四女のオリーヴはしっかり者で、夫のウィリアムは復員後に八百屋を始めた。

 空襲の痛手から次第に立ち直りつつあるコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家姉妹に囲まれながら、フランクは育ってゆく。

 2003年度世界幻想文学大賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇でも15位と健闘した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Facts of Life, by Graham Joyce, 2002。日本語版は2016年7月22日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約349頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×21行×349頁=約329,805字、400字詰め原稿用紙で約825頁。文庫本なら厚めの一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、ゴダイヴァ夫人(→Wikipedia)ぐらいだが、知らなくても作品中に充分な説明があるので、大きな問題はない。

【感想は?】

 誰が主人公かは、読者によりけり。

 表紙はフランクだけど、その祖母マーサの存在感がとても大きい。むしろ「肝っ玉マーサと愉快な娘たち」みたいな話。

 マーサも含め女ばかり八人の家族だ。しかも絆は強くて、事あるごとに姉妹が集っちゃワイワイガヤガヤとかしましく話し合う。その連れ合いであるトムやゴードンやウィリアムやバーナードは、彼女らに連れられヴァイン家に参上するものの、話し合いでは素直に女たちに舞台を明け渡す。

 こういう女系の家族ってのは、イギリスでもちょっと珍しいんじゃなかろか。それでもなんとなく納得しちゃうのは、家族を仕切るマーサの貫禄ゆえ。

 このマーサ、魔女の血でも入っているのか、不思議な能力がある。あるにはあるんだが、自分じゃどうしようもなく、何の前触れもなく突然にやってくるシロモノで、役に立つような立たないような。マーサ自身はこの能力を疎んでるんだが…

 などのファンタジックな設定以上に、火掻き棒をガツンと鳴らし、かしましい姉妹たちの喧騒を静める迫力や、フランクの預け先を決める際のいっそ狡猾とすら言える根回しは、七人もの娘を育てた母親の威厳と、歳を経て身に着けた深い知恵を感じさせる。

 こういう年寄りの知恵が光るのは、ゲストとして登場する産婆のラギー・アニーも同じで。あの襤褸に、そんな秘密があったとはw さすがベテランは違う。

 イギリス人ってのは変人ばかりって印象だけど、それは男ばかりでなく女も同じらしく、マーサの娘たちもビンビンにキャラが立ってる。

 最も登場場面が多いキャシーは、恋多き天然娘で、電波を受信すると何処ともなくスッ飛んでいく。そんなキャシーを母も姉たちも、「あの娘はそういう娘」と、ありのままに受け入れているあたりが、ヴァイン家の絆を感じさせる。

 ビーティは第二次大戦後のイギリスの変化を象徴するような人で、徴用された工場で労働運動に目覚め、学問の世界へと踏み入ってゆく。のはいいが、同時に社会運動にもかぶれて、恋人のバーナードと共に小難しい理屈を振り回すようになる。

 昔の赤い人ってのは、事あるごとに音読み漢字を並べた聞きなれない言葉を連発してたんだよなあ。それこそ軍人さんみたく。

 不思議な能力を持つマーサに対し、全く力のないイヴリンとアイナは、スピリチュアルうんたらに入れ込んで、そっちの世界じゃ大物扱い。ロンドンは人間より幽霊の方が多いとかで、これもまたイングランドのもう一つの面だろう。やたらと決まり事に拘るあたりも、イギリスならでは。

 前半では影の薄いアイダだけど、終盤では夫のゴードンと共に奇妙な光を放つ。なんたって死体防腐処理なんてケッタイな仕事に携わっているだけあって、前半ではひたすら不気味なだけなんだが…

 といった暗い面に対し、明るいイギリスを見せてくれるのが、ユーナとトムの農場パート。何もかもキッチリ決めないと気が済まないイヴリン&アイナとは違い、なにせ農場じゃ相手は天気や動物。いくら人が頑張っても、お天気はどうにもならない。そんな商売に慣れるコツは…

 そう、この物語に出てくる人は、みんな何か「どうしようもないもの」を抱えている。突然何かがやってくるマーサ、電波に操られるキャシー、学問にカブれるビーティ、お天気に左右されるユーナとトム、「能力」に焦がれるイヴリン&アイナ、戦争の記憶に追われるウィリアム、そして幼いフランクもまた。

 憎しみの炎に焼かれながらも少しづつ傷を癒してゆくコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家に囲まれ、戦争の落とし子フランクは育ってゆく。逃げられない事柄と、どうやって折り合いをつけるか。周りの大人たちが、それぞれの形で向き合う姿を眺めながら。

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2017年3月22日 (水)

大谷正「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」中公新書

「朕素より不本意なり、閣臣等戦争の已むべからざるを奏するに依り、之を許したるのみ、之を神宮及び先帝陵に奉告するは朕甚だ苦わしむ」
  ――第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ

桂第三師団長だけでなく、第五師団幹部も、師団長野津道貫中将、第九師団長大島義昌少将、そして第十旅団長立見少将の三人とも、揃いも揃って、全員が独断と独走の軍人であった。
  ――第4章 中国領土内への侵攻

つまり大本営に、のちの記者クラブにあたる組織を設置したのである。
  ――第5章 戦争体験と「国民」の形成

日清戦争に日本が勝利した理由のひとつは、日本軍が対外戦争のための動員システムを持っていたのに対して、清軍にはそれが欠けていたことである。
  ――第5章 戦争体験と「国民」の形成

その死亡原因は、戦死・戦傷死が約10%、病死が88%で、日清戦争が病気との闘いであったことが明らかである。
  ――終章 日清戦争とは何だったのか

日清戦争は外交で失敗した戦争であり、陸奥は外相としてその責任を負わなければならない。
  ――終章 日清戦争とは何だったのか

【どんな本?】

 1894年~1895年にかけて、文明開化を進める日本と、旧態依然とした清の間で、朝鮮の支配権をめぐる戦いとされる日清戦争。軍事改革が進んだ日本が、旧式装備の清を破ったとも言われる。

 だが、その実態はどうだったのか。なぜ朝鮮の支配権が問題になったのか。焦点となった朝鮮の内情はどうなのか。両軍の装備や軍制はどうだったのか。両国を巡る欧米列強は、戦争をどう見ていたのか。そして、戦争を国民はどう受け止め、関係国をどう変えていったのか。

 朝鮮半島や遼東半島の戦いに加え、1895年以降の台湾での戦いも含め、また当時の日清両国の内情や対外的立場の変化も視野に収めて日清戦争の全貌を描き、コンパクトな新書で日清戦争の概要を掴める、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約253頁に加え、あとがき3頁。9ポイント41字×16行×253頁=約165,968字、400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もあまり難しくない。ただ、朝鮮や中国の地名が多く出てくるので、しっかり読みたい人は地図か Google Map を用意しよう。

【構成は?】

 「終章 日清戦争とは何だったのか」が、巧みに本書を要約しているので、急いで全貌を知りたい人は終章だけ読んでもいい。

  • はじめに
  • 第1章 戦争前夜の東アジア
    • Ⅰ 朝鮮の近代と天津条約体制
      「属国」と「自主の国」/開化政策と壬午軍乱/日清の対応/甲申政変 急進開化派のクーデター失敗/長州派・薩派の対立/天津条約と日清英の協調体制/極東ロシア イメージと実像
    • Ⅱ 日本と清の軍備拡張
      清の軍備近代化 准軍の膨張/北洋海軍の近代化/壬午軍乱以後の日本の軍備近代化/優先された海軍の軍備拡張/陸軍、七個師団体制へ/陸海軍連合大演習/参謀本部の対清戦争構想の形成
  • 第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ
    • Ⅰ 甲午農民戦争と日清両国の出兵
      第二次伊藤博文内閣の成立/伊藤内閣の苦難 条約改正と対外硬派/甲午農民戦争 東学の拡大と蜂起/朝鮮政府の派兵要請/清と日本の出兵
    • Ⅱ 開戦までの日清政府の迷走
      清・日両軍の朝鮮到着/伊藤首相の協調論、陸奥外相の強硬論/第一次絶交書とイギリス・ロシアの干渉/清政府内の主戦論と開戦回避論
    • Ⅲ 日清開戦
      7月19日の開戦決定/豊島沖海戦/朝鮮王宮の武力占領/混成第九師団の南進/成歓の戦い/宣戦詔書をめぐる混乱 戦争はいつ始まったか/明治天皇の日清開戦への思い
  • 第3章 朝鮮半島の占領
    • Ⅰ 平壌の戦い
      戦争指導体制/短期戦から長期戦へ/第五師団本体、朝鮮へ/輜重の困難 「輸送の限界」/第三師団の動員/野津第五師団長の平壌攻撃決意/日清の武器の差/激戦 混成第九師団の正面攻撃/平壌占領と清軍の敗走
    • Ⅱ 黄海開戦と国内情勢
      9月17日の遭遇/勝利 過渡期の軍事技術と制海権確保/明治天皇と広島大本営/大本営御前会議/日清戦争最中の総選挙/第七臨時議会の広島開催
    • Ⅲ 甲午改革と東学農民軍の殲滅
      甲午改革 親日開化派政権の試み/井上馨公使赴任と朝鮮の保護国化/第二次農民戦争 反日・反開化派/東学農民軍へのジェノサイド
  • 第4章 中国領土内への侵攻
    • Ⅰ 第一,第二両軍の大陸侵入
      第一軍の北進と清軍の迎撃体制/鴨緑江渡河作戦/桂師団長・立見旅団長の独走/第二軍の編成 旅順半島攻略へ/無謀な旅順攻略計画
    • Ⅱ 「文明戦争」と旅順虐殺事件
      欧米の目と戦時国際法/旅順要塞攻略作戦/11月21日、薄暮の中の旅順占領/虐殺 食い違う事件像/なぜ日本兵は虐殺行為に出たのか 兵士の従軍日記を読む/欧米各国に対する弁明工作
    • Ⅲ 冬季の戦闘と講和の提起
      第一軍と大本営の対立/山県第一軍司令官の更迭/第一軍の海城攻略作戦/遼河平原の戦闘/講和を絡めた山東作戦・台湾占領作戦の提起/山東作戦による北洋海軍の壊滅
  • 第5章 戦争体験と「国民」の形成
    • Ⅰ メディアと戦争 新聞、新技術、従軍記者
      朝鮮に向かう新聞記者たち/強化される言論統制/国民の戦争支持と情報開示/新技術導入と『朝日新聞』の戦略/『朝日新聞』の取材体制/高級紙『時事新報』の戦争報道/浅井忠と「画報隊」/『国民新聞』と日本画家久保田米僊父子/写真と絵画の差異/川崎三郎『日清戦史』全七巻
    • Ⅱ 地域と戦争
      義勇兵と軍夫/軍夫募集/兵士の動員と歓送/戦場と地域を結んだ地方紙/『扶桑新聞』記者鈴木経勲/盛況だった戦況報告会/凱旋帰国と人々の歓迎/追悼・慰霊 “選別”と東北の事情/福島県庁文書が残す「地域と戦争」/動員と査定 町村長たちの“勤務評価”/日清戦争と沖縄/その後の沖縄
  • 第6章 下関講和条約と台湾侵攻
    • Ⅰ 講和条約調印と三国干渉
      直隷決戦準備/征清大総督府の渡清/李鴻章の講和全権使節就任/交渉開始と李鴻章へのテロ/清の苦悩と条約調印/三国干渉 露独仏の遼東半島還付の要求/遼東半島返還と「臥薪嘗胆」
    • Ⅱ 台湾の抗日闘争、朝鮮の義兵闘争
      台湾総督府と「台湾民主国」/日本軍の増派/南進作戦の遂行への激しい抵抗/「台湾平定宣言」後も終わらない戦闘/閔妃殺害事件/抗日義兵闘争と露館播遷
  • 終章 日清戦争とは何だったのか
    戦争の規模/戦争相手国と戦争の継続期間/だれが、なぜ、開戦を決断したのか/未熟な戦時外交/困難な戦争指導/戦費と日清戦後経営
  • あとがき
  • 参考文献/日清戦争関連年表

【感想は?】

 思い込みが次々と覆され、いっそ気持ちがいい。

 この本は単に軍事だけを扱うのではなく、外交はもちろん内政や国民の反応、そして関係各国の立場の変化までも視野に入れた、総合的な視点で日清戦争を捉えた本だ。新書なので細かい部分は省いているが、それだけに日清戦争の全貌を掴むには適した本だろう。

 ちなみに日本の外交の失敗や軍の暴走も容赦なく書いているので、「日本偉い」が好きな人には向かない。

 話は朝鮮半島から始まる。清の属国か独立国かが曖昧な上に、国内は改革を求める開化派と守旧的な東学派の対立、宮廷内の政権争いに加え、米と豆の輸出が物価高騰を招き庶民の不満が募り…と、物騒かつ複雑な様相。

 全般的に日本の介入は、現地の者が伊藤内閣の意向を無視して強引に独走し、結果として朝鮮の国民感情を逆なでし、更に状況を悪化させていったように書かれている。清との戦いでも前線の師団長が勝手に進軍して戦闘に入ってたり。

 幸か不幸か、師団長の独走は往々にして戦闘の勝利につながり、これが後の関東軍独走へとつながったんじゃないか、とか思ってしまう。もっとも前線指揮官が独走しても結果オーライなら不問って文化は常勝のイスラエル軍も同じなので、当時の日本の未熟さだけが原因じゃないのかも。

 一言で戦争と言っても、敵国の完全支配を目指す全面戦争と、権益や一部地域の支配が目的の局地戦があって、日清戦争は局地戦だと思っていたんだが、一部の軍人は全面戦争も覚悟していたみたいだ。

「作戦大方針」の要点は、黄海・渤海の制海権を掌握し、秋までに陸軍主力を渤海湾北岸に輸送して、首都である北京周辺一帯での直隷決戦を清軍と行うというもので、短期決戦をめざしていた。
  ――第2章 朝鮮への出兵から日清開戦へ

 終戦間際にも直隷平原に陸軍兵力の大半を輸送する計画があって、この野望が泥沼の日中戦争へとつながったんだろうか。同じような悪いクセは他にもあって…

明治期の日本陸軍の最大の弱点は、軍馬の不足と不良であったと言っても過言ではない。
  ――第3章 朝鮮半島の占領

 と、兵站軽視も根が深い。「輜重輸卒は在営期間が短く、日中戦争期までは昇進できず二等兵で終わることが多かった」とかもあるし。なお輜重輸卒は荷を担いで運ぶ人で、馬で運ぶ輜重兵は普通の兵と同じに扱われた模様。

 これを補うのが、軍夫って制度。輸送任務をこなす人たちで、今なら輸送部隊や民間軍事企業が担う役割で、立場的には民間人。だもんで凍傷を負ったら解雇だし、戦死者にも数えられないし、亡くなっても軍は祀らない。書いてないけど、たぶん恩給も出ないんだろう。酷い話だ。対して民間の態度は…

他所からやってきた第二師団の将校も追悼の対象に含まれたが、主体は戦没した東北の人々であり、軍人と軍夫の差はなかった。
  ――第5章 戦争体験と「国民」の形成

 と、「おらが村の犠牲者」として、区別しなかった様子。こういう兵站軽視は平壌の戦い(→Wikipedia)などで危機的な状況に陥るんだが、清側が勝手にコケる幸運に何度も助けられる。ただ、平壌の戦いの部分では、清側の事情を全く書いていないので、読んでて不思議さにポカンとなってしまった。

 などの軍事的な事柄に加え、「第5章 戦争体験と「国民」の形成 」があるのも、本書の大きな特徴。

 特に「Ⅰ メディアと戦争 新聞、新技術、従軍記者」は、メディアが戦争をどう取材し伝え、その反響はどうだったかをまとめるだけでなく、当時のメディア事情も書き込んで、あの頃はメディアも革命期だったのだな、としみじみ感じさせる。

 基本は文字だが、画像も活用してて、洋画家・日本画家などの絵に加え、写真もガラス乾板とフィルムが混在した状態。これは新聞の印刷でも問題になって…

 大日本帝国の陸軍は出身地ごとに部隊を編成しているためか、出身地方の地方紙は「故郷の新聞は師団長から一兵卒・軍夫までが熟読する故郷の便りであった」なんて風景は、少し前に読んだ「戦地の図書館」を思い浮かべてしまう。

 旅順虐殺事件(→Wikipedia)などの苦い話も盛り込み、兵器の優劣や日本側の外交の不備など教科書で習ったのとは大きく違う話も多く、私にとっては次々と驚きが続く本だった。やっぱり歴史も知識を更新しないといけないんだなあ。

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2017年3月20日 (月)

M・R・ケアリー「パンドラの少女」東京創元社 茂木健訳

すべてのものには、ふたつの面がある。だけどそれを確かめるには、匣を開けるしかない。

兵隊であるパークスが最も得意としているのは、解決策がひとつしかない問題を迅速に処理することだ。

【どんな本?】

 イギリス生まれでアメコミの原作を書いていたマイク・ケアリーが、M・R・ケアリー名義で発表した長編ゾンビ小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇でも、17位に食い込んだ。

 近未来のイギリス、ロンドン郊外。謎の奇病により人類の大半は知性を失いゾンビと化すが、郊外の街ビーコンに立てこもり生き延びた者もいた。奇妙な事にゾンビとなりながらも知性を持つ子供たちが見つかり、ビーコンの北120kmほどの<基地>に集め研究していた。

 しかし<基地>は襲われ、脱出できたのは五人だけ。優秀な軍曹パークス、ヒヨッコ一等兵ギャラガー、熱心な研究者ドクター・コールドウェル、熱血教師ジャスティノー、そしてゾンビ少女のメラニー。ゾンビがうろつくイングランド南部を、120km南のビーコンを目指し五人は進む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Girl With All The Gifts, M. R. Carey, 2014。日本語版は2016年4月28日初版。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約383頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント24字×20行×2段×383頁=約367,680字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ゾンビ化の真相がちと専門的だが、まあハッタリです。

【どんな話?】

 近未来。<大崩壊>をもたらしたのは、謎の奇病だった。罹患した者は知性を失って<飢えた奴ら>=ハングリーズとなり、他の者に噛みつく。噛みつかれた者もハングリーズとなり、人を襲い始める。しかも、ハングリーズは百キロ以上遠くからでも人の臭いを嗅ぎつけ、凄まじい勢いで追いかけてくるのである。

 世界規模で同時に発生した奇病により人類の文明は崩壊、運良く助かった少数の者が郊外の街に立てこもり、対策を練っていた。

 その研究は、ロンドンの北50kmほどにある<基地>で行われている。ハングリーズとなりながらも、なぜか知性を失わない者が見つかったのだ。全て幼い子供ばかり。<基地>では、そんな子供たちを狩り集め、教育を施し、またハングリーズに対抗するための研究が続いていた。

 メラニーは10歳。基地で暮らすハングリーズの一人だ。楽しみはミス・ジャスティノーの授業。授業中は車椅子に縛りつけられ、頭すら動かせない。それでも、ミス・ジャスティノーが教えてくれるお話が大好きだった。いつか、多くの人が住むというビーコンに行きたいと思っている。

 ときどき、何の前触れもなく子供が消える事がある。最初はヴェロニカだった。次にリアムとマルシア。そして、メラニーの番が来た。

【感想は?】

 まず発想がおかしい←ほめてます。なんたって、視点がゾンビだ。

 主人公はゾンビ少女のメラニー10歳。いやゾンビではなく作中では<飢えた奴ら>=ハングリーズとなってるけど。にも関わらず、なぜかメラニーは人としての意識は保ち続けている。

 ゾンビの性質も、俗説とは少し違う。タフでなかなか死なず、人を襲い、噛まれて伝染するのは同じなんだが、イザとなった時の運動能力はチーター並み。幸いお馬鹿なのも俗説と同じなんだが、稀にメラニーのような子供ゾンビもいる。

 で、ゾンビ少女のメラニー視点で始まるあたりが、とってもおかしい。

 このメラニー、なかなか賢い子なんだけど、<基地>以外の世界を全く知らない。かなり酷い扱いを受けてるんだが、そこしか知らないから恨みもへったくれもなく、素直にミス・ジャスティノーを慕うあたりが、実に泣かせます。

 そんなメラニーに嫌われるドクター・コールドウェルが、これまた見事なマッド・サイエンティストで。過去の因縁もあってか、世界で最も大切なのは己の研究と信じて疑わず、一切の感情を排して研究に向き合う姿は、まさしく研究者の鑑。当然、実験動物の気持なんか全く斟酌しません、はい。

 そんなわけで、メラニー視点で描かれる彼女の姿は、コールドを含む名前もあって、あまし芳しいもんじゃないけど、終盤で彼女が見せるプロ意識は、なかなか感動的だったりする。

 やはりプロに徹しているのが、基地を守る兵をまとめるパークス軍曹。なぜか将校が来なくなった基地を、指揮官としての優れた手腕でまとめあげ、また若く頼りない部下たちに対しても、厳しいながら加減を心得えた的確なもの。失敗した部下に対しても、無駄な叱責はせず実用的なアドバイスを教えるあたり、理想的な下士官でもある。

 そんなパークスも、前半じゃ謹厳実直で脳筋な石頭に見えるんだが、旅を続けるに従い次第に印象が変わってくるのが、ちょっとした読みどころ。

 この印象を変える役割を受け持つのが、ヘタレ一等兵のギャラガー。軍に入ったいきさつもあり、パークスを心の芯から敬う若者。いろいろと頼りない所もあるけど、煩悩を持て余す年頃でありながら、なんとかパークスに認められようと頑張るあたりは、ちょっと可愛かったり。

 そしてメラニーに慕われる教師のミス・ジャスティノーは、主人公の補佐役に相応しいホスタビリティあふれるいい人。著者も教職の前歴があるためか、教え子を思いやる教師の気持ちがしみじみと伝わってくる。それが行き過ぎて困ったことになる時もあるんだけど。

 などの五人組が、ゾンビだらけのイングランド南部を突っ切る旅が、このお話の中心。

 なんだが、怖いのはゾンビだけじゃないあたりが、ヒネリの効いた所。<廃品漁り>=ジャンカーズと呼ばれる連中だ。人間でありながらビーコンへは移らず、群れをなし弱肉強食の世界で生きている。つまりはヒャッハーな連中です。彼らが単なる敵役だけじゃないのも、この作品の巧妙な所。

 基地での日々を描く冒頭はややモタつくけど、五人が旅に出てからの中盤以降は緊張と驚きの連続で飽きさせない上に、旅の中でそれぞれの人物像が次第に変わってゆくのも面白い。そしてもちろん、アッと驚くエンディングも。

 ゾンビ物だけあって、肉体が蹂躙されるエグい場面も多いけど、ゾンビの真相はよく考えられてるし、なんたってゾンビ視点ってのがユニークな上に、エンディングもセンス・オブ・ワンダーを感じさせる優れもの。なお、既に映画化されていて、Youtube で予告が見られます。

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2017年3月19日 (日)

スチュアート・アイサコフ「ピアノの歴史」河出書房新社 中村友訳

 本書はピアノにまつわる物語だ。演奏者、発明家、巨匠に自称巨匠、教師に生徒、後援者、批評家、プロモーターたちが登場するが、みんなピアノの芸術性追求に生涯を捧げている人たちだ。これらの人たちの力が合わさって、かつて人間が作り出した最も重要な楽器の興味深い物語が誕生した。
  ――第一章 伝統の蓄積

ムスティスラフ・ロストロボーヴィチ「ぼくらはパイロットじゃないんだからね。間違ったところで、みんな死にはしないよ」
  ――第五章 巡業する演奏家たち

ジャズは遠心力、つねに、境界線を外に押し広げようとする力だ。
  ――第九章 リズミスト

どういうわけか、練習は苦痛を伴うものだという認識が、19世紀においては一般的になった。
  ――第十四章 世界進出への鍵

【どんな本?】

 紳士淑女が集うクラシックのコンサートで、酔客がたむろし紫煙漂う酒場で、子供たちが歌う音楽教室で、ピアノは音楽を奏でる。小鳥の軽やかなさえずりから、力強く進む列車、そして嵐の咆哮まで、ピアノは音で描き出す。

 先祖のハープシコード(チャンバロ)から、どのような経過を辿ってピアノは生まれたのか。ピアノはどのように普及し、受け入れられたのか。歴代の演奏家や作曲家は、ピアノの可能性と表現力を、どのように押し広げていったのか。そして現代の演奏家や作曲家たちは、どんな挑戦を続けているのか。

 モーツァルトからオスカー・ピーターソンまで、綺羅星のごとく並ぶ音楽家たちと共に、ピアノとピアノ曲の歴史を辿る、一般向けの音楽史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Natural History of the PIANO : The Instrument, the Music, the Musicians--from Mozart to Modern Jazz and Everything in Between, by Stuart Isacoff, 2011。日本語版は2013年5月30日初版発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約425頁に加え、青柳いずみこの解説6頁。9.5ポイント44字×19行×425頁=約355,300字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら上下巻にわけてもいい分量。

 文章はこなれている。内容は特に難しくないが、出てくる作曲家・演奏家はクラシックの人が多いので、クラシックが好きな人ほど楽しめる。私はクラシックはからしきなので、ちょっと辛かった。ピアノの演奏技術を語る部分も多いが、別にピアノを弾けなくても、「鍵盤は左が低音で右が高音」程度にわかっていれば、雰囲気は掴める。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読むのが無難だが、随所に有名な音楽家のエピソードを綴るコラムが入るので、そこを拾い読みしてもいい。贅沢を言うと、人名索引が欲しかった。

  • 第一章 伝統の蓄積
  • 第二章 ピアノ誕生
  • 第三章 ピアノ界のスーパースター誕生
  • 第四章 ピアノ熱
  • 第五章 巡業する演奏家たち
  • 第六章 四つの音
  • 第七章 燃焼派
    • 第一部 新約聖書
    • 第二部 火は燃え続ける
  • 第八章 錬金術師
    • 第一部 化学
    • 第二部 ショックと畏敬
  • 第九章 リズミスト
    • 第一部 アメリカの冒険の始まり
    • 第二部 オール・ザット・ジャズ
    • 第三部 揺るがぬリズム?
      それとも危ういリズム?
  • 第十章 メロディスト
    • 第一部 心に正直に
    • 第二部 わが道を行く
  • 第十一章 洗練と土着
  • 第十二章 ロシア人たちがやってくる
  • 第十三章 ドイツ人とその親戚
  • 第十四章 世界進出への鍵
  • 第十五章 最前線で
  • 第十六章 温故知新
  • 補遺:補足事項
  • コラムに登場する人物紹介
  • 謝辞/解説 青柳いずみこ/出典その他

【感想は?】

 引用したい文や台詞がいっぱいある。

 オスカー・ピーターソンの「これがぼくの治療さ」から始まって、ルイス・モロー・ゴットシャルクの「詩はしばしば美徳と対立する」とか、ビリー・ジョエルの「わたしは、自分で作曲したクラシックの作品をロックンロールに編曲している」とか。

 お堅いと思っていたクラシックも、実は守旧と革命の歴史なんだなあ。そもそも、肝心のピアノ自体が、次第に進化してきた楽器だし。

 ピアノの親はハープシコード(チェンバロ、→Wikipedia)。見た目はピアノに似てるし、弾き方も近いが、音の出し方が違う。ハープシコードは爪で弦をひっかくので、音に強弱がつけられず、どうしても単調な感じになる。

 これを改造したのが、なんとフェルディナンド・デ・メディチ(→Wikipedia)と、職人バルトロメオ・クリストフォリ(→Wikipedia)。ハープシコードが弦をひっかくのに対し、ハンマーが弦を叩くようにした。と共に、自動的にハンマーを元の位置に戻す「アクション」(→Wikipedia)も発明している。一種のカムかな?

 と言っちゃえば簡単だが、やたら部品が多くて精密かつ頑丈でないとマズい機構で、こんなん鍵盤の数だけ用意するとなると、それなりに腕のいい職人を集め相応の手間暇かける必要があって、そりゃ大公子でもないと資金が続かないだろうなあ。

 もっとも弦をハンマーで叩くって発想には先達がいて、クラヴィコード(→Wikipedia)がそれ。ただ音が小さいのが弱点。これはリュートがギターに駆逐された経緯に似てるなあ。でも最近は電気化されクラヴィネットとしてスティーヴィー・ワンダーの迷信とかで活躍してるね。

 ピアノに戻ると、音も「今より乾いた感じで、より小さく、よりきびきびした響きを持っていた」。たぶん構造材の制限で、減の張力をあまり強くできないのも原因の一端なんだろう。他にも様々な効果をつけるペダルなどの発明で、ピアノの表現力は次第に広がってゆく。

 今でもポップ・ミュージックの音楽家たちはシンセサイザーをいじくりまわしたり波形エディタを使ったりして新しい音を探してるけど、こういう新しい音を求める気持ちってのは、昔からあったのね、と変に感心したり。

 Journey が Wheel in the Sky で演奏ツアー暮らしの厳しさをボヤいてるけど、昔のドサ周りはもっと厳しかった様子。神童と呼ばれたモーツァルトも父レオポルドに連れられ欧州ツアーに出かけたが、どの道中はレオポルド曰く…

「通行不可能な道、乗り心地の悪い馬車、惨めな宿、強欲な宿屋の主人、堕落した税関検査官、旅人を狙う追いはぎ」

 と、半端なくシンドい道中だった様子。19世紀ロシアのアントン・ルビンシテインも、「239日間で215回のコンサート」なんて無茶なアメリカ・ツアーをやってる。たんまり稼いだのはいいが、やっぱり懲りたようで、「ただ機械的に演奏するだけのロボットになってしまう」と、次の誘いは断ってる。

 音そのものに加え、演奏法や曲も、1889年のパリ万博で披露されたガムランに衝撃を食らったり、アメリカじゃアイルランド移民が持ち込んだダンスに影響を受けたりと、クラシックも常に新しい物を求めてるってのは、意外な発見だった。

 全般的に高名な作曲家や演奏家の話が多いけど、普通の音楽好きな人の話も楽しい。

 例えば自動ピアノ。ロール紙に曲を記録し、それを別の自動ピアノに設定すれば、演奏を再生する。これ、19世紀末~20世紀初期に流行ったモノで、どうやらちょっと前のレコードや CD の役割を果たしていたらしい。つまり、家庭で好きな曲を楽しむための機械ってわけ。

 やはり人が音楽を求める想いの強さを感じさせるのが、GIピアノ。第二次世界大戦中、なんと米軍は戦場にピアノを飛行機から投下してたとか。そのため、スタンウェイは専用のタフなピアノを開発しましたとさ。なんちゅう贅沢な。そういえば「イワンの戦争」でも、赤軍がドイツ軍に楽譜をねだるエピソードがあったなあ。

 などと、ピアノに疎い私でも楽しめるエピソードがいっぱい。ピアノに限らず、音楽好きには美味しく味わえる本だ。ただ、出てきた曲やピアニストの演奏を Youtube で漁り始めると、なかなか読み進められないのが欠点w

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2017年3月15日 (水)

吉田エン「世界の終わりの壁際で」ハヤカワ文庫JA

 西の空。そこには<壁>があった。
 かつて、山手線と呼ばれた鉄道の沿線に築かれた巨大な壁。その見渡す限り果てのない黒い壁の内側には、美しく、整った、まるで天国のような街があると、片桐を育ててくれた孤児院の住職が言っていた。

【どんな本?】

 2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 近未来の東京。数十年後に迫った大異変に備えるため、山手線をなぞるように巨大な壁が築かれている。壁の中の者は異変を逃れ、豊かで安全に暮らせるという。

 だが壁の外でも、人々は暮らしていた。抜け目なく立ち回れば、貧しくともなんとか生きてはいける。片桐音也は、有り金はたいて装備を買い集め、ゲーム<フラグメンツ>で勝ち残り一攫千金を狙うが、軽く蹴散らされてしまう。桁違いの金をかけた身体改造者、壁の中の住民が対戦相手だったのだ。

 素寒貧になった音也は、旧友の保坂に誘われ、ヤバい仕事に手を出す羽目になる。勢力拡大に熱心な新興組織ブラザーフット絡みだ。嫌な予感は当たり、音也はトラブルに巻き込まれるばかりでなく、正体不明で物騒なモノを背負い込む羽目になり…

 ゲーム,ボーイ・ミーツ・ガール,貧しい少年の野望など、娯楽作品の定番を揃え勢いのあるアクションで引っ張りながら、骨太なアイデアに支えられた世界観を示した、勢いのある長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。9ポイント40字×17行×382頁=約259,760字、400字詰め原稿用紙で約650枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容は、一部のガジェットを除き、かなり親切。難しそうな部分もあるが、理屈はわからなくても、ストーリーに絡む重要なツボは感覚的に伝わるよう、巧く書き方を工夫している。

【感想は?】

 バトル・アクションを中心とした娯楽小説として、新人とは思えぬ巧さ。こう言っちゃなんだが、電撃文庫で電撃向けの味付けで出したら、もっと売れると思う。

 出だしからして見事。ゲームでのし上がろうと野望を抱く貧しい少年が、全財産をかけ揃えた装備で一発勝負に臨むが、圧倒的な資金を誇る金持ちプレーヤーに一蹴される。ちょっと古臭い感はあるが、少年漫画の王道を感じさせる導入部だ。

 壁で区切られた世界で、その壁を乗り越えようと足掻く少年は、ヤバい橋を渡る過程で曰くありげなシロモノを手に入れ、また不思議な少女と出会い…

 と、幾つもの謎を示した上で、更なる冒険を予感させる、多少古臭くはあるけど少年漫画の安定感ある王道を感じさせる開幕。当然、そういった読者の期待は裏切られることなく、主人公の片桐音也は次々と危機に見舞われ、その度に激しいアクションが展開する。

 このバトル・アクションの書き方が、これまた少年漫画の王道で。それぞれの闘いに、「なぜ闘うのか」「誰と闘うのか」「どう闘うのか」が、キチンと意味を持っているのだ。お陰で、バトル突入の唐突感がない上に、読み進めるほど伏線が効いてきて、読者は本を閉じるキッカケが掴めなくなる。

 しかも、主人公が若いだけに、少しづつ変わっていくのもいい。最初はゲームで成り上がる事しか考えてないチンピラな音也が、それぞれの闘いや出会い、そして世界の仕組みを知るにつれ、冒険物語のヒーローに相応しい人物に育ってゆく。こういうのが、とっても気持ちがいいのだ。

 そうやって育ってゆくのが、主人公だけじゃないのも、電撃向きな所。音也が彼女を変えてゆき、彼女も音也を変えてゆく。ただ、誰がメイン・ヒロインかは、読者によって意見が分かれるだろうなあ。ほんと、途中からグッと可愛くなるんだ、彼女。

 対して、オトナたちは、それぞれが確固たる性格を持ってて、あまり変わらないのも、オジサンには厳しいけど若い読者にはウケそうだし。

 SFとしても、最近流行りのアレについて、ちゃんと理論的な基礎から現在技術の延長に至るまで何歩か先を見通して設定を築き上げてるんだけど、そういった舞台裏はサラリと流して、理科や数学が苦手な人にも伝わるようになってる。

 でありながら、マニア向けのクスグリも、本筋に関係ない形でさりげなく散りばめているのが嬉しい。「不具合じゃなくて仕様」とかw

 と、とっても面白い作品だし、特に終盤はガンガンと盛り上がって、速く読み進めたくなるんだが、ここで決め台詞が、ちょっと。

 いや決め台詞はカッコいいんだ。ただ、読者は盛り上がってるから、気持ちが逸ってて、「ど、どうなるんだ!」と早く続きが読みたくてしょうがない。そこに決め台詞が、あまし目立たない形で入っちゃってる。これがとってももったいない。私はサラリと読んじゃって、「あれ、今のかなりカッコよくね?」と逸る心を押さえて頁を戻すと、やっぱりカッコいいんだな。呼び方だけなのに。

 のし上がろうとする少年が、大きな運命に飲み込まれ、様々な人々と出会い、生き延びるために闘い続ける中で、世界の姿を知り、成長してゆく、鉄板の娯楽アクション作品。たぶんSFじゃなくても商業的に成功しそうな気配がする著者だけど、SFも書き続けてくださいお願いします。

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2017年3月14日 (火)

フランク・スウェイン「ゾンビの科学 よみがえりとコントロールの探求」インターシフト 西田美緒子訳

マニサにあるジェラルバヤル大学のコル・イェレリ教授は幅広く調査を行い、トルコの交通事故の多くは、実際には市民の脳に侵入した寄生生物によって画策されていることを発見した。
  ――第6章 感染プログラム

【どんな本?】

 ゾンビ。ハイチに伝わる、歩く屍。歩いて動き回るのなら、それは生者とどう違うんだろう? そもそも死者と生者の違いは? ゾンビは本当に存在するんだろうか? ヒトをゾンビにする方法はあるんだろうか?

 一見お馬鹿な疑問のようだが、生と死の狭間にある溝を越えようと足掻いた者は多く、また生物界には恐るべき精密さで宿主を操る寄生生物もいる。医学の歴史から最新の神経科学、奇想天外な寄生生物の生態から諜報機関の怪しげな計画まで、サイエンス・ライターの著者が不気味で魅力的なエピソードをたっぷり交えて送る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Make a Zombie : The Real Life (and Death) Science of Reanimation and Mind Control, by Frank Swain, 2013。日本語版は2015年7月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約219頁に加え、本書出版プロデューサー真柴隆弘の解説2頁。9.5ポイント44字×19行×219頁=約183,084字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ときおり見慣れない生物や化学物質や脳の部位の名前が出てくるが、「そういうモノがあるのね」程度に思っておけば充分。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 眠れなくなるような真実
  • 第1章 ゾンビの作り方
    • 本物のゾンビを追って
    • 棺のなかの釘
    • 教授とブギーマン
    • 脳のスイッチをしばらく切る
    • 眠れない人口冬眠
  • 第2章 よみがえりの医療
    • 死の境界から連れ戻す
    • 生命の電気
    • 死んだロシア人がやってくる
    • シーソーに揺られて
    • 柔道の「活」は動物に効く?
    • 臨死への冒険
    • 青に埋もれる
  • 第3章 マインドコントロールの秘密兵器
    • 脳が腐る
    • 洗脳されたスパイを育てる
    • 身も心もリクルートされて
    • 服従してしまう心理
    • 信じることが見えること
  • 第4章 行動を遠隔操作する
    • すべては脳の中に
    • 隠れ家に踏み込む
    • 心を取り除く
    • 喜びを生む機械
    • 昆虫偵察機
  • 第5章 脳を操る寄生生物
    • 生きた備蓄食料兼育児室
    • 奴隷になった乳母
    • 考える帽子
    • ゴルディオンの結び目
    • 体が戦場
  • 第6章 感染プログラム
    • キスで封印
    • 憂鬱の汚れた空気
    • 激怒に感染する
    • ネコからヒトへ乗り移る
    • 統合失調症の原因?
  • 第7章 人体資源
    • 生命エネルギーを取り出す
    • 冷たい血の中で
    • 臓器のサプライチェーン
    • ヒューマン・ヴェジタブル
    • 死者から授かった子ども
    • 格別のごちそう
  • エピローグ あなたもゾンビだ
  • 謝辞/注/参考文献/解説

【感想は?】

 キワモノっぽいタイトルだし、各頁も真っ黒に縁どられてて、とっても怪しげ。

 だもんで、「どうせアレな本だろう」などと思い込んで見逃したら、もったいない。実は真面目な、でもってとっても楽しい科学エッセイ集だ。アイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイが好きなら、読んで損はない。もちろん、ゾンビが大好きな人も。

 ただし、ネタがネタだけに、結構エグい所はある。それは覚悟しよう。

 中でも印象に残るのは、ロシアの科学者セルゲイ・ブリュコネンコの実験。なんと犬を首だけで生かす事に成功し、その様子の映画を1943年に公開している。今でいう人工心肺装置を作り上げたわけだが、当時はキワモノのように思われていた模様。

 これが犬だけで済んでりゃよかったが、そのうち人間で試してみようって人も出てきて…。このあたりは、科学エッセイというよりホラーに近い。

 死体を動かすのは無理でも、生きてる人間なら操れるんじゃね? と考える奴もいる。そこでまず出てくるのが薬物。有名な暗殺組織アサシンはルーキーに大麻を与えて洗脳したとされるが、「どうやらおもしろおかしい作り話にすぎないらしい」。いけず。

でも現実はもっと過酷で、例えばシエラレオネ内戦じゃ少年兵をヤク漬けにして使い捨てにしてる。「アメリカン・スナイパー」でも、イラクのテロリストは麻薬を使いハイになった状態で戦っているとか。

 操れないまでも、正気を失った者は色々と使い道がある。女を酔い潰してムニャムニャなんてのは常道で、海外旅行先で貰った飲み物に変な薬が入ってて、なんてのもありがち。どころか、薬も使わず電話だけで若い娘さんにストリップさせたエピソードも出てくる。

 もちっとハイテクを使う方法だと、脳に電極を埋め込む話も出てくる。さすがに思考までは操れないけど、腹立つとか心地いいとかの気分は操れるらしい。ヤバくはあるけど役にも立って、狂暴な男の小脳に電極を差し、「五分おきに怒りを鎮めるパルスを送」ったところ、見事に症状が改善したとか。困ったことに、こういう装置に興味を持つのは医療関係者ばかりとは限らず…

このあたり、著者はアッサリ流しちゃってるけど、実は難しい問題を投げかけてるんだよね。例えば暴行や傷害で服役してる人の何割かは、感情にブレーキが利かない人なわけで、こういう措置を講じれば再犯の恐れはなくなると思うんだけど、果たして世間はそれで納得するんだろうか?

 ハイテクの次はバイテクとばかりに、寄生生物の恐ろしい戦略も実に恐ろしい。今でも約二億人が犠牲になっているマラリア、これに感染した人は、蚊に狙われやすくなるというから怖い。マラリア原虫が、汗や息のにおいを変えちゃうのだ。ただし、どうやってるのかは、今でも不明。原虫のくせに。

 狂犬病もおっかない上に、歴史も古い。なんと四千年前のメソポタミアで法律ができてる。曰く、「狂犬病にかかったイヌをちゃんと管理していなかった飼い主に重い罰金を科す」と。18世紀のロンドンは犬にとって受難の街で…

 とはいえ、現代日本じゃまずもって狂犬病に罹る事はないんで一安心なんだが、思いもよらぬ所から侵入者はやってくる。その名もトキソプラズマ(→Wikipedia)。猫好きは納得しがたいだろうけど、猫から感染する時もある。もっとも一番多いのは「生焼けの肉を食べる社会ほど感染率も高い」。

 Wikipedia にもあるように、成人は感染しても大した自覚症状は出ない。ちょっと体の調子が悪いかな、って程度。でも性格が変わっちゃうのだ。これは男と女じゃ影響が違って…

男性は軽率になり、ルールを無視する傾向が強く、「より功利主義的で、疑い深く、独善的」にもなる。(略)女性は「より心温かく、社交的で、誠実で、粘り強く、道徳的」になる。

 加えて運動能力も低くなり、交通事故を起こしやすくなるばかりか、統合失調症とも関係がありそう。もっともこれは、「あんま関係ないみたい」って結果が出てる実験もあるんだけど。

 他にもラフガディオ・ハーンが出てきたり、毒ハチミツで戦争に勝つ話とか、プルシアンブルー誕生秘話など、トリビアがいっぱい。読み終えた後は思わず手を洗いたくなるのが、唯一の欠点かも。

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2017年3月13日 (月)

筒井康隆「モナドの領域」新潮社

「ヒトは神よりも奇蹟を求めるもんだ」

【どんな本?】

 日本SF界の巨星・筒井康隆が、「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と高らかに宣言した、最新の長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、6位に輝いた。

 土手の河川敷で、若い女のものと思われる片腕が見つかり、警察が捜査に乗り出す。その直後、現場近くの公園で片足が見つかった。同じころ、商店街のベーカリーでは、アルバイトの代役で入った美大生の栗本健太が、人間の腕そっくりのパンを焼き上げ、ちょっとした評判を呼ぶ。

 ミステリとして始まった物語は、現代の救世主をめぐる寓話へと向かい、宇宙・神・正義・創作などを巡る哲学的な対話へと発展してゆく。短い作品の中に、筒井康隆のエッセンスを濃縮して詰めこみながらも、親しみやすい読み心地を維持した、ベテランの余裕あふれる作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約209頁。9.5ポイント41字×17行×209頁=約145,673字、400字詰め原稿用紙で約365枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章はこなれているが、内容は一部に難しい部分がある。作品名のモナド(→Wikipedia)が示すように、ここで必要なのは哲学や神学の素養。もっとも、わかんなくても、ソレナリに楽しめるようになっている。というか、私は哲学や神学はからきしなんだけど、それでも楽しく読めた。

【感想は?】

 今の筒井康隆だから世に出せる作品。

 と書くと駄作のように思う人もいるが、もちろん違う。今まで筒井康隆はタブーを散々破ってきたし、実験的な作品も下品な表現もやり尽くしてきた上で、商業的にも成功を収めた。「もう何も怖くない」状態だ。どんな作品だって出版できる立場にいる。

 そんな筒井康隆の最新作がどうなるかと思ったら、出だしは意外と大人しい。まるで普通のミステリみたいだ。「虚航船団」のように、一行目から向かない読者を振り落としたりはしないし、欲望丸出しの下品な台詞も控えめで、万人向けの作品のように見える。

 もちろん、これは罠だ。実に人が悪い。

 人の腕型のパンのエピソードに続き、身近に表れた神(のような存在)を名乗る者と、その周りに集まる人々との会話へと物語は向かう。ちなみにここでの神は、アブラハムの宗教でいう創造主であって、日本やインドの神話に出てくる、人格を持った神様たちではない。

 創造主(のようなもの)を自称するわりに、彼が告げる事柄が、意外と庶民的なのが可笑しい。ヨーグルトの賞味期限やら失せ物探しやら戸締りやら短いスカートやら。

 なんとも世知辛い神様だよなあ、などと侮りたくもなるが、私たちの想像力なんてのは限られたもので、宇宙の運命なんぞを告げられてもピンとこないんだよねえ。確かめようもないし。でも、今持ってるヨーグルトの賞味期限なら、パッケージを見ればスグにわかるわけで。

 と、身近で親しみやすいネタに加え、新興宗教のいかがわしさも漂わせて厨二心を刺激し、読者をグイグイと物語世界へと引き込み、次第に著者の仕掛けた罠へと誘ってゆく。

 罠の口が閉じ始めるのが、続く法廷劇の場面。なにせ被告が被告なもので、まっとうな裁判としては進まない中、著者らしいギャグ風味も交え、一見有罪無罪を争う裁判の体裁を取りながら、多くの人が近寄りがたいと感じている神学や哲学の問題へと、読者を誘ってゆく。

 やがて物語は、続く討論会の場面での聖俗ごたまぜな対話へと向かい、罠の口はガッチリと閉じ…

 ここまでくれば、もはや著者はやりたい放題。宇宙論から現代日本の風俗、ビジネスのヒントから創作論、有限と無限や戦争と平和から聖書の解釈、そしてもちろん神の存在に至るまで、短いながらも端的な文章でバッサバサと斬りまくりだ。

 ここで展開されるGODの世界観や価値観と、それに基づいて下される具体的な判断は、同時に著者が著してきた多くの作品を読み解く鍵でもある。聖も俗も区別せず、成功者を嫉む人の卑しさと形而上学的な思索も等しく扱い、セルフパロディーを織りまぜた再帰的な構造で世界を描き出す。その根底には、どんな考え方があったのか。多くの文学的な冒険を経て、筒井康隆はどこに至ったのか。

 などと小難しい事は考えず、ツツイ流の奇妙なミステリ、または救世主を巡る現代日本の騒動として読んでも、もちろん充分に楽しめる。

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2017年3月12日 (日)

ジョーゼフ・キャンベル「千の顔を持つ英雄 上・下」ハヤカワ文庫NF 倉田真木・斎藤静代・関根光宏訳

本書の目的は、(略)宗教上の人物や神話に出てくる人物の姿に形を変えられてしまった真実を、明らかにすることである。
  ――1949年版序文

夢は個人に属する神話で、神話は個人を排した夢である。
  ――プロローグ モノミス 神話の原形 1.神話と夢

神話は、伝記や歴史、宇宙論として誤読されている心理学なのである。
  ――第二部 宇宙創成の円環 第一章 流出 1.心理学から形而上学へ

【どんな本?】

 テセウスやギルガメシュなどの英雄の冒険、オルフェウスやイザナギの冥界行きなど、世界の神話や英雄物語には、幾つかの似たパターンがある。それは、人間の深層心理を表しているのではないか?

 ギリシャ神話・北欧神話・聖書・仏典など有名なものから、アルジェリアのヨルバ族・ニュージーランドのマオリ族・アメリカのブラックフット族などマニアックな民話まで広くかき集め、その共通点を洗い出した上で、フロイトやユングの精神分析の手法によって解析し、これらの物語が示す真実を明るみに出そうとする、神話学の古典である。

 と同時に、ジョージ・ルーカスのスター・ウォーズに大きな影響を与えたエピソードで有名なように、「面白い物語」の構造を示す、クリエイターのアンチョコでもある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hero With a Thousand Faces, by Joseph Campbell, 1949。私が読んだ日本語版は2015年12月25日発行のハヤカワ文庫NFの新訳版。それ以前だと、遅くとも1984年1月に人文書院から単行本が出ている。

 文庫本で上下巻、縦一段組みで本文約275頁+279頁=約554頁に加え、風野春樹による解説6頁。9ポイント41字×18行×(275頁+279頁)=約408,852字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。上下巻としては標準的な分量。

 ズバリ、かなり読みにくい。特に著者が持論を展開する部分は、表現が曖昧模糊として掴みどころがないし、論理の進め方も矛盾してたり飛躍してたり。

 ただし、各地の神話や伝説を語る所は、けっこうわかりやすい。やっぱり論理の飛躍や矛盾が多いのだが、神話や伝説ってのは、物語として頭に入りやすい構造になっているんだと思う。

【構成は?】

 手っ取り早く全体を掴みたい人は、「プロローグ モノミス 神話の原形」だけ読めばいい。相当に歯ごたえがあるけど。

 先に書いたように、キャンベルが自説を披露する部分は難しいが、そこで紹介している各地の神話・伝説・民話は、わかりやすくて楽しい。いっそ神話・伝説・民話の所だけを拾い読みしてもいいだろう。

 贅沢を言うと、神話やその登場人物の索引が欲しかった。

  •    上巻
  • 1949年版序文
  • プロローグ モノミス 神話の原形
    • 1 神話と夢
    • 2 悲劇と喜劇
    • 3 英雄と神
    • 4 世界のへそ
  • 第一部 英雄の旅
    • 第一章 出立
      • 1 冒険への召命
      • 2 召命拒否
      • 3 自然を超越した力の助け
      • 4 最初の教会を越える
      • 5 クジラの腹の中
    • 第二章 イニシエーション
      • 1 試練の道
      • 2 女神との遭遇
      • 3 誘惑する女
      • 4 父親との一体化
      • 5 神格化
      • 6 究極の恵み
  • 謝辞/原注/図版リスト
  •    下巻
  • 第一部 英雄の旅(承前)
    • 第三章 帰還
      • 1 帰還の拒絶
      • 2 魔術による逃走
      • 3 外からの救出
      • 4 期間の境界越え
      • 5 二つの世界の導師
      • 6 生きる自由
    • 第四章 鍵
  • 第二部 宇宙創成の円環
    • 第一章 流出
      • 1 心理学から形而上学へ
      • 2 普遍の円環
      • 3 虚空から 空間
      • 4 空間の内部で 生命
      • 5 一つから多数へ
      • 6 世界創造の民話
    • 第二章 処女出産
      • 1 母なる宇宙
      • 2 運命の母体
      • 3 救世主を孕む子宮
      • 4 処女母の民話
    • 第三章 英雄の変貌
      • 1 原初の英雄と人間
      • 2 人間英雄の幼児期
      • 3 戦士としての英雄
      • 4 恋人としての英雄
      • 5 皇帝や専制君主としての英雄
      • 6 世界を救う者としての英雄
      • 7 聖者としての英雄
      • 8 英雄の離別
    • 第四章 消滅
      • 1 小宇宙の終末
      • 2 大宇宙の終末
  • エピローグ 神話と社会
    • 1 姿を変えるもの
    • 2 神話、カルト、瞑想の機能
    • 3 現代の英雄
  • 謝辞/解説/原注/図版リスト/参考文献

【感想は?】

 読者の厨二病の進み具合がわかる本。

  1. ワケわかんねえ:陰性です。厨二病の心配はありません。
  2. 神話とか精神分析とか、なんかカッコいいじゃん:軽い厨二病の気があります。
  3. ケッ、今どき精神分析かよ:やや厨二病をこじらせつつあります。
  4. うをを、『マビノギオン』キターッ!!:かなり厨二病がこじれています。手遅れかもしれません。

 正直言って、私は精神分析を信じていない。だから序文でいきなりフロイトの名が出てきた時、「こりゃ地雷か?」と思った。が、こんな事を言われたら、なんか気になるじゃないか。

『ヴェーダ』にはこうある。「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る」

 で、読み進めていくと、ヴェーダに始まりアポリジニの儀式やテセウスとミノタウロスやブッダの瞑想など、その手の怪しげなモノが好きな人にはたまらんネタが、次から次へと出てくる。しかも、「様々な神話・伝説・民話を比べてみよう」ってテーマなので、自分が知っている物語と比べ始めると、妄想が走り出して止まらない。おかげで、なかなか頁がめくれなかったり。

 例えばテセウス(→Wikipedia)の冒険はスサノオの八岐大蛇退治っぽい、なんてのから始まって。

 メラネシアのト・カビナナとト・カルヴヴの兄弟の話は、舌切り雀や花咲爺さんと似てる。ト・カビナナがココナッツの実を投げると美女になり、ト・カルヴヴが投げると不細工になる。ト・カビナナが魚の木彫りを海に放すと、獲物を浜に追い込んでくれるが、ト・カルヴヴが真似をするとサメになって魚を食べてしまう。いじわる爺さんだな、ト・カルヴヴ。

 やはりピンとくるのが、ロシアの森に棲む魔女。毛深いけど美人で、森に迷い込んだ旅人を死ぬまで躍らせたりとイタズラもするけど、里の若者と結婚することもある。ただし夫が約束をやぶると「跡形もなく姿を消してしまう」。まるきし雪女か夕鶴か。

 イザナギの冥界行きなど日本の神話も調べてて、ちょっとした疑問が解けたのも嬉しい。私が知ってる他の神話だと、太陽神はたいてい男なんだが、天照大神は女だ。これ珍しいよねと思ってたんだが、やっぱり珍しいようだ。

男神ではなく、女神としての太陽のモチーフは希少であり、古代から広まっていた神話的状況の貴重な生き残りと言える。アラビア半島南部の大母神は、イラートという太陽の女神である。

 どうやらアポロンより古い世代の神話らしい。

アマテラスは、楔形文字で神殿の粘土板に記された古代シュメール神話において最高位の女神とされる大イナンナ(→Wikipedia)の、東洋における姉妹の一人

 と、古式ゆかしい神なのだ。だがそのイナンナ、西に進むとアスタルテ(→Wikipedia)を介してヨーロッパじゃ悪魔アスタロト(→Wikipedia)になってしまうから納得いかない。

 色で方向を表すのも世界各地にあるようで、私が知ってるのは中国の四神(→Wikipedia)で東:青龍,南:朱雀,西:白虎,北:玄武だけど、ナヴァホ族は東:白,南:青,西:黄,北:黒になり、西アフリカのヨルバランドの神エシュの帽子だと東:赤,南:白,西:緑,北:黒となる。色と方向の関係づけと共に、ヒトが認識する色の基本が白・黒・青・赤・黄・緑らしいのが見えてくる。

 など遠くに住む見知らぬ民族ばかりでなく、仏典も漁っているようで、ブッダのエピソードもアチコチに出てくるんだが、どうも私が知ってる話とだいぶ違う。というのも、私が知っているブッダの話には神様がほとんど出てこないのだが、この本の挿話じゃヒンズー教の神様がズラズラと出てくるのだ。

 タイやカンボジアの仏教ってなんか違うよな、と思ってたが、聖典そのものが全く違うのかも。とか言っちゃいるが、日本の仏教の聖典がどうなってるのかすら、私は全く知らないんだけど←をい

 そんなわけで、スターウォーズを読み解く鍵とするもよし、厨二な物語を作る際に使う固有名詞のネタに使うもよし、物語構成の参考にするもよし。それより何より、諸星大二郎や柴田勝家が好きな人は、とりあえず読んでおこう。

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2017年3月 8日 (水)

アン・レッキー「星群艦隊」創元SF文庫 赤尾秀子訳

ほかの星系を武力で制圧・植民地化することを体よく表現すると“併呑”になる。

「わたしたちこそ、彼女に都合よくつくられた武器です」

「いまは歌わないでくれ、同期。その歌に関しては、まだあなたを心から許しきれていないのだ」

【どんな本?】

 SF関係の賞を総ナメにしたデビュー作から始まる、遠未来スペースオペラ三部作の完結編。

 人類が多くの恒星間世界に広がった遠未来。

 数千の肉体を持つ支配者アナーンダ・ミアナーイが統べるラドチは、周囲の星系を呑み込み大きな版図を保っていたが、アナーンダ同士で戦いが始まってしまう。ラドチが誇る強力な武器は属体。ヒトの遺体をAIが操るゾンビ兵であり、優れた協調行動と肉体能力を持つ、使い捨ての兵士である。

 兵員母艦<トーレンの正義>のAIだったブレクは、戦いの中で艦も乗員も失い、たった一体の属体となりながらも、愛した副官オーンの仇として、アナーンダへの復讐を誓う。艦隊司令官として<カルルの慈(めぐみ)>を指揮するブレクはアソエク星系へ赴くが、ここにもアナーンダ同士の内乱の戦火が及んできた上に、謎の異種族プレスジャーまでもが姿を現し…

 なお、同じ世界が舞台の短編「主の命に我従はん」も収録。

 2016年ローカス賞SF長編部門を受賞。

なお、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇では、開幕編「叛逆航路」が三位に輝いているほか、三部作として16位に入ってて、票を合わせると一位の「死の鳥」を越えてるんだけど、グレッグ・イーガンの直交三部作も票が割れてるんで、シリーズで集計してみた。

  1. 267点 グレッグ・イーガン クロックワーク・ロケット172点(5位)+エターナル・フレイム95点(10位)
  2. 264点 アン・レッキー 叛逆航路186点+三部作78点(16位)
  3. 256点 ハーラン・エリスン 死の鳥256点(1位)

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ancillary Mercy and She Commands Me and I Obey, by Ann Leckie, 2014, 2015。日本語版は2016年10月28日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約432頁に加え、訳者あとがき7頁+アンシラリーー用語解説第3集3頁。8ポイント42字×18行×432頁=326,592字、400字詰め原稿用紙で約817枚。文庫本としては厚め。

 正直、かなり読みにくい。

 このシリーズの特徴は、人称が混乱してること。三人称はみんな「彼女」で、兵はボー3のように小隊名+番号で呼ばれる。他にも格式ばったラドチ文化の微妙なしきたりがあって、ちょっとした言葉の選び方や動きに深い気持ちがこもってたりするので、注意深く読む必要がある。

 また、お話が前の「叛逆航路」「亡霊星域」から直につながっており、ややこしい設定や登場人?物の背景事情がてんこもりなので、できでば最初の「叛逆航路」から読もう。

【感想は?】

 などと書いてて気が付いたんだが、人称の特徴は三人称が彼女ってだけに限らず、兵員が番号なのも大きく効いてたり。

 なにせ番号なんで、人格がないように感じるけど、ちゃんと読むとそれぞれに性格やこだわりがあるのだ。特に<カルルの滋>の場合は。分かり易いのがカルル5で、主人公ブレクの身の回りの世話をする役目。当番兵とか従卒とか言われる立場。

 単に職務熱心で忠実であるだけでなく、身だしなみや茶器など優雅さへのこだわりが強く、ブレクが身につける物にも最善を尽くす。従卒としてはとても優秀なんだが、どうも職務への情熱は単なる職業意識だけでなく、本人の趣味がだいぶ入っている様子。

 と、性格から見るとメイド長とか女官って感じなんだけど、従卒って立場と「カルル5」って呼び方で、読者はそういう個性が掴みにくい。属体ってガジェットも合わせて考えると、これもまた著者が仕掛けたトラップなんだろう。人を番号で呼ぶのは、人を物扱いしてるって事なのだ。映像化の話もあったそうだが、この辺はどう表現するんだろう?

 などと兵員は物扱いなのに対し、この巻ではAIの個性が輝いてるのが楽しい。

 なんといっても可愛いのが<カルルの慈>。もともと主人公ブレクからしてAI(の残り滓)で、復讐に燃える心中を計算づくの表情で隠してるあたり、一見クールで感情があまり表に出ない。

 対して<カルルの慈>は軍艦とは思えぬ細やかな心の持ち主で、この巻ではなんと痴話喧嘩の仲裁までやってる。このあたりは Yahoo!知恵袋で鬼女たちに袋叩きにされる相談者を見ているようで、ちょっと可哀そうになっちゃたりw

 加えてアソエクのステーションも、エレベーターの扉の開け閉めなど微妙な方法で気持ちを表していたが、この巻では更に過激になって…

 こういう細かい動きや、その場で使う小道具で心中を表すのは人間も同じで、どんな飲み物をどんな茶器で出すかで相手の評価を示したりと、読者にも相当の集中と注意力が要求される。

 とかの微妙な読みで疲れたあたりで登場するのが、異種族プレスジャーの通訳士ゼイアト。

 この人?、言うこともやる事も見事なまでの非常識ぶりを発揮し、繊細な懐の読みあいを粉々にフッ飛ばしてくれるから、いっそ爽快だったりする。それでもプレスジャーの使いとあっては丁寧にもてなさにゃならず、目玉を白黒させながら応対するあたりは、この巻ならではのドタバタ・ギャグで、和食にタバスコをブッかけたようなミスマッチが心地いい。

 特に意味不明なのが飲み食いで、なぜそんなモンにこだわるw でも考えようによっては、この先、人類の輸出品として使えるかもしれないw

 終盤は三部作の最終巻に相応しく、緊張感あふれる場面が続く。戦力的には圧倒的に不利であり、また敵の情勢も全く分からぬブレクに、形勢逆転の目はあるのか。

 ブレクの視点で描かれる物語なだけに、読み終えた時には、どうしてもブレクの目指す世界を望みたくなる。モノのインターネットやAI技術など、今の調子で情報技術が進んだとすると、近い将来に同じような選択が必要となるかもしれない。その時、私はどっちを選ぶんだろうか。

 ってな事を考えられるのも、読み終えて幾らか時間が経ったからで、読み終えた直後には選択肢は決まっていた。それぐらい熱中させてくれる作品だ。

 世界観も人間?関係も凝りに凝った、濃いSF小説。できれば三部作を一気に読もう。

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2017年3月 6日 (月)

沢山美果子「江戸の乳と子ども いのちをつなぐ」吉川弘文館

…江戸時代の史料には、わたしたちになじみ深い「母乳」という言葉は出てこないことに気づかされたからだ。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

本書の課題は、江戸時代の人々は、どのように子どものいのちをつないできたのか、女の身体と子どもの命の結節点にある乳、そして授乳という行為に焦点を絞って探ることにある。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

【どんな本?】

 今は粉ミルクがあるが、江戸時代にそんな便利なものはない。子どもの命綱であるにも関わらず、保存は効かないし、乳の出は体質や体調や精神状態で大きく変わる。栄養状態も衛生状態も労働条件も当時は今と全く違うわけで、母体の不安定さ=乳の出の不安定さは察するに余りある。

 そのような厳しい状況で、人々はどのように子どもに乳を与え、いのちをつないできたのか。社会階層の違いは、乳にどんな影響を与えたのか。そして乳は社会にどんな影響を与えたのか。

 独特の優れた着想を、主に江戸時代後期・末期を中心として、支配階級である武士から貧しい農民まで、丹念な調査と研究で掘り下げ、いのちをつなごうとする人々の姿を描き出す、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年1月1日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約204頁に加え、あとがき5頁。10ポイント40字×16行×204頁=約130,560字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章は読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。敢えて言えば、子どもの夜泣きやイタズラ、ママ友やご近所との付き合いなど、子育てで悩んだ経験があると、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、面白そうな所を拾い読みしてもいい。

  • いのちへの問い、乳への問い プロローグ
    いのちをつなぐ/なぜ、いのちと乳か/本書の課題と構成/歴史の現場と当事者の声に即して
  • なぜ乳か
    • 乳から何が見えるか
      乳銀杏との出会いから/授乳の歴史性への問い
    • 授乳風景は語る
      浮世絵、図表に見る授乳風景/飢饉図のモチーフ
    • 西鶴本に見る乳
      子どものいのちと乳/乳?み子を抱えて
    • 乳がない
      貰い乳・乳の代用品/乳母という奉公/乳をめぐる問題群
  • 命綱としての乳
    • 乳の出る薬の配布
      農村女性の乳不足/乳不足の女への配慮/乳の粉/農村の貰い乳/下層武士の乳をめぐる困難
    • 上層武士と乳
      里子と乳代/徴収される乳/里子に出す
    • 乳と捨て子
      「赤ちゃんポスト」のその後/大阪の捨て子たち/乳と世話人/口入屋と捨て子
    • 乳沢山あり
      実子なく乳沢山あり/捨て子を貰う
    • 捨て子のその後
      七歳になった捨て子/捨て子への世間の目/捨て子養子という選択肢
  • 売買される乳
    • 乳持ち奉公に出る女たち
      岡山城下町の口入屋/乳を売る乳持ち奉公/雇われ暇を出される乳母
    • 乳母を選ぶ
      良い乳と悪い乳/乳母選びの基準/乳の質を調べる
    • 乳の売買の裏側
      子殺し・捨て子と乳持ち奉公/「ほし殺し」/乳母に預けた子どもの死/乳の出ない乳母
  • ある家族における乳と子ども
    • 「柏崎日記」に見る乳と子ども
      なぜ「柏崎日記」か?/二つの翻刻/柏崎陣屋での家族
    • 渡部家の子どもたちと授乳
      望ましい出生間隔と授乳/「月の滞り」への不安
    • 乳をめぐるネットワーク
      乳付け/乳付けと性別/乳不足への対処/貰い乳と摺粉/乳への祈願/乳を貰う、あげる
    • 乳を呑むのは「ねんね」
      おろくの場合/真吾の場合/子どもが乳を離すとき/人的ネットワークの中の乳
  • 乳と生殖・胎児観
    • 長期授乳の意味
      授乳と出生間隔/長期授乳根の批判/民間療法と乳/授乳と生殖パターン
    • 出生コントロールと乳
      産あり、出生なし/乳が張る
    • 乳を呑む「胎内の子」
      「胎内十月之図」/乳房を離す/「死胎出産之赤子改善」/乳を呑む胎児/乳綱という命綱
  • 歴史の中のいとちと乳 エピローグ
    江戸のいのちと乳/乳が持っていた多義的な意味/母乳ばかりで/少産少死社会への転換の中で/いのちをつなぐ営みの歴史から見えるもの
  • あとがき/引用・参考文献

【感想は?】

 着想が素晴らしい。もちろん、それに加え手間も時間もかかる丁寧な調査をした立派な研究書でもある。そのわりに、とっても親しみやすくわかりやすいんだけど。

 なんたって乳だ。今は粉ミルクがあるけど、昔はそんなものはない。生ものだから保存は効かないし、母体の体質や体調で出たり出なかったりする。今と比べ当時は栄養状態も良くなかったろうし、近代医療もないから病気になる人も多かったはず。

 実際、本書を読むと、病気で乳の出が悪いなんて場面が何度も出てくる。ばかりでなく…

飛騨の過去帳から作成された衛生統計によると、21歳から50歳の死因のうち、(略)女子に限るならば(産後死および難産死が)死因の1/4を上回っていただろう

 と、当時の出産は命がけだったのがわかる。また子どもの寿命も…

一歳までの死亡率は20%、五歳までの死亡率は20~25%を占め、生まれた子どものうち、成人するまで生きる子どもは半数ほどだった

 など、当時の子育ての難しさがよくわかる。そこを何とか工夫するのが人間で、米粉や片栗粉を使った代用品を与えたり、母親に催乳薬を飲ませたり、乳の出る女がいる家に里子に出したり、逆に乳母に来てもらったり、近所の女の乳を貰ったりと、立場や状況に応じて方法は様々。

 とはいうものの、乳が余る女なんて、そう都合よくいるもんじゃない。

 需給バランスはやっぱり需要の方が多いようで、乳母奉公はかなり稼ぎが良かった模様。飯炊き女の給金が半年で「三匁弐分」に対し、乳母は「前金でそっくり八五匁」に四季のお仕着せ付き。おまけに奥様の古服まなどの余禄もある由を、西鶴の文献から拾ってきている。

 ちなみに乳母選びの基準は色々あるが、一つは「『乳ぶくろ(乳房)の豊かさであった」。やっぱり大きいと父も沢山出るだろう、と考えちゃうんだなあ。まあいい。これだけ待遇が良くて稼ぎが大きいと、ロクでもない事を考える輩もいて…

 そんな風に乳母を雇えるのはソレナリに実入りのある人だけで、貧しい農民はそうはいかない。仙台藩は乳泉散なんて催乳薬を配ってて、意外と福祉にも気を配ってた事がわかる。けど、果たして効果はあったんだろうか。

 他にも仙台藩の生活保護政策は出てきて、奥さんが亡くなり赤子を抱えた上に病を患った百姓が、藩に願を出し、「現在の価値に当てはめると、約11万円ほど」の手当を受け取ってる。これは自分が食うためというより、赤子のために近所の者から「貰い乳」するための手当てって性格らしい。

 そう、「貰い乳」ったって、タダって貰いっぱなしってわけにゃいかず、何かお礼をする事になってた模様。まあ、これは、単に需要供給資本主義な取引って部分もあるだろうけど、人としての心理で、何かお返しをしないと気が済まないって気持ちもあるんだろうなあ。

 これが都市になると、口利き屋が商売で仲介してたりする。昔から、リクルートみたいな仕事はあったわけだ。かと思えば、「桑柏日記」から、桑名藩の下層武士が陣屋内で乳を融通しあうママ友ネットワークを作ってた様子が伺える。

 もう一つ印象深いのは、授乳期間の長さで、当時は三歳ぐらいまで乳を与えてる。授乳期間は妊娠しにくいので、貧しい百姓にとっちゃ格好の避妊手段になってた様子。ばかりでなく、厳しい出産で消耗した母体の回復にも、それぐらいの期間が必要だったんだろう。

 加えて、先の乳母の待遇のよさなどから、乳の出る女は重宝しただろうから、なるたけ乳離れさせず乳が出る状態を長く維持したいって意向もあったんじゃないかな。

 などと乳を通して見えてくるのは、当時の人間関係の濃さ。村にせよ陣屋にせよ、貰い乳のやりとりなどから、人々が互いに助け合って生きてきた姿が浮き上がってくる。そこに鬱陶しさを感じているらしき描写もあるけど、なんとか付き合っていくしかなかった様子。

 この貰い乳なんて風習は、ヒト以外の哺乳類じゃあまり見られないだろうし、とすると、これが人類の繁栄にもたらした影響は、かなり大きいわりに、今まで見過ごされてきたんじゃなかろか。証拠を集めるのは難しそうだけど、時代的にも地理的にも、そして社会学や生物学など他の学会にも広げて研究する価値のある、とても重要でユニークで示唆の多いテーマだと思う。

軽く調べた範囲じゃ、実子以外に授乳する例が、サルだと観察されてる模様。勝山ニホンザル集団での出産観察と母親行動に関する事例報告 - J-Stage(PDF)の「事例5.実子と養子の同時子育て」

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2017年3月 5日 (日)

ジョン・スラデック「ロデリック または若き機械の教育」河出書房新社 柳下毅一郎訳

「ねえパー、これっておっきなお話があるみたいだよね。小さなお話がたくさんある裏にさ」

【どんな本?】

 広く深い知見に裏打ちされた珍妙な発想を、しょうもないギャグを散りばめて凝った言葉遊びで綴る、独特の芸風で知られたジョン・スラデックによる、長編SF小説。

 NASA の秘密支援を受け、ミネトンカ大学で進んでいた、学習するロボットの開発プロジェクト。その実態は、優れたエンジニアのダン・ゾンネンシャインがほとんど一人で創り上げたものだった。だが、学内の派閥争いや殺人事件などのトラブルに加え、NASA からの資金が途絶えた上に、主導していたダンも姿を消し、成果物のロデリックは、ロボットの体を得たものの、学校を放り出されてしまう。

 悪ガキども・ジプシーの一家・ニューエイジ思想の闘志・スポーツ狂いの神父・クイズ番組マニアの保安官など奇矯な連中との交際やテレビから、世界を学習しつつ自らの存在について考えるロデリックと、彼を中心に巻起こる騒動を、ヒネくれきったユーモアたっぷりに綴る、マニア向けの作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RODERICK : or The Education of a Young Machine, by John Sladek, 1980。日本語版は2016年2月28日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約496頁に加え、訳者あとがき「ロデリックのゆくえ」8頁+円城塔の解説6頁。9ポイント44字×20行×496頁=約436,480字、400字詰め原稿用紙で約1,092枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 実は、かなり読みにくい。

 訳文からも伝わってくるんだが、どうも原書からして、韻を踏んだり地口をかましたりワザと意味を取り違えたりと、かなり凝った言葉遊びが多い文章な上に、哲学的に突っ込んだ理屈が下ネタにまぶしてあったりするんで、真面目な話と悪ふざけを区別するには、注意深く考えながら読む必要がある。

 加えて登場人物が多く、大半の人物が言ってることとやってる事が違うばかりでなく、明らかに目的と正体を隠している者もいて、お話が相当にややこしい。できれば登場人物一覧をつけて欲しかった。

 現代アメリカの風俗をたっぷり取り込んだ作品だけに、テレビ番組の説明などの訳注が、巻末ではなく本文中にあるのは嬉しい配慮。

【感想は?】

 油断ならない作家の油断ならない作品。

 出てくる人物の大半は、やたらとおしゃべりな上に人の話を聞かない。登場人物全部がエディ・マーフィーばりに俗語たっぷりでしゃべくりまくる、騒がしくユーモラスなソープオペラ風の雰囲気だ。お陰で話はなかなか進まないが、これもスラデックの仕掛けの一つだとか。

 1980年の作品だが、基本的な発想はかなり真面目。いわゆるロボットをテーマとした作品だ。

 このテーマについては、作品中でゴーレムやフランケンシュタインの怪物やカート・ヴォネガットのプレーヤー・ピアノなどの定番ばかりか、賀陽親王(→Wikipedia)なんてマニアックなネタまで出てくる。ソープオペラ風の饒舌なノリとドタバタ・ギャグの合間に、マニアックなネタをコッソリと仕込む、そういう困った芸風の人なのだ。

 もちろん、アジモフの三原則も槍玉にあがる。これをネタにした神父とのやりとりは、スラデックならではの意地の悪さ。実際、あんなシロモノが要求仕様に紛れ込んでいたら、大半のプログラマは尻に帆かけて逃げ出すに違いない。

 そう、この作品、プログラマはニタニタしながら読めるようになっている。

 どうもロボットというと陽電子脳とか十万馬力とか、ハードウェアが大事なように思われがちだが、ソフトウェアも難しい問題をいっぱい孕んでいる。

 この作品のマニアックな点の一つは、主人公ロデリックが、最初は体を持っていない点。単なるソフトウェアなのだ。つまり人工知能…と言いたくなるが、むしろ人工意識の方が近いかも。しかも、自ら学習する能力を持っている。

 長年、多くのSF小説はロボットと人工知能の切り分けが出来てなかった。ハードウェアとソフトウェアの違いが分かっていない、と言ってもいい。その辺を、この作品はかなり巧く切り分けている。ロデリックも、作中でボディが変わったりするし。

 など、半分ほど哲学の領域に足を突っ込んだ話もあれば、「くりかえし」や「組み合わせの数」、そして決定木とか、プログラマにはお馴染みの下世話なネタもコッソリ仕込んであるから憎い。

 私はよく分からないんだが、言葉遊びも、自然言語処理をやってる人にはわかるネタが混じってるのかも。

 Java にせよ HTML にせよ、機械言語は文脈自由文法(→Wikipedia)に従ってて、比較的に単純なプログラムで扱えるんだが、ヒトが話す言語はもっと複雑かつ曖昧で、同じ文でも状況によって意味が全く違ってくる。

 話し手と聴き手が同じ状況を想定していれば問題ないんだが、この話の登場人物はたいてい強烈なクセを持っていて、相手の立場なんか考えない自己中ばかりなため、次から次へと勘違いが続いていく。加えてロデリックもテレビドラマから変な世界観を植え付けられてるんで…

 など計算機科学のネタがあるかと思えば、占いや心理学などの社会風刺から始まり、果ては宗教まで扱った危なっかしいネタもチラホラ。ほとんど全方面に喧嘩売ってます。占いのプログラムなんてシロモノまであって、それに客がつくんだから、世の中ってのはわかんないもんで。

 そんな複雑怪奇な人間社会を、機械人形のロデリックがどのように解釈し、学んでいくか。そんなロデリックに触れた人々は、どんな反応を示すのか。

 強烈なキャラクターが引き起こすドタバタ・ギャグに考えオチ、マニアックな知識や様々なパズル、社会風刺にブラック・ジョークなど、仕掛けタップリで展開するトラップに満ちた濃いSF小説。心身ともに充実した時にじっくり挑もう。

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2017年3月 1日 (水)

SFマガジン2017年4月号

生き物や物質が余計な意味を持たないのは素晴らしい。それは、存在そのものに意味があるということだから。
  ――上田早由里「ルーシィ、月、星、太陽」

「俺か。俺はZ80だ」
  ――宮内悠介「エターナル・レガシー」

「人を殺しても、それはただ人のイメージを残してしまうだけだ。そのイコンを。一人の男を殺せば、信仰と信念の何千という胞子が、思想の胞子が世に放たれる」
  ――ラヴィ・ティドハー「最後のウサマ」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ベスト・オブ・ベストSF2016」として、「SFが読みたい!2017年版」で上位に入った上田早由里,宮内悠介,ハーラン・エリスンの短編を掲載。小特集は2017年4月から放送が始まるアニメ「正解するカド」と、「宇宙軍士官学校―前哨―」完結記念。

 そんなこんなで小説は豪華14本。

 まずは特集「ベスト・オブ・ベストSF2016」で三本。上田早由里「ルーシィ、月、星、太陽」,宮内悠介「エターナル・レガシー」,ハーラン・エリスン「ちょっといいね、小さな人間」宮脇孝雄訳。加えて「正解するカド」小特集で野崎まど「精神構造相関性物理剛性」。「宇宙軍士官学校―前哨―」完結記念で、鷹見一幸「オールド・ロケットマン」。

 連載は4本。三雲岳斗の新連載「忘られのリメメント」,夢枕獏「小角の城」第43回,山本弘「プラスチックの恋人」第2回。そして椎名誠のニュートラル・コーナー「らくだ」も、今回はエッセイではなく短編小説だ。

 そして読み切りが5本。谷甲州「航空宇宙軍戦略爆撃隊」後篇,上遠野浩平「製造人間は主張しない」,六冬和生「白昼月」,ラヴィ・ティドハー「最後のウサマ」小川隆訳,カール・シュレイダー「ライカの亡霊」鳴庭真人訳。

 上田早由里「ルーシィ、月、星、太陽」。「華竜の宮」「深紅の碑文」と同じシリーズ。プルームの冬を、人類は越えられなかった。だがルーシィは生き残り、ときおり変異生物に襲われながらも、深海で暮らしている。その中の一人は、上に向かって冒険を試みる癖があり…

 「ルーシィ篇1」とあるので、まだ続く模様。ひゃっほーい! 氷に閉ざされた海でも、それなりに暮らしていたルーシィたちの生き方は、仕事や家庭で色々と悩みを抱えた人にとって、楽園のように思えるかも。ちょっとロジャー・ゼラズニイの「12月の鍵」や「フロストとベータ」を連想させ、大きなスケールを感じさせる作品。

 ハーラン・エリスン「ちょっといいね、小さな人間」宮脇孝雄訳。私は小さな人間を創った。背丈は13cm。小さな人間を創ったのはいい考えだと思ったし、大学の面々や他の人たちも「ちょっといいね」ぐらいの反応だった。だが…

 初出が<レルムズ・オブ・ファンタジー>2010年2月号だから、インターネットでのそういう社会現象は既に知られていた頃なんだけど、むしろ旧来のマスコミがテーマじゃないかと私は思うんだが、どうなんでしょうね。

 宮内悠介「エターナル・レガシー」。若手棋士の葉飛立は、コンピュータ相手の対戦に敗れ、散々に罵られる。対局のない日に飲みに行ったら、ケッタイなお土産を持って帰る羽目になった。髭面のオッサンで、「俺はZ80だ」と言い張る。

 かつてマイコン少年だった人は、腹を抱えて笑い転げる出だし。他にもMナントカとか、○○もできないとか、懐かしのネタがいっぱい。〇〇もソフトウェアでやってたしねえ。あの頃を覚えてる人なら、一度は妄想した事のあるネタを、AlphaGO に絡めて、鮮やかに蘇らせてくれます。

 鷹見一幸「オールド・ロケットマン」。「宇宙軍士官学校―前哨―」外伝で、宇宙軍創設時代が舞台。至高者の降臨で、多くの人類が洗脳されてから一年。洗脳を逃れたわずかな者たちは、国家の壁を越えて協力して抵抗を続け、北極海に集結していた。

 本編を全く知らないんで背景はイマイチわかんないんだが、映像化したら映えそうな場面が目白押し。特に出だしは、あの傑作「レッドオクトーバーを追え」を思い出したり。

 ラヴィ・ティドハー「最後のウサマ」小川隆訳。七人の男に囲まれ、木に吊るされようとしているウサマを、わたしは奪った。生け捕りでなければ報酬は手に入らない。ハンターの腕を見込まれてか、その町で大仕事を頼まれ…

 ウサマは他でもない、アルカイダのボスだったウサマ・ビンラディン。真面目な作品なんだが、「野生のウサマの群れ」で大笑いしてしまった。西部劇っぽい舞台で、銃の腕を買われた賞金稼ぎが、賞金首を狩る話…に見せかけ、キツい社会風刺を込めた作品。

 カール・シュレイダー「ライカの亡霊」鳴庭真人訳。国際原子力機関IAEAの技術者ゲナディは、カザフスタンにやってきた。連れはアンブローズ、ロシアと NASA と Google に追われている、とアンブローズは言う。二年前、ロスアラモスから電子励起爆発物の製法データが盗まれた。これを使えば誰でも水爆が作れてしまう。

 ツァーリ・ボンバ(→Wikipedia)は1961年なんで、微妙に歴史の違う世界が舞台なのかな? 作者は「太陽の中の太陽」の人。旧ソ連の宇宙開発を担ったバイコヌール基地があるカザフスタンなんて、相当にマニアックな舞台だが、仕掛けはお馬鹿スレスレの大風呂敷。うはは、そうきたかあ~。

 野崎まど「精神構造相関性物理剛性」。2017年4月放送開始予定のアニメ「正解するカド」のスピンオフ。農水省の職員向けの蕎麦屋に、30年間勤めたが、店を閉める事になった。幸い失業するわけではなく、別の店に職場が変わるだけだが…

 5頁の掌編。これだけ読むと、ごく普通の短編小説なんだが、主人公はアニメに出てくる人なのかな? そばを茹でて30年、愚直に勤めてきたというのに、客の世代が変わったせいか、七軒のうちの唯一の閉店とはブツブツ…と悩む主人公のオジサンは、なかなか身に染みる。

 椎名誠のニュートラル・コーナー、今回の「らくだ」は短編小説。老いたラクダに乗って砂漠を旅する男。といっても背に乗るわけじゃなく、子宮の中に潜り込んでいる。って、確かにラクダは頑健な動物だけど、婆さんラクダも災難だw

 山本弘「プラスチックの恋人」第2回。少年少女の格好をしたセックス用アンドロイド、オルタマシンの取材を請け負った長谷部美里は、尻込みする己を叱咤しつつ現場ムーンキャッスルへと向かう。真っ黒なガラスに覆われた直方体で、冷たい印象のある建物に入っていくと…

 初めての風俗店、それも高級なシロモノにドギマギする主人公が、なかなか可愛らしい。取材者にビギナーを選んだのが正解だったのかどうかは、なかなか難しい所だけど、これはこれで話題になる記事が書けるんじゃなかろか。「まさに“ヒトごと”」には笑った。

 三雲岳斗の新連載「忘られのリメメント」。Re:MEMENTO、リメメント、疑憶体験。映像や音声に加え、味覚・触覚を含め、更に感情までも記録できる技術。媒体のMEMを顔に貼りつけるだけで、二時間ほどを記録できる。MEMアーティスト=憶え手(メンター)として成功したシンガーの深菜は、ボスのミーシャに呼び出され…

 こうやって作品を紹介しようとすると、改めて仕掛けの多さ・複雑さを感じるんだが、そういう面倒くさい舞台背景や設定の説明を、お話を途切れさせずに埋め込むテクニックは見事。にしても、欲しいねMEM。私としてはミュージシャンならパコ・デ・ルシアの絶技を…

 上遠野浩平「製造人間は主張しない」。前号の「交換人間は平静を欠く」の後篇。コノハ・ヒノオを誘拐した交換人間ミナト・ローバイは、国際複合展示会の会場に現れた。ミナトは語る。ヒノオが中枢(アクシズ)として統和機構に君臨することになる、と。

 新しいモノを開発してるエンジニアには、ウトセラ・ムビョウの台詞が、いちいちムカつく回w まあアレだ、確かに展示会とかの晴れやかな場だと、広報や営業さんが満面の笑みをたたえて、何やらカッコいい事を言うけど、裏方は色々と大変でw

 六冬和生「白昼月」。月の唯一の都市は、国連主導の越境合同事業の学園都市として成り立っている。ジニイ・戸田はここで探偵業を営んでいるが、来る仕事は買い物代行やらゴミを分別しない輩の不届き者の捜索やら。今回はシャトルで月都にやってくるオッサンのお迎え。

 若いのに芸風が多彩な人だなあ。今回は、「松本城、起つ」に少し似た、ちょっとユーモラスな語り口で、シケた探偵さんが巻き込まれる騒動を描くもの。特に「聞いちゃいない」おばちゃん・おじさんのキャラがいいw

 谷甲州「航空宇宙軍戦略爆撃隊」後篇。閑職から特務艦イカロス42の艦長に引っぱりだされた早乙女大尉だが、肝心のイカロス42は元探査機の老朽艦、乗務員は不愛想なフェレイラ一曹と謎の民間人ガトーだけ。状況的に作戦計画は不適切と考えた早乙女大尉は…

 コロンビア・ゼロ奇襲で先手を取られた、航空宇宙軍側の視点で描かれる物語。冷や飯食らいのデスクワークから、いきなり前線での艦長職ってあたりが、航空宇宙軍の人材不足を感じさせる。もっとも、軍に優れた人材が集まる世相ってのも、あまし嬉しくないけど。

 …って、あれ? 博物館惑星は連載じゃないの? 期待したのにぃ。いっそ頁数増やしてほしいなあ。

 「正解するカド」プロデューサー野口光一インタビュウ。「メインキャラクターはCGで、それ以外には作画(手描き)のキャラもいます」ってのが意外。モブこそCGで手早く片づけるのかと思ったが、CGの方が放送回ごとのデザインのブレが少ないとか、そんな理由なのかな?

 「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」刊行記念 宮澤伊織インタビュウ。いいねえ、「断絶への航海」。今思えば、あれはリバタリアン流ユートピアだよなあ。「自分が中高生のころ好きだったものを今の読者に向けて書きたい」、いいじゃないですか。エリック・クラプトンも結局ブルースに戻ったし。

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