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2016年12月28日 (水)

田中一郎「ガリレオ裁判 400年後の真実」岩波新書

「誤審」にせよ「冤罪」にせよ、裁判の手続きに照らして判断されるべきであり、裁判として――もちろん現代の裁判ではなく、宗教裁判として――見たとき、実際に何があったかを明らかにしようというのが、本書の目的である。
  ――はじめに

宗教裁判が現代の裁判と大きく異なるのは、第一にそれが有罪か無罪かを争う場ではなかったことである。
  ――第二章 宗教裁判

【どんな本?】

 ガリレオ・ガリレイ(→Wikipedia)。動説を唱え宗教裁判にかけられ、有罪判決を受けるも「それでも地球は動いている」と語り弾圧に抗った者と言われ、科学と宗教の対立を象徴する人物となった。

 1998年、裁判の主体となった検邪聖省の後身・教理聖省の文書が研究者に公開となり、それを元に2009年に『ガリレオ・ガリレイ裁判ヴァチカン資料集(1611~1741)』が出版された。この最新の資料を参考にしながら、有名な裁判の様子を再現し、伝説の実態を明らかにする、一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約205頁に加え、あとがき4頁。9.5ポイント42字×15行×205頁=約129,150字、400字詰め原稿用紙で約323枚。文庫本なら薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、出てくる人物がイタリア人なので、少し覚えにくいぐらいだが、これも巻末に主要登場人物があるので、特に困らないだろう。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 第一章 ガリレオを愛したナポレオン
  • 第二章 宗教裁判
  • 第三章 天文観測による発見 興奮と忍び寄る危機
  • 第四章 序幕 1616年の宗教裁判
  • 第五章 『天文対話』
  • 第六章 裁判の開始
  • 第七章 第一回審問 1633年4月12日
  • 第八章 第二回審問 4月30日
  • 第九章 第三回審問 5月10日
  • 第十章 判決
  • 第十一章 「それでも地球は動いている」
  • おわりに
  •  主要登場人物/あとがき/主要参考文献

【感想は?】

 軽く読める作品ながら、意外な拾い物だった。なんたって、最初から最後まで、驚きの連続だし。

 まず、裁判そのもの。ガリレオが裁かれたのは宗教裁判と言われるが、宗教裁判にもいろいろある。魔女裁判と異端審問だ。

 魔女裁判は、キリスト教に楯突いた疑いが裁かれる。対して異端審問は、キリスト教徒ではあるけれど、正道を踏み外してるぞ、とするもの。ガリレオ裁判は異端審問の方で、あくまでキリスト教徒として裁かれたわけ。

 なら比較的に罰も軽そうな気がするが、トビー・グリーンの「異端審問」によると、スペインとポルトガルの異端審問は暴走しまくりで、戦中の特高の赤狩りが可愛く見えてくるようなシロモノであり、ゲゲッとなったが、イタリアではバチカンの威光もあり、比較的に秩序だっていた様子。ああ、よかった。

 最初の「第一章 ガリレオを愛したナポレオン」では、裁判資料の行方を辿るのだが、ナポレオンのガリレオに対する敬愛が伝わってくると共に、資料の奇妙な運命が明らかになる。射程など計算が重要な砲科出身だけあって、ナポレオンは科学を愛し、その象徴であるガリレオを敬っていた、と。

 とまれ、ナポレオン、別に裁判資料を詳しく読んでるわけじゃない。当時のガリレオは「旧弊な教会に対し合理的な科学を信じ抗った英雄」みたく思われていて(というか今でもそうだ)、その印象で判断してたわけ。これは本人の思い込みもあるんだろうが、同時に政治的に利用する腹積もりもあったんだろう。

 その結晶でもあるのが、「それでも地球は動いている」って言葉。この台詞については、最後の第十一章で明らかになる。なんとなく嫌な予感がする人、その予感は当たってます。

 そもそも異端審問自体が、現代の裁判の常識からすれば無茶苦茶で。イベリア半島ほどではないにせよ(この区別はとっても大事)、最初から有罪は決まっているのだ。酷いようだが、あくまで「教会との和解」と目的としたもの、というタテマエになっている。

 よって量刑も「改悛、断食、祈祷」なんて軽いものもある。中にはジョルダーノ・ブルーノ(→Wikipedia)みたく火刑もあるが、「1599年から1640年まで、火刑に処せられたのは一年に平均してひとり未満」とあるから、イタリアではかなり抑制が効いていた模様。

 とまれ、肝心の裁判の進み方は、思った通り関係者の思惑次第で左右される形であり、科学的な事実を検証するものでは決してない。つまりは政治的な力関係で結果が決まるわけで、この辺は当時の社会がそうなんだから仕方ないよねとは思うものの、あまり愉快なもんじゃない。

 などと愉快じゃないにせよ、そこには好き嫌いに基づいた人間の感情と、多くの勢力が絡まるバチカンの政治情勢を反映してて、今も昔も変わらぬお役所の事情が伝わってくる。そう、教会といえどもお役所なのだ。

 こういった論争をめぐる屁理屈での辻褄合わせからは、当時の教会が、天動説を半ば見切りながらも、「今までの経緯からハッキリとは支持しにくいんだよね」的な気持ちが少しだけ漏れてくる気がするんだが、これは私の思い過ごしかもしれない。

 などの史学的な話も面白いが、当時の天動説を元にした天体図も、かなり意外で面白い。惑星の動きは周転円(→Wikipedia)で説明されると聞いてて、それはだいたい見当がついたんだけど、驚いたのは地球の位置。天体の中心にあると思ってたんだが、実は中心からズレた位置にある事になってた。

 とすっと、中心にも何かあるんじゃないか、と考える人もいたんだろうなあ、きっと。

 これに対し、ティコ・ブラーエ(→Wikipedia)が提案した宇宙像は、かなり観測結果に合ってるはず。もっとも、このモデル、絵に描くと、どうしても地球より太陽の方が主役っぽく見えちゃうわけで、天文学史じゃあまり重要視されないけど、実は次の世代にインスピレーションを与える役割を果たしたんじゃないかなあ。

 本題の異端審問の実態は、俗説とは全く異なる経過を経て、全く異なる結論へと至る。伝説の英雄の虚像は崩しつつも、ガリレオの真意を察して擁護しようとする著者のまなざしは温かい。

 基本的な部分では、宗教権力が科学を押しつぶそうとした構図は変わらないながらも、当時の宗教裁判の様子や天文学の変転など、私たち素人の思い込みを覆す話は盛りだくさんで、短いだけに軽く読めるが、同時に本を読む楽しみが手軽に味わえる、お得な本だった。

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