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2017年1月 2日 (月)

ブルース・ブエノ・デ・メスキータ&アラスター・スミス「独裁者のためのハンドブック」亜紀書房 四本健二&浅野宣之訳

…指導者というものは、権力を握り、権力者の地位を守るという目的を達成するためなら何でもする。
  ――日本語版へのはしがき

…小さな盟友集団を頼みとする支配者はより専制的な支配に、大きな盟友集団を頼みとする支配者はより民主的な支配に傾く傾向がある。
  ――訳者まえがき

利害を持っているのは、「国家」ではなくて「人」である。
  ――序章 支配者を支配するルール

権力の頂点にのし上がるために必要な能力と、それを維持するために必要な能力は、まったく違う。また、権力の座で生き残るための支配と「より良い」支配を行うための能力の間にさえ、共通点はないのが常である。
  ――第3章 権力の維持 見方も敵も利用せよ

金になる資源を持つ国は、そうした資源を持たない国よりも制度的にうまく統治されないという、しばしば「資源の呪い」と呼ばれる現象が起こる。経済成長を伴わない資源産出国は、内戦が起こりやすく、資源の乏しい国よりも独裁的になる。
  ――第4章 財政 貧しき者から奪い、富める者には与えよ

【どんな本?】

 スターリンは最後まで巧くやったのに、なぜゴルバチョフは失脚したのか。多額の援助が送り込まれるアフリカは、なぜいつまでも貧しいままなのか。パキスタン政府は、なぜビン・ラディンを匿ったのか。独裁的な国家において、往々にしてマイノリティー出身の閣僚がいるのはなぜか。エジプトのムバラクは、なぜ失脚したのか。FIFAやIOCから腐敗を一掃する方法はあるのか。

 今も昔も、世界には独裁者が君臨する国があり、その多くで国民は貧しく飢えている。それは、その方が独裁者に都合がいいからだ。地震や津波などの災害でも、専制的な国は国民を見捨てる。どころか、他国からの支援を断ることさえある。なぜそんな非業な真似をするのだろう?

 著者は主張する。独裁的な国も民主的な国も、権力者の目的は同じであり、従っているルールも同じだ。違うのは、権力者が置かれた状況であり、ゲームバランスが違うだけだ、と。

 では、彼らはどんなルールに従っているのか。どうすれば独裁者として君臨できるのか。独裁者に都合がいいのは、どんなゲームバランスなのか。

 国際政治学者が、自ら唱えた権力支持基盤理論を元に、過去現在の独裁的な政治体制と民主的な政治体制を比べ、独裁者が権力を維持する秘訣を明らかにし、その結果として打ち出される政策の裏にある法則を明らかにしながら、逆に独裁者を倒す方法や、企業や委員会などの組織の腐敗を防ぐ手立てを探る、一般向けの刺激的な政治学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Dictator's Handbook : Why Bad Behavior is Almost Always Good Politics, by Bruce Bueno de Mesquita & Alastair Smith, 2011。日本語版は2013年11月21日第1刷発行。私が読んだのは2014年1月6日発行の第2刷。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約329頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×19行×329頁=約281,295字、400字詰め原稿用紙で約704枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。国際政治学と聞くと難しそうだし、ところどころに二重否定などのまわりくどい表現もあるが、たいていは何度か異なった表現で繰り返し説明しているので、思ったよりとっつきやすい。

 世界各国の指導者や政策が例として出てくるが、国際情勢に疎くても大丈夫。ソコはどんな国でどんな状況でどんな指導者がどんな政策をいつ打ち出したか、大ざっぱに説明しているので、知らなくてもだいたいの雰囲気は掴めるようになっている。

【構成は?】

 「訳者まえがき」が、とても巧く「独裁者のルール」をまとめているので、できれば最初に読もう。以降は、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 日本語版へのはしがき/訳者まえがき
  • 序章 支配者を支配するルール
    • 一般市民の困惑
    • ベル市の底知れない憂鬱
    • イデオロギーでもなく、文化でもなく
    • 偉大な思想家の思い違い
    • 注目すべきはリーダーの利害と行動
  • 第1章 政治の原理 「金」と「仲間」をコントロールせよ
    • ルイ14世を支えたもの
    • あらゆる政治の土台となる三つの集団
    • 独裁と民主主義の間に境界はない
    • カギを握るのは「3D」のサイズ
    • 支持者は金でつなぎとめる
    • 搾りとった税金の使い道は
    • 裏切られる前に切り捨てる
    • 独裁者のための五つのルール
    • 民主主義国家にもルールは通用する
  • 第2章 権力の掌握 破綻・死・混乱というチャンスを逃すな
    • 独裁者の理想のスローガン
    • 現リーダーを排除する三つの方法
    • 「善」は急げ
    • 金の切れ目が縁の切れ目
    • リーダーの死は絶好のチャンス
    • 生きていることが最大のアドバンテージ
    • オスマン帝国の「兄弟殺害法」
    • 財政破綻を逆手にとったロシア革命
    • 沈黙は金である
    • ゴルバチョフが陥ったジレンマ
    • 民主国家で権力を握るには
    • 民主国家における世襲
    • アトリーがチャーチルに勝利できた理由
    • 盟友集団の力学
    • ドウ曹長の末路
  • 第3章 権力の維持 味方も敵も利用せよ
    • ヒューレット・パッカードの政治事情
    • フィオリーナの改革と失墜
    • ビジネスの正解が政治的失敗に
    • アドバイザーを粛清して権力を固めたフセイン
    • 盟友集団を不安定にしておく
    • 功労者でも躊躇なく粛清する
    • 民主主義者は天使か
    • 「票が値下がり 一山いくら」
    • リーダーが生き残れる確率
  • 第4章 財政 貧しき者から奪い、富める者には与えよ
    • 金の流れを掴め
    • 理想の税率
    • 国を豊かにしてはいけない
    • どれだけ、どのように搾り取るか
    • 石油は「悪魔の排泄物」
    • 借金を返すのは次のリーダー
    • 債務は削減すべきか?
  • 第5章 公共事業 汚く集めて、きれいに使え
    • リーダーの地位を保証する公共財
    • 優れたリーダーに市民意識はない
    • 高等教育という潜在的脅威
    • 国の豊かさは子どもを救うか?
    • 水と政治体制の関係
    • その道路は誰のため?
    • 公共の利益のための公共財
    • 地震からの復興と政治体制
    • 公共財の整備はリーダーを長生きさせる
  • 第6章 賄賂と腐敗 見返りをバラ撒いて立場を強化せよ
    • 腐敗はリーダーを力づける
    • 成功するリーダーは汚れ仕事を厭わない
    • 私的な見返りのコストパフォーマンス
    • 娯楽と金を追及するIOC
    • オリンピックは一票10万ドル、ワールドカップは80万ドル
    • 善行は万死に値する
    • 盟友が常に味方だと思うな
    • 私腹を肥やすか、人々に施すか
    • 国庫の金をうまく使ったフセイン
    • 腐敗した民主主義者、高潔な独裁者
  • 第7章 海外援助 自国に有利な政策を買い取れ
    • 海外援助の政治的論理
    • 援助が人々を苦しめたケニア
    • 海外援助の損得勘定
    • 高くついたアメリカの中東政策
    • 貧困を救わない援助をなぜ続けるか
    • 「病院が患者を殺す」のか
    • 海外援助を効果的にするために
    • 評価基準は「比較優位性」
    • 災害援助は誰のふところに入る?
    • 目的達成の報酬としての援助
    • 「貧しい国は助けたいが、自腹は切りたくない」
  • 第8章 反乱防止 民衆は生かさず殺さずにせよ
    • 抗うべきか、抗わざるべきか
    • 大衆運動の芽を摘み取れ
    • 民主国家における反乱と独裁国家における反乱
    • 反乱の引き金
    • 災害というチャンスに何をすべきか
    • ビルマの「理想的な」独裁政治
    • パワー・トゥ・ザ・ピープル
    • しぶしぶ民主主義国となったガーナ
    • 経済崩壊が革命のチャンス
  • 第9章 安全保障 軍隊で国内外の敵から身を守れ
    • 「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続である」
    • 「六日間戦争」の損得勘定
    • 民主国家が奮闘する条件
    • 湾岸戦争という政治的サバイバル劇
    • 独裁国家は勝敗に鈍感
    • 兵士一人を救うために軍隊を投入する
    • 民主国家の本音
    • 民主国家が戦争を仕掛けるとき
  • 第10章 民主化への決断 リーダーは何をなすべきか
    • 今の苦境は変えられる
    • 曲げられないルール
    • 盟友集団は縮小すべきか拡大すべきか
    • 盟友が民衆と手を結ぶ前に
    • グリーン・ペイ・パッカーズの教訓
    • 民主主義を定着させる
    • 移民の効果
    • 苦難を終わらせる変革のために
    • 民主化を目指す動機
    • 「自由で公正な選挙」 偽りの自由
  • 謝辞/訳者あとがき/人名・事項索引

【感想は?】

 かなり単純化し、割り切った理屈に沿って書いた本だ。しかも、その理屈が実に実もふたもない。

 理屈の原則は経済学と同じだ。「人は誰でも利に従う」。なんとも殺伐とした世界観だし、そういうのが嫌いな人には向かない。そもそも権力なんて綺麗事じゃ済まないよね、と考える人向き。

 この理屈だと、福祉予算を削る右派政党が貧乏人に人気がある理由を説明できないと思うでしょ? でも、よく読むと、回りくどいながらも、うっすらと理由が見える仕掛けになっている。この辺は「選挙の経済学」にも少し説明があったが、この本ではIOCとFIFAや、中東戦争のイスラエル軍とエジプト軍の例で説明している。

 人はカネで転ぶ。大金なら、より転びやすい。あなた、幾らなら選挙権を売ります?

 有権者が多い大都市だと、買収は難しい。軍資金は限られている。一億円あっても、有権者が十万人いたら、うち半分を買収するにしても、一人当たりせいぜい二千円しか配れない。これで転ぶ人は少ないだろう。

 でも有権者が少なければ、一票の価値はグンと高くなる。IOCで開催地を獲得するには、理事のうち58票を得ればいい。とすると、一億円あれば一人頭約170万円を配れる。FIFAの理事は24人なので、必要な13票を得るには一人約770万円。実際にはもう一~二桁多いんだけど。

 報酬が少なければ、人は買収に応じない。日本の国会議員選挙じゃ、一票の価値は軽い。貧しい人にとって、そりゃ福祉などは魅力的かもしれないが、自分に大きな利益があるとは思えない。それより、家族観や歴史観や国家観が似てる人を応援したほうが、気分がいい。

加えて右派の政治家は演説が上手だと思う。学のない人にもわかりやすい話を、親しみやすい言葉遣いで語りかけてくる。おまけに地元のイベントやお祭りに足蹴く通い、名前と顔を覚えてもらう努力を惜しまない。こういった姿勢はリベラルや左派も見習って欲しい。

 そう、この本のキモは、「一票の価値」にある。

 独裁者も、本当に一人じゃ支配はできない。取りまきが要るのだ。いかに取りまきをつなぎとめるかが、独裁者の運命を決める。

 適切な選挙が行われる場合、取りまきとは有権者になる。日本のように議内閣制だと、第一党の過半数の票が必要で、だいたい全有権者の1/4以上の支持、約2500万票が要る。これを買収で賄うのは、まず無茶だろう。

 だが取り巻きが少なければ、話は違ってくる。軍の要人など10人の支持さえあれば権力を維持できるなら、買収は現実的だ。油田などの財源を押さえていれば、そこからあがる利益を山分けすればいい。国民? なにそれ美味しいの?

 だからサウド家は安泰で、エジプトのムバラクは失脚した。ムバラクはアメリカの支援から分け前を手下に分けていたが、アメリカが財布の紐を締めたために取り巻きが見捨てたのだ。対してサウド家は独自の財源=油田を持っているので、ヨソ者に頼る必要はない。

 今でも冷戦構造の名残は残っていて、特に軍の装備がわかりやすい。旧東側は戦車や戦闘機がロシア製だし、西側はアメリカ製が多い。西側には専制的な国もあれば民主的な国もあるのに対し、旧東側はみな専制的で、民主的な国はない。民主的な方向を目指すと、ウクライナのようにゴタゴタが起きる。

 これも「一票の価値」で説明できる。傀儡政権は専制的な方が安上がりなのだ。民主的な政権だと、多くの有権者を買収しなきゃいけないが、専制的なら独裁者にだけカネを渡せばいい。二千円じゃ買えない忠誠も、二億ドルなら違ってくる。断ったら、ライバルに同じ話を持ち掛ければいい。

 革命などで権力を奪った新しい支配者が、それまでの同志を粛清するのも同じ理屈だ。山分けするなら、仲間の数はなるべく少ない方がいい。盟友は同時にライバルでもある。伸びそうな芽は早めに摘め。だから独裁者はインフラや教育を放置する。インフラは成金を生み、教育はインテリを育てる。成金やインテリはライバルになりかねない。

 などの理屈を、エチオピアのハイレ・セラシエやビルマのタン・シュエなど、世界中の独裁者の陰惨なエピソードと、その裏にある力学をわかりやすく解き明かし、賢くなった気分になれるだけでなく、ヒューレット・パッカードの事例などで、「ビジネスにも応用できますよ」とそれとなく伝え、その気になって読めばいくらでも黒い応用が出来そうな、困った本だ。

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