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2016年12月の18件の記事

2016年12月31日 (土)

2016年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

 去年同様、真面目に考えるとなかなか決まらないので、ほとんど気分で選んでる。後で考えなおしたら、きっと違うラインナップになるだろう。

【小説】

藤井太洋「ビッグデータ・コネクト」文春文庫
 月岡冬威が誘拐され、電子メールで犯行声明が届いく。彼は滋賀県の官民複合施設<コンポジスタ>のシステム設計・開発のキーパースンだった。京都府警サイバー犯罪対策課が捜査に乗り出すが、その協力者は、なんと二年前のコンピュータ犯罪の容疑者、武岱だった。
 ソフトウェア開発に関係する者なら、あまりのリアルさに身震いしてしまう作品。特にお役所関係の業務を請け負っている人には、日本ならではの面倒くさい、でも現場の人じゃないとわからない問題に、鮮やかにスポットライトを当てているのが嬉しい。他にも業界の内情を遠慮なくブチまけ、またタイトルが暗示するテーマも終盤でドカンと炸裂する。
A・G・リドル「アトランティス・ジーン1 第二進化 上・下」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳
 南極で氷山に埋もれていたのは、失われたナチスの潜水艦だった。ジャカルタでは、自閉症の治療施設が襲われ、画期的な成果を示した自閉症児二人が攫われる。そして超国家的諜報組織クロックタワーの各支部は、世界的かつ組織的な総攻撃を受けていた。
 ナチスの潜水艦・ロズウェル事件・アトランティスなど、怪しげなキーワードを随所に散りばめ、キワモノかと思わせながら、ハイテンポな物語運びとサービス満点なアクションの連続で読者を引きずり回す、娯楽超大作。次々と広がる風呂敷にハラハラしたものの、見事にたたんでくれた。
パール・バック「大地 1~4」新潮文庫 新居格訳 中野好夫補訳
 貧しい農民の王龍が、地主の奴隷だった阿蘭を妻に迎える場面から始まる。見目こそ麗しくないものの、賢い阿蘭はよく働き、少しづつだが暮らし向きも良くなってきた。だが所詮は天任せの商売、雨が降らなければ旱魃に怯え降りつづければ洪水に流され…
 激動の中国を舞台とした一族の物語。ノーベル文学賞といわれれば難しそうだが、とんでもない。男の出世・女の意地の張り合い・ウザい身内・親子の確執など、ソープオペラ顔負けの身につまされるベタな人間ドラマが続く、読み始めたら止まらない大河小説だ。

【ノンフィクション】

ドミニク・ラピエール「歓喜の街カルカッタ 上・下」河出文庫 長谷泰訳
 インドのカルカッタ(現コルカタ)にあるスラム、アーナンド・ナガル(歓喜の街)。電気はもちろん水道もないが、人力車夫・ハンセン氏病患者・森の人・去勢者などが住んでいる。フランス人の若き司祭ポール・ランベールは、彼らと起居を共にすべく歓喜の街に住み着き…
 色々と濃い人が多いインドの中でも、最もディープな社会をつぶさに取材し、生きるため必死にあがく彼らの暮らしを通し、インドの現実を色鮮やかに描き出すドキュメンタリーの傑作。特に主役を務める人力車夫のハザリ、彼の漢が輝く終盤は、ある意味ハードボイルドですらある。
トーマス・トウェイツ「ゼロからトースターを作ってみた結果」新潮文庫 村井理子訳
 イギリスの美術大学の大学院生が、自分でトースターを作るまでのドキュメンタリー。たかがトースターと言うなかれ。なんと彼は自ら鉄鉱石を掘りだし、製鉄から始めるのだ。現代社会を支えるテクノロジーと産業の凄まじさを、「工作の宿題」を通し浮き上がらせる、ユーモラスな一冊。
 表紙のインパクトが見事。プラスチックと聞けば安物って印象があるが、その安物を作りだすのがどれほど大変なことか。などの真面目なテーマを扱いながら、語り口はあくまでも軽薄な美大学生なのも楽しいところ。特に石油を調達しようとするくだりは爆笑。
ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳
 2011年9月30日、アンワル・アウラキが無人攻撃機により暗殺される。合衆国市民だったが、アルカイダの幹部として盛んにインターネットでテロを煽っていた。米国滞在中は穏健なムスリムであり、2000年の大統領選でもブッシュを支持していた。なぜ彼はテロリストになったのか?
 彼の人生に加え、対テロで活躍する統合特殊作戦コマンド(JSOC)の誕生と躍進を追い、現代アメリカの間抜けな軍事政策を批判すると共に、わかりにくいイエメンやソマリアの紛争の経過と内情も親切に教えてくれる、衝撃の連続の本。

【おわりに】

 などと、とりあえず目についたものを挙げたけど、イーガンの直交シリーズも濃いし、ケン・リュウの「紙の動物園」は多彩な芸に幻惑されたし、アン・レッキーの「叛逆航路」は噂通りの傑作だし、半藤一利の「昭和史」やイアン・トールの「太平洋の試練」はガツンとやられるし、J・E・ゴードン「構造の世界」は地味ながら街の見方が変わるし、ガルブレイスの「不確実性の時代」は意外と親しみやすいし、ローレンス・レッシグの「FREE CULTURE」「CODE Version 2.0」はエキサイティングだし…と、やっぱり収穫の多い年だったなあ。

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2016年12月30日 (金)

ジャック・ヴァンス「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」国書刊行会 中村融訳

「イウカウヌ、生きて帰れたら、かならず報いを受けさせてやるからな!」
  ――シル

「わたしが切れ者キューゲルと呼ばれているのは伊達じゃない」
  ――マグナッツの山々

【どんな本?】

 ヒネリの効いた皮肉なストーリーが持ち味のSF/ファンタジイ作家ジャック・ヴァンスによる、<滅びゆく地球>シリーズに属するユーモア冒険ファンタジイ連作短編集。

 時は数十億年未来の地球。太陽は赤く腫れあがり、地表は有象無象の化け物が徘徊している。人々は科学を失い、魔法が幅を利かせていた。主人公はキューゲル、黒髪瘦身の自称「切れ者」だが、実際は口先三寸で夜を渡る天下御免のスチャラカ男。彼が行くところ必ず騒動が持ち上がり…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Eyes of the Overworld, by Jack Vance, 1966。日本語版は2016年11月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき「<滅びゆく地球>シリーズのこと」12頁+ジャック・ヴァンス全中短編リスト12頁。9ポイント44字×18行×296頁=約234,432字、400字詰め原稿用紙で約587枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくないし、特に前提知識も要らない。ややブラックな笑いに満ちたユーモラスなファンタジイなので、気楽に読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

天界 / The Overworld / F&SF 1965年12月号
 アゼノメイの定期市に店を出し、シケたインチキ護符を売るキューゲルだが、客足は芳しくない。流行ってるフィアノスサーの店を冷やかしに行ったキューゲルは、耳寄りなネタを仕入れる。<笑う魔術師>イウカウヌの館にはお宝がたんまり眠っていて、主人のイウカウヌは暫く留守だろう、と。
 大冒険の幕開けとなる作品。幕開け直後から、出自の怪しいインチキ商品を口先三寸で売りつけようとするキューゲルと、ヤバくて怪しげな儲け話を持ち掛けるフィアノスサーの企みから、このシリーズを通して特徴の「狐と狸の化かしあい」が炸裂してる。使われる魔法もなかなか意地悪で、霊験あらたかっぽい牌も、そりゃ効果は確かだけど、あんまし有り難くないしw
シル / Cil / The Eyes of the Overworld 1966年
 山賊や化け物に追われ不気味な塔を通り抜けたキューゲルは、海に行き当たる。浜辺では老人が篩で砂をかき分けていた。老人が語るには、彼の曽祖父の父が浜で護符をなくして以来、彼の一族は護符を探し続けている、と。
 「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」に出てきたダーウェ・コレムが(再び)登場する作品ながら、キャラは完全に別物。何があった…って、そりゃキューゲルなんぞに関わっちゃったら、ねえ。四人の貝人間の贈り物とかも、このシリーズらしいしょうもなさ。
マグナッツの山々 / The Mountains of Magnatz / F&SF 1966年2月号
 南へ向かうキューゲルとダーウェ・コラムの前に立ちはだかる、マグナッツの山々。だがその前に、怪しげな者が潜んでいそうな森を抜けなければならない。幸か不幸か、小川の岸に一艘の筏と、ぼろをまとった男が四人。山賊かもしれないが、道を聞き出せれば…
 相変わらず口先三寸で相手を丸め込むのだけは得意なキューゲル、さっそく山賊相手に取引を持ち掛けるが、このオチはヒドいw <見張り番>のくだりも、いかにも胡散臭い話だってのに、全く懲りてないあたりがキューゲルらしいというか。
魔術師ファレズム / The Sorcerer Pharesm / F&SF 1966年4月号
 山を抜け、平地へと向かう下り坂には、グロテスクな石像が無数に並んでいる。明らかに人の手によるものだ。いぶかしむキューゲルだが、すぐに謎は解ける。多くの職人たちがやってきて作業を始めたのだ。雇い主は魔術師ファレズム、労働条件は魅力的で…
 このシリーズには珍しいホワイトな雇用主だよね、と思ったら入社試験はなかなか大変でw 雇われてもいないくせに福利厚生だけは求めるキューゲルの根性もたいしたもんだけど。にしても、ジアルム・ヴラッツさん、最中に何を考えてるんだかw
巡礼たち / The Pilgrims / F&SF 1966年6月号
 荒れ地を抜けた日暮れ時、やっと立派な旅籠に辿りついたキューゲルだが、なんと満室。エルゼ・ダマスに向かう巡礼でいっぱいだった。せめて豪華な晩飯をと思ったが、これも厨房はてんてこまいでレンズ豆しかない。
 冒頭から、お大尽のロダーマルクも不幸だよなあ、博打にしても、こんな胡散臭い奴を相手にしなくてもよさそうなもんだ…とか思ってたら、さすがキューゲル、そんなもんじゃ済まなかったw エルゼ・ダマスの都での地理学者との会話も、お約束をキッチリ守った酷いものw
森の中の洞穴 / The Cave in the Forest / F&SF 1966年7月号
 <古森>で怪物に追い立てられたキューゲルは、小さな空き地に辿りつく。そこには貼り紙があった。「この案内を見つけた方には、無料で一時間の占いと相談に応じます」と。案内の通りにゆくと、「入口――全客万来!」との銘板が。
 化け物だらけの森の中に貼り紙って、そりゃもう怪しさプンプンだと思ったら、やっぱりw 相変わらず出てくる奴はロクでもない奴ばかりで、ファベルンにしてもザライズにしても、まあ、アレだw
イウカウヌの館 / The Manse of Iucounu / F&SF 1966年7月号
 数多の試練を乗り越え、アゼノメイへと戻ってきたキューゲル。恨み積もるイウカウヌに借りを返す計略も練り上げ、準備も整えた。向かうは災厄の始まり、イウアウヌの館。やっと対面がかなった<笑う魔術師>、だがどうも様子が…
 しょもないドタバタ・コメディのラストに相応しい、しょうもないエンディングw
訳者あとがき/ジャック・ヴァンス全中短編リスト

 性根はねじくれているにせよ、それなりに頭が切れる「マグナス・リドルフ」に対し、キューゲルの場合は相手とどっこいどっこいなあたりが、このシリーズの味だろう。ただ悪辣さはどっこいどっこいで、被害はキューゲルの方が遥かに酷いw

 ドタバタ基調のユーモラスなブラック・コメディなので、構えず気楽に楽しもう。ただし、オチはかなりキツいので、そういうネタが通じる人向け。

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2016年12月28日 (水)

田中一郎「ガリレオ裁判 400年後の真実」岩波新書

「誤審」にせよ「冤罪」にせよ、裁判の手続きに照らして判断されるべきであり、裁判として――もちろん現代の裁判ではなく、宗教裁判として――見たとき、実際に何があったかを明らかにしようというのが、本書の目的である。
  ――はじめに

宗教裁判が現代の裁判と大きく異なるのは、第一にそれが有罪か無罪かを争う場ではなかったことである。
  ――第二章 宗教裁判

【どんな本?】

 ガリレオ・ガリレイ(→Wikipedia)。動説を唱え宗教裁判にかけられ、有罪判決を受けるも「それでも地球は動いている」と語り弾圧に抗った者と言われ、科学と宗教の対立を象徴する人物となった。

 1998年、裁判の主体となった検邪聖省の後身・教理聖省の文書が研究者に公開となり、それを元に2009年に『ガリレオ・ガリレイ裁判ヴァチカン資料集(1611~1741)』が出版された。この最新の資料を参考にしながら、有名な裁判の様子を再現し、伝説の実態を明らかにする、一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約205頁に加え、あとがき4頁。9.5ポイント42字×15行×205頁=約129,150字、400字詰め原稿用紙で約323枚。文庫本なら薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、出てくる人物がイタリア人なので、少し覚えにくいぐらいだが、これも巻末に主要登場人物があるので、特に困らないだろう。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 第一章 ガリレオを愛したナポレオン
  • 第二章 宗教裁判
  • 第三章 天文観測による発見 興奮と忍び寄る危機
  • 第四章 序幕 1616年の宗教裁判
  • 第五章 『天文対話』
  • 第六章 裁判の開始
  • 第七章 第一回審問 1633年4月12日
  • 第八章 第二回審問 4月30日
  • 第九章 第三回審問 5月10日
  • 第十章 判決
  • 第十一章 「それでも地球は動いている」
  • おわりに
  •  主要登場人物/あとがき/主要参考文献

【感想は?】

 軽く読める作品ながら、意外な拾い物だった。なんたって、最初から最後まで、驚きの連続だし。

 まず、裁判そのもの。ガリレオが裁かれたのは宗教裁判と言われるが、宗教裁判にもいろいろある。魔女裁判と異端審問だ。

 魔女裁判は、キリスト教に楯突いた疑いが裁かれる。対して異端審問は、キリスト教徒ではあるけれど、正道を踏み外してるぞ、とするもの。ガリレオ裁判は異端審問の方で、あくまでキリスト教徒として裁かれたわけ。

 なら比較的に罰も軽そうな気がするが、トビー・グリーンの「異端審問」によると、スペインとポルトガルの異端審問は暴走しまくりで、戦中の特高の赤狩りが可愛く見えてくるようなシロモノであり、ゲゲッとなったが、イタリアではバチカンの威光もあり、比較的に秩序だっていた様子。ああ、よかった。

 最初の「第一章 ガリレオを愛したナポレオン」では、裁判資料の行方を辿るのだが、ナポレオンのガリレオに対する敬愛が伝わってくると共に、資料の奇妙な運命が明らかになる。射程など計算が重要な砲科出身だけあって、ナポレオンは科学を愛し、その象徴であるガリレオを敬っていた、と。

 とまれ、ナポレオン、別に裁判資料を詳しく読んでるわけじゃない。当時のガリレオは「旧弊な教会に対し合理的な科学を信じ抗った英雄」みたく思われていて(というか今でもそうだ)、その印象で判断してたわけ。これは本人の思い込みもあるんだろうが、同時に政治的に利用する腹積もりもあったんだろう。

 その結晶でもあるのが、「それでも地球は動いている」って言葉。この台詞については、最後の第十一章で明らかになる。なんとなく嫌な予感がする人、その予感は当たってます。

 そもそも異端審問自体が、現代の裁判の常識からすれば無茶苦茶で。イベリア半島ほどではないにせよ(この区別はとっても大事)、最初から有罪は決まっているのだ。酷いようだが、あくまで「教会との和解」と目的としたもの、というタテマエになっている。

 よって量刑も「改悛、断食、祈祷」なんて軽いものもある。中にはジョルダーノ・ブルーノ(→Wikipedia)みたく火刑もあるが、「1599年から1640年まで、火刑に処せられたのは一年に平均してひとり未満」とあるから、イタリアではかなり抑制が効いていた模様。

 とまれ、肝心の裁判の進み方は、思った通り関係者の思惑次第で左右される形であり、科学的な事実を検証するものでは決してない。つまりは政治的な力関係で結果が決まるわけで、この辺は当時の社会がそうなんだから仕方ないよねとは思うものの、あまり愉快なもんじゃない。

 などと愉快じゃないにせよ、そこには好き嫌いに基づいた人間の感情と、多くの勢力が絡まるバチカンの政治情勢を反映してて、今も昔も変わらぬお役所の事情が伝わってくる。そう、教会といえどもお役所なのだ。

 こういった論争をめぐる屁理屈での辻褄合わせからは、当時の教会が、天動説を半ば見切りながらも、「今までの経緯からハッキリとは支持しにくいんだよね」的な気持ちが少しだけ漏れてくる気がするんだが、これは私の思い過ごしかもしれない。

 などの史学的な話も面白いが、当時の天動説を元にした天体図も、かなり意外で面白い。惑星の動きは周転円(→Wikipedia)で説明されると聞いてて、それはだいたい見当がついたんだけど、驚いたのは地球の位置。天体の中心にあると思ってたんだが、実は中心からズレた位置にある事になってた。

 とすっと、中心にも何かあるんじゃないか、と考える人もいたんだろうなあ、きっと。

 これに対し、ティコ・ブラーエ(→Wikipedia)が提案した宇宙像は、かなり観測結果に合ってるはず。もっとも、このモデル、絵に描くと、どうしても地球より太陽の方が主役っぽく見えちゃうわけで、天文学史じゃあまり重要視されないけど、実は次の世代にインスピレーションを与える役割を果たしたんじゃないかなあ。

 本題の異端審問の実態は、俗説とは全く異なる経過を経て、全く異なる結論へと至る。伝説の英雄の虚像は崩しつつも、ガリレオの真意を察して擁護しようとする著者のまなざしは温かい。

 基本的な部分では、宗教権力が科学を押しつぶそうとした構図は変わらないながらも、当時の宗教裁判の様子や天文学の変転など、私たち素人の思い込みを覆す話は盛りだくさんで、短いだけに軽く読めるが、同時に本を読む楽しみが手軽に味わえる、お得な本だった。

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2016年12月27日 (火)

SFマガジン2017年2月号

中村悠一「アフレコ現場ってなんかいつも力試しされてますよね。『お前は何を持ってきたの?』っていう(笑)」
  ――キャストが語る劇場アニメ『虐殺器官』 中村悠一×櫻井孝宏

だれにも市場をコントロールできないのは、だれにも市場を理解できないからだ。
  ――セス・ディキンスン「力の経済」金子浩訳

「ウルトラセブン抜きのウルトラセブンが見たい」
  ――『放課後地球防衛軍1 なぞの転校生』刊行記念 笹本祐一インタビュウ

 376頁の標準サイズ。特集は映画「虐殺器官」公開を記念して、ディストピアSF。

 小説は9本。まずはディストピアSF特集で3本、韓松「セキュリティ・チェック」幹瑤子訳,セス・ディキンスン「力の経済」金子浩訳,デイヴィッド・エリック・ネルスン「新入りは定時に帰れない」鈴木潤訳。

 連載は3本。夢枕獏「小角の城」第42回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第13回に加え、山本弘「プラスチックの恋人」が新連載。

 加えて読み切り3本。上遠野浩平「交換人間は平静を欠く」前編,宮沢伊織「異世界ピクニック ステーション・フェブラリー」に加え、菅浩江「博物館惑星2・ルーキー」第一話 黒い四角形。いや博物館惑星2は連載だよね、ね!

 『虐殺器官』関係じゃ、監督の村瀬修功インタビュウとチーフプロデューサーの山本幸治インタビュウが、製作現場の修羅場を生々しく伝えてる。興行収入の数字やスタジオでカチあった作品名が具体的に出てきて、「おお、アレか」と思ったり。

 韓松「セキュリティ・チェック」幹瑤子訳。近未来のアメリカ。ニューヨーク市内のあらゆる所に地下鉄駅があり、入り口では厳密なセキュリティ・チェックを受ける。増える凶悪事件に対応するため、徹底的な警備体制が取られたのだ。だが、そのセキュリティ・チェックを素通りした女がいる、との噂が…

 現代日本でも監視カメラが増えているし、空港でのチェックも厳しくなる一方だ。そういう自由と安全のトレードオフを扱った話かと思ったら、後半はアサッテの方向にスッ飛んでいった。

 セス・ディキンスン「力の経済」金子浩訳。レイドが子供のころ、ルームの侵略が始まった。人にとりつき、惑星を乗っ取る、そう言われている。ルームを阻止するため、人はドローンを飛ばす。人を監視し、ルームを見つけ、ミサイルで片づける。すべて自動だ。

 今のパソコンでも、意味不明な挙動はいっぱいあって、それに惑わされる事もしばしば。ブラウザで怪しげなサイトを開くと、アレなプログラムがセキュリティ・ソフトと暗闘を繰り広げ、画面が凍ったり。アレなサイトが見れないぐらいはたいした事ないけど、暮らしの中に入ってきたら…

 デイヴィッド・エリック・ネルスン「新入りは定時に帰れない」鈴木潤訳。ポータル。過去と現在をつなぐトンネル。某企業は、これの巧い使い方を思いつく。現代人は賃金が高い。なら過去から労働者を連れてくればいい。人事のテイラーは、新人のディークを連れ、今日もオリエンテーリングに勤しむ。

 タイムトラベル物の話はたくさんあるけど、この発想はなかったw にしてもテイラー、あらくれを前にしてきわどいジョークとは無謀なやっちゃ。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第13回。ハンターによる均一化は、ひそかに、だが着々と、思いもよらぬ規模で進んでいた。しかし、ハンターの狙いは、もっと大きい。そのカギを握るのは弁護士事務所フラワー・カンパニーの所長マーヴィン・フラワーと、その用心棒ダンバー・アンバーコーン。

 今回の目玉はコーンことダンバー・アンバーコーン。フリーランスのエンハンサーで、今はフラワーの警護を請け負っている。性格はともかく、稼ぎ方はまっとうだよね。まあ雇い主によるけど。

 山本弘「プラスチックの恋人」。オルタマシン、ハイテクにより実現したロボットのダッチワイフ。いささか値が張るため、専用施設で時間貸しされる。その未成年形態は、日本でサービスを始めた。ただしボディ形状は公開されていない。これには法的な問題があり…

 表現規制問題を風刺した作品かな、と思ったが、なかなかどうして。ヒトの認識や施設運用の工夫などは、著者らしく充分に消化してる。施設で運用ってのも理にかなってるし。特に舞台裏である10階の描写は、なまじリアルっぽいだけに、妙におかしかったり。とまれ、この著者だけに、どんな球を隠してるのか、楽しみ。

 上遠野浩平「交換人間は平静を欠く」前編。出資者を探しに出たパーティーで、カミンスキイ博士は妙な男に絡まれる。ミナト・ローバイと名乗る男は語った。「世界は交換で成り立っている」と。それだけではない。「あなたの価値も知っている。ケチな社会心理学者のカミンスキイ博士ではなく…」

 「最強人間は機嫌が悪い」に続く、統和機構の例のシリーズ。そろそろシリーズ名をつけて欲しいなあ。この人の作品は他のシリーズの話と細かい所がつながってたりして、なかなか全貌が掴めないんだけど、嵌り込んだら泥沼なんだよね。

 菅浩江「博物館惑星2・ルーキー」第一話 黒い四角形。兵頭健、博物館惑星の新人警備員。今日は絵画・工芸部門のイベント、「インタラクティブ・アートの世界」に出向いている。今回の目玉は楊偉の『glob+eal』『黒い四角形』と、ショーン・ルースの『いざ、楽園へ』。そのショーンは、楊偉を師と崇め…

 内気で引っ込み思案のショーンと、そのパトロンでやり手のマリオ・リッツォのコンビがいい。特にマリオ。名前から南欧系っぽい陽気で強引な印象があるんだが、やっぱりw 今度のシリーズは学芸員ではなく警備員が主人公。「芸術が何であるかもよくわからない」って悩みは多くの読者の共感を呼びそう。かくいう私もそうだけど。で、次の掲載は、いつ?

 宮沢伊織「異世界ピクニック ステーション・フェブラリー」。空魚と鳥子は新宿の居酒屋にいる。第二回裏世界遠征からの無事帰還を祝っての打ち上げだ。何やら店員の言葉が怪しいと思いつつ、とりあえず外に出て駅へと向かうが、夜の新宿にしてはどうもおかしい。

 ネットを漂う都市伝説をネタに怪しげな世界を描くこのシリーズ、今回のネタはきさらぎ駅(→ピクシブ百科事典)。体が馴染んだのか、空魚も鳥子も今回はすんなりと異世界にいけたようで、喜ばしい…わきゃないw そんな事態になっても連中の対応はアレで、それなりに鍛えられてるんだろうけど、やっぱり勝手が違い過ぎるよな。

 『天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART2』刊行記念 小川一水インタビュウ。なんと2018年に「導きの星」がアニメ化とか。あの可愛らしいスワリスに会えるのか。でも「天冥の標」完結編も2018年ってのは切ない。とまれ、数巻にまたがる大長編になりそうな雰囲気。

 友成純一の「人間廃業宣言」。今回は第49回シチェス・ファンタ・レポート。「釜山行き列車」は走る列車の中でゾンビと戦うって、「甲鉄城のカバネリ」かい!と思ったが、中身は全然違ったw イタリア映画 They Call Me Jeeg は、「鋼鉄ジーグ」のオマージュで、チンピラが無敵の力を手に入れ…ってお話。ジーグのファンには嬉しい作品だろうなあ。

 香山リカ「精神の中の物語」第26回 カジノ依存症の恐怖。いつもながら政治ネタで、ギャンブル依存症の話なんだが、これの対策が「一瞬たりともッヒマができないように」する事ってあたりが、アルコール依存症と同じで、依存症の対策ってみんな似たようなもんなんだなあ、と思ったり。

 鹿野司「サはサイエンスのサ」247回 AIでかわるもの。AIが小説を書いたって話もあり、過去にウケた作品を分析して云々ってシステム、だいぶ昔にハーレクイン・ロマンスが実用化してたはず。ネタはDB化されてて、プログラムがネタを組み合わせて大筋を作り、人間が仕上げる、みたいな形だったかな? そういう需要もあるんです。いろんなジャンルの中で最も自動化が難しいのはギャグ物だと思うんだが、どうなんだろ?

 巽孝之「2016ワールドコン・レポート オズの国の一駅手前 第74回世界SF大会ミダメリコンⅡ日記」。「叛逆航路」が大ヒットしいたアン・レッキー、野尻抱介や小川一水も読んでいるとか。私がクローンで復活を望むのはバナナのグロスミッチェル…と思ったら、流通が少ないだけで滅びちゃいなかった。ああ、よかった。

 横田順彌「近代日本奇想小説史 大正・昭和篇」第29回 大正末期のジュヴナイル小説4。今回はなんと野村胡堂。そう、あの銭形平次の野村胡堂。なんと彼が、少年向けの冒険小説で月へ行く小説を書いている。書ける人ってのは、なんでも書けるんだなあ。

 次号からはあの三雲岳斗が連載。よく原稿が取れたなあ。塩沢さん、何か弱みを握ったのか←をい

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2016年12月23日 (金)

D.A.ノーマン「複雑さと共に暮らす デザインの挑戦」新曜社 伊賀聡一郎・岡本明・安村道晃訳

複雑さは良いのだが、分かりにくいのはいけない。
  ――日本語版への序文

ヒューマンエラーの歴史を振り返れば、左右の混乱は頻繁に見られ、上下ではほとんど起きていない
  ――2 簡素さは心の中にある

標識や説明書きが装置に付いていれば、それは悪いデザインの印だ。(略)まして、利用者が自分で標識を付けざるを得ないようではいけない。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

自分のために作ったサインは非常に役に立つが、他の人が作ったサインは悩みの種だ。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

エラーメッセージは実際のところ、システム自体が混乱していること、どうやって進めたらよいか分からないことを意味している。叱責されるべきなのはシステムであって人ではない。
  ――8 複雑さに対処する

何かを学ぶ最も幼良い時期とは、それが必要であると学習者が気づいた直後だ。
  ――8 複雑さに対処する

彼ら(自動車の評論家)は、険しいコースで加速やブレーキをかけたときのオーバーステアとアンダーステアについて語るのだが、ほとんどのドライバーはこのような状況はけっして経験しないのだ。
  ――9 挑戦

【どんな本?】

 最近のテレビや炊飯器などの機械はボタンやパネルが多い。それだけ機能が多いんだろうが、実際に使うのは機能のごく一部だし、たまに変わった機能を使いたくても、使い方がわからない。

 これはパソコンも同じで、Excel の機能を全て知っている人は滅多にいない。なんとか覚えても、バージョンアップでメニューやボタンの位置が変わり、また一から覚えなおしなんて悲劇に悩まされる人は多い。

 機械やソフトウェアだけじゃない。お役所は様々なサービスを提供しているが、私たちはその大半を知らない。定食屋でソースと醤油を取り違えるなんてのは、日本人ならみんな経験してる。スーパーのレジや渋滞では、隣の列が速く進むと相場が決まっている。

 こういった不具合の多くは、デザインによって解決できる。デザインとは、見た目のカッコよさだけではない。使いやすさもデザインのうちだ。

 では、どんなデザインがよいのか。どうすれば使いやすくなるのか。デザイナーはどんな事に気を配るべきなのか。複雑なシステムに対し、デザインは何ができるのか。

 「誰のためのデザイン?」で論争を巻き起こしたD. A. ノーマンが、「アフォーダンス」などの反省も含め、複雑になってしまった現代の暮らしの中で、製品やサービスを提供する者に何ができるか、どんなデザインを心がけるべきかを綴った、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Living With Complexity, by Donald A. Norman, 2011。日本語版は2011年8月1日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント46字×17行×296頁=約231,472字、400字詰め原稿用紙で約579枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。パソコンやスマートフォンや病院の窓口でイライラした経験があれば、誰でも楽しく読めるだろう。もちろん、Web サイトの運営者ならなおさら。

【構成は?】

 各章は穏やかにつながっているが、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版への序文
  • 1 複雑さと共に暮らす なぜ複雑さは避けられないのか
    • ほとんどすべての人工のモノはテクノロジーである
    • 複雑なものは楽しみになり得る
    • 何カ月もの学習を要する人生のよくある断面
  • 2 簡素さは心の中にある
    • 概念モデル
    • なぜすべてのものが打出しハンマーのように簡単にならないのか
    • ボタンの数が少ないとなぜ操作が難しくなるのか
    • 複雑さについての誤解
    • 簡単だからといって、機能が少ないということではない
    • 一般に仮定されている簡単さと複雑さの間のトレードオフは、なぜ間違っているのか
    • 誰もが機能好き
    • 複雑なものも理解可能だし、簡単なものにも混乱させられることがある
  • 3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか
    • 実世界に情報を置く
    • サインが役に立たないとき
    • 専門家はいかにして簡単なタスクを混乱させるか
    • 強制選択法で複雑さを減少させる
  • 4 社会的シグニファイア
    • 文化的複雑さ
    • 社会的シグニファイア 何をするべきかを世界は我々にどのように伝えるのか
    • 実世界の中の社会的シグニファイア
  • 5 人間支援のデザイン
    • スプラインを網目化中
    • 目標とテクノロジーの間の不一致
    • 割込み
    • 利用パターンを無視すると、シンプルで美しいものも複雑で醜いものになる
    • 望みのライン
    • 痕跡とネットワーク
    • 推奨システム
    • グループへの支援
  • 6 システムとサービス
    • システムとしてのサービス
    • サービス青写真
    • エクスペリエンスとデザインする
    • 心地よい外界とのエクスペリエンスの創造 ワシントン相互銀行
    • 工場のデザインのようにサービスをデザインする
    • 病院でのケア
    • 患者はどこにいる?
    • サービスデザインの今
  • 7 待つことのデザイン
    • 待ち行列の心理学
    • 待ち行列の六つのデザイン原理
    • 待つことのデザイン的解決法
    • 列は一つか複数か? 片側だけのレジと両側のレジ
    • 二重バッファリング
    • 列をデザインする
    • 記憶は現実よりも重要である
    • 待ちが適切に扱われるとき
    • エクスペリエンスをデザインする
  • 8 複雑さに対処する パートナーシップ
    • T型フォード車をどのように始動させるか
    • 複雑さを扱う基本原則
      デザイナーのための規則 複雑さを扱いやすくする/我々のための規則 複雑さに対処する
  • 9 挑戦
    • 販売員のバイアス
    • デザイナーと客の間のギャップ
    • 評論家のバイアス
    • 社会的インタラクション
    • なぜ簡単なものが複雑になるのか
    • デザインの挑戦
    • 複雑さと共に暮らす パートナーシップ
  • 謝辞/注/訳者あとがき/文献/索引

【感想は?】

 最初の頁から、いきなり引きこまれた。アル・ゴアの書斎の写真だ。書類が乱雑に積み上げられ、ゴチャゴチャしている。

 同居人や同僚と、こんな会話をした経験はあるだろうか?

同居人「ちったあ片付けろよ」
あなた「片付いてるよ」
同居人「汚いじゃないか、片づけるぞ」
あなた「うわあぁ、やめてくれえぇぇ!」

 私はあります。一見腐海のように見えるけど、それぞれのモノの位置には、ちゃんと意味があるのだ。汚いようでも、頻繁に使う物や重要なものは手の届く範囲にあるし、書類の山はテーマごとに分けてある。何より、何がどこにあるか、本人はちゃんと分かっている。

 混沌の国のように見えて、実はその中にはちゃんと秩序があるのだ。ただ、その秩序が他人にはわからないだけで。これを本書では、こう書いている。

何がモノを簡単にしたり複雑にしたりするのだろう。ダイヤルやボタンの数や機能がいくつあるかによるのではない。機器を使う人が、それがどう動くかについての良い概念モデルを持っているかどうかによるのである。
  ――2 簡素さは心の中にある

 ゴアの書斎は、ゴアには使いやすい。その中の構造を、ゴアは知っているからだ。他の人には構造が見えないので、片付いていないようにみえるのだ。キチンと目立つラベルでもつければわかってもらえるんだろうが、どうせ使うのは自分だけだし、なら面倒くさい手間をかけるだけ無駄じゃないか。

 書斎なら本人しか使わないからそれでもいいけど、電化製品やソフトウェアじゃ、そうも言ってられない。にも拘わらず、なんだって使いにくいシロモノが大手を振って世に溢れているのか。

ユーザーに使いやすくすればするほど、デザイナーやエンジニアにとってより難しくなる
  ――2 簡素さは心の中にある

 そう、使いやすいモノを創るのは、メンドクサイのだ。加えて、人はより機能が多いほどいいモノだと思い込んでいるから、多機能なモノほどよく売れるし、機能追加の要望も絶えない。その結果、機械はボタンとパネルが所狭しと並び、私たちは時刻合わせの方法すらわからない。これをひっくり返したのが、Apple の iPod だ。

絶対に、顧客が解決しろといった問題を解いてはいけない
  ――6 システムとサービス

 iPod に限らず、Apple 社の製品には共通した特徴がある。なるべくボタンの数を減らす。昔はマウスすら1ボタンだった。その代わり、マウスの動きとマウスカーソルの動きには凝る。動き始めはゆっくり、途中は素早く。カーソルが動く距離は、マウスの動いた距離ではなく、マウスを動かす速さに従う。つまらない事のように思えるけど、これが使う時の気持ちよさにつながっている。

 昔の Apple の功績は偉大で、例えばメニューの並び。パソコンのソフトは、メニューが左からファイル→編集→…ヘルプ、と並ぶ。このメニューの並びも、昔はソフトによりそれぞれだった。Apple が「メニューはこう並べなさいね」と決め、従わない者にはキツくお仕置きした。混沌の中に秩序を持ち込んだのだ。それも、かなり強引に。

 そう、「いつでも何でもできる」のは、一見便利そうに見えて、実際には混乱のもとになる。ある程度の制限や強制はあった方がいい場合もある。電子レンジは扉が開いていると動かない。その方が安全だからだ。

 実はこの記事、あんまりこの本と関係ない話も盛り込んである。というのも、読んでると色々と思い当たるフシが沢山ありすぎて、つい書きたくなるからだ。二重ロール型トイレットペーパー・ホルダーの話とかは、実に意外だった。小さいほうから使うでしょ、普通。

 塩と胡椒の容器の話では、醬油とソースに置き換えると、とっても切実。パッと見てすぐに醤油とソースの見分けがつく容器のデザイン、あなた思いつきます?

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2016年12月22日 (木)

宮内悠介「スペース金融道」河出書房新社

わたしたち新星金融は、多様なサービスを通じて人と経済をつなぎ、豊かな明るい未来の実現を目指します。期日を守ってニコニコ返済――

宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。

バクテリアだろうとエイリアンだろうと、返済さえしてくれるなら融資をする。そのかわり高い利子をいただきます

【どんな本?】

 「盤上の夜」で日本SF界に燦然とデビューした宮内悠介による、スペース金融ギャグSF連作短編集。

 人類が他の恒星系にまで進出した未来。そこに人がいる限り金は動き、金が動けば金に困る者もいる。そして金に困る者がいれば金貸しも生まれ、金貸しがいれば取り立て屋も必要になる。

 新星金融は多くの恒星系にまたがる金融企業で、企業理念は平等を旨とする。貸す相手を差別しない。あらゆるヒトはもちろん、バクテリアでもエイリアンでも融資する。ただし取り立ては厳しい。いかなる状況であれ、どんな場所であれ、踏み倒しは許さない。

 といった企業理念は立派だが、現場で働く取り立て屋の仕事は楽じゃない。太陽系外の最初の植民地・二番街で、今日もぼくは上司のユーセフにそそのかされ、宇宙空間で債務者を追っていた。

 怪しげな金融理論にSF風のヒネリを加え、ドタバタ風味のドツキ漫才を交えて展開する、ユーモラスなスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年8月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約277頁。9.5ポイント40字×17行×277頁=約188,360字、400字詰め原稿用紙で約471枚。文庫本なら標準的な厚さで一冊分。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

スペース金融道 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA2 2011年8月
 昨日の取り立ては7件だった。移動費用・宿泊費・人件費を考えると赤字だが、この商売は舐められたら終わりだ。誰にでも貸すかわり、キッチリ取り立てる。それがわが新星金融の方針だ。そして今日は地上一万メートルから落下中。というもの、今日の取り立ての相手は…
 新星金融の、いろんな意味でのブラックぶりがよくわかる導入部から、コロコロと楽しく話が進む第一話。宇宙に広がる大企業の社内報のネタも、無茶苦茶ながら妙に理屈が通ってるし。ノヴァちゃんは「ガス屋のガス公」が元ネタかな? 
 最近の金融理論は色々と怪しげなものが多いだけに、微妙に経済物理学を取り入れた量子金融工学も、実際に役に立ちそうな気になるから怖いw
スペース地獄篇 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA7 2012年2月
 いくつもの糸車が地平近くまでつらなっているなか、男たちが立ち話をしている。チームリーダーが言うには、糸車を回せとのことだが、今はストライキの最中。ケッタイな決まり事はあるにせよ、働かなくてもいいのは魅力的だ。とはいえ、さすがに三日もダラダラしてると飽きてきて…
 相変わらず無謀な相手に貸し、当然ながら無謀な取り立てに赴く二人組。ったって、結局のところツケは「ぼく」の所に回ってくるんだけどw ニコニコしながらおだてるユーセフの脂ぎった笑顔が目に浮かぶ。
 ここでも情報相対論なんて怪しげなシロモノが出てくるが、やっぱり妙に帳尻があってる気がするから楽しい。
スペース蜃気楼 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA9 2013年1月
 ディーラーと一対一の勝負。今までぼくのチップは減る一方。既に腎臓は10枚のうち5枚を使い、脾臓や胃は使い切った。渡されたカードはスペードのA。思い切って<心肺>のチップを賭ける。だがディーラーも乗ってきた。
 緊張感あふれるポーカー・ゲームで幕をあけ、一瞬「カイジか?」と思わせて、やっぱりカイジだったw 一般に博打は浮き沈みがあるにせよ、最終的には胴元が儲けるものと相場が決まってるけど、それをこうイジりますか。にしてもオチは、やっぱりw
スペース珊瑚礁 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA+バベル 2014年10月
 昨日の債務者はドネル・ダニエル=ルシュール。自治領でタックス・ヘイヴンにあるセルジュ博物館の番人だ。相手の職場だろうがどこだろうが、しったこっちゃない。なんとか納得させたはよかったが、今日、起きたらとんでもない事になっていた。なんと、あのユーセフに大金を借りたことになっている。
 あのユーセフに借金がある。これほど恐ろしい状況は滅多にないだろうと思ったら、話が進むと更に酷いことにw これもまた金の流れが絡んだ話なんだけど、まんま現在の地球で起きてる事だったり。
スペース決算期 / 書き下ろし
 ひと月ほど前から、アンドロイドのシリアルキラーが話題になっている。その名もバネ足ジャック。それはそうと、ぼくは大変な事になっていた。極右の人間原理党の党首になり、行く先々で行動が中継され、ネット上では批判と賞賛のコメントが果てしなく続き…
  これまた合衆国の大統領選が大騒ぎになったばかりなので、時期がいいというか悪いというかw 昔はインターネットが人々の融和を進めるなんて思われていたけど、蓋を開けたら大違いで、Twitter やまとめサイトじゃデマが飛び交い、保守とリベラルの溝は広がる一方だったり。かくいう私も Twitter でフォローしている面々を見ると明らかに偏ってるんだよなあ。

 商売相手は街金のように見えながら、その奥に潜むネタは株式市場だったり金融商品だったり節税と蓄財方法だったり。最終話は一見関係がないように思えるけど、実はこれも経済学者が真面目に研究してるネタだったりする。

 などと真面目に読んでもいいけど、デコボコ・コンビのドツキ漫才として読んでも充分面白いので、深く考え込まずにリラックスして楽しむが吉。当然、お茶やコーヒーを飲みながらだと危ないので気をつけよう。

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2016年12月21日 (水)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 3 近代への道」筑摩選書 東郷えりか訳

大英博物館で仕事をしていると驚かされることが多々ある。その一つが、ヒンドゥー彫刻の前にときおり花や果物のお供えが恭しく置かれているのを目にすることだ。
  ――68 シヴァとパールヴァティー彫像

興味深いことに、この戦争(文禄・慶長の役)はしばしば「陶工戦争」と呼ばれます。
  ――79 柿右衛門の象

「神奈川沖浪裏」の青さは、日本がヨーロッパから望ましいものは採用した事を、それも揺るぎない自信をもって取り入れたことを示す。
  ――93 北斎「神奈川沖浪裏」

この絵皿は20年の歳月を経て、二度の段階に分けて製作された。それも、驚くほど異なる政治状況において。
  ――96 ロシア革命の絵皿

コフィ・アナン「独立を勝ち取るために必要な手腕は、統治に求められる手腕と同じではないと思います」
  ――98 武器でつくられた王座

移民は故郷に何を置いてゆくにせよ、料理はかならず携えてゆく
  ――100 ソーラーランプと充電器

 ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

【神様もいろいろ】

 次の「67 『正教勝利』のイコン」は切ない。オスマン帝国に追い詰められコンスタンティノープルに押し込められた東ローマ帝国、なぜ俺たちは負けるのかと考え、解をイスラムに見つける。「俺たちは神の姿を絵にするけど、イスラムはしないからだ。じゃ神を描いたイコンを無くそう」。

 結局、イコンは残るしコンスタンティノープルは落ちるんだが、幻の正教の勝利を描いたイコンは残り、今も大斎(おおものいみ,→Wikipedia)として儀式が残っている。切ないなあ。

 「68 シヴァとパールヴァティー彫像」では、一神教が性に厳しい理由の考察が面白い。だってシヴァにはパールヴァティーって連れ合いがいるけど、一神教の神は一人だからヤれないじゃん、と。その発想はなかったw

【発想】

 「69 ワステカの女神像」は正体不明ながら、アステカ語でトラソルテオトルなる多産・植生・再生の女神らしい。加えて汚物の神でもあるのが不思議なところ。堆肥って意味なんだろうか。

 残念ながらワステカはロクに資料もなく、現地でも言い伝えはほとんど残ってない。それでも研究者が現地で聞き込みを始めると、地元の人も興味津々でいろいろ知りたがるそうな。誰でも自分の身近な事には興味を持つんだね。

 「72 明の紙幣」は、まんまお札。とまれ、紙幣は信用が大事だし、どれぐらい価値があるのかも、知らない人にはよくわからない。そこでこのお札、真ん中に同価値の硬貨の絵が描いてある。おお、賢い。でもすぐに刷りすぎてインフレになっちゃうんだけど。

【市場】

 「64 デイヴィッドの花瓶」で、イランの窯業の壊滅のスキに、中国が染付で市場をかっさらう話が出た。ところが中国も市場を奪われてしまう。

 「79 柿右衛門の象」によると、1644年の明の崩壊に伴い中国の窯業は混乱し、そのスキに日本が市場を奪ったとか。その際には、文禄・慶長の役で連行した朝鮮の陶工の技術も役に立ったんだろう。

【融合】

 厳密に見える一神教も、アジアの熱気は溶かすらしい。「83 ビーマの影絵人形」はインドネシアのジャワ島の遺物。インドネシア名物の影絵芝居は今も昔も大人気で、夜通し演じられる。ところがその主な題材は、マハーバーラタとラーマーヤナ。イスラムの国なのに、ヒンディーの物語が伝統芸能なのだ。

 これを演じるのも大変で、演者は2~6体もの人形を操り、楽器演奏者に合図を出し、人形の声も演じ分けなきゃいけない。ゲディー・リーかよ。最近じゃ政治風刺を盛り込む時もあるとか。マスコミと違い当局の目も届かないんで、ライブじゃトンガったネタがやれるってのは、日本でも同じだね。

【報道】

 グーテンベルクの印刷技術が宗教革命のきっかけになったと言われてるが、誰もが文字を読めるようになったわけじゃない。そこで頭をひねったプロテスタントが考えたのが、大きな絵入りのポスター。「85 宗教改革100周年記念パンフレット」では、一コマ漫画でルターの功績を讃えている。やっぱり絵の力は大きいんだなあ。

 「95 女性参政権を求めるペニー硬貨」では、20世紀初頭イギリスで、女性参政権を求める運動の優れたアイデアを描く。硬貨に「VOTES FOR WOMEN」(女性に選挙権を)と刻印するのだ。厳密に言えば硬貨に傷をつけるのは犯罪だけど、身近な硬貨に記せばメッセージが多くの人に届く。賢い。

【音楽】

 「86 アカンの太鼓」では、アメリカの奴隷制がテーマになる。黒人の歴史家J・A・ロジャース曰く「ジャズの真骨頂は、因習、習慣、退屈、それに悲哀からすら陽気に反乱を起こすことだ」。この言葉、ジャズをブルースやロックに変えても通用したりする。

【アーカイヴ】

 「90 ヒスイの璧」の主人公は、、清の乾隆帝(→Wikipedia)。この本には著者が彼に抱く敬愛の念がにじみでてるんだが、それもそのはず。乾隆帝の成果の一つが『四庫全書』で、これは…

人類史上最大の叢書で、中国文明の黎明期から18世紀までの真正と認められたあらゆる書物が含まれていた。今日、デジタル化された版はCD-ROM167枚に収められている。

 CD-ROM167枚って、80GBぐらいか。DVDなら20枚~40枚。とんでもねえ情報量だ。デジタル技術もない時代に、よくやったなあ。

【鎖国?】

 「93 北斎『神奈川沖浪裏』」では、意外としたたかな江戸期の日本の外交政策が明らかになる。

 青が印象的な絵だが、藍とプルシアンブルー(→Wikipedia)を使いわけている。藍は日本産だが、プルシアンブルーは18世紀ドイツの発明で、舶来品なのだ。構図も欧州の遠近法を取り入れてたり。昔から日本は異国の文化を巧いこと取り入れて自己流に消化してたんだね。

 ちなみに当時のお値段は「蕎麦二杯分」というから、けっこう安いなあ。印刷に加えて製紙の発達も大きいんだろう。

【そして現代】

 「99 クレジットカード」では、ボーダーレス化の象徴としてVISAカードが出てくる。

これまで見てきた硬貨や紙幣はいずれも、その表面に王や国が記されていた。だが、われわれの(クレジット)カードのデザインにはいかなる支配者も国家も記載されておらず…

 と、国を越えて使えるお金なわけ。もっとも、王様のかわりにVISAのロゴが目立ってるわけで、現代は多国籍企業が支配者の時代なのかも。

 しかも、だ。今更ながら気づかされたのが、規格化の威力。クレジットカードはVISAもMASTERもJCBもみんな同じ大きさで、どこの国のATMでも使える。当たり前のように思えるけど、これって凄いことだよね。だって電気のコンセントの形すら国によって違うんだから。

 最後の「100 ソーラーランプと充電器」は、テクノロジーが切り開く明るい未来の一端が顔をのぞかせる。充電器はソーラーパネルで、これを8時間日に当てれば、ランプが100時間光る。これの何が嬉しいかというと、電気のきていない途上国で便利なのだ。

 普通のランタンが10ドルに対し約45ドルと高いが、燃料が要らない。「アフリカの田舎では、平均して収入の20%近くが灯油に使われる」。加えて、携帯電話の充電まで可能な優れもの。電話網が未発達な地域も、インターネットにつながるばかりでなく、収入も増える。

 インドのケララ州じゃ漁民が天気予報と魚市場の情報を仕入れ、収入が約8%増えた。他にも南インドじゃ「日雇い労働者、農民、娼婦、人力車の車夫、小売店主」の収入が増えてる。そういえば日本でも携帯電話は派遣労働者の必須アイテムだよなあ。

【最後に】

 などとモノを通した人類の歴史は、教科書とだいぶ色合いが違って、人々の欲望が浮き上がってくると共に、生活臭も漂うのが楽しいところ。はいいが、読んでるとスコップを持ってそこらを掘り返したくなるのが困りものかも。

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2016年12月19日 (月)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡」筑摩選書 東郷えりか訳

これは簡単な球技ではなかった。ゴムボールは重く――3、4キロから15キロ近いボールまであった――球技の目的はそれを空中に放りつづけ、最終的にコートの敵陣側の端に落とすことだった。
  ――38 球技に使われる儀式用ベルト

われわれのなかでツァラトゥストラが実際に何を語ったのか、あるいは彼が誰だったのかすら知っている人は少ない。
  ――43 シャープール二世の絵皿

硬貨に支配者の肖像を描く伝統は、それより1000年近く前のアレクサンドロス大王の時代から、中東一体で馴染み深いものだったが、それが決然と放棄され、文書のみの硬貨が第一次世界大戦まですべてのイスラーム諸国では標準でありつづけた。
  ――46 アブド・アルマリクの金貨

私が敢えて「諸宮殿」と言うのは、アッパース朝のカリフはどうも宮殿を使い捨てする傾向があったようだからです。
  ――52 ハレム宮の壁画の断片

往来皆此路 往来する人はみなこの道を通るが
生死不同帰 生者と死者はともに帰りはしない
  ――55 唐の副葬品

  ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1 文明の誕生」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

 時代が進むに従い、ヒトが作る社会は大きくなり、国家の枠組みがハッキリしてくる。そのためか、「1 文明の誕生」ではでは「使う」ための物が多かったのに対し、次第に「見せびらかす」目的を持つ物が多くなり、また宗教的な意味合いを持つ物も出てくる。

【国営企業】

 「34 漢代の中国の漆器」は、漆塗りの杯。なんと30回以上も重ね塗りしてあって、当時は青銅の杯10個以上の価値があったろう、としている。いかにも中国らしいのは、携わった六人の職人と製品検査官七人の名が記されていること。ブランドとしてなのか、責任を明確にするためなのか。

 ここから、漢王朝の経済構造が見えてくるのが、歴史の楽しい所。漢代では、「政府は主要な産業のいくつかは国有化していました」。その目的の一つは、侵入してくる北方・西方の蛮族に対抗するための軍事費。もともと、中国は共産主義と相性がいいらしい。

 もっとも「『塩』の世界史」では、いろんな国が製塩や塩の流通が重要な税収源としてるんで、昔から権力者は主要産業を管理したがる性質があるのかも。

【恋人たち】

 「36 ウォレン・カップ」は、なかなか強烈。エルサレム近くから出てきた、西暦5~15年あたりの銀のゴブレット。いろいろあってエドワード・ウォレンの所有となった。が…

ウォレンは1928年に死去したが、その後何年もこれは売却できなかった。題材がどんな収集家にとってもあまりにも過激だったためだ。

 大英博物館もフィッツウィリアム博物館も買おうとせず、「一時はアメリカ合衆国にすら入国を拒否された」。なにせ模様が恋人たちのアレなナニってだけでなく…。まあ、確かに宴会でこんなモン出されてもアレだしなあw

【アメリカ】

 続く「37 北米のカワウソのパイプ」では、北米先住民の意外な姿が明らかとなる。というのも、副葬品が…

ロッキー山脈のハイイログマの歯、メキシコ湾からのソデボラ科の巻貝、アパラチア山脈からの雲母、五大湖からの銅

 と、北米各地の品が一か所からでてきた。彼らは北米大陸全体に交易ネットワークを持っていたらしい。農業も営み定住してたのに、なぜ国家にならなかったんだろう? 

 その次の「38 球技に使われる儀式用ベルト」でっは、メキシコにも球技があった事がわかる。Wikipedia によるとテニスも起源は紀元前15世紀のエジプトに遡るというから、球技は世界各地で発生したみたいだ。

【大宗教のはじまり】

 「42 クマーラグプタ一世の金貨」では、ヒンドゥーの誕生が語られる。複雑怪奇で曖昧模糊としたヒンドゥーの体系だが、ルーツはハッキリしているのだ。生みの親はクマーラグプタ一世。その権威を確立するために多くの寺院を建て、神々の彫像や絵画を飾り、硬貨にもラクシュミーを彫った。

 絵や像などのヴィジュアルが伴えば、説得力が増す。「彼とその同時代の人びとは、実質上、神々を新たにつくりだしていたのだ」。とすると、いつかはゴジラも神になるんだろうか?

 「43 シャープール二世の絵皿」では、いきなり己の無知を思い知らされる。ツァラトゥストラ、ペルシャ語でザラスシュトラ。しかしてその実態はっつーと、ゾロアスター。実在すら定かじゃないが、いたとすれば「中央アジアのステップに紀元前1000年ごろ生きていたと思われます」。

 多くの穀物や栽培植物のルーツと言われる中央アジアは、アブラハムの宗教のルーツでもあるのか。正義と悪の戦いという二元論的な世界観の思想が流行ったお陰で、中東は大変な事になってるんだけど。

 対して「45 アラビアのブロンズの手」が示す古代の宗教だと、「神々はその土地だけに責任を負う傾向があ」る。日本でも、神社は土地に属するものって雰囲気があるなあ。このイエメンから出た青銅の手、手首から先だけなんだが、やたらとリアル。

 モデルの手は切り落とされたのか、それとも生きてる手を象ったのかを調べるため、なんと整形外科医に診断を仰いでるw 博物館って、そういう事もするのか。診断によると、血管が浮いてるから生きてる手だが、爪が窪んでるから貧血かも、それと華奢だから労働者じゃないね、とのこと。

 どこでも普及の初期の宗教は大らかだったようで。「50 蚕種西漸図」の舞台は中国の西域、現新疆ウイグル自治区のホータン(和田、→Wikipedia)。この章の冒頭を飾る絹のお姫様の話も魅力的だが、発掘された仏教寺院群には「仏教、ヒンドゥー教、イランの神々や、この地元だけの神々の絵もあった」。

 シルクロードの中継地点で各地の商人が出入りしたから、多様な顧客の要望に応えるって意味もあったんだろうなあ。

【写真の凄み】

 多くのカラー写真が載ってるのが、このシリーズの魅力の一つ。

 「54 ターラー像」はスリランカのブロンズ像で、女神さまを象ってるんだが、スタイルが凄い。漫画「ワンピース」に出てくる成人女性みたく、ボン!ギュッ!ボン!なのだ。これじゃ煩悩が溜まるばかりじゃないか、と思ったら、観音様だとか。でも日本の観音様とは全く違うぞ。

 やはり迫力があるのが、ナイジェリアで出た真鍮の「63 イフェの頭像」。1400~1500年ぐらいのシロモノだが、とっても精巧でリアルなのだ。これが出たのは20世紀初頭で、ヨーロッパ人は驚いた。「アフリカの黒人にこれほどの文明があった」とは。

 芸術の価値なんて主観的なものだから、幾らでもゴマカシが効くだろうと考える人もいるかもしれない。でも、この像は、一目見ればそのリアルさと迫力に圧倒されて、嫌でも認めるしかない。芸術が持つ力が充分に伝わってくる、見事な像だ。

 それでも人間てのは愚かなもので、この像を見つけたドイツの人類学者レオ・フロベニウスは珍説をひねり出した。曰く伝説のアトランティス島はナイジェリア沖に沈み、その生き残りがナイジェリアに辿りつき、これを造ったんだ、と。

 人間、一度思い込むと、なかなか抜け出せないようで。

【チャイナ】

 「64 デイヴィッドの花瓶」では、染付の意外なルーツが語られる。

 なんと、「実際にはイランからのものだ」。これがチンギス・カンの侵略で「イランを中心に、中東各地の窯業は打撃をこうむり破壊された」。ポッカリあいた市場の穴を、中国が埋めて乗っ取っちゃったって形。うーむ、抜け目ないなあ。

 という所で、次の記事に続く。

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2016年12月18日 (日)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1 文明の誕生」筑摩選書 東郷えりか訳

 旅にでるときは、何を持っていくだろうか? われわれの多くは歯ブラシに始まり、余分な荷物にいたるまで長いリストづくりを始める。しかし。人類史のほとんどの時代において、旅をするのに本当に必要なものは一つしかなかった。石でつくった手斧である。
  ――3 オルドゥヴァイの手斧

 ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1~3」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

【いきなり掟やぶり】

 原則として時代順に並んでいるんだが、最初の「1 ホルネジュイテフのミイラ」は紀元前240年ごろと、いきなり原則を破っている(次の「2 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール」は180万年~200万年前)。これにはちゃんとワケがあって、この本の基本姿勢を示す章だからだ。

 ここでは、ミイラ本体と棺の両方が資料となる。そこから、どうやって何を知るのか。

 ミイラはCTスキャンにより、傷をつけずに中身を調べる。これにより、年齢は中年から初老であり、脊髄の関節炎を患っていることがわかる。葉の摩耗具合を調べれば、食生活の手がかりが得られる。

 棺もエキサイティングだ。ここでは化学分析が活躍する。表面にある瀝青の原産地は死海。一部の棺はレバノン杉。この事から、当時のエジプトはパレスチナやレバノンと交易していたことや、物資の貴重さから人物の地位などが見えてくる。最近の科学は歴史学すら変えてしまうのか。

 次の「2 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール」も、意外な視点を与えてくれる。

 削った石ってだけで、柄もついていないが、これが人類の食生活を改善したらしい。単に獲物を仕留める武器として役に立つだけでなく、仕留めた獲物の骨も砕ける。これにより、ヒトは骨髄も食べられるようになり、栄養状態が格段に良くなったのだ。

 その次の「3 オルドゥヴァイの手斧」では、そもそも道具を作ること自体がヒトの脳を変えた可能性を示唆する。石器を実際に作ってみて、その際の脳の活動を脳スキャナーで調べたところ、活性化した部位は「言葉を話すのに使用される部位とかなり重なって」いた。

 つまり、道具を作ることで言語の発展が促された可能性もあるのだ。職人さんって無口な印象があるけど、実は話が巧いのかもしれない。

【農耕】

農耕の始まりは、ほぼ同時に多くの異なる場所で起きたようだ。そのような場所の一つがパプアニューギニアだったことが近年の考古学から判明している。
  ――6 鳥をかたどった乳棒

 メソポタミアで始まった農耕が各地に広かったんじゃない。同時多発的に世界各地で農耕を始めたのだ。気候が関係してるんだろうか? しかも、その一つがパプアニューギニアってのが意外。しかも、選んだ作物がそれぞれ違う。

 中東は麦、cっ風語句は陸稲、アフリカではソルガム(モロコシ)、パプアニューギニアではタロ芋。奇妙なことに、どれも生じゃ食えないかマズい。他の動物が食わないからヒトが独占できた、と一応の仮説は示しているものの、うーん。案外と目的は酒を造るためだったり。

 とはいうものの、酒を造るには入れ物が要る。意外な事に、「最古の土器は16,500年ほど前」と、定住前に作っている。そして、なんと…

世界で最初の壺は日本でつくられた。
  ――10 縄文の壺

 そう、縄文式土器だ。加えてスープとシチューの発祥地でもある。そう、壺でヒトは新たな調理法「ゆでる」を獲得したのだ。おかげで私は美味しいおでんが食べられる。ちなみに縄文式土器は研究が進んでて…

縄文時代を通じて400以上の地域ごと、もしくは地方ごとのタイプが見つかります。一部の様式にいたっては、25年単位で年代を特定することができる。縄の撚り方がが、それだけ特殊なのです。

 縄文研究すげえ。

【現代との関係】

 「9 マヤ族に伝わるトウモロコシの神の像」では、メキシコ人がトウモロコシを大事にしている由を述べる。トウモロコシは神なのだ。だから遺伝子改変技術やバイオエタノールに抵抗を持つ。言われてみると、私も米をバイオ燃料にされたら嫌だなあ。

 「12 ウルのスタンダード」では、イラク人の誇りを明らかにする。「イラク人は、自分たちを最古の文明の一部だと考えます」。成金のアメリカに蹂躙されれば、そりゃ納得いかないよね。

 悲しいのが「13 インダスの印章」。謎に満ちたインダス文明の遺品。戦争の痕跡もなきゃ武器も少なく、社会格差の形跡もない。なんか平和で平等な社会みたく思えるが、今はインドとパキスタンに別れちゃってる。切ない話だ。両国が仲良くするキッカケになればいいんだけど。

【博物館】

 「16 フラッド・タブレット 洪水を語る粘土板」では、名伯楽ジョージ・スミスがヲタクの鑑。大英博物館の近所の印刷工場の徒弟で、古代メソポタミアの粘土板が大好きで通い詰めていた、だけでなく、楔形文字を独学で覚え、研究者にまで成り上がる。

 その彼が研究した紀元前700~前600の粘土板には、大変な事が書かれていた。「家を壊し舟をつくれ。あらゆる生き物の種をもって舟に乗り込め。やがて大雨が降る」。そう、聖書のノアの方舟の伝説だ。これに気づいたジョージ、スミスは興奮して跳び上がり走り回り、ついには服を脱ぎ始めるw おっさんw

【帝国】

 「第5部 旧世界、新興勢力」あたりから、国家が姿を見せ始める。

 「23 中国の周の祭器」では、孔子が理想とした周の意外な姿が。なんと「西方の中央アジアのステップから来た新たな王朝」だとか。秦の始皇帝も馬に関りが深いし、中国ってのはそういう運命なのか。ただし「周王朝はローマ帝国と同じぐらい長く存続」したからさすが。

 「25 クロイソスの金貨」では、硬貨の意義が興味深い。小さい社会なら互いの貸し借りは覚えていられる。硬貨が要るのは、遠くから来た者と取引する時、つまり相応に社会が大きくなった時だ。それでも貴金属で取引はできるが、重さはわかっても純度はわからない。

 そこで王が純度を保証した金貨が出てくる。商人は便利になり、王は富を手に入れた。ラッキー、と思ったら。

 次の「26 オクソスの二輪馬車の模型」は、ペルシャ帝国の遺物だ。ここでは科学以外の考古学手法が印象的。発掘地はアフガニスタン国境近く、模型の中の人物の服装はイラン北西部のメデ人の衣装、そして馬車の前面にはエジプトのベス神の頭。当時のペルシャ帝国は多文化を許容してたらしい。

 つかキュロスってバビロンのユダヤ人を解放してたのか。ああ恥ずかしい、知らなんだ。なら仲良くしろよイスラエルとイラン←偉そうだな俺

 1巻最後の「20 中国の銅鈴」では、当時のテクノロジーの高さを教えてくれる。約2500年前の青銅製で、ビール樽ぐらいの大きさ。しかも楽器で、他の銅鈴と共に鳴らされた。つまり音階があるのだ。正確な音階を作るには、形や純度も標準化してなきゃいけない。が、どうも春秋~戦国あたりの物らしい。うーむ。

 ちなみにその前の「29 オルメカの石の仮面」は、人間を捨てられる例のアレです。

 という事で、次の「2 帝国の興亡」に続く。

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2016年12月16日 (金)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1~3」筑摩選書 東郷えりか訳

事物に歴史を語らせることが博物館の目的である。
  ――まえがき ミッション・インポッシブル 不可能な任務

人類史の初期――人類の物語全体の95%以上――については、実際には石によってしか語ることができない。
  ――まえがき ミッション・インポッシブル 不可能な任務

【どんな本?】

 もとはイギリスBBCラジオ4の企画だ。大英博物館の所蔵品から100点を選び、モノによって人類の歴史を語ろうというのだ。これにより、私たちが知っている歴史とはだいぶ違った世界史が浮かび上がってくる。

 多くの歴史は文献によって語られる。文献を残すのは勝者だ。それも、文字を持った勝者である。文字を持たぬ文化や社会は、歴史の教科書に出てこない。そして、圧倒的に多くの時代・多くの地域において、人間は文字を持っていなかった。

 熱帯地方では物は腐りやすく、また木や布などの有機物も残りにくい。そのため熱い地域や有機物を活用した社会については多くを語れない。そんな偏りはあるにせよ、それぞれの物の原材料の原産地や製作に用いた手法・道具などを調べるに従い、私たちの思い込みは何度も覆されてゆく。

 鮮やかなカラー写真を豊富に収録し、見て楽しみながらセンス・オブ・ワンダーに溢れた歴史に触れられると共に、博物館の楽しみ方も身につく、一般向けの少し変わった歴史解説書。

 なお、感想は次の記事から。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A History of the World in 100 Objects, by Neil MacGregor, 2010。日本語版は以下の三分冊。

  1. 文明の誕生 2012年4月15日初版第一刷発行
  2. 帝国の興亡 2012年6月15日初版第一刷発行
  3. 近代への道 2012年8月15日初版第一刷発行

 単行本ソフトカバー縦一段組み、本文それぞれ約257頁+303頁+307頁=867頁。9ポイント43字×19行×(257頁+303頁+307頁)=約708,339字、400字詰め原稿用紙で約1,771枚。文庫本でも三分冊が妥当な分量。とはいえ、豊富に写真を収録しているので、実際の文字数は8~9割程度だろう。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に前提知識は要らないし、歴史に疎くても充分に楽しめる。ぶ厚い本を読むのが苦でなければ、中学生でも読めるだろう。

 世界中を飛び回るので、世界地図か Google Map で地形を見ながら読むと、面白さが更に増す。

【構成は?】

 各章は数頁程度。それぞれ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。各巻の最後に地図があるんだが、見落としがちなので、できれば先頭に置いて欲しかった。

 あと、個人的な感想なんだが、最近読んだ中じゃ東郷えりか氏が訳した作品は当たりが続いてるので、できれば訳者あとがきも欲しかった。


1 文明の誕生

  • まえがき ミッション・インポッシブル 不可能な任務
  • 序文 過去からのシグナル
  • 第1部 何がわれわれを人間にしたのか
    (200万年前~紀元前9000年)
    • 1 ホルネジュイテフのミイラ
    • 2 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール
    • 3 オルドゥヴァイの手斧
    • 4 泳ぐトナカイ
    • 5 クローヴィス尖頭器
  • 第2部 氷河期後 食べものとセックス
    (紀元前9000~前3500年)
    • 6 鳥をかたどった乳棒
    • 7 アイン・サクリの恋人たちの小像
    • 8 エジプトの牛の粘土模型
    • 9 マヤ族に伝わるトウモロコシの神の像
    • 10 縄文の壺
  • 第3部 最初の都市と国家
    (紀元前4000~前2000年)
    • 11 デン王のサンダル・ラベル
    • 12 ウルのスタンダード
    • 13 インダスの印章
    • 14 ヒスイの斧
    • 15 初期の書字板
  • 第4部 科学と文学の始まり
    (紀元前2000~前700年)
    • 16 フラッド・タブレット 洪水を語る粘土板
    • 17 リンド数学パピルス
    • 18 ミノアの雄牛跳び
    • 19 モールドの黄金のケープ
    • 20 ラムセス二世像
  • 第5部 旧世界、新興勢力
    (紀元前1100~前300年)
    • 21 ラキシュのレリーフ
    • 22 タハルコのスフィンクス
    • 23 中国の周の祭器
    • 24 パラカスの布
    • 25 クロイソスの金貨
  • 第6部 孔子の時代の世界
    (紀元前500~前300年)
    • 26 オクソスの二輪馬車の模型
    • 27 パルテノンの彫刻 ケンタウロスとラピテース族
    • 28 バス-ユッツのフラゴン
    • 29 オルメカの石の仮面
    • 20 中国の銅鈴
  • 地図
  • 参考文献
  • 本書に掲載された所蔵品一覧

2 帝国の興亡

  • 第7部 帝国の建設者たち
    (紀元前300~後10年)
    • 31 アレクサンドロスの顔が刻まれた硬貨
    • 32 アショーカの石材
    • 33 ロゼッタ・ストーン
    • 34 漢代の中国の漆器
    • 35 アウグストゥスの頭部像
  • 第8部 古代の快楽、近代の香辛料
    (1~500年)
    • 36 ウォレン・カップ
    • 37 北米のカワウソのパイプ
    • 38 球技に使われる儀式用ベルト
    • 39 女史箴図
    • 40 ホクスンの銀製胡椒入れ
  • 第9部 世界宗教の興隆
    (100~600年)
    • 41 ガンダーラの仏座像
    • 42 クマーラグプタ一世の金貨
    • 43 シャープール二世の絵皿
    • 44 ヒントン・セントメアリーのモザイク画
    • 45 アラビアのブロンズの手
  • 第10部 シルクロードとその先へ
    (400~800年)
    • 46 アブド・アルマリクの金貨
    • 47 サットン・フーの兜
    • 48 モチェの戦士の壺
    • 49 新羅の屋根瓦
    • 50 蚕種西漸図
  • 第11部 宮廷の内部 宮廷内の秘密
    (700~900年)
    • 51 放血するマヤ王妃のレリーフ
    • 52 ハレム宮の壁画の断片
    • 53 ロタール・クリスタル
    • 54 ターラー像
    • 55 唐の副葬品
  • 第12部 巡礼、侵略者、貿易商人たち
    (800~1300年)
    • 56 ヴァイキングのお宝
    • 57 ヘドヴィグ・ビーカー
    • 58 日本の銅鏡
    • 59 ボロブドゥールの仏像頭部
    • 60 キルワの陶片
  • 第13部 ステータスシンボルの時代
    (1100~1500年)
    • 61 ルイス島のチェス駒
    • 62 ヘブライのアストロラーベ
    • 63 イフェの頭像
    • 64 デイヴィッドの花瓶
    • 65 タイノ族儀式用の椅子
  • 地図
  • 参考文献
  • 本書に掲載された所蔵品一覧

3 近代への道

  • 第14部 神々に出会う
    (1200~1500年)
    • 66 ホーリー・ソーン聖遺物箱
    • 67 「正教勝利」のイコン
    • 68 シヴァとパールヴァティー彫像
    • 69 ワステカの女神像
    • 70 イースター島のホア・ハカナナイア像
  • 第15部 近代世界の黎明
    (1375~1550年)
    • 71 スレイマン大帝のトゥグラ
    • 72 明の紙幣
    • 73 インカ帝国のリャマ像
    • 74 ヒスイの龍の杯
    • 75 デューラーの「犀」
  • 第16部 最初の世界経済
    (1450~1650年)
    • 76 ガレオン船からくり模型
    • 77 ベニン・プラーク オバとヨーロッパ商人
    • 78 双頭の蛇
    • 79 柿右衛門の象
    • 80 ピース・オブ・エイト
  • 第17部 寛容と不寛容
    (1550~1700年)
    • 81 シーア派の儀仗
    • 82 ムガルの王子の細密画
    • 83 ビーマの影絵人形
    • 84 メキシコの古地図
    • 85 宗教改革100周年記念パンフレット
  • 第18部 探検、開拓、啓蒙
    (1680~1820年)
    • 86 アカンの太鼓
    • 87 ハワイの羽根の兜
    • 88 北米の鹿革製地図
    • 89 オーストラリアの樹皮製の楯
    • 90 ヒスイの璧
  • 第19部 大量生産と大衆運動
    (1780~1914年)
    • 91 ビーグル号のクロノメーター
    • 92 初期ヴィクトリア朝ティーセット
    • 93 北斎「神奈川沖浪裏」
    • 94 スーダンの木鼓
    • 95 女性参政権を求めるペニー硬貨
  • 第20部 現代がつくりだす物の世界
    (1914~2010年)
    • 96 ロシア革命の絵皿
    • 97 ホックニーの「退屈な村で」
    • 98 武器でつくられた王座
    • 99 クレジットカード
    • 100 ソーラーランプと充電器
  • 謝辞
  • 地図
  • 参考文献
  • 本書に掲載された所蔵品一覧

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2016年12月15日 (木)

A・G・リドル「アトランティス・ジーン3 転位宇宙」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳

「たしかに人類史上最大の発見だよ――しかも、史上もっとも絶望に見舞われた時代になされた発見だ」

「私には計画がある。我々はこの宇宙に永遠の平和を築くのだ」

「伝説は死にません」

自分に残された時間はあとどれぐらいだろう。世界を救うために、自分にできることはあるのだろうか。

【どんな本?】

 個人出版から火が付いた、アメリカの新鋭作家による娯楽アクション伝奇SF長編小説三部作の完結編。

 疫病の蔓延とイマリとの戦いで、崩壊寸前にまで追い詰められた人類社会だが、なんとかイマリを南極大陸に追い詰めることができた。南極のイマリはレールガンで武装した要塞に立てこもり、また各地に潜む内通者が攪乱作戦を始める。加えて、蘇ったアレスは更なる計画を隠し持ち、反撃の機会を伺っていた。

 そんな折、プエルトリコのアレシボ天文台は、画期的な発見をしていた。明らかに知性体からと思しき信号を、電波望遠鏡が捉えたのだ。

 アトランティスの遺伝子にはどんな意味があるのか。宇宙からのメッセージの正体は。アレスは何を目論んでいるのか。そしてデイヴィッドとドリアンの因縁に決着はつくのか。

 数々の謎を見事にまとめあげ、風呂敷を綺麗にたたむ、痛快娯楽アクションSF長編、堂々の完結編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Atlantis World, by A. G. Riddle, 2014。日本語版は2016年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約446頁に加え、著者あとがき2頁+訳者あとがき3頁。9ポイント40字×17行×446頁=約303,280字。400字詰め原稿用紙で約759枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ロボット物のアニメを楽しめるなら、充分についていける。ただ、お話は三部作まとめて一つの長編になっているので、素直に開幕編の「第二進化」と第二部の「人類再生戦線」から読もう。

【感想は?】

 おお、綺麗にケリがついてる。お見事。

 まとめにかかるのかと思ったら、さにあらず。完結編ではスケールが更にエスカレートし、とんでもない規模の歴史と戦いが語られる。その分、オカルト成分は控えめだが、表紙はダテじゃなかった。

 三部作に分けて出版すると、どうしても前の巻までの内容を忘れちゃうんだが、新人のクせにこの著者は、そういった所もキチンと目配りしてるのが憎い。大事な伏線は、回収する前にうまくサワリを説明する親切仕様だ。しかも、ウザくない程度に。

 これは構成の巧みさも光ってる。まず全体を60ぐらいの細かい章に分け、読者に「私は読み進んでいる」と進行感を与える。また、登場人物は幾つかのグループに分かれて舞台に立ち、複数の舞台を並行して語ることで、「続きが気になる」気分をずっと味あわせる。おがけで、読み始めたらやめられない止まらない。

 長いお話なので、どうしても動きの多い場面と少ない場面がでる。これも先の複数グループを巧く組み合わせ、必ずどれかのグループが激しく動いているようにして、短い区切り単位でバラエティ豊かなストーリー進行を楽しめるようになってたり。

 キャラクターでは、ドクター・ポール・ブレンナーがいい。CDC(疫病対策センター)の研究者で、合衆国で疫病に対抗するため奮闘した人。典型的な仕事オタクの研究者で、ウイルスについちゃ詳しいが、人づきあいとなると、まあ、アレで。せっかくのチャンスにビタミンの話なんかしてんじゃねえよw

 ケイトとデイヴィッドの主人公カップルも危機また危機の連続で読ませるが、キャラクターとして最も光ってるのは、悪役ナンバー2のドリアン。トランスフォーマーならスタースクリームに当たる人。

 幼い頃から邪悪っぷりじゃ半端ない素質を発揮したドリアン様、この巻の冒頭じゃアレスに首根っこを押さえられ、手も足も出ない状態。そのアレスは肝心の目的は決して漏らさず、便利な道具としてドリアンをコキ使う。

 なんとか反撃の機会を伺うドリアン様だが、なにせアレスの目論見が分からないので、今は忍耐の時…と大人しくしてるはずもなく、スキあらば寝首をかこうと、決してくじけない所がいい。そんな執念深さはデイヴィッドに対しても同じで。

 やっぱり彼の本領はバトル・シーンでこそ光る。この巻ではジュラシック・パークまがいの場面で、プレデターみたいな化け物がうじゃうじゃいる環境を、一切の感情を捨て合理的な判断と無尽蔵の体力で目的達成に向け突っ走るあたりが、ドリアンらしさ全開で楽しませてくれる。いや身近にいたらはなはだ迷惑な人なんだけどw

 そんなドリアンを巧みに操るアレスも、これまた曲者というか意思の権化というか。何考えてるのかはわからないが、どうせ邪悪な事だろうと思ってたら、早速やらかしてくれました南極要塞で。

 やがて物語はアトランティス人の謎を追い、更に壮大な舞台へと向かってゆく。こっちの話だけでも三部作にしていいぐらいのスケールだが、このあたりの語り口は、50年代のスペースオペラを思わせるスピーディーかつ大仰で爽快、そしてスリリングなもの。

 定番のオカルトから最近の科学トピックなど大量の仕掛けを遠慮なくブチ込み、危機また危機の動きの激しい展開で、ヨーロッパ・アメリカ・インドネシア・チベットと世界中を駆け巡り、更に壮大な宇宙の歴史まで語る、サービス満点の娯楽作品。

 とにかく大げさで楽しく爽快なSFが読みたいなら、格好のお薦め。

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2016年12月13日 (火)

上田早夕里「夢みる葦笛」光文社

この曲は、人間の精神を削り取っている。
  ――夢みる葦船

全宇宙に共通する定義での<生物の知性>とは何を指すのだろう。
  ――プテロス

私たちは未来を夢みるために<意識>を持っている――いえ、これは逆かもしれない。<意識>を持ったがゆえに、未来を夢みることができるようになったのかも
  ――楽園(パラディスス)

「私の中にあるのは、未来しか見ない想像力さ」
  ――アステロイド・ツリーの彼方へ

【どんな本?】

 「華竜の宮」「深紅の碑文」と大ヒットを飛ばし、日本SF界を震撼させた新鋭SF作家・上田早夕里による、最新短編集。

 ややホラー風味な異形コレクション収録作から、宇宙を舞台にした壮大な作品、最新テクノロジーを絡めて人間の本質へ迫るもの、そして異様な世界と風景が印象的なものまで、バラエティ豊かな作品が集まっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年9月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約301頁。9ポイント43字×18行×301頁=約232,974字、400字詰め原稿用紙で約583枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章は読みやすい。内容は凝ったガジェットを駆使するSF色が濃いものから、奇妙なアイデアを基にした作品まで、色とりどり。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

夢みる葦船 / 異形コレクション第43巻「怪物團」 2009年
 いつからか、街にはイソアが出没しはじめた。人ぐらいの大きさで真っ白、てっぺんから沢山の触手がはえている。その美しい声と演奏に、街ゆく人は聞きほれた。その日、私は昔のバンド仲間の響子に誘われ、ステージを見に行った。
 音楽をテーマにした作品。今の日本だと、録音された音楽を聴く機会は多いけど、街角で生の演奏を聴く機会は滅多にない。ヒトと音楽の関係として、これはかなり異様な状況だろう。生演奏には不思議な魅力があって、個々の楽器の音が、生き生きしててふくよかなんだよなあ。ってんで、私はどちらかというと響子派です。だって上手に歌いたいし。
眼神 / 異形コレクション第45巻「憑依」2010年
 幼い頃は村に住んでいた。祖父母と両親、叔父といとこで二つ上の勲ちゃん。村には<橋渡り>と呼ばれる奇妙な風習があった。子供が十歳になると、谷川にかかる吊り橋を一人で渡るのだ。河面からの高さは15mほど、風で揺れるので怖がる子もいる。その年、私と勲ちゃんは一緒に参加し…
 人里離れた小さな村に伝わる、奇妙な儀式に隠された真相は…。「夢みる葦船」同様、ホラー風味ながら、このオチは、著者の姿勢が良く出てると思う。
完全なる脳髄 / 異形コレクション第46巻「Fの肖像 フランケンシュタインの幻想たち」2010年
 私はシムで警官だ。シムの警官は人間を撃てない。そう設定されている。その日、24時間営業の薬局のそばで張り込んだ私は、店から出てきたシムの青年に目をつけた。警察手帳をチラつかせ、車にひっぱり込み…
 マッド・ドクターの繭紀がたまらない。表の顔は人当たりのいい医師だが、その実態は…。やっぱりね、真実を追求する人は、いろんな意味で人間を超越してないとw
石繭 / 異形コレクション第47巻「物語のルミナリエ」2011年
 通勤の途中、私はそれを見つけた。電柱の先端に貼りついた、巨大な白い繭。人間が身を丸めているようにも見える。辛い仕事を終え、帰宅途中の夜、再び同じ場所で電柱を見あげると…
 六頁の幻想的な掌編。しんどい仕事を抱えてる時は、電柱を見あげたくなるかも。
氷波 / 「読楽」2012年5月号
 私は人工知性体だ。土星の衛星ミマスにいる。ここに人間はいない。私の仕事は観測だ。電磁波や放射線を測り、映像を撮影し、木星の研究所に送る。ここに地球から奇妙な客が現れた。タカユキと名乗る人工知性体で…
 土星周辺を舞台に、AIの一人称で語られる物語。人間が全く出てこないあたりはとっても先鋭的なのに、妙に読みやすいのは、文章がこなれているからだろうか。肝心の「氷波」の描写は、冷たいながらも圧倒的な力を感じさせる、この作品独特のもの。
滑車の地 / 小説現代2012年9月号
 貪欲で凶暴な捕食中が住む泥の海・冥海に、ポツポツと塔と鋼柱がそびえ建つ世界。人は塔に住み、鋼柱を中継として張り渡したロープを伝って行き来する。冥海に落ちたら命はない。塔も鋼柱もロープも劣化する一方で、泥棲生物は数を増しつつある。
 泥の海に塔がポツポツ建ってるって世界が、とっても不思議で魅力的。なんとか続きを書いてくれないかなあ。
プテロス / 本短編集初出
 大気はメタン、地表はマイナス170℃。上空の中間層はマイナス90℃で、スーパーローテーション(→はてなキーワード)による強烈な風が吹いている。巨大なコガネムシのようなプテロスは、この中間層を飛び回る生物で…
 こちらは世界より、そこに棲むプテロスが魅力的な作品。ヒトを乗せられるぐらい巨大で、メタンの空を悠々と飛ぶ。しかも虫並みにコミュニケーション不能、どころか、ヒトを全く意識していないように見える。そおれでもヒトは可愛く感じちゃうんだよなあ。
楽園(パラディスス) / SF JACK 2013年
 BMI、脳と機械のインタフェースを開発するメディカル・プログラマの宏美が、事故で亡くなった。彼女の死に耐えられない私は、インターネット上に彼女が遺した文章を基に、<メモリアル・アバター>を作る。所詮は疑似人格だが…
 「越境する脳」とかを読むと、「手を動かす」などの運動は、既にある程度の解析が出来てるっぽい。また既存のテキストを基に、書き手のクセを真似たテキストを作りだすなんて技術もあったり。ただ、こういった、表に出るモノの奥にある思考は…
上海スランス租界祁斉路320号 / SF宝石 2013年
 1931年。岡川義武は、上海自然科学研究所に赴任する。日本の外務省が日中友好政策の一環として開設し、両国の研究員が集まる予定だ。若い頃に玄武岩の薄片を顕微鏡で見て以来、岡川は鉱物に魅せられてきた。
 1931年は、満州事変(→Wikipedia)の年で、これ以降の日中関係は悪化する一方。確かに科学に国境はないが、そう考える人っばかりってわけにはいかず。著者が専門家(というか専門バカ)に向ける温かいまなざしが感じられる作品。
アステロイド・ツリーの彼方へ / SF宝石2015 2015年
 ぼくの仕事は、小惑星帯探査機から送られてくるデータを、神経接続で追体験することだ。その日、嘉山主任から妙な仕事を頼まれた。猫の面倒をみてくれ、と。いや実は猫じゃなくロボットで、名前はバニラ、機械知性だ。本体は別の所にあり、猫は端末。おまけにヒトの言葉を話す。
 こういう性格の奴にボディを与えるなら、やっぱり猫だよね。生意気で何考えてるかわかんないのも「しょうがないか」と思えるし。犬だと、もちっと従順じゃないと納得いかない。今のAIは何らかの目的に特化したモノばかりだけど、こんなミッションを与えちゃったら…ま、いっか←をい

 全般的にコミュニケーションを扱った作品が多いかな。コミュニケーションの向こうに何かがあるのか、または何もないのか。最近の科学は次第にその辺に迫りつつあって、けっこうワクワクする時代なんだけど、どうなんだろう。

 それとは別に、「滑車の地」の異様な世界には惹かれるなあ。もっとあの世界を描いて欲しい。

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2016年12月11日 (日)

リチャード・ウィッテル「無人暗殺機 ドローンの誕生」文藝春秋 赤根洋子訳

 これは、大陸間遠隔操作によって操縦され、地球の反対側にいる人間を殺すために使用された、世界初の武装無人機(無人暗殺機)の物語である。
  ――プロローグ 無人暗殺機の創世記

「それは玩具のように見えますが、いずれ画期的大発明と呼ばれるようになるでしょう」
  ――第四章 ボスニア紛争で脚光 消えかけた「プレデター」の再生

『何てこった、そんなことができるなら、他にどんなことができるか考えてみよう』
  ――第八章 アフガン上空を飛べるか ヘルファイアの雨が降る

プレデターを操作するときの感覚は、戦闘機の操縦よりもむしろ、待ち伏せしているスナイパーのそれに近く、そのことが、殺すという行為をより生々しく彼らに意識させた。
  ――第十二章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功 悪党どもを殺せ

【どんな本?】

 プレデター。RQ-1 プレデター(→Wikipedia)またはMQ-9 リーパー(→Wikipedia)。合衆国空軍が採用した無人航空機。地球の裏側から操縦し、静かに悠々と空を飛び、人知れず標的に近づき、ヘルファイア・ミサイルを撃ち込む、恐るべき暗殺ロボット。

 合衆国におけるRMI(→Wikipedia)を象徴する兵器であり、テロとの戦いでも優れた実績を示し、21世紀の戦場を大きく変えると予想させる画期的なシステム。だが、その誕生と黎明期は意外なものだった。

 その誕生からデビューまでの下積み時代、ボスニアでのブレイクからアフガニスタンにおける大活躍まで、プレデターの運命を追い、兵器開発・採用・運用の内幕を明かし、またロボット兵器が軍事に与える影響を描くと共に、一つの先端技術が成功を収めるまでの紆余曲折を語る、エンジニアリングの実録物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PREDATOR : The Secret Origins of the Drone Revolution, by Richard Whittle, 2014。日本語版は2015年2月25日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組で本文約386頁に加え、訳者あとがき4頁+佐藤優の解説「日本よ、中国空母も無力化する無人機革命に着目せよ」6頁。9ポイント45字×21行×386頁=約364,770字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすく、特に前提知識は要らないが、細かい不満が幾つか。

 まず、写真。245頁から8頁ほど写真頁があるが、できれば先頭に置いてほしかった。何より肝心のプレデターの姿を拝みたいのだ。それと、登場人物がやたらと多いので、一覧か索引が欲しい。最後に、単位がヤード・ポンド系なのは不親切。

【構成は?】

 プレデターの誕生から現在まで時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • プロローグ 無人暗殺機の創世記
  • 第一章 天才エンジニアが夢みた無人機 模型好きの少年の飛翔
  • 第二章 無人機に革命をもたらした男 ブルー兄弟はGPSに目覚めた
  • 第三章 麦わら帽子は必ず冬に買え 投資の黄金律で揺れた武器市場
  • 第四章 ボスニア紛争で脚光 消えかけた「プレデター」の再生
  • 第五章 陸・海・空軍が三つ巴で争奪 進化する無人機に疑念なし
  • 第六章 殺傷兵器としての産声 ワイルド・プレデターの誕生
  • 第七章 リモコン式殺人マシン 「見る」から「撃つ」への転換
  • 第八章 アフガン上空を飛べるか ヘルファイアの雨が降る
  • 第九章 点滅しつづける赤ランプ ドイツからは操縦できない
  • 第十章 ならば地球の裏側から撃て CIAは準備万端
  • 第十一章 殺せる位置にて待機せよ 9.11テロで一気に加速
  • 第十二章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功 悪党どもを殺せ
  • 第十三章 醜いアヒルの子 空の勇者となる 戦争は発明の母
  • エピローグ 世界を変えた無人暗殺機
  • 謝辞/著者注記/ソースノート/参考文献/訳者あとがき
  • 解説 日本よ、中国空母も無力化する無人機革命に着目せよ 佐藤優

【感想は?】

 30頁にも及ぶソースノートがあり、本格的なドキュメンタリーだ。が、それ以上に、読み物として抜群に面白い。特に開発系の技術職の人には、たまらなく楽しい。

 なんたって、その運命の紆余曲折が実に摩訶不思議。

 今の私たちは、対テロリストの暗殺機としてプレデターが大活躍しているのを知っている、つまり後智慧がある。が、当時の人々はそんな事をまったく知らないので、特に採用を決める軍の動きがとても間抜けに感じるし、「やっぱ軍人って頭が固いんだなあ」などと思ってしまう。

 こういったあたりは、第一次世界大戦での航空機や戦車がそうだし、第二次世界大戦での帝国海軍のレーダーや空母もそうだよなあ。

 そもそも、誕生(というより受精)がイスラエルってのが皮肉。今のイスラエルなら、ハマス対策としてプレデターを涎を垂らして欲しがるだろうに。しかも、当初の目的は対パレスチナじゃない。エジプト軍の防空網対策だ。

 事のはじまりは1973年の第四次中東戦争(→Wikipedia)。エジプトとシリアが奇襲をかけ、当初は優勢だったが、イスラエルが粘って押し返した戦いだ。エジプト軍が入念に創り上げた対空防衛網にイスラエル空軍のスカイホークがバタバタと落とされ、シナイ半島では大苦戦した。

 この対空防衛網を騙す囮が、お話のはじまり。スカイホークに囮を積み、対空防衛網の近くで囮を発射、突っ込ませる。敵が対空ミサイルを撃ったら、そのスキに有人の攻撃機が対空防衛網を潰す。そういう発想。今のプレデターとは全く違う。

 これを提案したのは戦闘機乗りのベバン・ドタンだが、受けたエンジニアのエイブラハム・カレムは囮を無人航空機として設計、その可能性に思いを馳せる。「対戦車ミサイルを積めばエジプト軍の戦車部隊を叩き潰せるぞ。長時間飛べれば哨戒任務もこなせるし」。

 このカレム君の考え方が、エンジニアの気持ちをよく代弁してる。

IAI時代、彼は、「顧客は自分が本当は何をほしがっているか分かっていない」のだから常に技術革新に励むべきだ、と部下を激励したものだった。
  ――第一章 天才エンジニアが夢みた無人機 模型好きの少年の飛翔

 いやまったく。ソフトウェアの世界でも、そっくりそのまま同じことが言えます、はい。他にも、優れたモノを創るには、大きな組織より、「共通の目的に向かって協力し合う有能な人間の小さな集まり」がいい、とか。いやほんと、気の合った少人数のチームで仕事するのって、とっても気持ちいいんだよね。

 やがてカレムはアメリカに渡り、自力で無人航空機の開発を始める。グライダー製作の技術を生かし、軽量化と長時間飛行に成功するが、売り込みはあまり巧くいかず…

 などとビジネスは右往左往するが、開発はジリジリと進む。この過程で出てくる様々な技術の不具合が、エンジニアにはとても美味しい所。予期せぬエンジン・ストップ,画質の低下、高性能部品への置き換え…。これらの課題を一つ一つクリアしていくあたり、エンジニアにはたまらなく面白い。

 ここで登場するもう一人の天才技術者ワーナー君(仮名)の活躍も、実に現代的で。

 彼がやってるのは情報系、それもネットワーク技術者に近い。プレデターの画像を操縦者に送り、操縦者の捜査をプレデターに送る。言っちゃえばそれだけなんだが、当時の技術と軍事ならではの機密保持って制約もあって。彼の仕事は、まさしくRMIのもう一つの側面、すなわち情報化の重要性を、軍事の素人にもわかりやすく伝えてくれる。

 などの技術者の活躍は楽しいが、対して軍の石頭っぷりも容赦なく暴いてたり。この辺も、アレな管理者や経営者に不満を抱える技術者なら身につまされるところ。静止画像をプリントするあたりでは、もう笑うしかなかったり。

 加えて、ニワカ軍ヲタとしては、戦術データリンク(→Wikipedia)のご利益もよくわかったのが嬉しい。プレデターは単独で飛ぶだけでなく、F-15やA-10など有人航空機との連携でも意外と活躍してるのだ。

 私は一つの技術が生まれ成長してゆく物語として楽しく読めたが、他にも新しい技術が官僚的な組織に受け入れるまでの具体例として、軍の頭の固さと想像力の欠落を示す物語として、ロボット兵器が軍と政府に与える影響の予言書として、読みどころは満載だ。

 ただ、結局は人殺しが目的の機械の話なのに、とっても楽しく読めてしまうのが困りもの。

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2016年12月 9日 (金)

フレドリック・ブラウン「さあ、気ちがいになりなさい」ハヤカワ文庫SF 星新一訳

ピートは正しかった。もっとも、まちがっていたという点についてだが。
  ――電獣ヴァヴェリ

「じつは、ぼくはナポレオンなんですよ」
  ――さあ、気ちがいになりなさい

【どんな本?】

 意表を突くアイデアと皮肉なオチで、SF黄金時代に多くの読者に愛されたフレドリック・ブラウン。彼のキレのいい短編を、やはり短編の名手・星新一による翻訳という黄金コンビで実現した、日本独自の短編集。

 いずれもキャラクターよりアイデア重視の作家だけに、軽く読めるものの、後で落ち着いて考えると実はかなりブラックな話が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1962年10月に早川書房より<異色作家短編集>として単行本が刊行。2005年10月、新装版を刊行。文庫版は2016年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約326頁に加え、訳者あとがき3頁+坂田靖子の解説7頁。9ポイント40字×17行×326頁=約221,680字、400字詰め原稿用紙で約555枚。標準的な文庫本の分量。

 翻訳物ながら文章は抜群の読みやすさ。SF的なガジェットも出てくるが、小難しく考え込むシロモノはない。ドラえもんが楽しめる人なら、充分に読みこなせる。

 なお、収録作中の五編を短編集 Angels and Space Ship より、四編を Space on My Hands より、三篇を Mostly Murder より選出。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

みどりの星へ / Something Gone / Space on My Hands, 1957
 辺境の星クルーガー第三惑星に不時着したマックガリー。ここは真紅の太陽・紫の空・褐色の平原・赤い森と、緑に欠けた世界だった。以前にもここに宇宙艇が着陸した記録があり、その宇宙艇を探しマックガリーは五年も一人で惑星上を彷徨っていた。
 改めて考えると地球の風景はなかなかカラフルで変化に富んでるよなあ。青い空、白い雲、緑の草原、黒や灰色のアスファルト、ドギつい色の広告…。
ぶっそうなやつら / The Dangerous People / Mostly Murder, 1951
 田舎町の理髪店でベルフォンテーン氏はサイレンを聞いた。理髪店の主人によれば、5マイルほど離れた病院から、狂った犯罪者が脱走したらしい。急いで町を離れようとベルフォンティーン氏は駅へ向かう。が、凶悪犯も早く町を離れたいだろう。とすると、凶悪犯も…
 駅ったって新宿駅みたく常に人がうじゃうじゃいる駅じゃなくて、せいぜい数人しかいない小さな駅なのがミソ。人込みの中に紛れ込めるならともかく、少人数の見知ら開ぬ同士ってのは、なかなか気まずいもので。
おそるべき坊や / Armageddon / Unknown 1941年8月号
 オハイオ州のシンシナティ市。ここでは、やがて人間と悪魔の決戦が行われる。殊勲者はいたずら小僧のハービー坊や、メイン・ウェポンは買ったばかりの水鉄砲。その日、ハービー坊やは両親と一緒に手品のショーを見に行き…
 ええ、世界では私たちの知らない所で大変な事が起きてるんです。たいていは本人すら知らないうちに。にしても、世界を救ったむくいがこれとはヒドいw
電獣ヴァヴェリ / The Waveries / Astounding 1945年1月号
 ラジオの広告コピーライターのジョージ・ベイリーは、ボスのJ・R・マッギーの命令で、商売敵の作った広告をラジオで聞いていた。その日の広告には、妙な雑音が入る。ト・ト・トと。これが侵略開始の合図だった。
 異形のエイリアンによる、奇妙な侵略を描いた作品。実はSF史上最強のエイリアンかもw
ノック / Knock / Thrilling Wonder Stories 1948年12月号
地球上で最後に残った男が、ただひとり部屋の中にすわっていた。すると、ドアにノックの音が……
 どう続くのかは、読んでのお楽しみ。
ユーディの原理 / The Yehudi Principle / Astounding 1944年5月号
 チャーリーが奇妙な発明品を持ってきた。ユーディの原理で動くという。鉢巻きみたいな形の機械だ。働き者の小人さんのように、頼んだことをやってくれる。ただしビルを移すなどの無茶な事はできない。また小人さんはあまり賢くないので…
 こういうのに出てくる発明家ってのは、頭がいいんだか悪いんだかよくわからないのが定番で。なんだってよりにもよってハンクなんかに相談するw
シリウス・ゼロ / Nothing Sirius / Captain Future 1944年4月号
 シリウスをめぐる二つの惑星、フリーダとソアでの商売は上々だった。女房と娘のエレンは帳簿をつけている。そこにロケット操縦士のジョニーがきた。なんと未発見の惑星があるという。さっそく新惑星に向かうと…
 銀河を駆け巡る行商の家族って出だしから、当時のSFの臭いが強烈に漂ってくる作品。彼らが降り立つ惑星も、ブラウンならではのイカれた風景でw
町を求む / A Town Wanted / Detective Fiction Weekly 1940年9月7日号
 奥の部屋じゃ市会議員のヒギンスと警官のグレンジが、一杯やりながらポーカーを楽しんでる。俺の用事は二階にいるボスだ。アニーは既に片づけた。そろそろ手を広げてもいい頃だと俺は思うんだが…
 ブラウンには珍しく風刺のきいた作品。でも語り口が上品なのは、ブラウンの芸か星新一の味なのか。
帽子の手品 / The Hat Trick / Unknown 1943年2月号
 ホラー映画を観たあと、エルジーとボブ・メイとウォルター二組のカップルは、エルジーのスタジオで飲み始めた。エルジーのリクエストでボブがトランプ手品を披露したのがトラブルのはじまりで…
 「タネもシカケもありません」
不死鳥への手紙 / Letter to a Phoenix / Astounding 1949年8月号
 18万年のあいだ、私は四千回の人生を繰り返してきた。元は普通の人間だった。事のはじまりは第一次原爆戦で、当時の私は23歳だった。さいわい、その時の戦争は、それほど極端じゃなかったが…
 発表は1949年で、第二次世界大戦が終わり冷戦へと向かう頃。アメリカばかりでなくソ連・イギリス・フランスなど世界各国が原子爆弾の開発に向けしのぎを削っていた時代。
沈黙と叫び / Cry Silence / Mostly Murder, 1951
 その駅にいるのは私を含めて四人。農民らしい背の高い男は話しかけても返事をしない。駅長と作業服の男は議論を戦わせている。誰もいない森の奥で木が倒れたら、その音は存在するのだろうか。列車は遅れている。
 「ぶっそうなやつら」同様、小さな駅で偶然に出会った者同士の会話で進むお話。そういえば星新一も人殺しの話が多いなあ。「殺し屋ですのよ」とか。
さあ、気ちがいになりなさい / Come and Go Mad / Weird Tales 1949年7月号
 新聞記者のバインは、編集長のキャンドラーから奇妙な話を持ち込まれる。元は精神病院の院長を務めるランドルフ博士。博士の病院に患者を装って潜り込み、ネタを掴んでほしい、と。だがどんなネタなのかは一切不明で…
 主人公のバイン君の仕掛けが凝ってるが、ブラウンの凝り性は更にアレで。
訳者あとがき
解説:坂田靖子

 1940年代~1950年代の作品なので、電話や汽車などの舞台設定や小道具こそ古びちゃいるが、肝心のメインのアイデアは今でも充分に面白いのが、この時代のSFの特徴。特にブラウンはアイデアの切れ味と構成で勝負する作品が多く、今後も愛され続けるんだろうなあ。

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2016年12月 7日 (水)

マット・リヒテル「神経ハイジャック もしも『注意力』が奪われたら」英知出版 三木俊哉訳

「何があったんですか?」とレジーは訊く。
男は蹄鉄工のカイザーマンだった。彼が答える。「あんたがあの車にぶつかったんだ」

「注意は有限な資源である」

双方向メディアはなぜそれほどまでにわれわれの注意を引きつけるのか――。

運転中にメールをすると衝突のリスクが六倍になる、と彼はくり返した。一方、運転中に電話するとリスクは四倍になる。これは血中アルコールが法定基準以上のドライバーと同水準である。

「どれくらい複雑な交通事情かにもよりますが、『送信』ボタンを押してから15秒ないしそれ以上たたないと、正常な状態に完全復活できないかもしれません」

児童虐待などの裁判はたいてい検察側が負ける、と彼は言う。人間どうしがいかに恐ろしい行為に手を染められるか、その現実を人々が認識できないのだ。

【どんな本?】

 2006年9月22日朝、ユタ州で起きた交通事故で二名が亡くなる。事故の原因となったドライバーは、何が起きたのかさえロクにわかっていなかった。運転中に携帯電話でメールをやりとりしていたらしい。

 この事故をきっかけに、多くの人が動き始める。事故の原因となった運転手のレジー・ショーとその家族、被害者二名の遺族、事件の捜査を担う警官のバート・リンドリスバーガー。

 加えて被害者遺族を支援するテリル・ワーナーは、事件の真相を探るため駆け回り、神経学者や心理学者を巻き込み、やがては州の議会まで動かしてゆく。

 私たちの暮らしに入り込んできた携帯電話などのテクノロジーは、ヒトの脳にどんな影響を与えるのか。それは生活や自動車の運転にどう関係してくるのか。その関係を科学者たちはどうやって調べ、何がわかってきたのか。私たち人間はテクノロジーと共存できるのか。

 そういった科学トピックばかりでなく、事故を起こした若者レジー・ショーの過酷な運命、粘り強く戦い続けたテリル・ワーナー、事故で家族を失ったオデル家とファーファロ家などの個性的な人々とその運命の変転、そして交通事故の捜査や法的処理なども加え、いつ私たちに降りかかってもおかしくない交通事故が引き起こす混乱を描く、身近で迫真の科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Deadly Wandering : A Tale of Tragedy and Redemption in the Age of Attention, by Matt Rechtel, 2014。日本語版は2016年6月25日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約498頁に加え、訳者あとがき5頁+小塚一宏の解説8頁。9ポイント43字×18行×498頁=約385,452字、400字詰め原稿用紙で約964枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。米国が舞台なので法律関係が日本と違うが、必要な説明は文中にあるので知らなくても大丈夫。

 特にスマートフォンや携帯電話が手放せない人は必読。

【構成は?】

 お話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

 プロローグ
第Ⅰ部 衝突
第Ⅱ部 審判
第Ⅲ部 贖罪
 エピローグ
 おわりに
 謝辞/訳者あとがき/解説/索引

【感想は?】

 だいぶ前から歩きスマホが話題だし、運転中にポケモンGOで遊んでいて事故を起こす(→ハフィントンポスト)なんてニュースもあり、かなりホットな話題だ。それだけに時流に乗った本みたいだし、そういう部分もあるが、内容の半分以上は10年後でも輝き続けるだろう…残念なことに。

 主題は簡単だ。運転中に携帯電話でメールをやりとりしていた若者が交通事故を起こす。その事故に関わった人たちに取材したドキュメンタリーだ。

 啓蒙書としての結論はわかりやすい。携帯電話やスマートフォンは注意力を奪う。送信ボタンを押しても15秒ほどはドライバーの意識が運転に向かず、注意散漫になる。通話だけでも飲酒運転並みに危ないし、メールだと飲酒運転より5割方危険が増す。本書には書いてないが、LINEも似たようなモンだろう。

 なぜメールがヤバいのか。ヒトの注意力には限りがあるからだ。注意力には大雑把に二種類あって、片方が増えるともう一方は減る。

 第一は予定をこなす注意力。カレーを作ろうとしてニンジンを洗い皮をむき一口サイズに切り…など、目的に向かい手順をこなすもの。

 そこに電話が鳴る。ここで第二の注意力が動き出す。鳴った電話に出ようと、突発的で予定とは違う問題に対処するための注意力だ。

 プログラマなら、定型処理と割り込みとでも言うだろう。

 ヒトは野生で進化してきた。突発的な事柄は命に関わる場合がある。捕食獣が襲ってきたら、急いで逃げなきゃいけない。だから、第二の注意力=割り込みの方が優先順位が高い。アクシデントが起きると、それに頭を奪われ、予定をこなす第一の注意力は落ちる。

 とか書くと難しそうだが。

 仕事中や勉強中に、やかましい物音や妙なにおいがしてきたら、集中できないよね。いわゆる「気が散る」状態。で、原因の音や匂いがおさまっても、元の集中を取り戻すには時間がかかる。注意力や集中力ってのは、どこかに集まれば他が疎かになるってのは、誰でも経験してると思う。つまりヒトが一時期に使える注意力には限りがあるわけ。

 で。一般に携帯電話の操作は第二=割り込み型の注意力を主に刺激する。ヒトは第二の注意力の方が優先順位が高いので、注意力の多くを携帯電話が奪い、その分、運転の注意力が減る。おまけに、メールを送った後も暫くは戻らない。そこに子供が飛び出して来たら、どうなるか。

 などと改めて書くまでもなく、みんな「ながらスマホは危ない」ぐらいは、ウスウス気づいてる。でもやめられない。これが最もヤバい所。わかっちゃいるけどやめられないのだ。要はアル中と同じ。中毒になっちゃう。これも、ヒトの進化の副作用。

 ヒトは社会的動物だ、と言われる。実際、脳もそういう構造になっていて、他のヒトと情報交換するとキモチイイのだ。特に相手が見知った人だと。SNSやLINEが流行るのも当然だろう。お陰で私のブログは閑古鳥だがブツブツ←いやそれ単に記事がつまらないからだろ

そういえば「文明と戦争」か「昨日までの世界」か「繁栄」に、未開人はのべつまくなしにゴシップを交換してる、みいたいな話が載ってた。そうするように、脳が仕向けているわけだ。

 なんにせよ、ヒトって生き物は携帯電話やスマートフォンにハマりやすくできてるわけで、それが走る凶器である自動車と合体したらどうなるかは、ご想像の通り。

 ってな科学の話だけでなく、事故の当事者たちの人生を丹念に追い、交通事故がもたらす運命の激変もつぶさに描き出すのが、本書のもう一つの読みどころ。結局のところ、事故のせいでみんなが苦労をしょい込む羽目になってるんだが、それは読んでのお楽しみ。とりあえず、携帯が手放せない人は、今のメールと家族、どっちが大事か考えましょう。

 中でも魅力的なのが、テリル・ワーナー。彼女がもう一人の主人公と言っていい。幼い頃の過酷な運命と、それに立ち向かう強い心。やがて成長した彼女は、傷ついたものを守り不正を正す仕事に情熱を燃やす。それこそ冒険小説や漫画の主人公みたいな、強さと優しさを備えた、最高にカッコいい人。人妻だけどねw

 ぶ厚い本だけに、内容も多岐にわたる。交通事故の法的処理にかかる手間の凄まじさも驚きだし、携帯電話の使用履歴の捜査も意外。モルモン教の影響が濃いユタの社会も軽いセンス・オブ・ワンダーだし、児童虐待事件の告発の難しさは別の意味で辛く悲しい。

 携帯電話やスマートフォンが手放せない人や自動車を運転する人ばかりでなく、スマートフォンを欲しがる年頃の子供がいる人も、読めば大きなショックを受けるだろう。

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【おまけ】

♪ ちょいとチェックの つもりで覗き
  いつのまにやら 送信中
  気がつきゃ画面は 会話の嵐
  これじゃ周りが 見えるわきゃないよ
  わかっちゃいるけど やめられね

 植木等さんごめんなさい

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2016年12月 5日 (月)

山田正紀「カムパネルラ」東京創元社

 ぼくはそのまま銀河鉄道に乗ることになったのだった。
 だから、これから先はぼくたちの『銀河鉄道の夜』の物語なのだ。

「そもそもカムパネルラとは誰なのかな、何なのかな」

【どんな本?】

 ベテランSF作家の山田正紀が、宮沢賢治と彼の代表作『銀河鉄道の夜』を題材として、幻想風味タップリに描くSF/ファンタジイ長編小説。

 近未来。「美しい日本」のスローガンのもと、政府はメディア管理庁を使って宮沢賢治を担ぎ上げ、国民の思想を誘導しようとしている。

 ぼくが16歳のとき、母が亡くなった。母は宮沢賢治の、特に『銀河鉄道の夜』が大好きだった。賢治ゆかりの花巻は豊沢川に散骨してほしいとの遺言に従い、東北新幹線で新花巻に向かうつもりだった。やがてぼくは銀河鉄道に乗ることになる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年10月21日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約286頁。9ポイント43字×20行×286頁=約245,960字、400字詰め原稿用紙で約615枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすいし、凝った仕掛けも少ししか出てこない。宮沢賢治と彼の作品『銀河鉄道の夜』が主なテーマだが、名前しか知らない人も多いだろう。というか、私もそうだ。でも心配ご無用。必要な事は本書内で充分に書いてあります。

【感想は?】

 山田正紀の思想が強く出た作品だ。だから、人によっては全く受け付けないかも。

 冒頭の3頁目でいきなり「美しい日本」ときた。当然、アレの揶揄だ。そんな政府が、宮沢賢治を持ち上げるって設定に、少し違和感を感じた。「雨ニモマケズ」(→青空文庫)で伝わってくるように、宮沢賢治はあまり勇まし気な人じゃない。むしろ戦争の被害に立ち尽くす、無力な人に寄り添おうとする人だ。

 が、どうもそんな単純な人物ってわけじゃないらしい。主題となる『銀河鉄道の夜』も、何度も改稿を繰り返し、その度に全く別の作品に化けているとか(→Wikipedia)。宮沢賢治の生きた時代も、満州事変などで日本の運命や世論が大きく変わってゆく頃で、この作品の大事な背景であると共に、彼が改稿を繰り返した原動力である由をうかがわせる。

 この改稿と、その原因となった宮沢賢治の思想の変転に注目して、山田正紀は大掛かりで鮮やかなトリックを仕込んでくれた。元が雑誌「ミステリーズ!」連載だけあって、後半に入ると陰謀とトリックが物語を引っ張り、またそれを出し抜こうとする登場人物たちの機転がお話を盛り上げてゆく。

 この記事を書くため改めてお話を解析しようとして、実はかなり凝った構造になっている事に気づいた。なにせ設定がやたらと複雑なのだ。

 主人公が母を亡くした世界、宮沢賢治が生きていた花巻の世界、そして『銀河鉄道の夜』の物語世界。これらが混じりあいせめぎあい、奇妙な多重世界が現れる。しかも『銀河鉄道の夜』は何度も改稿しているため、話は更にややこしくなってる上に、山田正紀なりの驚きのヒネりが加わり…

 が、読んでいる最中は、意外と混乱せずに話についていけたから不思議だ。こんな混沌とした世界で、殺人事件が起き、その犯人や方法を真面目に議論してたりするし。この議論が、まっとうなミステリっぽく移動の手段・経路・時間や地形について細かく分析してたり。

 などと入りくみ錯綜した世界の、実態と仕組みと目論みがバサバサと解きほぐされてゆく後半は、実に爽快そのもの。とはいえ、謎が解かれる度に、登場人物たちの状況は更に悪化していくあたりは、冒険小説のお約束通りのスリル溢れる流れで、読む側としてはトイレに立つ閑すら惜しくなる。

 そして、長い作家生活を通しずっと同じテーマを描き続けた山田正紀ならではの、悲しみと切なさと爽快感が入り混じった、鮮やかなエンディング。特にこの作品では、閉塞感→開放感のコントラストが見事で、最後の場面は絵にしたらさぞかし映えるだろうなあ。

 ってな事を思い返してたら、このラストも重要なメッセージになっている事に、今になって気づいた。そう、デクノボーだっていいんだ。

 歴史戦などと色々とキナ臭い現代日本の状況を、宮沢賢治の生きた時代と彼の作品に重ね合わせ、山田正紀が作家として常に問い続けた問題を再び訴えると共に、相性が悪そうな幻想小説とミステリの融合に敢然と挑戦し、また娯楽小説としての読む楽しさも兼ね備えた、山田正紀ならではのアクロバティックな、でもとっても読みやすい不思議な作品。

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2016年12月 2日 (金)

マーク・ジェンキンズ編「大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」早川書房 3

 1896年6月15日夜、日本本土の東北地方を巨大な津波が襲い、今世紀にこの帝国を襲ったどの地震をもうわまわる人的・物的被害を与えた。
  ――1896年9月号 日本沿岸を襲った津波 エリザ・シドモア 青木創訳

 マーク・ジェンキンズ編「大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」早川書房 2 から続く。

【極東】

 極東編は明治三陸沖地震(→Wikipedia)とその津波から始まる。地震そのものより津波の被害の方が大きかったようで、その恐ろしさを伝えている。交通機関として意外と役に立ったのは…

災害現場に真っ先に駆け付けたのはアメリカの宣教師ロスシー・ミラー師だった。師はふつうなら三日はかかる山越えの道を、アメリカ製自転車に乗って一日半足らずで走破した。

 と、自転車が役に立った様子。

 次のリリアン・グローヴナー・コーヴィル「満州の日々」は、1930年代初頭の満州ハルピンの模様。いきなり「きのうはイギリス人の友人二人が誘拐されそうになった」と治安の悪さは相当なもの。報告の中心は、なんと洪水。松花江が溢れ町が水没し、著者はボートで町を散策している。

【インドネシア】

 章のタイトルはマレー半島だが、報告はスマトラ島・ニアス島・ボルネオ島と現インドネシアばかり。

 メルヴィン・A・ホール「スマトラ自動車旅行」では、バタク族の村ケボン・ジャヘの家が美しい(→Wikipedia)。高い急角度の茅葺き屋根が、見事な曲線を描いていて、洗練された身的感覚と建築技術をうかがわせる。もっとも、森の中でエンコすると虎に襲われかねないんだが。

 次のメーベルウ・クック・コール「世界の果て、ニアス島」でも、前首長の家の描写が映える。

壁には巧みな浮き彫りで(略)船いっぱいの人々が釣り糸を垂らし、その釣り糸は海中の魚まで伸びている。猿、小鳥、ワニ(略)ネックレス、ビインロウジの擂り鉢、イヤリング。(略)そのすべてが艶のある硬木に細かく彫りこまれているのだった。

 熱帯のジャングルに住む人と聞くと、なんか馬鹿にしがちだけど、実は高度な技術と繊細な美的感覚を備えてるわけ。

 ヴァージニア・ハミルトン「ボルネオ島の暮らし」は、その名の通りボルネオ島で暮らす主婦の生活を綴ったもので、爆笑の連続。ゴキブリは「石鹸から絹地まで、ありとおらゆるものを食べ」、「気候の変化といえば雨季からひどい雨季に移るだけ」。「鉢植えの下には10cmのムカデ」、蜘蛛・サソリ・白蟻の訪問はしょちゅう。でも愚痴っぽくなくて明るくユーモラスな雰囲気なのは、書き手の性格なんだろうか。

【アラスカ】

 イズリアル・C・ラッセル「1890年のセント・イライアス探検記」は、夏山の怖さが伝わってくる。なんたって、四六時中どこかで雪崩が起きてるんだから。

 ロバート・F・グリッグス「一万本の煙の谷」は、カトマイ山噴火に伴い出現した奇矯な風景の記録。谷底に小さな噴気孔が次々と並んでると思って欲しい。比較的に穏やかな孔なら、コンロを吊るして料理もできるし、50mほど歩けば雪の冷凍庫があるw ただし吹き出す蒸気を下手に浴びると、コンガリいってしまう。

 最初の夜、横になったとき、テントの下の地面があまりにも温かいので、われわれは肝をつぶした。いったい何度ぐらいあるのだろうと地表から15cm下まで温度計を差し込んだところ、すぐに沸点に達した。

 天然の床下暖房だね。ただし数年でこの風景は収まった模様。

【南米】

 ここではエーメ=フェリクス・チフェリー「馬に揺られてブエノスアイレスからワシントンDCへ」が絶品。クリオージョ種の馬に入れ込んだ著者は、アルゼンチンのブエノスアイレスからワシントンDCまで、二頭の馬と共に旅するのだ。

 大人数のポーターやガイドを伴う大名旅行が多い中で一人旅というのが異色だし、その動機も「やってみたいから」とカッコつけないのもいい。ただし人称は「私たち」。なぜかというと…

アルゼンチンでは、一頭の馬に乗っているときは「私」、二頭以上の馬と一緒だと「私たち」というのだ。

 馬が腹まで沈むぬかるみ、上り下りが延々と続くアンデスの山道、ブヨや蚊やダニに加え吸血コウモリに悩まされつつ、彼らの旅は続く。

【アマゾン】

 アルバート・W・スティーヴンス大尉「水上飛行機でアマゾン峡谷探検」は、アリの怖さが身に染みる。寝る前に吊るしたシャツが、朝にはアリに咬まれてボロボロになっている。よってハンモックが必須となる。曰く「ハンモックを支える二本のロープをひと晩のうちに這いわたる虫はごく限られるからだ」。先のインドネシアといい、暑い地域は虫対策が大事なんだなあ。

 ルース・ロバートソン「世界最大落差の滝を目指す密林探検行」は、特異な地形で知られるギアナ高地(→Wikipedia)の探検記。密林を歩くことの大変さが伝わってくる。無数の倒木が道を阻み、野営地にはタランチュラが忍び寄ってくる。それでも夜の度に手早く屋根のある小屋を手早く作るインディオの器用さは凄い。

【海】

 アンリ・ド・モンフレイ「紅海の真珠採り」が異色。南紅海を舞台に、スーダンの真珠採りを襲った海賊への逆襲の記録だ。海のアラブ人ザラニクの理屈が凄い。

狩りにくらべれば、船を襲うことはそれほど残酷な行為ではないと、彼らは考えている。船は自衛できるが、動物はそれができないからだ。

 そんなザラニクの海賊を追い、紅海を走るアンリ・ド・モンフレイ。彼と海賊の戦いは如何に? というか、その前のアイダ・トリート「禁断の海岸を旅する」もそうなんだけど、ソマリア沿岸って、昔から海賊銀座だったのね。

 トール・ヘイエルダール「南洋で時間をさかのぼる」の著者は、後にバルサの筏コンティキ号でペルーからポリネシアまで航海する猛者。ここではポリネシアの小さな島ファツヒバで嫁さんと過ごした日々の記録。器用な人で、山刀を振るいベッド・棚・机・腰掛け、そして家まで作っている。水もあるし、食べ物も果物には不自由しなかった模様。こういう所に持っていくべき道具はふたつ。

ひとつは生食できない数多くの果物や根に火を通すための鍋、もうひとつはココナツの分厚い鎧を割るためのナイフである。

 それでもやっぱり蟻・ムカデ・蜘蛛とかの虫には悩まされた様子。

【高空と深海】

 最終章は航空機が活躍するものが多い中、アルバート・W・スティーヴンズ大尉の「成層圏探査 1936年1月号 前人未到の高度」が印象に残る。同じ空を飛ぶ乗り物でも、これはなんと気球で高度21,719mまで行った記録。

 「高さは26階建てのビルくらい」の巨大な気嚢にはヘリウムを籠め、ゴンドラはもちろん気密式。そんな所まで、気球で行けるもんなんだなあ。

【おわりに】

 と、政府の支援を受けた大掛かりなものから、海賊まがいの怪しげな人物による日誌、現地に定住した主婦の日常から、変わり者の物好き旅行まで、バラエティ豊かな人々の色とりどりな旅行記の数々。かつての旅をしのぶもよし、冒険に胸躍らせるもよし、地域の社会や風俗を楽しむもよし。

 個々の記事は10頁程度なので、面白そうな記事から拾い読みしてみよう。

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2016年12月 1日 (木)

マーク・ジェンキンズ編「大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」早川書房 2

 われわれの探検は、ダーンという発砲音と――それも数発のダーンと――ともにはじまった。われわれがマナオスに到着したつぎの晩、革命が勃発したのだ。
  ――1926年4月号 水上飛行機でアマゾン峡谷探検
     アルバート・W・スティーヴンス大尉 井坂清訳

 マーク・ジェンキンズ編「大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」早川書房 1 から続く。

【アフリカ】

 まずは合衆国元大統領のセオドア・ルーズヴェルトによるサファリで幕をあける。

 いきなり時代を感じさせるのが、獲物を運ぶ手順。「一頭のゾウを倒すと、頭蓋骨を運ぶだけでも20人が必要になる」。なんと人間が運ぶのだ。自動車もあまり普及せず航空機も発達してない時代を痛感する。

 A.M.ハッサネイン・ベイの「リビア砂漠縦断」は、ラクダのキャラバンで砂漠を越える旅。やはり命綱は水。オアシスや井戸づたいに旅を続けるんだが、肝心の井戸がなかなか見つからない。井戸枠もなく「砂が湿っているだけ」なんてところもある。どうするかというと、「ガイドが少し掘ってみて、井戸を探し当てる」。それでも水が見つかるだけラッキーなんだろうなあ。

 ジェイムズ・G・ウィルスンの「オートバイでアフリカ大陸を横断する」では、機転がモノをいう。ロクに道もなきゃ修理工場もない所を走るわけで、修理どころか部品まで作っている。硬質ゴムのベアリングを自作するあたりは、アメリカ人らしい創意工夫の才に感心するやら笑うやら。 

【ロシア】

 ジョージ・ケナンの「ダゲスタン高地 歴史の海に浮かぶ島」は、今も戦火がくすぶるチェチェンで有名なカフカスの報告。冒頭で軽く歴史を紹介してて、これが実に興味深い。日本でも山間部には平家の隠れ里伝説があるように、山間部には戦いに負けた人々が逃げ込んでくる。

 カフカスは国際色豊かで、中央アジアから西に向かったアーリア人・アレクサンドロスやポンペイウスの部隊から脱走したギリシア・ローマの兵、モンゴル軍、アラブ人、十字軍、そして近隣のユダヤ人・グルジア人・ペルシア人・アルメニア人・タタール人。そりゃ抗争が絶えないわけだ。

 この本には定住の記録もあって、どれも例外なく面白い。ウラジーミル・ゼンジノフの「極北シベリアの流刑者」は、北極海に面したルスコーエ・ウスチエでの暮らし。村は六戸23人、地中60cm以下は永久凍土。寂しがってる閑すらない。食料の調達はもちろん、「料理、小屋の修理から、煮炊きの薪をあつめ、氷(水がわり)を取ってくるのも、自分の仕事だった」。

 ここでは夏の雁の猟が楽しい。換羽期で飛べない時を狙うんだが、まさに大漁。ただし持って帰るのが難しく…

【中東と中国辺境】

 中東と中国辺境、ともに共通しているのが、人間が怖いこと。

 ダニエル・ファン・デル・ミューレンの「灼熱のハドラマウトへ」では、現イエメンの砂漠地帯を旅する。日干し煉瓦でつくられた街並みが有名な所で、「そのほとんどが五階建て以上だ」。今もイエメンは物騒だが、それは昔かららしい。ただし聖地カブル・フードは奇妙で…

この町に人が住むのは、年に三度、一斉停戦で人々が国じゅうからこの聖地を訪れる期間だけだ。

 定期的に停戦期間が決まっているのも面白いが、逆に言うとそれ以外は争いが絶えないって事か。

 ジョゼフ・F・ロックの「黄色いラマ僧の国 孤高の地理学者見聞録」はチベット潜入記。さすがにラサまでは行かないが、小王国ムリに潜入し、王との謁見を果たしている。当時の中国は相当に荒れていたようで、雇った護衛が「全員が元盗賊」なんてことも。

 これはモンゴル周辺も同じで、ロイ・チャプマン・アンドルーズの「ゴビ砂漠の探検」だと…

 1928年の(略)このあたり一帯すべてを盗賊が支配していた。その数は、一万人ともいわれた。カルガンを出発したラクダ隊や馬車隊、自動車は、80キロも行かないうちにほぼ間違いなく盗賊の追いはぎにあった。

 昔から中国の王朝は北方の騎馬民族に悩まされてきたけど、20世紀になっても事情は変わらなかったのね。

【インドとヒマラヤ】

 ウィリアム・ミッチェル将軍の「インドのトラ狩り」は、当時のマハラジャの権勢が伺える記事。藩王国スルグジャは人口50万人というから、鳥取県よ人がり少ない小国だってのに、トラ狩りじゃ王はゾウを駆って勢子600人を動員する。

 時期的にキナ臭い記事もチラホラあって、その一つがイリヤ・トルストイ中佐の「インドからチベットを越えて中国へ」。第二次世界大戦中に、合衆国戦略事務局(OSS、後のCIA)の密命を帯びてダライ・ラマに謁見する話。

 謁見の様子から、当時のチベット政府の硬直した体制がそこはかとなく漂ってくると感じるのは、気のせいだろうか。

 サー・ジョン・ハント&サー・エドマンド・ヒラリーの「エヴェレストの勝利」は、ご存じエヴェレスト初征服の話。ここではクレバスを越える写真の迫力が凄い。底が見えないクレバスを、細いザイルを頼りに、足をいっぱいに広げて越えようとする。足が滑ったらイチコロだ。登山技術もそうだが、幸運もあったんだろうなあ。

 次の記事に続きます。

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