ロバート・シェクリイ「人間の手がまだ触れない」ハヤカワ文庫SF 稲葉明雄他訳
「まずい!」とコードヴァー。「家へ帰って、女房を殺しちまわなきゃ」
――怪物「おれたちはみんな罠にかかっているんだ」
――あたたかい
【どんな本?】
1951年にデビューしたアメリカのSF作家ロバート・シェクリイの、デビュー短編集。
小難しい理屈もなければウザい心理描写もなく、登場人物はカキワリ。当時のSFらしい大らかな仕掛けを使いながらも、読者の思い込みをひっくり返すアイデア・ストーリーの書き手で、やや皮肉でブラックな味わいが特徴。
お話の筋書きで読ませる作品が多いためか、1950年代と古い作品ばかりなのに、家電製品など小道具の名前さえ変えれば、今でも充分に通用する短編が多いのが驚き。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Untouched by Human Hands, by Robert Sheckley, 1954。日本語版は1985年12月にハヤカワ文庫SFより刊行。私が読んだのは2007年1月31日発行の新装版。文庫本で縦一段組み、本文約300頁に加え、中村融の解説「時代を築いた作家 ロバート・シェクリイの人と作品」13頁。9ポイント39字×17行×300頁=約198,900字、400字詰め原稿用紙で約498枚。文庫本なら標準的な分量。
文章はこなれている。内容も難しくない。ロケットや悪魔は出てくるが、基本的に皮肉の効いたアイデア・ストーリーなので、理科が苦手な人でも大丈夫。
【収録作は?】
それぞれ作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。
- 怪物 / The Monster / F&SF 1953年3月号 / 宇野輝雄訳
- 金属製らしいとがった物体が、尻から炎を出しながらふわふわと動き回り、盆地に止まる。コードヴァーとハムは、この異様な物体を見に山頂まで出かけ、日が暮れる前に村に帰った。翌朝は、村の男が総出で物体を見に行くと、物体から異様な生き物が出てくる。
- ファースト・コンタクト物といえばそうなんだが、いきなり「女房を殺しちまわなきゃ」ときたのにはビビった。この黒さがシェクリイの味なんだろう。22頁と軽く読める作品ながら、植民地主義を皮肉っているようにも読める。
- 幸福の代償 / Cost of Living / ギャラクシー1952年12月号 / 小尾芙佐訳
- 先週ミラーが自殺したせいか、どうも気分が晴れない。細君は機嫌がいいが、息子は最近ぶつぶつ言うだけで、どうもはっきりしない。オート・クックが作る食事は美しいし、オート・タオルはマッサージまでしてくれる。今日はA・E電気の財務課員がくる日だ。
- 当時のアメリカは電化製品が爆発的に普及し始めた頃。個々のガジェットの名前さえ現代風に改めれば、今でも充分に愉しく読めちゃうあたりが、ちと情けなかったり。最後の一行がグサリと突き刺さる人は私だけじゃないはず。そうだと言ってよ。
- 祭壇 / The Altar / ファンタスティック1953年7・8月号 / 風見潤訳
- 気分のいい春の朝。出勤中のスレーター氏は、外国人らしい男に道を聞かれる。「バズ=マティンの祭壇はどこにあるかご存じじゃないでしょうか?」ここは小さな町だし、スレーター氏も20年ちかく住んでいるが、マズ=マティンの祭壇なんか知らない。
- 列車が止まる程度には人が住んでいるけど、ニューヨークのような大都会じゃない。こじんまりとした穏やかな町だからこそ成り立つ、奇妙な話。ドラマ「世にも奇妙な物語」などの原作にピッタリの作品。
- 体形 / Shape / ギャラクシー1953年11月号 / 福島正実訳
- その恒星系では、みどりの第三惑星が唯一、生物の生存可能な惑星だった。今まで何度もグロム星人の探検隊が訪れたが、全ての探検隊員が消息を絶っている。いったい、この惑星にどんな危険が潜んでいるのか。
- お約束の逆転がシェクリイの得意技の一つらしく、ここでも「他星系を探索し消息を絶つ調査船」なんてSFの定番を、「地球を訪れたエイリアンの調査隊が消息を絶つ」形にひっくり返している。
- 時間に挟まれた男 / The Impacted Man / アスタウンディング1952年12月号 / 風見潤訳
- 今日、ジャックとケイの夫婦は、家を出てアイオワに向かう。今は文無しだが、向こうで教師の仕事が見つかったのだ。早くしないと、ガメつい家主のハーフが家賃を取りに来る。出かけようと階段を下りたジャックだが…
- とんでもなく壮大なスケールの仕掛けと、ハーフ vs ジャック&ケイのセコい対決のギャップが楽しい作品。もっとも「壮大な仕掛け」の中にも、なかなかセコい裏事情を仕込んであるんだけど。藤子不二雄あたりが漫画化してそうだなあ。
- 人間の手がまだ触れない / Untouched by Human Hands / ギャラクシー1953年12月号 / 稲葉明雄訳
- 中継ステーションでの手違いで、ヘルマンとキャスカーは食料を積み忘れた。おまけにこの星域は未調査で、近くに食料を補給できる所はない。幸いなことに、見つかった惑星には酸素がありそうなばかりか、なんと建造物まである。
- 不思議なもので、一つの家に長く住んでいると、だんだん狭くなってきたりする。別にどこかが壊れるとかじゃなく、正体不明なモノが幾つも部屋を占領し、何がどこにあるのかわからなくなる、ばかりでなく、ソコにあるモノが何なのかもわからなくなる。そんな経験、ありませんか? にしても、本好きとしてはヘルマンの役立たずっぷりが身に染みるw
- 王様のご用命 / The King's Wishes / F&SF 1953年7月号 / 峯岸久訳
- ボブとジャニスは電気屋を始めた。商売が軌道に乗れば、結婚資金も貯まる。ところが、困った事になった。この一週間、毎晩泥棒が入り、発電機や冷蔵庫を盗んでいくのだ。今夜こそ捕まえてやろうと張り込んだ二人の前に、ついに泥棒が姿を現したが…
- 頼りがいのあるジャニスと、へっぴり腰のボブのカップル、そして一見コワモテなくせに意外と真面目な泥棒のキャラクターが楽しい短編。にしても二人の柔軟な適応力はたいしたものw
- あたたかい / Warm / ギャラクシー1953年6月号 / 小笠原豊樹訳
- 今日、アンダースはジューディーに結婚を申し込む。準備も万端、キッチリめかしこんで、これから出かけようとした時に、いきなり声がした。「助けてくれ!」
- 一つの文字をじっくり見つめていると、次第に文字が単なるパターンや模様に見えてきて、読み方や意味がわからなくなる。そんな奇妙な感覚が味わえる作品。
- 悪魔たち / The Demons / ファンタシー・フィクション1953年2月号 / 風見潤訳
- 出勤中に九丁目の角を曲がった時、保険外交員のアーサー・ガメットは消えた。気が付いたら濃い霧が立ち込める部屋の中で、目の前には赤い鱗に覆われた巨大な化け物がいる。逃げようにも、チョークで描かれた線から出られない。
- シェクリイの定番、ひっくり返しで始まる作品。人が悪魔を呼び出すんじゃなく、悪魔に人が呼び出され、無茶な要求を突きつけられる。何が欲しいのか自分でもわかっていない顧客に悩まされる計算機屋には、別の意味で突き刺さる作品かも。
- 専門家 / Specialist / ギャラクシー1953年5月号 / 小笠原豊樹訳
- 宇宙船は光子嵐に巻き込まれたが、幸い被害はプッシャー(推進係)だけで済んだ。だがプッシャーは一人しかいない。近くの星域を調べたが、プッシャー族は少ない。なんとか原始プッシャー族がいそうな惑星を見つけたが…
- すべてが生物で出来ている宇宙船ってアイデアは他にもあるだろうが、この「専門家」って仕掛けは独特だろう。微妙な選民&賎民意識を持つSF者には、別の意味でジーンとくる作品。これを歌って大ヒットしたのがブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」で←ウソつくな
- 七番目の犠牲 / Seventh Victim / ギャラクシー1953年4月号 / 小尾芙佐訳
- 待っていた通告が、やっとスタントンに届いた。これで7人目だ。今回の獲物はジャネット・マリー・パチグ。なんと女だ。ヒトは戦うのが好きだ。この性向を満たすため、合法的な殺人制度ができた。精神浄化局に登録した者は、ハンターになり、次に獲物となる。
- 映画「華麗なる殺人」の原作。ヒトが持つ闘争本能を制御して戦争をなくすため、厳格かつ公平なルールを定めて殺人を合法化した未来のお話。
- 儀式 / Ritual / クライマックス1953年5月号 / 風見潤訳
- 神の船がやってきた。遠巻きにした村人の前で、ふたりの神がハッチから出てくる。五千年前の書物『神々大全』にならい、今度の神に相応しい歓迎をしなければならない。長老歌手は「入港許可の踊り」を命じ…
- 「怪物」同様、訪れた人類(らしき者)を迎えるエイリアンの目線で描いた作品。神様ってのも、辛いもんです。
- 静かなる水のほとり / Beside Still Water / アメージング1953年10・11月号 / 風見潤訳
- 探鉱者のマーク・ロジャーズは、引退して厚さ800mほどの岩板に住み着く。ささやかな貯えで空気ポンプや土壌や水など必要な物と雑用ロボットを買いそろえた。機械いじりが得意なマークはロボットを少しづつ改造し…
- ある意味、究極の引きこもりを描いた作品。わかりいやすいオチがつく作品ばかりの本書の中では、静かに時が流れてゆく宇宙での孤独な暮らしを淡々と描いた、特異な作品だろう。
- 解説:中村融
「祭壇」「時間に挟まれた男」「人間の手がまだ触れない」「王様のご用命」「悪魔たち」「七番目の犠牲」など、時代背景や小道具を現代風にアレンジして漫画家・ドラマ化すれば、今でも充分に当たりそうな作品が多い。日本には梶尾真治や草上仁がいるけど、若手も出てきて欲しいなあ。
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