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2016年12月30日 (金)

ジャック・ヴァンス「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」国書刊行会 中村融訳

「イウカウヌ、生きて帰れたら、かならず報いを受けさせてやるからな!」
  ――シル

「わたしが切れ者キューゲルと呼ばれているのは伊達じゃない」
  ――マグナッツの山々

【どんな本?】

 ヒネリの効いた皮肉なストーリーが持ち味のSF/ファンタジイ作家ジャック・ヴァンスによる、<滅びゆく地球>シリーズに属するユーモア冒険ファンタジイ連作短編集。

 時は数十億年未来の地球。太陽は赤く腫れあがり、地表は有象無象の化け物が徘徊している。人々は科学を失い、魔法が幅を利かせていた。主人公はキューゲル、黒髪?身の自称「切れ者」だが、実際は口先三寸で夜を渡る天下御免のスチャラカ男。彼が行くところ必ず騒動が持ち上がり…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Eyes of the Overworld, by Jack Vance, 1966。日本語版は2016年11月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき「<滅びゆく地球>シリーズのこと」12頁+ジャック・ヴァンス全中短編リスト12頁。9ポイント44字×18行×296頁=約234,432字、400字詰め原稿用紙で約587枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくないし、特に前提知識も要らない。ややブラックな笑いに満ちたユーモラスなファンタジイなので、気楽に読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

天界 / The Overworld / F&SF 1965年12月号
 アゼノメイの定期市に店を出し、シケたインチキ護符を売るキューゲルだが、客足は芳しくない。流行ってるフィアノスサーの店を冷やかしに行ったキューゲルは、耳寄りなネタを仕入れる。<笑う魔術師>イウカウヌの館にはお宝がたんまり眠っていて、主人のイウカウヌは暫く留守だろう、と。
 大冒険の幕開けとなる作品。幕開け直後から、出自の怪しいインチキ商品を口先三寸で売りつけようとするキューゲルと、ヤバくて怪しげな儲け話を持ち掛けるフィアノスサーの企みから、このシリーズを通して特徴の「狐と狸の化かしあい」が炸裂してる。使われる魔法もなかなか意地悪で、霊験あらたかっぽい牌も、そりゃ効果は確かだけど、あんまし有り難くないしw
シル / Cil / The Eyes of the Overworld 1966年
 山賊や化け物に追われ不気味な塔を通り抜けたキューゲルは、海に行き当たる。浜辺では老人が篩で砂をかき分けていた。老人が語るには、彼の曽祖父の父が浜で護符をなくして以来、彼の一族は護符を探し続けている、と。
 「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」に出てきたダーウェ・コレムが(再び)登場する作品ながら、キャラは完全に別物。何があった…って、そりゃキューゲルなんぞに関わっちゃったら、ねえ。四人の貝人間の贈り物とかも、このシリーズらしいしょうもなさ。
マグナッツの山々 / The Mountains of Magnatz / F&SF 1966年2月号
 南へ向かうキューゲルとダーウェ・コラムの前に立ちはだかる、マグナッツの山々。だがその前に、怪しげな者が潜んでいそうな森を抜けなければならない。幸か不幸か、小川の岸に一艘の筏と、ぼろをまとった男が四人。山賊かもしれないが、道を聞き出せれば…
 相変わらず口先三寸で相手を丸め込むのだけは得意なキューゲル、さっそく山賊相手に取引を持ち掛けるが、このオチはヒドいw <見張り番>のくだりも、いかにも胡散臭い話だってのに、全く懲りてないあたりがキューゲルらしいというか。
魔術師ファレズム / The Sorcerer Pharesm / F&SF 1966年4月号
 山を抜け、平地へと向かう下り坂には、グロテスクな石像が無数に並んでいる。明らかに人の手によるものだ。いぶかしむキューゲルだが、すぐに謎は解ける。多くの職人たちがやってきて作業を始めたのだ。雇い主は魔術師ファレズム、労働条件は魅力的で…
 このシリーズには珍しいホワイトな雇用主だよね、と思ったら入社試験はなかなか大変でw 雇われてもいないくせに福利厚生だけは求めるキューゲルの根性もたいしたもんだけど。にしても、ジアルム・ヴラッツさん、最中に何を考えてるんだかw
巡礼たち / The Pilgrims / F&SF 1966年6月号
 荒れ地を抜けた日暮れ時、やっと立派な旅籠に辿りついたキューゲルだが、なんと満室。エルゼ・ダマスに向かう巡礼でいっぱいだった。せめて豪華な晩飯をと思ったが、これも厨房はてんてこまいでレンズ豆しかない。
 冒頭から、お大尽のロダーマルクも不幸だよなあ、博打にしても、こんな胡散臭い奴を相手にしなくてもよさそうなもんだ…とか思ってたら、さすがキューゲル、そんなもんじゃ済まなかったw エルゼ・ダマスの都での地理学者との会話も、お約束をキッチリ守った酷いものw
森の中の洞穴 / The Cave in the Forest / F&SF 1966年7月号
 <古森>で怪物に追い立てられたキューゲルは、小さな空き地に辿りつく。そこには貼り紙があった。「この案内を見つけた方には、無料で一時間の占いと相談に応じます」と。案内の通りにゆくと、「入口――全客万来!」との銘板が。
 化け物だらけの森の中に貼り紙って、そりゃもう怪しさプンプンだと思ったら、やっぱりw 相変わらず出てくる奴はロクでもない奴ばかりで、ファベルンにしてもザライズにしても、まあ、アレだw
イウカウヌの館 / The Manse of Iucounu / F&SF 1966年7月号
 数多の試練を乗り越え、アゼノメイへと戻ってきたキューゲル。恨み積もるイウカウヌに借りを返す計略も練り上げ、準備も整えた。向かうは災厄の始まり、イウアウヌの館。やっと対面がかなった<笑う魔術師>、だがどうも様子が…
 しょもないドタバタ・コメディのラストに相応しい、しょうもないエンディングw
訳者あとがき/ジャック・ヴァンス全中短編リスト

 性根はねじくれているにせよ、それなりに頭が切れる「マグナス・リドルフ」に対し、キューゲルの場合は相手とどっこいどっこいなあたりが、このシリーズの味だろう。ただ悪辣さはどっこいどっこいで、被害はキューゲルの方が遥かに酷いw

 ドタバタ基調のユーモラスなブラック・コメディなので、構えず気楽に楽しもう。ただし、オチはかなりキツいので、そういうネタが通じる人向け。

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