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2016年12月23日 (金)

D.A.ノーマン「複雑さと共に暮らす デザインの挑戦」新曜社 伊賀聡一郎・岡本明・安村道晃訳

複雑さは良いのだが、分かりにくいのはいけない。
  ――日本語版への序文

ヒューマンエラーの歴史を振り返れば、左右の混乱は頻繁に見られ、上下ではほとんど起きていない
  ――2 簡素さは心の中にある

標識や説明書きが装置に付いていれば、それは悪いデザインの印だ。(略)まして、利用者が自分で標識を付けざるを得ないようではいけない。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

自分のために作ったサインは非常に役に立つが、他の人が作ったサインは悩みの種だ。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

エラーメッセージは実際のところ、システム自体が混乱していること、どうやって進めたらよいか分からないことを意味している。叱責されるべきなのはシステムであって人ではない。
  ――8 複雑さに対処する

何かを学ぶ最も幼良い時期とは、それが必要であると学習者が気づいた直後だ。
  ――8 複雑さに対処する

彼ら(自動車の評論家)は、険しいコースで加速やブレーキをかけたときのオーバーステアとアンダーステアについて語るのだが、ほとんどのドライバーはこのような状況はけっして経験しないのだ。
  ――9 挑戦

【どんな本?】

 最近のテレビや炊飯器などの機械はボタンやパネルが多い。それだけ機能が多いんだろうが、実際に使うのは機能のごく一部だし、たまに変わった機能を使いたくても、使い方がわからない。

 これはパソコンも同じで、Excel の機能を全て知っている人は滅多にいない。なんとか覚えても、バージョンアップでメニューやボタンの位置が変わり、また一から覚えなおしなんて悲劇に悩まされる人は多い。

 機械やソフトウェアだけじゃない。お役所は様々なサービスを提供しているが、私たちはその大半を知らない。定食屋でソースと醤油を取り違えるなんてのは、日本人ならみんな経験してる。スーパーのレジや渋滞では、隣の列が速く進むと相場が決まっている。

 こういった不具合の多くは、デザインによって解決できる。デザインとは、見た目のカッコよさだけではない。使いやすさもデザインのうちだ。

 では、どんなデザインがよいのか。どうすれば使いやすくなるのか。デザイナーはどんな事に気を配るべきなのか。複雑なシステムに対し、デザインは何ができるのか。

 「誰のためのデザイン?」で論争を巻き起こしたD. A. ノーマンが、「アフォーダンス」などの反省も含め、複雑になってしまった現代の暮らしの中で、製品やサービスを提供する者に何ができるか、どんなデザインを心がけるべきかを綴った、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Living With Complexity, by Donald A. Norman, 2011。日本語版は2011年8月1日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント46字×17行×296頁=約231,472字、400字詰め原稿用紙で約579枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。パソコンやスマートフォンや病院の窓口でイライラした経験があれば、誰でも楽しく読めるだろう。もちろん、Web サイトの運営者ならなおさら。

【構成は?】

 各章は穏やかにつながっているが、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版への序文
  • 1 複雑さと共に暮らす なぜ複雑さは避けられないのか
    • ほとんどすべての人工のモノはテクノロジーである
    • 複雑なものは楽しみになり得る
    • 何カ月もの学習を要する人生のよくある断面
  • 2 簡素さは心の中にある
    • 概念モデル
    • なぜすべてのものが打出しハンマーのように簡単にならないのか
    • ボタンの数が少ないとなぜ操作が難しくなるのか
    • 複雑さについての誤解
    • 簡単だからといって、機能が少ないということではない
    • 一般に仮定されている簡単さと複雑さの間のトレードオフは、なぜ間違っているのか
    • 誰もが機能好き
    • 複雑なものも理解可能だし、簡単なものにも混乱させられることがある
  • 3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか
    • 実世界に情報を置く
    • サインが役に立たないとき
    • 専門家はいかにして簡単なタスクを混乱させるか
    • 強制選択法で複雑さを減少させる
  • 4 社会的シグニファイア
    • 文化的複雑さ
    • 社会的シグニファイア 何をするべきかを世界は我々にどのように伝えるのか
    • 実世界の中の社会的シグニファイア
  • 5 人間支援のデザイン
    • スプラインを網目化中
    • 目標とテクノロジーの間の不一致
    • 割込み
    • 利用パターンを無視すると、シンプルで美しいものも複雑で醜いものになる
    • 望みのライン
    • 痕跡とネットワーク
    • 推奨システム
    • グループへの支援
  • 6 システムとサービス
    • システムとしてのサービス
    • サービス青写真
    • エクスペリエンスとデザインする
    • 心地よい外界とのエクスペリエンスの創造 ワシントン相互銀行
    • 工場のデザインのようにサービスをデザインする
    • 病院でのケア
    • 患者はどこにいる?
    • サービスデザインの今
  • 7 待つことのデザイン
    • 待ち行列の心理学
    • 待ち行列の六つのデザイン原理
    • 待つことのデザイン的解決法
    • 列は一つか複数か? 片側だけのレジと両側のレジ
    • 二重バッファリング
    • 列をデザインする
    • 記憶は現実よりも重要である
    • 待ちが適切に扱われるとき
    • エクスペリエンスをデザインする
  • 8 複雑さに対処する パートナーシップ
    • T型フォード車をどのように始動させるか
    • 複雑さを扱う基本原則
      デザイナーのための規則 複雑さを扱いやすくする/我々のための規則 複雑さに対処する
  • 9 挑戦
    • 販売員のバイアス
    • デザイナーと客の間のギャップ
    • 評論家のバイアス
    • 社会的インタラクション
    • なぜ簡単なものが複雑になるのか
    • デザインの挑戦
    • 複雑さと共に暮らす パートナーシップ
  • 謝辞/注/訳者あとがき/文献/索引

【感想は?】

 最初の頁から、いきなり引きこまれた。アル・ゴアの書斎の写真だ。書類が乱雑に積み上げられ、ゴチャゴチャしている。

 同居人や同僚と、こんな会話をした経験はあるだろうか?

同居人「ちったあ片付けろよ」
あなた「片付いてるよ」
同居人「汚いじゃないか、片づけるぞ」
あなた「うわあぁ、やめてくれえぇぇ!」

 私はあります。一見腐海のように見えるけど、それぞれのモノの位置には、ちゃんと意味があるのだ。汚いようでも、頻繁に使う物や重要なものは手の届く範囲にあるし、書類の山はテーマごとに分けてある。何より、何がどこにあるか、本人はちゃんと分かっている。

 混沌の国のように見えて、実はその中にはちゃんと秩序があるのだ。ただ、その秩序が他人にはわからないだけで。これを本書では、こう書いている。

何がモノを簡単にしたり複雑にしたりするのだろう。ダイヤルやボタンの数や機能がいくつあるかによるのではない。機器を使う人が、それがどう動くかについての良い概念モデルを持っているかどうかによるのである。
  ――2 簡素さは心の中にある

 ゴアの書斎は、ゴアには使いやすい。その中の構造を、ゴアは知っているからだ。他の人には構造が見えないので、片付いていないようにみえるのだ。キチンと目立つラベルでもつければわかってもらえるんだろうが、どうせ使うのは自分だけだし、なら面倒くさい手間をかけるだけ無駄じゃないか。

 書斎なら本人しか使わないからそれでもいいけど、電化製品やソフトウェアじゃ、そうも言ってられない。にも拘わらず、なんだって使いにくいシロモノが大手を振って世に溢れているのか。

ユーザーに使いやすくすればするほど、デザイナーやエンジニアにとってより難しくなる
  ――2 簡素さは心の中にある

 そう、使いやすいモノを創るのは、メンドクサイのだ。加えて、人はより機能が多いほどいいモノだと思い込んでいるから、多機能なモノほどよく売れるし、機能追加の要望も絶えない。その結果、機械はボタンとパネルが所狭しと並び、私たちは時刻合わせの方法すらわからない。これをひっくり返したのが、Apple の iPod だ。

絶対に、顧客が解決しろといった問題を解いてはいけない
  ――6 システムとサービス

 iPod に限らず、Apple 社の製品には共通した特徴がある。なるべくボタンの数を減らす。昔はマウスすら1ボタンだった。その代わり、マウスの動きとマウスカーソルの動きには凝る。動き始めはゆっくり、途中は素早く。カーソルが動く距離は、マウスの動いた距離ではなく、マウスを動かす速さに従う。つまらない事のように思えるけど、これが使う時の気持ちよさにつながっている。

 昔の Apple の功績は偉大で、例えばメニューの並び。パソコンのソフトは、メニューが左からファイル→編集→…ヘルプ、と並ぶ。このメニューの並びも、昔はソフトによりそれぞれだった。Apple が「メニューはこう並べなさいね」と決め、従わない者にはキツくお仕置きした。混沌の中に秩序を持ち込んだのだ。それも、かなり強引に。

 そう、「いつでも何でもできる」のは、一見便利そうに見えて、実際には混乱のもとになる。ある程度の制限や強制はあった方がいい場合もある。電子レンジは扉が開いていると動かない。その方が安全だからだ。

 実はこの記事、あんまりこの本と関係ない話も盛り込んである。というのも、読んでると色々と思い当たるフシが沢山ありすぎて、つい書きたくなるからだ。二重ロール型トイレットペーパー・ホルダーの話とかは、実に意外だった。小さいほうから使うでしょ、普通。

 塩と胡椒の容器の話では、醬油とソースに置き換えると、とっても切実。パッと見てすぐに醤油とソースの見分けがつく容器のデザイン、あなた思いつきます?

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