山田正紀「カムパネルラ」東京創元社
ぼくはそのまま銀河鉄道に乗ることになったのだった。
だから、これから先はぼくたちの『銀河鉄道の夜』の物語なのだ。「そもそもカムパネルラとは誰なのかな、何なのかな」
【どんな本?】
ベテランSF作家の山田正紀が、宮沢賢治と彼の代表作『銀河鉄道の夜』を題材として、幻想風味タップリに描くSF/ファンタジイ長編小説。
近未来。「美しい日本」のスローガンのもと、政府はメディア管理庁を使って宮沢賢治を担ぎ上げ、国民の思想を誘導しようとしている。
ぼくが16歳のとき、母が亡くなった。母は宮沢賢治の、特に『銀河鉄道の夜』が大好きだった。賢治ゆかりの花巻は豊沢川に散骨してほしいとの遺言に従い、東北新幹線で新花巻に向かうつもりだった。やがてぼくは銀河鉄道に乗ることになる。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年10月21日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約286頁。9ポイント43字×20行×286頁=約245,960字、400字詰め原稿用紙で約615枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすいし、凝った仕掛けも少ししか出てこない。宮沢賢治と彼の作品『銀河鉄道の夜』が主なテーマだが、名前しか知らない人も多いだろう。というか、私もそうだ。でも心配ご無用。必要な事は本書内で充分に書いてあります。
【感想は?】
山田正紀の思想が強く出た作品だ。だから、人によっては全く受け付けないかも。
冒頭の3頁目でいきなり「美しい日本」ときた。当然、アレの揶揄だ。そんな政府が、宮沢賢治を持ち上げるって設定に、少し違和感を感じた。「雨ニモマケズ」(→青空文庫)で伝わってくるように、宮沢賢治はあまり勇まし気な人じゃない。むしろ戦争の被害に立ち尽くす、無力な人に寄り添おうとする人だ。
が、どうもそんな単純な人物ってわけじゃないらしい。主題となる『銀河鉄道の夜』も、何度も改稿を繰り返し、その度に全く別の作品に化けているとか(→Wikipedia)。宮沢賢治の生きた時代も、満州事変などで日本の運命や世論が大きく変わってゆく頃で、この作品の大事な背景であると共に、彼が改稿を繰り返した原動力である由をうかがわせる。
この改稿と、その原因となった宮沢賢治の思想の変転に注目して、山田正紀は大掛かりで鮮やかなトリックを仕込んでくれた。元が雑誌「ミステリーズ!」連載だけあって、後半に入ると陰謀とトリックが物語を引っ張り、またそれを出し抜こうとする登場人物たちの機転がお話を盛り上げてゆく。
この記事を書くため改めてお話を解析しようとして、実はかなり凝った構造になっている事に気づいた。なにせ設定がやたらと複雑なのだ。
主人公が母を亡くした世界、宮沢賢治が生きていた花巻の世界、そして『銀河鉄道の夜』の物語世界。これらが混じりあいせめぎあい、奇妙な多重世界が現れる。しかも『銀河鉄道の夜』は何度も改稿しているため、話は更にややこしくなってる上に、山田正紀なりの驚きのヒネりが加わり…
が、読んでいる最中は、意外と混乱せずに話についていけたから不思議だ。こんな混沌とした世界で、殺人事件が起き、その犯人や方法を真面目に議論してたりするし。この議論が、まっとうなミステリっぽく移動の手段・経路・時間や地形について細かく分析してたり。
などと入りくみ錯綜した世界の、実態と仕組みと目論みがバサバサと解きほぐされてゆく後半は、実に爽快そのもの。とはいえ、謎が解かれる度に、登場人物たちの状況は更に悪化していくあたりは、冒険小説のお約束通りのスリル溢れる流れで、読む側としてはトイレに立つ閑すら惜しくなる。
そして、長い作家生活を通しずっと同じテーマを描き続けた山田正紀ならではの、悲しみと切なさと爽快感が入り混じった、鮮やかなエンディング。特にこの作品では、閉塞感→開放感のコントラストが見事で、最後の場面は絵にしたらさぞかし映えるだろうなあ。
ってな事を思い返してたら、このラストも重要なメッセージになっている事に、今になって気づいた。そう、デクノボーだっていいんだ。
歴史戦などと色々とキナ臭い現代日本の状況を、宮沢賢治の生きた時代と彼の作品に重ね合わせ、山田正紀が作家として常に問い続けた問題を再び訴えると共に、相性が悪そうな幻想小説とミステリの融合に敢然と挑戦し、また娯楽小説としての読む楽しさも兼ね備えた、山田正紀ならではのアクロバティックな、でもとっても読みやすい不思議な作品。
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