« サイモン・ガーフィールド「オン・ザ・マップ 地図と人類の物語」太田出版 黒川由美訳 | トップページ | ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳 »

2017年1月 9日 (月)

飛浩隆「自生の夢」河出書房新社

眼はマテリアルを見るためにある。光ではなく。
  ――曠野にて

ものを書くとは、いったんその外部へ出ることだからだ。
  ――自生の夢

【どんな本?】

 キャリアは長く、発表する作品は必ず多くのファンから絶賛されるのだが、極端に寡作なSF作家の飛浩隆が、この十年で発表した作品を集めた、珠玉の短編集。

 透明な寂寥感の漂う文章で、読者の想像力の限界を試すかのような奇想に加え、スケールの大きい世界を描きながらも、どこか冷たい感触と無常観が漂う芸風が私は好きだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約242頁。9.5ポイント40字×17行×242頁=約164,560字。400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容は…うーん。SFとしては、かなり濃い。が、グレッグ・イーガンのようなゴリゴリの理系ではなく、かといってバリトン・J・ベイリーのようなお馬鹿SFでもない;いや改めて考えるとお馬鹿な発想のような気もするんだが、語り口が静かで端正なので、とてもクールで詩的な香りがするのだ。なんにせよ、オツムを心地よくシェイクされるのは確実。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

海の指 / Webコミックサイト「モアイ」2014年10月14日更新
 すべての海洋と陸地の大半は灰洋と化し、人類もほとんどが消えた。泡州は、わずかに残った陸地の一つだ。内川和志と志津子の夫婦は朝食を終え、職場に出かける。街には<海の指>が陸地に押し出した世界中の建物が居座っている。
 出だしから、四国らしき島で普通の家庭の朝食風景から、ニョキニョキと建つイスラム風の建物なんてケッタイな風景への展開がたまらん。極端に人口が少ない状態で、どうやって文明生活を維持してるのかと思ったら、ちゃんと理屈がついてた。ある意味、和志は漁師だよなあ。海の凶暴さは桁違いだけど。
星窓 remixed version / SF Japan 2006年春号
 17歳の夏、ぼくは親友との旅行の予定をキャンセルした。特に理由はない。最悪の気分で冷やかしに入った星窓屋で、それを見つけた。ここミランダでは星が見えない。特異航法船のステーションがある代償で、星が見えなくなった。だが星窓はリアルタイムの星空を映し出す。
 怪しげな店で曰くありげなシロモノを買ったら…というグレムリンやリトルショップ・オブ・ホラーのバリエーション。別に餌を与えるわけでもないのに、変異が起こるあたりが独特。ボブ・ショウのスローグラスのようでもあるけど、星空ってのが面白い。
#銀の匙 / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA8 2012年7月刊
 社会保障の一環として、BI:最低保証情報環境基盤が整備され、誰もが情報環境にアクセスできるようになった未来。Cassy はBI を基盤とし、所有者の履歴をテキストで残す。温度や場所などの行動に加え、所有者の考えた事や気持ちまで。
 いつでも誰でもネットにアクセスできる環境となると、プライバシーやらセキュリティに発想がいきそうだが、そこで敢えてテキストに拘り、かつアートな方面へと向かうのが、この著者の個性だろう。私が Cassy をつけたら…いやあまし公開したくないぞ。
曠野にて / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA8 2012年7月刊
 Cassy に異能者を集めた<キャンプ>で、五歳のアリス・ウォンと七歳の石川克哉は出会う。参加者の中では最年少のコンビだ。二人は、曠野でゲームを始める。二つのセンテンスを互いが選び、それを操作・拡張して…
 寡作な作家の作品だけに、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうw 極論すれば大喜利と囲碁を合わせたようなゲームを描く作品だが、それを通じて情報空間の社会への浸透が及ぼす影響を示してもいる…のだが、やはり著者のイマジネーションは一筋縄じゃいかず…
自生の夢 / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA1 2009年12月刊
 間宮潤堂。著名な作家にして稀代の殺人者。<ぼく>/<わたし>は、間宮へのインタビューを試みる。ただし間宮潤堂は30年も前に亡くなっている。これは、公共計算資源を最大3%も消費して実現したものだ。<忌字禍>(イマジカ)との闘争のために。
 「#銀の匙」「曠野にて」「野生の詩藻」とのシリーズを成す本編。間宮潤堂の特異能力もなかなか怖いが、読み進むにつれて誰がどっちの側なのか分からなくなるのも怖い。人は昔から呪文や言霊などで、言葉やテキストに力が秘められていると考えていた。それがデジタル・メディアになると、こうなるのかも。
野生の詩藻 / 現代詩手帖 2015年5月号
 砂礫がどこまでも続く曠野に改造ピックアップトラックで赴いたジャック・ウォンと石川克哉。二人が追っているのは、アリス・ウォンが遺した「禍文字」だ。それはテオ・ヤンセンが創ったストランドビースト(→Youtube)に似ているが…
 グラフィカルなプログラミング環境って発想は昔からあるけど、なかなか実用的なものは難しい。ましてネットワーク上で動いているプロセスを、中の状態で見えるように、なんて考えると更に難しそうだよね、などと悩んだが、ネットワーク上の計算資源を一つのコンピュータと考えればいいのか。下手に詳しいと細かい事に気を取られて大きな視野を無くすから困る。
はるかな響き / Webマガジン TORNADO BASE 2008年6月20日更新
 はるかな過去、夜明け。仲間と身を寄せ合って夜を過ごし、目を覚ましたヒトザルは、忽然と現れた漆黒の滑らかな板に驚いた。
 かの「2001年宇宙の旅」へのオマージュ、または新解釈。
ノート

 「グラン・ヴァカンス」シリーズもそうなんだが、コンピュータとネットワークが発達し、暮らしの隅々まで行き渡った果ての世界の描き方に、「その発想はなかった」と驚かされ、センス・オブ・ワンダーを堪能できる貴重な作品集だった。著者をせかした娘さんに感謝。

【関連記事】

|

« サイモン・ガーフィールド「オン・ザ・マップ 地図と人類の物語」太田出版 黒川由美訳 | トップページ | ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳 »

書評:SF:日本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 飛浩隆「自生の夢」河出書房新社:

« サイモン・ガーフィールド「オン・ザ・マップ 地図と人類の物語」太田出版 黒川由美訳 | トップページ | ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳 »