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2017年1月11日 (水)

ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳

光速の90%の速さで投げられた野球のボールを打とうとしたら、どんなことが起こりますか?

地球にいる人間全員が一斉にレーザー・ポインターを月に向けたら、月の色は変わるでしょうか?

マシンガンを何挺か束ねて下向きに撃ってジェットパックの代わりにし、飛ぶことはできますか?

「……金曜日までに答が知りたいんだ」

【どんな本?】

 ロボット工学者として NASA に勤めた著者のサイトに寄せられた難問・珍問・奇問に、数学や科学の知識に加え、関連分野・非関連分野の論文、Google や Mathmatica はもちろん友人・知人から見知らぬ専門家までも巻き込み、それなりに妥当な解を漫画を交えユーモラスに示した、一般向けの楽しい科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WHAT IF? : Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions, by Randall Munroe, 2014。日本語版は2015年6月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約369頁に加え、訳者あとがき1頁。9ポイント33字×19行×369頁=約231,363字、400字詰め原稿用紙で約579枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、著者のイラストがたくさん載っているので、実際の文字数は6~7割程度。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。理科と数学が得意なら、中学生でも楽しく読めるだろう。アメリカのTVドラマに詳しければ更によし。

【構成は?】

 おことわり/はじめに
読者からの質問と著者の解答
 謝辞/参考文献/訳者あとがき

 質問と回答は、一つの質問に5~10頁程度の解答が続く形。それぞれ完全に独立した記事なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

【感想は?】

 肩の力が抜けた著者のユーモアが楽しい一冊。

 科学というと構えちゃう人でも大丈夫。アチコチに幾つか数式が出てくるけど、分からなかったら無視しよう。それがこの本を楽しむコツだ。ちゃんと著者が計算して、答えを出してくれるし。

 やっぱりタイトルにもなってる「野球のボールを光速で投げたらどうなるか」が、この本の面白さを見事に表してる。この項だと、最初は真面目に考えているのだ。光速で動くボールを、その前にある空気は避ける暇がない。そのため空気とボールは核融合を起こしガンマ線を発し…

 と、そんなわけで、色々と大変な事になるわけだが、最後のオチが「ソコかい!」と突っ込みを入れたくなるハズし方。こういうユーモアのセンスが随所で光ってる。

 やはりハズし方が光るのが、「世界中の人間全員が一斉にジャンプしたらどうなるか」ってな質問。確かセシル・アダムス先生も中国人バージョンの質問に答えてたが、誰でも似たような事を考えるらしい。が、ランドール君のセンスが生きるのは、ジャンプした後。そっちの心配かいw

 こういったユーモアを際立たせているのが、彼の描くマンガ。ったって、人は〇の頭に線の胴体と手足をつけただけの単純なシロモノなんだが、ポニーテールやヒゲで細かい表情を付け、ソレナリに違いがわかるようになってる。

 いかにも子供のラクガキっぽい単純さなのに、ちゃんと何がどうなってるのかが分かるのは大したもの。こういう風に、最低限の線でモノゴトを分かりやすく表すのも、一つの巧さと言っていいんだろうか。私は絵に疎いのでよくわからないんだけど。

 などのユーモラスな雰囲気ではあるけど、やっぱりエンジニアだなあと思うのが、いい加減な質問に対し、「現実にはどうやるか」を考えて相応しい制限事項を設ける所。

 「人間全員が月にレーザーポインタを向けたら?」なんて質問には、まず「人間全員が月をレーザーポインタで狙うにはどこに集まればいいか」なんて考えてる。そりゃそうだ、日本とブラジルから同時に月を狙うのは無理だしね。

 ここじゃギャグの基本、「繰り返し」を使って事態をグングンとエスカレートさせた挙句のオチが…

 かと思えば、「さすが NASA のエンジニア」と思わせる所も多い。NASA だけあって、運動エネルギーと反動の問題はお手の物。束ねた銃を下に向けて撃ったら飛べるか? なんて質問じゃ、ちゃんと射出速度と弾丸の重さなどから計算してる。

 だけでなく、友人知人の知恵も遠慮なく拝借してたり。やっぱり顔の広さは大事だね。先の質問でも、銃器に詳しい友人(当然、テキサス人)の知恵を借りて、一見現実的な解を出してる。にしても、アベンジャー(→Wikipedia)にそういう使い道があったとはw

 エンジニアというと、小数点以下の細かい数字に拘る生き物だと思う人も多いが、常にそうとは限らない。開発や設計の最初期、つまり「できるかできないか」を見積もるあたりだと、相当に大雑把な計算をする。桁が2つまでなら違っててもいいや、ぐらいのテキトーさで。

 なにせ質問もテキトーなので、計算の元の数字もテキトーにデッチあげている。架空の数字の見積もり方も、この本の魅力の一つ。「ヨーダはどれぐらいのフォースを出せますか?」では、ヨーダがXウィングを沼から引き上げる場面を元に、出力を見積もってたり。

 こういう、「どこからどうやって数字を持ってくるか」ってセンスも、なかなか感心するところ。

 そんなランドール君のセンスに加え、質問も面白いのが揃ってる。「太陽がなくなったらどうなる?」「ホッケーのパックでキーパーをブッ飛ばせる?」なんて誰もが考える疑問もあれば、「猫を鳴かせてッ飛行機を落とす」なんて「一体お前は何が知りたいんだ」的な質問も。

 あまりお堅いことは考えず、楽しみながら読もう。読み終えた後、もしかしたらたまには何かを計算したくなるかも知れない。猫の毛は何本あるのか、とかの役に立たない計算を。

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