「伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ」ハヤカワ文庫SF 高橋良平編
「そうだろう、え! こんな生まれつきの怠けものでなかったら、とうに病院に行ってなきゃならんところだ。もちろん、医者としてね」
――思考の谺
【どんな本?】
SF小説の翻訳家として数多の名作SFを訳し日本に紹介した伊藤典夫の膨大な業績の中から、主に初期の傑作を選りすぐって集めた珠玉の傑作選。
なんといっても、ベテランのSFファンの間では傑作の呼び声が高いが、諸々の事情で今は読者の手が届かない、1940年代~1960年代の傑作が、手に入れやすい文庫で蘇ったのが嬉しい。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年11月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約400頁に加え、編者あとがき Explorer of Science and Time 7頁+鏡明による1980年の伊藤典夫インタビュー10頁。9ポイント40字×17行×400頁=約272,000字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本としてはちょい厚め。
文章はこなれている。古い作品が多いだけに、内容も特に難しくない。書かれた時代が時代だけに、電子回路ではなく真空管を使っているなど、さすがに大道具・小道具は違和感があるが、その辺は読みながら今風に読み替えよう。
【収録作は?】
- ボロゴーヴはミムジイ ルイス・パジェット / Mimsy Were the Borogoves, Lewis Padgett / アスタウンディング1943年2月号
- 遥か未来から、動作確認中のタイム・マシンで、子供のおもちゃが過去に送られた。届いたのは1942年。小学校をサボった悪ガキのスコットがこれを拾い、こっそり家に持って帰る。面白がって遊んでいたスコットだが…
- ニール・スティーヴンスンの某作品は、コレをネタにしたのかな? 私は英語が苦手なせいか、他の言語をやすやすと覚えられる人が羨ましくてしょうがない。いったい、私はどうやって日本語を身に着けたんだろう。幼い子供が知識を身につける能力が、つくづく羨ましい。
- 子どもの部屋 レイモンド・F・ジョーンズ / The Children's Room, by Raymond F. Jones / ファンタスティック・アドベンチャー1947年9月号
- 10歳の息子ウォルトから、図書館に返すよう頼まれた本を、ビルは読み始めた。複雑な物語で、一つの文章が二つの意味を持っている。最初は戸惑ったが、次第にのめり込み、朝方まで読みふけってしまう。返却先の大学図書館に行ったが、<子どもの部屋>なんてない、と言われてしまう。
- これもサミュエル・R・ディレイニーが…。特別な人だけが読める本、特別な人だけが入れる図書室なんてアイデアは、妙な賤民/選民意識を持つSF者には抗えない魅力がある。短編として綺麗に完結してるけど、少年向けの長大な冒険物語のプロローグとしても充分に通用するなあ。というか、ウォルトを主人公にして誰か続きを書いてく…いや平野耕太は却下w
- 虚栄の街 フレデリック・ポール / The Tunnel Under The World, by Frederik Pohl / ギャラクシイ1955年1月号
- 6月15日の朝、ガイ・バークハートは悪夢から目覚めた。大爆発に巻き込まれる夢だ。いつものように会社に出かけ、ロビーでタバコを買おうとすると、店員がいつものステビンズじゃない。おまけに馴染みのない新銘柄まで押し付けられる。職場では皆勤のバース氏が珍しく休んでいて…
- お話の流れは、典型的な「平凡な日常の中に、奇妙な小さい事柄が少しづつ忍び込む」タイプ。さすがに時代背景は変える必要があるけど、今でも映像化すれば充分にウケそうな作品。フレデリック・ポールらしい、スレた感覚が満ち溢れている。そういえば「宇宙商人」も今は手に入れにくい傑作になっちゃったなあ。
- ハッピー・エンド ヘンリー・カットナー / Happy Ending, by Henry Kuttner / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1948年8月号
- ケルヴィンは健康と名声と富を手に入れ、一生を幸福に暮らした。それは、こんな経緯で…
- 冒頭からハッピー・エンドを約束した物語だが…。 そういえばジョン・W・キャンベルもアイザック・アシモフにアドバイスしたとか。「物語の書き始めは、もっとストーリーの後の個所から書き出すといい」と(→アシモフ自伝)。そういう構成の巧みさが光る作品。
- 若くならない男 フリッツ・ライバー / The Man Who Never Grew Young, by Fritz Leiber / Night's Black Agents 1947
- わたしはナイルの河畔に座っている。妻のマオットは、家畜を連れて西に行きたいようだ。ほかの者たちがそうするように。みんな若くなっていくのに、わたしは30過ぎの姿のまま変わらない。耕地は減り、灌漑水路も粗末になり、雨が多くなった。
- 時間の流れが逆になった世界を、ずっと見つめ続ける男の物語。歴史を逆回転で語る後半からは、ゾクゾクするセンス・オブ・ワンダーが伝わってくる。
- 旅人の憩い デイヴィッド・I・マッスン / Traveller's Rest, by David Irvine Masson / ニュー・ワールズ1965年9月号
- 激しい戦闘が続く北の最前線から解任された<XN3>は、南へと向かう。そこで仕事を見つけるつもりだ。前線の近くでは、幾つか敵からの攻撃の影響があったが、南へと向かうにつれ次第に傷跡は減り…
- 時間SFアンソロジー「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」にも収録された、名高い作品。空間の移動が時間の流れ方を変える、独特の世界が魅力なんだけど、かなり感覚を狂わされるので、乗り物酔いする人は要注意。
- 思考の谺 ジョン・ブラナー / Echo In The Skull, by John Brunner / サイエンス・ファンタジイ1959年8月号
- おんぼろアパートの一室でサリイは目覚めた。目の前にはジンの空き瓶。腕時計は質草に消えた。今は文無しで、風呂にも入れない。家主のロウエル・ラムゼイは今のところ部屋代を待ってくれるが、何か魂胆がある様子。しばらくロクなものを食べていないが、コートまで売ったら、もう着るものもない。
- これも映像化すれば当たりそうな作品。オケラで着るものすらない所まで追い詰められたサリー、何か企んでいる様子のロウエル夫妻。この両者が抱える秘密を巡り、次第に恐ろしさがつのってゆく。冒頭、サリイの貧乏暮らしの描写が、容赦ないまでに真に迫ってるのがわかってしまうのが悲しいw
- Explorer of Science and Time 編者あとがき / 伊藤典夫インタビュー(星雲立志編)
解説によれば、ヘンリー・カットナーの奥さんはC・L・ムーアで、二人の共作ペンネームの一つがルイス・パジェットだとか。なんと20もおのペンネームを使っていたとかで、その豊かな創作能力は羨ましい限り。
あまり小難しい理屈を使わず、ヒネリの効いたアイデアが光る作品が多く、いずれもドラマや映画の原作として使えそうな作品ばかりなのも、SF黄金時代ならではの感がある。「子どもの部屋」とかは、ライトノベルやバトル物アニメのプロローグだと思うと、もう妄想が止まらないから困る。
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