京極夏彦「豆腐小僧双六道中 ふりだし」角川文庫
「あなた、夜明けさん?」
「小僧はずっと小僧だからな。入道はずっと入道だ。因みにおッ母さんは居ない」
【どんな本?】
妖怪マニアの京極夏彦が、妖怪・豆腐小僧を主人公に描く、滑稽妖怪物語その一。
子供のような体に大きな頭、笠をかぶって舌を出し、両手で持ったお盆の上に紅葉豆腐が載っている。ただそれだけで、何かをするわけでもなく、何かの芸があるわけでもない、意味も正体も不明な妖怪、豆腐小僧。
時は幕末の不穏な空気が漂う時世。江戸に近いあばら屋に、気がついたら居た豆腐小僧。果たして自分は何者なのか、紅葉豆腐を落としたらどうなるのか、そもそも妖怪とは何なのか、などと悩むものの、できるのは紅葉豆腐を持って歩き回ることだけ。
足りない頭で考えながらも答えが出ない豆腐小僧は、様々な妖怪や人々と出会い語り合い、自らのルーツと未来に思いを馳せつつ、幕末の混乱へと巻き込まれてゆく。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2003年11月に講談社より単行本「豆腐小僧双六道中 ふりだし 本朝妖怪盛衰録」として刊行。これに加筆訂正し2010年10月25日に文庫版が角川文庫より初版発行。文庫本で縦一段組み本文約698頁に加え、市川染五郎の解説「僕の豆腐小僧」7頁。8ポイント42字×18行×698頁=約527,688字、400字詰め原稿用紙で約1,320枚。文庫本なら上下巻か上中下巻でもいい巨大容量。
文章はこなれている。内容は京極夏彦らしく、人の心と怪異をめぐるややこしい議論が一部にあるものの、全体としてはコメディなので、面倒くさかったら気にしなくてもいい。
【感想は?】
まあ、アレだ、基本的には馬鹿話。
だいたい主人公がふざけてる。豆腐小僧(→Wikipedia)。紅葉豆腐を持っているだけで、特に芸もないばかりか、持った紅葉豆腐を落としちゃいかんと、派手なアクションもできない。
よくこんな話を作りにくい奴を主人公にしたなと思うんだが、それでも娯楽読み物としてちゃんと楽しめるから見事だ。
登場していきなり、自らのアイデンティティに悩んでるから可愛らしい。登場ったって、あばら屋に沸いて出たって感じで、別に劇的な誕生シーンがあるわけでもない。どうせなら、もちっと派手な所に出りゃいいものを、江戸じはずれのあばら屋だし。
と、どう物語が展開するのかと思えば、そこは妖怪マニアの京極夏彦。豆腐小僧以外にも様々な妖怪を舞台に上げて、それぞれの不思議な性質を語らせつつ、「妖怪とは何か」というテーマで話を進めていく。
そこで最初に出てくる疑問は、「妖怪って本当に居るの?」
「居ない」と言っちゃえば、この物語そのものが成り立たないので、なんとか居ることにせにゃならんのだが、そこでどう屁理屈をつけるかが、このお話の最初の関門。いかにも京極夏彦らしい理屈に、「そうきたか~」と感心する所。
さて、そのあばら屋で最初に出会う妖怪が、鳴屋(やなり、→Wikipedia)。柱がきしむ音など、家屋が出す原因不明の音や揺れは、こやつが出している、とされる妖怪。
これに対し、物語の中では一応現代的な説明をつけちゃいるが、それに都合を合わせるため鳴屋に持たせた性質が、なかなかセンス・オブ・ワンダーに富んでいて新鮮。
こういったあたりは、特撮マニアが巨大ヒーローや怪獣に合理性を与えるために、己が持つ科学の知識を駆使して屁理屈をつけようとするのにも似た、業の深い愛情と無駄を楽しむ気性を感じて、思わずニンマリしてしまう。にしても、こういう性質じゃ、そりゃ忙しいだろうなあ、鳴屋。
と、そんな具合に、鳴屋に続き、死に神・狸・達磨・狐・化け猫など、色とりどりの妖怪が出てきては講釈を垂れ、それぞれの奇妙な性質を明らかにしては、その仕事をこなしてゆく。いいなあ、化け猫。うちにも来てくれないかなあ。
などといった屁理屈も楽しいが、それを更に盛り上げてくれるのが、落語調の語り口。
なんたって舞台が舞台だけに、使われるのは上方ではなく江戸、それも町民の言葉。「かきくけこ」「たちつてと」や促音が多く、ポンポンと跳ねるような勢いのいいリズムがあり、せっかちでアグレッシヴな印象を与える口調だ。
この語り口が大きな効果を上げているのが、終盤のクライマックス・シーン。妙にのんびりして間の抜けた豆腐小僧、きっぷのいい下町言葉で畳みかける狐、濁音が多い武蔵野の百姓言葉、婀娜な鉄火肌の化け猫など、様々なリズムが絡み合って、ラテン・パーカッションを多用したかつてのサンタナ・バンドのような、ちょっとしたグルーヴを生み出している。
とか書くと、なんか真面目な小説みたいだけど、そんな難しいモンじゃない。不思議で間抜けな妖怪たちが繰り広げる、滑稽なお話なんで、気楽に楽しもう。
にしても、やっぱりユーモア物の書評は難しいなあ。
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