篠田節子「竜と流木」講談社
「一匹じゃなかったのよ、何匹もいて、集団で襲ってきたの。見たことのない、醜い生き物。いいえ、生き物じゃない、あれは悪魔。地獄からやっていた悪魔に違いない」
【どんな本?】
社会派・ミステリ・ホラーなど、幾つものジャンルにまたがり傑作を発表し続ける篠田節子による、バイオパニックSF長編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、20位にランクインした。
太平洋の小島ミクロ・タタの泉に、ウアブはいた。島の守り神とされ、カワウソに似た愛らしい両生類。だが開発計画が持ち上がり、絶滅を恐れた丈人ら保護団体は、リゾート開発が進んだ隣の島メガロ・タタの池にウアブを移す。
幸いウアブはメガロ・タタに住み着き繁殖も始まったが、同じころ奇妙な、そして危険極まりない正体不明の怪物がメガロ・タタに出没し始める。体長20cmぐらいの黒いトカゲ、夜行性で狂暴、猛毒を持ち人に?みつく。
ウアブの移植がメガロ・タタの生態系に影響を与えた可能性を考え調査を進める丈人ら保護団体だが、怪物の正体が掴めず手をこまねいているうちに、被害は広がり…
途上国におけるリゾート地の舞台裏や青年の成長などを隠し味として、島の伝説に種や環境保護の問題を絡め、尻上がりに脅威が増すバイオハザード風味に仕上げた、ベテランの風格漂うパニックSF長編小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年5月24日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約313頁。10ポイント43字×18行×313頁=約242,262字、400字詰め原稿用紙で約606枚。文庫本ならちょっと厚いかな、ぐらいの分量。
文章は抜群に読みやすい。内容も、とってもわかりやすい。文句なしに本格的なバイオSFだが、DNAなどの小難しい専門用語は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。
【感想は?】
ラリイ・ニーヴン&ジェリイ・パーネルのファンはニヤニヤする作品。
パニックの鍵を握るウアブもそうだが、主人公ジョージ(丈人)の父ちゃんダグラスのキャラがいい。元軍人で格闘技の達人。言葉は正確で憶測は交えず、危機にあっても無駄な叱責はせず問題解決の道を探る、プロフェッショナルの鑑。ただしアメリカ人の例にもれず銃信仰が厚く、往々にして解決は武力に頼りがち。まるで某アヴァロンの主人公だw
その倅のジョージはイマイチ一皮むけず、30過ぎて定職にもつかず日本とミコロ・タタをウロウロする根無し草…に見えて、実はウアブの専門家としちゃ世界でちった知られた学者。とはいっても、ウアブなんぞを研究する者は滅多にいないんだけど。
ってなあたり、やたらめったら種が多い生物学の世界じゃ、さもありなん、と思わせてくれる。ばかりでなく、コテコテの軍人ダグラスと、フリーター暮らしでいい歳こいて大人になり切れないジョージの対比がいい。
敵の怪物、サイズはたいしたことないけど、動きが素早く狂暴で猛毒を持ち、咬まれたら激しい痛みに苦しむだけでなく、下手すりゃ死にかねない。正体不明なだけに治療法もない、ばかりでなく島にはロクな医療設備もない。
当然ながらバイオパニック物だけあって、終盤は次第に数を増し…
と、次第に囲い込まれてゆく恐ろしさもあるんだが、ここに幾つかヒネリを利かせている。その一つは地元に残る竜の伝説。
そして、もっと大きなヒネリが、舞台となるメガロ・タタ。やはり南洋の島なんだが、ミクロ・タタと異なり、こちらはリゾート地として島の一部ココスタウンは開発が進んでいる。お陰で飛行場やインターネットなど文明の利器が使える利もあるが…
そんな南洋の高級リゾート地で繰り広げられる人間模様と、その舞台裏を支える様々な仕掛けは、篠田節子ならではの鮮やかさで、巧みにテーマに絡んでくる。
そう、リゾート地には、ほんとに様々な人がいるのだ。ぶっきらぼうながら適切な判断力を持つマユミ、高級コテージに棲むオッサンの勇治、コワモテなオーストラリア人のロブ、鷹揚なマネージャーのサマーズ、そして元から島に住む人々。
せいぜいが数週間のつもりでリゾート地に来る外国人と、この島で生まれ育つ人々。怪物の跳梁跋扈という同じ脅威を前にして、次第にそれぞれの立場の違いが明らかになり、またそれぞれの対応もまた異なってくる。こういった人々のバラエティ豊かな生き方やその背景を、驚かせつつも実感たっぷりに描くあたりは、直木賞作家の風格だろう。
数を増やしながらナワバリも広げてゆく怪物と、決定的な手が見つからないジョージたちの苦しい戦いもよかったが、やはり私はニーヴン&パーネルの某作品を思い出して嬉しくなってしまった。ベテランならではの安定感を感じさせる作品。
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