ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 3 近代への道」筑摩選書 東郷えりか訳
大英博物館で仕事をしていると驚かされることが多々ある。その一つが、ヒンドゥー彫刻の前にときおり花や果物のお供えが恭しく置かれているのを目にすることだ。
――68 シヴァとパールヴァティー彫像興味深いことに、この戦争(文禄・慶長の役)はしばしば「陶工戦争」と呼ばれます。
――79 柿右衛門の象「神奈川沖浪裏」の青さは、日本がヨーロッパから望ましいものは採用した事を、それも揺るぎない自信をもって取り入れたことを示す。
――93 北斎「神奈川沖浪裏」この絵皿は20年の歳月を経て、二度の段階に分けて製作された。それも、驚くほど異なる政治状況において。
――96 ロシア革命の絵皿コフィ・アナン「独立を勝ち取るために必要な手腕は、統治に求められる手腕と同じではないと思います」
――98 武器でつくられた王座移民は故郷に何を置いてゆくにせよ、料理はかならず携えてゆく
――100 ソーラーランプと充電器
ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。
【神様もいろいろ】
次の「67 『正教勝利』のイコン」は切ない。オスマン帝国に追い詰められコンスタンティノープルに押し込められた東ローマ帝国、なぜ俺たちは負けるのかと考え、解をイスラムに見つける。「俺たちは神の姿を絵にするけど、イスラムはしないからだ。じゃ神を描いたイコンを無くそう」。
結局、イコンは残るしコンスタンティノープルは落ちるんだが、幻の正教の勝利を描いたイコンは残り、今も大斎(おおものいみ,→Wikipedia)として儀式が残っている。切ないなあ。
「68 シヴァとパールヴァティー彫像」では、一神教が性に厳しい理由の考察が面白い。だってシヴァにはパールヴァティーって連れ合いがいるけど、一神教の神は一人だからヤれないじゃん、と。その発想はなかったw
【発想】
「69 ワステカの女神像」は正体不明ながら、アステカ語でトラソルテオトルなる多産・植生・再生の女神らしい。加えて汚物の神でもあるのが不思議なところ。堆肥って意味なんだろうか。
残念ながらワステカはロクに資料もなく、現地でも言い伝えはほとんど残ってない。それでも研究者が現地で聞き込みを始めると、地元の人も興味津々でいろいろ知りたがるそうな。誰でも自分の身近な事には興味を持つんだね。
「72 明の紙幣」は、まんまお札。とまれ、紙幣は信用が大事だし、どれぐらい価値があるのかも、知らない人にはよくわからない。そこでこのお札、真ん中に同価値の硬貨の絵が描いてある。おお、賢い。でもすぐに刷りすぎてインフレになっちゃうんだけど。
【市場】
「64 デイヴィッドの花瓶」で、イランの窯業の壊滅のスキに、中国が染付で市場をかっさらう話が出た。ところが中国も市場を奪われてしまう。
「79 柿右衛門の象」によると、1644年の明の崩壊に伴い中国の窯業は混乱し、そのスキに日本が市場を奪ったとか。その際には、文禄・慶長の役で連行した朝鮮の陶工の技術も役に立ったんだろう。
【融合】
厳密に見える一神教も、アジアの熱気は溶かすらしい。「83 ビーマの影絵人形」はインドネシアのジャワ島の遺物。インドネシア名物の影絵芝居は今も昔も大人気で、夜通し演じられる。ところがその主な題材は、マハーバーラタとラーマーヤナ。イスラムの国なのに、ヒンディーの物語が伝統芸能なのだ。
これを演じるのも大変で、演者は2~6体もの人形を操り、楽器演奏者に合図を出し、人形の声も演じ分けなきゃいけない。ゲディー・リーかよ。最近じゃ政治風刺を盛り込む時もあるとか。マスコミと違い当局の目も届かないんで、ライブじゃトンガったネタがやれるってのは、日本でも同じだね。
【報道】
グーテンベルクの印刷技術が宗教革命のきっかけになったと言われてるが、誰もが文字を読めるようになったわけじゃない。そこで頭をひねったプロテスタントが考えたのが、大きな絵入りのポスター。「85 宗教改革100周年記念パンフレット」では、一コマ漫画でルターの功績を讃えている。やっぱり絵の力は大きいんだなあ。
「95 女性参政権を求めるペニー硬貨」では、20世紀初頭イギリスで、女性参政権を求める運動の優れたアイデアを描く。硬貨に「VOTES FOR WOMEN」(女性に選挙権を)と刻印するのだ。厳密に言えば硬貨に傷をつけるのは犯罪だけど、身近な硬貨に記せばメッセージが多くの人に届く。賢い。
【音楽】
「86 アカンの太鼓」では、アメリカの奴隷制がテーマになる。黒人の歴史家J・A・ロジャース曰く「ジャズの真骨頂は、因習、習慣、退屈、それに悲哀からすら陽気に反乱を起こすことだ」。この言葉、ジャズをブルースやロックに変えても通用したりする。
【アーカイヴ】
「90 ヒスイの璧」の主人公は、、清の乾隆帝(→Wikipedia)。この本には著者が彼に抱く敬愛の念がにじみでてるんだが、それもそのはず。乾隆帝の成果の一つが『四庫全書』で、これは…
人類史上最大の叢書で、中国文明の黎明期から18世紀までの真正と認められたあらゆる書物が含まれていた。今日、デジタル化された版はCD-ROM167枚に収められている。
CD-ROM167枚って、80GBぐらいか。DVDなら20枚~40枚。とんでもねえ情報量だ。デジタル技術もない時代に、よくやったなあ。
【鎖国?】
「93 北斎『神奈川沖浪裏』」では、意外としたたかな江戸期の日本の外交政策が明らかになる。
青が印象的な絵だが、藍とプルシアンブルー(→Wikipedia)を使いわけている。藍は日本産だが、プルシアンブルーは18世紀ドイツの発明で、舶来品なのだ。構図も欧州の遠近法を取り入れてたり。昔から日本は異国の文化を巧いこと取り入れて自己流に消化してたんだね。
ちなみに当時のお値段は「蕎麦二杯分」というから、けっこう安いなあ。印刷に加えて製紙の発達も大きいんだろう。
【そして現代】
「99 クレジットカード」では、ボーダーレス化の象徴としてVISAカードが出てくる。
これまで見てきた硬貨や紙幣はいずれも、その表面に王や国が記されていた。だが、われわれの(クレジット)カードのデザインにはいかなる支配者も国家も記載されておらず…
と、国を越えて使えるお金なわけ。もっとも、王様のかわりにVISAのロゴが目立ってるわけで、現代は多国籍企業が支配者の時代なのかも。
しかも、だ。今更ながら気づかされたのが、規格化の威力。クレジットカードはVISAもMASTERもJCBもみんな同じ大きさで、どこの国のATMでも使える。当たり前のように思えるけど、これって凄いことだよね。だって電気のコンセントの形すら国によって違うんだから。
最後の「100 ソーラーランプと充電器」は、テクノロジーが切り開く明るい未来の一端が顔をのぞかせる。充電器はソーラーパネルで、これを8時間日に当てれば、ランプが100時間光る。これの何が嬉しいかというと、電気のきていない途上国で便利なのだ。
普通のランタンが10ドルに対し約45ドルと高いが、燃料が要らない。「アフリカの田舎では、平均して収入の20%近くが灯油に使われる」。加えて、携帯電話の充電まで可能な優れもの。電話網が未発達な地域も、インターネットにつながるばかりでなく、収入も増える。
インドのケララ州じゃ漁民が天気予報と魚市場の情報を仕入れ、収入が約8%増えた。他にも南インドじゃ「日雇い労働者、農民、娼婦、人力車の車夫、小売店主」の収入が増えてる。そういえば日本でも携帯電話は派遣労働者の必須アイテムだよなあ。
【最後に】
などとモノを通した人類の歴史は、教科書とだいぶ色合いが違って、人々の欲望が浮き上がってくると共に、生活臭も漂うのが楽しいところ。はいいが、読んでるとスコップを持ってそこらを掘り返したくなるのが困りものかも。
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