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2017年2月21日 (火)

バリントン・J・ベイリー「ゴッド・ガン」ハヤカワ文庫SF 大森望・中村融訳

「…この世界は、ミッキー・マウスの腕時計みたいに組み立てられている! 安っぽい、いいかげんなやっつけ仕事だ! 神は当然の報いを受けるんだ!」
  ――ゴッド・ガン

【どんな本?】

 思いっきりお馬鹿でイカれたアイデアを徹底的に突き詰め、SFマニアが随喜の涙を流す濃い芸風で定評のあるイギリスのSF作家バリントン・J・ベイリー Barrington J. Bayley の短編を集めた、日本独自の短編集。

 マニア好みではあるけれど、そのアイデアはケッタイな宇宙だったり時間の流れだったり、科学というより世界観や哲学的な発想の作品が多いので、科学や数学が苦手な人でも楽しめるのが大きな特徴。ただし思いっきり常識のタガが外れているので、狂った妄想についていけるかどうかが評価の分かれ目になる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約290頁に加え、中村融による解説「ベイリーの短編について 訳者あとがき」11頁。9ポイント40字×17行×290頁=約197,200字、400字詰め原稿用紙で約493枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容は難しいような、そうでもないような。というのも、お話の根本に絡むネタと、単なるハッタリが混じっているから。大半、特に物理学や宇宙論などの科学関係は、まずもってハッタリだと思っていい。対して人の認識や物の同一性など、哲学っぽいのは注意して読む必要がある。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

ゴッド・ガン / The God-Gun / 第二短編集 The Seed of Evil 1979年 / 大森望
 飲み友達のロドリックは、科学から魔術にまで通じる、優れた発明家だ。ただ自分が興味を持つ事しかしないし、しても使い勝手や経済性は完全に無視するため、発明の大半は儲けにつながらない。そんな彼の最近の発明は…
 典型的なマッド・サイエンティスト物。ここで言う神は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神、すなわち創造主。その性質はどんなものか、どうすればヒトが影響を与えられるのかなど、神学的な問いに(怪しげな)物理学で解を出すあたり、ベイリー節が炸裂してる。
大きな音 / The Big Sound / サイエンス・ファンタシー1962年2月号 / 大森望
 ギャドマンは大きな物が好きだった。優れた作曲家だが、興味があるのは大きな、いや巨大なものだけ。友人にも女にも興味はなく、ひたすら大きなものだけに心を奪われていた。そんな彼がたどり着いたのは、音楽的巨大主義とでも言うべきもので…
 これまたワン・アイデアを突き詰めた作品。作品ばかりでなく、登場するキャドマン氏も、人生を「大きな音」だけに捧げ、それ以外は倫理すら一切切り捨てているのが、いっそ清々しい。いや社会的には、とっても困った人なんだけどw
地底潜艦<インタースティス> / The Radius Riders / サイエンス・フィクション・アドヴェンチャーズ1962年7月号 / 中村融
 ジュール艦長の指揮の下、地底潜艦<インタースティス>の試験航行が始まる。深度10マイルでアメリカ大陸を東から西へと横断する旅だ。航行は安定していたが、西海岸で浮上しようとした時、問題が起きる。深度5マイルより上には上がれない。
 地底潜艦ってアイデアが、既にクレイジー。トンネルを掘って潜っていくのかと思ったら、とんでもない。ってだけじゃなく、問題解決の方法が、これまたなんともベイリーらしいw 艦長の名前がジュールなのは、同然ながらヴェルヌへのオマージュだろう。
空間の海に帆をかける船 / The Ship that Sailed the Ocean of Space / Best SF Stories from New Worlds 8 1974年 / 大森望
 おれとリムは、海王星の外側にいた。観測用の宇宙船に住み込み、定期的に観測して記録を取る仕事だ。煩い奴らは誰もいない上に、ビールはしこたまある。その日も飲んだくれていたが、ケッタイな物が見つかった。時速30マイルで近づいてくるが、なんと質量がない。
 これまたベイリーらしい無茶苦茶な発想の作品。ええ、タイトルに偽りはありません。にしても、こんなしょうもない飲んだくれに見つかるとは、お互い不幸な話でw
死の船 / Death Ship / Zenith 1989年 / 中村融
 ティーシュンは、物理学プロジェクト9号に携わっている。通称<死の船>。敵との戦いが激しさを増す中、これは決定的な技術になるかもしれない。もしクリーヴス上級大臣の訪問があれば、決行日は早まるだろう。
 ナチスと共産党を合わせたような社会になっているヨーロッパを舞台に、ベイリーらしいケッタイなアイデアが炸裂する作品。ちょっと調べたところ、作品中の「等冪」は「冪等」と同じ意味らしい(→Wikipedia)。作品名の Death Ship は、ドイツの作家 Bruno Traven に同じ名前の作品(→英語版Wikipedia)があるが、関係は不明。
災厄の船 / The Ship of Disaster / ニュー・ワールズ1965年6月号 / 中村融
 誇り高きエルフの王エレン・ゲリスが乗り込んだ<災厄の船>は、霧の中を彷徨っている。どこにも陸地は見えず、食料は尽きかけていた。復讐に飢える<災厄の船>の前に、格好の獲物が現れる。みすぼらしい人間の船だ。衝角で一蹴し、ひとりの人間を捕虜にすると…
 ベイリーには珍しいファンタジイ。「指輪物語」の知的で穏やかなエルフとは違い、このエルフは傲岸不遜で野蛮、人間を見下し怒りに燃え虐殺も厭わない。この世界はエルフとトロールと人間が三つ巴の争いを続けているようで…
ロモー博士の島 / The Island of Dr. Romeau / インターゾーン1995年8月号 / 中村融
 記者のプレンディスは、ロモー博士の島を訪れた。名高い博士が行っているのは性行動の研究と噂されているが、実態は謎に包まれている。博士が言うには「ここは快楽の島だ。われわれの目的は、世界に幸福をもたらすことにある」とのことだが…
 こちらはH・G・ウェルズの「モロー博士の島」のパロディ…なんだけど、いきなり若い美女が出てくるあたりから、何やらアヤしげな雰囲気がプンプンw とまれ、今となっては、似たような内容の漫画を描いてる人がきっといると思うw
ブレイン・レース / Sporting with the Chid / 第二短編集 The Seed of Evil 1979年 / 大森望
 大鎌猫狩りに来たブランドとロイガーとウェッセル。しかし反撃でウェッセルは肉塊になってしまった。蘇生させようにも、近くの宙域に病院はない。幸いなことに、同じ大陸にチド星人のキャンプがある。チドは優れた外科手術の技能を持っているが、その風習は全く知られておらず…
 これまたベイリーお得意の、奇想天外な習性を持つエイリアンを描く作品。奇想天外ではあるものの、なんか納得しちゃいそうな理屈がついてるのが困るw ドロドロのグチャグチャが苦手な人には、ちと辛いかも。
蟹は試してみなきゃいけない / A Crab Must Try / インターゾーン1996年1月号 / 中村融
 あの夏。おれたちは、いつもツルんでた。勇敢なるレド・シェルを筆頭に、ソフト・ナット,クイック・クウロー,ギンピー,タイニー。おれたちはそこらをのし歩き、酒場で騒ぎ、他のグループと喧嘩し…そして、もちろん、雌に求愛した。
 やりたい盛りなのにモテない童貞小僧たちの、しょうもない夏を描く青春物語…なんだけど、蟹なんだよなあw
邪悪の種子 / The Seed of Evil / New Writings SF 23 1973年 / 中村融
 22世紀。太陽系にエイリアンが来た。不死身と名乗る異星人は、百万年も生きていたが、進んだ技術や不死身の秘密などを明かそうとはせず、亡命者として暮らす事を望む。外科医のジュリアン・フェルグは、不死身の秘密を奪おうと画策するが…
 いささか市民権意識が高すぎる22世紀の風潮がもどかしいのに対し、自らの目的のためなら手段を択ばないジュリアンの執念はいっそ清々しいw 困ったストーカーの話かと思ったら、意外な方向へと風呂敷が広がった末のオチは、この作品集の最後を飾るにふさわしい壮大で寂寥感漂うもの。
中村融 : ベイリーの短編について 訳者あとがき

 ベイリーの味は、なんといっても奇想。とんでもない世界や読者の常識を覆すアイデアを、とことんまで突き詰めて屁理屈で強引に納得させ、SFにおける新しい地平を切り開く…かと思わせて、しょうもないオチで奈落に突き落としてくれる。

 ある意味50年代の精神を受け継ぎながら、イギリスならではの人の悪さを感じさせるあたりが、余人には代えがたい魅力。なにせ強烈な個性を誇る芸風なので好みは別れるけど、ウケる人には徹底してウケる、ちょっとカルトな作家です、はい。

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