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2017年1月25日 (水)

ケイト・ウィルヘルム「翼のジェニー ウィルヘルム初期傑作選」アトリエサード 尾之上浩司他訳

「先生、私、羽があるんです!」
  ――翼のジェニー

「教えてほしいのだ、セア。なぜ、彼女はあのような彫刻を創ったのだ? 彼らのような芸術家たちは、なぜ詩や戯曲を書いたり、絵を描いたりするのだ? なぜ?」
  ――エイプリル・フールよ、いつまでも

【どんな本?】

 1956年にデビューし、日本ではサンリオSF文庫から「鳥の声いまは絶え」「杜松の時」などが紹介されたが、以降はとんとご無沙汰のアメリカのSF作家、ケイト・ウィルヘルムの初期作品を集めた作品集。

 理不尽で奇妙な状況を設定し、そこに追い込まれた者たちの姿を描く、SFとホラーと幻想小説にまたがる、ジャンル不定で奇妙な味わいの作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年10月21日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約230頁に加え、尾之上浩司の解説8頁+ケイト・ウィルヘルム作品一覧5頁。9.5ポイント43字×18行×230頁=約178,020字、400字詰め原稿用紙で約446枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。SFとして特に小難しい仕掛けはないので、理科が苦手でも充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

翼のジェニー / Jenny with Wings / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 佐藤正明訳
 幼い頃に両親を失ったジェニーは、祖父のパプと共に各地を旅しながら育つ。彼女には翼があり、パプは彼女が飛ぶのを誇りに思っていたが、それを知った周囲の者は大騒ぎするのだった。やがて年頃になったジェニーにも、気になる男の子ができて…
 書名にもなっているが、ハッキリいってこの作品集の中では異色。人と違っている事に悩む年毎の女の子を主人公に、70年代の少女漫画みたいな物語が展開する、素直でストレートで可愛らしいお話。今と違い当時のSF者は変わり者扱いされていたので、余計に突き刺さったんだろう。そういう意味では、「図書室の魔法」とも相通じるかも。
決断のとき / A Time to Keep / ザ・マガジン・オブ・ファンタジイ&サイエンス・フィクション誌1962年1月号 / 安田均訳
 ハリスンは、目立たず文学部に25年間務めてきた。22年前に妻を失い、ずっと一人暮らし。職場のミス・フレイザーは何かと気遣ってくれる。だが、最近は奇妙な事が起きる。ドアを開けると…
 平穏に波風立てず、やもめ暮らしを静かに続けてきた男に、突然降りかかってきた理不尽な災難。覇気のないオッサンをイジっているのか、エスカレートする冷戦などの時代背景があるのか、または誰か特定のモデルがいるのか、どうなんだろう?
アンドーヴァーとアンドロイド / Andover and the Android / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 安田均訳
 好きな本や音楽に浸り、気ままな独身生活を楽しんでいるロジャーだが、同僚のフレンチ夫妻は結婚しろと煩い。会社で人事権を握るマティルダも、独身男は昇進させないつもりだ。暫くは彼らがセッティングしたパーティーに付き合っていたロジャーだが、妙案を思いつき…
 長く一人暮らしを続け、それに馴染んじゃうと、ペースを乱される他人と一緒に暮らすのが耐えられなくなったりする。おまけに職場に大きな不満がなく、入れ込める趣味があったりすると、もう手の施しようがない。んだけど、周囲はほっといてくれないんだよなあ…って、誰の事だw
一マイルもある宇宙船 / The Mile-Long Spaceship / アスタウンディング・サイエンス・フィクション1957年4月号 / 安田均訳
 アラン・ノーベットは病院で目覚めた。交通事故で頭に大けがを負い、大手術を受け、六日間も鎮痛剤漬けになって意識が戻らなかったのだ。だが、目覚めたアランの第一声は「船に何が起こったんだ? 一体どうして俺がこの地球に戻っているんだ?」だった。
 ちょっと構成がトリッキーで、一回読んだだけじゃよくわからなかった。そこで読み返すと、更に混乱してきた。えーっと…
惑星を奪われた男 / The Man Without a Planet / ザ・マガジン・オブ・ファンタジイ&サイエンス・フィクション誌1962年7月号 / 増田まもる訳
 地質学んだロッドは、鉱山探査のあために火星へ向かう宇宙船で、十三号座席の男を見つけた。乗客の一人ウイラード・ベントンとは仲良くなったが、ずっと、十三号座席の男が気になっていた。
 13なんぞという不吉な数字が何を意味してるのかと思ったら、そういう事か。土壇場に追い込まれた者が下す、究極の選択。それを後悔するか乗り越えるか。
灯かりのない窓 / No Light in the Window / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 増田まもる訳
 人類最初の恒星間宇宙船のクルーに志願した、ハンクとコニーの新婚夫婦は、二人そろって残り一年間の選抜試験に臨む。他の候補者たちと共に多くの課題をこなし、理不尽な仕打ちに耐え、志願者四千人中の合格者六百人に二人そろって選ばれるよう踏ん張るのだが…
 トム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」やジェイミー・ドーラン&ビアーズ・ビゾニーの「ガガーリン」などで、宇宙飛行士選抜の厳しさや理不尽さが描かれているが、この作品は同時代に書かれたもの。雰囲気、ハンクは完璧超人のニール・アームストロングっぽくて、コニーは愉快なピート・コンラッドっぽい。にしてもやっぱり心理学者は嫌われ者なんだなあ。
この世で一番美しい女 / The Most Beautiful Woman in the World / 第二短編集 The Downstairs Room and Other Speculative Fiction 1968 / 伊藤麻紀訳
 この世で一番美しい女が目覚めた時、彼はすでに去っていた。銀のベルを鳴らすと、ムラートのフェリシアが静かに入ってきて、女の世話をし朝食の用意を整える。重役会議に出なければならない。女の腕には青あざが残っているが、隠す必要はないだろう。
 中世ヨーロッパっぽい時代を舞台にしたファンタジイに出てくるお姫様かな、と思った所に出てくる「重役会議」なんて現代風の言葉。男も女も、同性に対しては腹の底が透けて見えるだけに、意地悪く見ればいくらでも意地悪く見れるもので。
エイプリル・フールよ、いつまでも / April Fool's Day Forever / アンソロジー Orbit 7 1970 / 尾之上浩司訳
 ジュリアとマーティの夫婦が住む家では、ときどき赤ん坊の声が聞こえてくる。空耳じゃない。二人とも聞こえるんだから。マーティの上司ヒラりーは辣腕で、手掛ける番組はみな当てている。そのヒラりーの勘では、どうも大掛かりでヤバい事が起きているらしく…
 本書の4割ほどを占める中編。冷戦下の終末感覚が伝わってくる作品で、世界全体を覆う異常気象・病気の蔓延と門戸を閉ざす各国家などの不安が漂う世界設定で、主人公ジュリア&マーティの周囲にはさらに科学的な新発見や流産などの不気味な要素が集まってくる。
 ジワジワと不安材料が集まり嫌な予感が募る語り口はホラーの味わいだし、もっと大掛かりな仕掛けを扱って高所から俯瞰するサイエンス・フィクションでもあるけど、冒頭の引用が示すように著者が訴えたいのは創作者の魂がテーマなのかも。当時のSF界はニューウェーブ(→Wikipedia)なんて動きもあったんで、その影響も感じるなあ。
解説:尾之上浩司/ケイト・ウィルヘルム作品一覧

 やっぱり書名が「翼のジェニー」ってのは、ちとアレかも。全般的に暗いトーンで不安にさせるの作品が多い中で、表題作はまっすぐで心地よい作品だし。いや好きですけどね、こういうのも。

 中でも特に気に入ったのは、最後の中編「エイプリル・フールよ、いつまでも」。長いだけあって多彩なテーマを盛り込み、中編に相応しくケリをつけてる。が、これだけ意欲的にテーマを盛り込むなら、長編化してじっくり書き込んで欲しくなったり。ドクター・ワイマンの立場とか、実に妄想を刺激してくれるし。

 ついでに「杜松の時」も復活して欲しいなあ。買い逃しちゃって、今でも悔やんでるんです、はい。

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