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2017年2月12日 (日)

トレヴァー・コックス「世界の不思議な音 奇妙な音の謎を科学で解き明かす」白揚社 田沢恭子訳

私は校舎研究の一環として、生徒が読解や暗算などの単純なタスクを遂行しているおときに雑音を聞かせる実験をした。ある実験では、14歳から16歳の集団にざわついてうるさい教室の音を聞かせると認知能力が低下し、静かな場所でタスクをおこなう11歳から13歳の対照群と同程度になった。
  ――プロローグ

1924年には、高名なチェリストのベアトリス・ハリソンとナイチンゲールの共演が、BBCラジオ初の屋外からの生中継として放送された。イングランドのオックステッドで暮らすハリソンの自宅周辺には林があり、そこに棲むナイチンゲールが彼女の練習するチェロを音まねするようになっていたのだ。
  ――3 吠える魚

【どんな本?】

 歌う砂丘。壁に向かって囁くと、部屋の反対側にいる人に聞こえる壁。セミの声がやかましい理由。コンサート・ホールの設計のコツ。車で走ると「ウィリアム・テル序曲」が聞こえる道。

 日光の鳴き龍など、世の中には不思議な音がある。虫の声や木の葉の揺れる音など、私たちの暮らしは様々な音に囲まれている。うるさい音もあれば、気持ちが落ち着く音もある。

 奇妙な音は、どうやって生まれるのか。エルビス・プレスリーの独特のエコーを、どうやって作ったのか。そして、様々な音や音響環境は、私たちの暮らしや音楽、そして他の生き物たちにどんな影響を与えるのか。

 音響工学教授の著者が、世界を駆け巡り、音をめぐるエピソードを集め、音響工学の面白さや意外な利用法を語る、楽しくて役に立つ一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Sound Book : The Science of the Sonic Wonders of the World, by Trevor Cox, 2014。日本語版は2016年6月30日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約300頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×19行×300頁=約256,500字、400字詰め原稿用紙で約642枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は読みやすい。内容も特に難しくない。音楽が好きなら、楽しく読める。「音は波である」「波長が長いほど音は低い」程度に分かってれば、充分に読みこなせる。こういった事はギターやバイオリンを弾く人なら、直感的に分かるだろう。シンセサイザーなどDTMに興味があれば、更によし。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ
  • 1 世界で一番よく音の響く場所
  • 2 鳴り響く岩
  • 3 吠える魚
  • 4 過去のエコー
  • 5 曲がる音
  • 6 砂の歌声
  • 7 世界で一番静かな場所
  • 8 音のある風景
  • 9 未来の驚異
  •  謝辞/訳者あとがき/註

【感想は?】

 サウンド・エディタが欲しくなる本だ。私は思わず Audacity を手に入れ、遊びまくってしまった。更新が遅れたのは、そのせいだ。まだ機能の1/10もわかっちゃいないけど、遊び始めるとキリがない。

 本書を読みこなすキモは、エコー(こだま)とリバーブ(残響)の違い。

 エコーは、こだま。山に向かって「ヤッホー」と叫べば、「ヤッホー」と返ってくるやつ。リバーブは、お風呂の中で歌うと、よく響いて歌が上手くなった気がする効果。

 この二つをややこしくしてるのが、カラオケのエコーマイク。あれ、エコーって名前がついてるけど、実はリバーブの効果をつけてる。だもんで、本当はリバーブ・マイクが適切。

 エコーもリバーブも、何かにぶつかって返ってきた音を示す。

 これを研究して建築音響学を開拓したのが、19世紀の物理学者ウォーレス・クレメント・セイビン(→Wikipedia)。

 空気中の音はだいたい秒速340mぐらいで進む。雷が光ってから音がするまでの時間が分かれば、雷までの距離が分かる、お馴染みの理屈だ。低い音は残響が長く残り、高い音はすぐに消える。一般に遠くの音はくぐもって聞こえるものだ。壁の材質でも違ってくる。石やタイルなどの硬いものはよく反響し、布など柔らかいものはあまり反響しない。

 これらを組み合わせると、コンサート・ホールの設計に役立つほか、色々な応用もできる。物騒なものの代表は、潜水艦のソナーだろう。米軍は、アフガニスタンの戦場で洞窟の中を調べるため、銃声の反響音を分析する研究をした。

 音楽好きとして興味深いのは、演奏場所の残響効果の違いが音楽そのものに与える影響。

 宗教改革以前、ドイツの聖トーマス教会は、「司祭の声が消えるまでに八秒かかっていた」。16世紀半ばに改築し、木製の廻廊を付けたし布を垂らすと、残響時間が1.8秒に減った。これが音楽に大きな影響を与えたのだ。

18世紀になると、残響が短くなったことを生かして、聖歌隊長だったヨハン・セバスティアン・バッハがそれまでよりもテンポの速い複雑な曲を作るようになった。

 残響の短さが、音楽のテンポを速くしたわけ。言われてみると、世界の民族音楽も、残響がない野外で演奏されるものは、テンポが速い曲が多い気がする。こういった事は、「倍音」でも面白い分析をしていたなあ。

 とかの人工的な音の話に加え、自然界の音の話も盛りだくさん。

 音に頼る生き物の代表が、コウモリだろう。超音波を発してソナーのように使い、周りの状況を「見る」。コウモリの出す声は人間に聞こえないが、機械を使って周波数を下げれば聞こえるようになる。これを使うと、静かな湖畔が、「超音波域の繰り広げられる修羅場」に変貌してしまう。

 そのコウモリ、たいていは虫を食べて生きている。虫だって食われたくない。そこで工夫したのがマダガスカルオナガヤママユ(→Google画像検索)。長い尻尾はコウモリの声を強く反射し、尾は食われるが胴体は無事に済む。軍用機が使うフレアみたいな作戦だ。

 静かに思える水の中も、実は音で溢れている。「テッポウエビの大群は、炎がもえさかるときのパチパチという音に似た音を出す」。お陰で、海軍は第二次世界大戦中にテッポウエビの研究を始めにゃならんかった。ソナーの邪魔になるからだ。

 様々な音響環境を調べるため、著者は世界中を駆け巡る。ロンドンの下水道を探検し、廃棄された石油貯蔵施設に潜り込み、モハーヴェ砂漠に突っ込み、イランのイスファハンのイマーム・モスクを訪れる。

 などの冒険行も楽しいが、その後で聞いた音について科学的にわかりやすく説明してくれるのも著者ならでは。他にもスター・ウォーズのレーザー音の秘密や、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」のデマなど、面白いエピソードがぎゅうぎゅう詰まってる。

 日頃、外出する時は iPod nano を手放せない私だが、ちょっと耳を澄まして街の音に注意してみよう、そんな気になった。でも今は Audacity に夢中だけどw

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