リチャード・ウィッテル「無人暗殺機 ドローンの誕生」文藝春秋 赤根洋子訳
これは、大陸間遠隔操作によって操縦され、地球の反対側にいる人間を殺すために使用された、世界初の武装無人機(無人暗殺機)の物語である。
――プロローグ 無人暗殺機の創世記「それは玩具のように見えますが、いずれ画期的大発明と呼ばれるようになるでしょう」
――第四章 ボスニア紛争で脚光 消えかけた「プレデター」の再生『何てこった、そんなことができるなら、他にどんなことができるか考えてみよう』
――第八章 アフガン上空を飛べるか ヘルファイアの雨が降るプレデターを操作するときの感覚は、戦闘機の操縦よりもむしろ、待ち伏せしているスナイパーのそれに近く、そのことが、殺すという行為をより生々しく彼らに意識させた。
――第十二章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功 悪党どもを殺せ
【どんな本?】
プレデター。RQ-1 プレデター(→Wikipedia)またはMQ-9 リーパー(→Wikipedia)。合衆国空軍が採用した無人航空機。地球の裏側から操縦し、静かに悠々と空を飛び、人知れず標的に近づき、ヘルファイア・ミサイルを撃ち込む、恐るべき暗殺ロボット。
合衆国におけるRMI(→Wikipedia)を象徴する兵器であり、テロとの戦いでも優れた実績を示し、21世紀の戦場を大きく変えると予想させる画期的なシステム。だが、その誕生と黎明期は意外なものだった。
その誕生からデビューまでの下積み時代、ボスニアでのブレイクからアフガニスタンにおける大活躍まで、プレデターの運命を追い、兵器開発・採用・運用の内幕を明かし、またロボット兵器が軍事に与える影響を描くと共に、一つの先端技術が成功を収めるまでの紆余曲折を語る、エンジニアリングの実録物語。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は PREDATOR : The Secret Origins of the Drone Revolution, by Richard Whittle, 2014。日本語版は2015年2月25日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組で本文約386頁に加え、訳者あとがき4頁+佐藤優の解説「日本よ、中国空母も無力化する無人機革命に着目せよ」6頁。9ポイント45字×21行×386頁=約364,770字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすく、特に前提知識は要らないが、細かい不満が幾つか。
まず、写真。245頁から8頁ほど写真頁があるが、できれば先頭に置いてほしかった。何より肝心のプレデターの姿を拝みたいのだ。それと、登場人物がやたらと多いので、一覧か索引が欲しい。最後に、単位がヤード・ポンド系なのは不親切。
【構成は?】
プレデターの誕生から現在まで時系列で進むので、素直に頭から読もう。
- プロローグ 無人暗殺機の創世記
- 第一章 天才エンジニアが夢みた無人機 模型好きの少年の飛翔
- 第二章 無人機に革命をもたらした男 ブルー兄弟はGPSに目覚めた
- 第三章 麦わら帽子は必ず冬に買え 投資の黄金律で揺れた武器市場
- 第四章 ボスニア紛争で脚光 消えかけた「プレデター」の再生
- 第五章 陸・海・空軍が三つ巴で争奪 進化する無人機に疑念なし
- 第六章 殺傷兵器としての産声 ワイルド・プレデターの誕生
- 第七章 リモコン式殺人マシン 「見る」から「撃つ」への転換
- 第八章 アフガン上空を飛べるか ヘルファイアの雨が降る
- 第九章 点滅しつづける赤ランプ ドイツからは操縦できない
- 第十章 ならば地球の裏側から撃て CIAは準備万端
- 第十一章 殺せる位置にて待機せよ 9.11テロで一気に加速
- 第十二章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功 悪党どもを殺せ
- 第十三章 醜いアヒルの子 空の勇者となる 戦争は発明の母
- エピローグ 世界を変えた無人暗殺機
- 謝辞/著者注記/ソースノート/参考文献/訳者あとがき
- 解説 日本よ、中国空母も無力化する無人機革命に着目せよ 佐藤優
【感想は?】
30頁にも及ぶソースノートがあり、本格的なドキュメンタリーだ。が、それ以上に、読み物として抜群に面白い。特に開発系の技術職の人には、たまらなく楽しい。
なんたって、その運命の紆余曲折が実に摩訶不思議。
今の私たちは、対テロリストの暗殺機としてプレデターが大活躍しているのを知っている、つまり後智慧がある。が、当時の人々はそんな事をまったく知らないので、特に採用を決める軍の動きがとても間抜けに感じるし、「やっぱ軍人って頭が固いんだなあ」などと思ってしまう。
こういったあたりは、第一次世界大戦での航空機や戦車がそうだし、第二次世界大戦での帝国海軍のレーダーや空母もそうだよなあ。
そもそも、誕生(というより受精)がイスラエルってのが皮肉。今のイスラエルなら、ハマス対策としてプレデターを涎を垂らして欲しがるだろうに。しかも、当初の目的は対パレスチナじゃない。エジプト軍の防空網対策だ。
事のはじまりは1973年の第四次中東戦争(→Wikipedia)。エジプトとシリアが奇襲をかけ、当初は優勢だったが、イスラエルが粘って押し返した戦いだ。エジプト軍が入念に創り上げた対空防衛網にイスラエル空軍のスカイホークがバタバタと落とされ、シナイ半島では大苦戦した。
この対空防衛網を騙す囮が、お話のはじまり。スカイホークに囮を積み、対空防衛網の近くで囮を発射、突っ込ませる。敵が対空ミサイルを撃ったら、そのスキに有人の攻撃機が対空防衛網を潰す。そういう発想。今のプレデターとは全く違う。
これを提案したのは戦闘機乗りのベバン・ドタンだが、受けたエンジニアのエイブラハム・カレムは囮を無人航空機として設計、その可能性に思いを馳せる。「対戦車ミサイルを積めばエジプト軍の戦車部隊を叩き潰せるぞ。長時間飛べれば哨戒任務もこなせるし」。
このカレム君の考え方が、エンジニアの気持ちをよく代弁してる。
IAI時代、彼は、「顧客は自分が本当は何をほしがっているか分かっていない」のだから常に技術革新に励むべきだ、と部下を激励したものだった。
――第一章 天才エンジニアが夢みた無人機 模型好きの少年の飛翔
いやまったく。ソフトウェアの世界でも、そっくりそのまま同じことが言えます、はい。他にも、優れたモノを創るには、大きな組織より、「共通の目的に向かって協力し合う有能な人間の小さな集まり」がいい、とか。いやほんと、気の合った少人数のチームで仕事するのって、とっても気持ちいいんだよね。
やがてカレムはアメリカに渡り、自力で無人航空機の開発を始める。グライダー製作の技術を生かし、軽量化と長時間飛行に成功するが、売り込みはあまり巧くいかず…
などとビジネスは右往左往するが、開発はジリジリと進む。この過程で出てくる様々な技術の不具合が、エンジニアにはとても美味しい所。予期せぬエンジン・ストップ,画質の低下、高性能部品への置き換え…。これらの課題を一つ一つクリアしていくあたり、エンジニアにはたまらなく面白い。
ここで登場するもう一人の天才技術者ワーナー君(仮名)の活躍も、実に現代的で。
彼がやってるのは情報系、それもネットワーク技術者に近い。プレデターの画像を操縦者に送り、操縦者の操作をプレデターに送る。言っちゃえばそれだけなんだが、当時の技術と軍事ならではの機密保持って制約もあって。彼の仕事は、まさしくRMIのもう一つの側面、すなわち情報化の重要性を、軍事の素人にもわかりやすく伝えてくれる。
などの技術者の活躍は楽しいが、対して軍の石頭っぷりも容赦なく暴いてたり。この辺も、アレな管理者や経営者に不満を抱える技術者なら身につまされるところ。静止画像をプリントするあたりでは、もう笑うしかなかったり。
加えて、ニワカ軍ヲタとしては、戦術データリンク(→Wikipedia)のご利益もよくわかったのが嬉しい。プレデターは単独で飛ぶだけでなく、F-15やA-10など有人航空機との連携でも意外と活躍してるのだ。
私は一つの技術が生まれ成長してゆく物語として楽しく読めたが、他にも新しい技術が官僚的な組織に受け入れるまでの具体例として、軍の頭の固さと想像力の欠落を示す物語として、ロボット兵器が軍と政府に与える影響の予言書として、読みどころは満載だ。
ただ、結局は人殺しが目的の機械の話なのに、とっても楽しく読めてしまうのが困りもの。
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コメント
ご紹介ありがとうございます。原書房ですか。歯ごたえありそうですね。
投稿: ちくわぶ | 2016年12月14日 (水) 22時13分
「ヨム・キプール戦争全史」のラビノビッチの前作、「激突!!ミサイル艇」も新技術開発戦史としてなかなかです。未読ならお勧めかと。
投稿: | 2016年12月13日 (火) 20時58分