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2016年12月18日 (日)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1 文明の誕生」筑摩選書 東郷えりか訳

 旅にでるときは、何を持っていくだろうか? われわれの多くは歯ブラシに始まり、余分な荷物にいたるまで長いリストづくりを始める。しかし。人類史のほとんどの時代において、旅をするのに本当に必要なものは一つしかなかった。石でつくった手斧である。
  ――3 オルドゥヴァイの手斧

 ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1~3」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

【いきなり掟やぶり】

 原則として時代順に並んでいるんだが、最初の「1 ホルネジュイテフのミイラ」は紀元前240年ごろと、いきなり原則を破っている(次の「2 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール」は180万年~200万年前)。これにはちゃんとワケがあって、この本の基本姿勢を示す章だからだ。

 ここでは、ミイラ本体と棺の両方が資料となる。そこから、どうやって何を知るのか。

 ミイラはCTスキャンにより、傷をつけずに中身を調べる。これにより、年齢は中年から初老であり、脊髄の関節炎を患っていることがわかる。葉の摩耗具合を調べれば、食生活の手がかりが得られる。

 棺もエキサイティングだ。ここでは化学分析が活躍する。表面にある瀝青の原産地は死海。一部の棺はレバノン杉。この事から、当時のエジプトはパレスチナやレバノンと交易していたことや、物資の貴重さから人物の地位などが見えてくる。最近の科学は歴史学すら変えてしまうのか。

 次の「2 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール」も、意外な視点を与えてくれる。

 削った石ってだけで、柄もついていないが、これが人類の食生活を改善したらしい。単に獲物を仕留める武器として役に立つだけでなく、仕留めた獲物の骨も砕ける。これにより、ヒトは骨髄も食べられるようになり、栄養状態が格段に良くなったのだ。

 その次の「3 オルドゥヴァイの手斧」では、そもそも道具を作ること自体がヒトの脳を変えた可能性を示唆する。石器を実際に作ってみて、その際の脳の活動を脳スキャナーで調べたところ、活性化した部位は「言葉を話すのに使用される部位とかなり重なって」いた。

 つまり、道具を作ることで言語の発展が促された可能性もあるのだ。職人さんって無口な印象があるけど、実は話が巧いのかもしれない。

【農耕】

農耕の始まりは、ほぼ同時に多くの異なる場所で起きたようだ。そのような場所の一つがパプアニューギニアだったことが近年の考古学から判明している。
  ――6 鳥をかたどった乳棒

 メソポタミアで始まった農耕が各地に広かったんじゃない。同時多発的に世界各地で農耕を始めたのだ。気候が関係してるんだろうか? しかも、その一つがパプアニューギニアってのが意外。しかも、選んだ作物がそれぞれ違う。

 中東は麦、cっ風語句は陸稲、アフリカではソルガム(モロコシ)、パプアニューギニアではタロ芋。奇妙なことに、どれも生じゃ食えないかマズい。他の動物が食わないからヒトが独占できた、と一応の仮説は示しているものの、うーん。案外と目的は酒を造るためだったり。

 とはいうものの、酒を造るには入れ物が要る。意外な事に、「最古の土器は16,500年ほど前」と、定住前に作っている。そして、なんと…

世界で最初の壺は日本でつくられた。
  ――10 縄文の壺

 そう、縄文式土器だ。加えてスープとシチューの発祥地でもある。そう、壺でヒトは新たな調理法「ゆでる」を獲得したのだ。おかげで私は美味しいおでんが食べられる。ちなみに縄文式土器は研究が進んでて…

縄文時代を通じて400以上の地域ごと、もしくは地方ごとのタイプが見つかります。一部の様式にいたっては、25年単位で年代を特定することができる。縄の撚り方がが、それだけ特殊なのです。

 縄文研究すげえ。

【現代との関係】

 「9 マヤ族に伝わるトウモロコシの神の像」では、メキシコ人がトウモロコシを大事にしている由を述べる。トウモロコシは神なのだ。だから遺伝子改変技術やバイオエタノールに抵抗を持つ。言われてみると、私も米をバイオ燃料にされたら嫌だなあ。

 「12 ウルのスタンダード」では、イラク人の誇りを明らかにする。「イラク人は、自分たちを最古の文明の一部だと考えます」。成金のアメリカに蹂躙されれば、そりゃ納得いかないよね。

 悲しいのが「13 インダスの印章」。謎に満ちたインダス文明の遺品。戦争の痕跡もなきゃ武器も少なく、社会格差の形跡もない。なんか平和で平等な社会みたく思えるが、今はインドとパキスタンに別れちゃってる。切ない話だ。両国が仲良くするキッカケになればいいんだけど。

【博物館】

 「16 フラッド・タブレット 洪水を語る粘土板」では、名伯楽ジョージ・スミスがヲタクの鑑。大英博物館の近所の印刷工場の徒弟で、古代メソポタミアの粘土板が大好きで通い詰めていた、だけでなく、楔形文字を独学で覚え、研究者にまで成り上がる。

 その彼が研究した紀元前700~前600の粘土板には、大変な事が書かれていた。「家を壊し舟をつくれ。あらゆる生き物の種をもって舟に乗り込め。やがて大雨が降る」。そう、聖書のノアの方舟の伝説だ。これに気づいたジョージ、スミスは興奮して跳び上がり走り回り、ついには服を脱ぎ始めるw おっさんw

【帝国】

 「第5部 旧世界、新興勢力」あたりから、国家が姿を見せ始める。

 「23 中国の周の祭器」では、孔子が理想とした周の意外な姿が。なんと「西方の中央アジアのステップから来た新たな王朝」だとか。秦の始皇帝も馬に関りが深いし、中国ってのはそういう運命なのか。ただし「周王朝はローマ帝国と同じぐらい長く存続」したからさすが。

 「25 クロイソスの金貨」では、硬貨の意義が興味深い。小さい社会なら互いの貸し借りは覚えていられる。硬貨が要るのは、遠くから来た者と取引する時、つまり相応に社会が大きくなった時だ。それでも貴金属で取引はできるが、重さはわかっても純度はわからない。

 そこで王が純度を保証した金貨が出てくる。商人は便利になり、王は富を手に入れた。ラッキー、と思ったら。

 次の「26 オクソスの二輪馬車の模型」は、ペルシャ帝国の遺物だ。ここでは科学以外の考古学手法が印象的。発掘地はアフガニスタン国境近く、模型の中の人物の服装はイラン北西部のメデ人の衣装、そして馬車の前面にはエジプトのベス神の頭。当時のペルシャ帝国は多文化を許容してたらしい。

 つかキュロスってバビロンのユダヤ人を解放してたのか。ああ恥ずかしい、知らなんだ。なら仲良くしろよイスラエルとイラン←偉そうだな俺

 1巻最後の「20 中国の銅鈴」では、当時のテクノロジーの高さを教えてくれる。約2500年前の青銅製で、ビール樽ぐらいの大きさ。しかも楽器で、他の銅鈴と共に鳴らされた。つまり音階があるのだ。正確な音階を作るには、形や純度も標準化してなきゃいけない。が、どうも春秋~戦国あたりの物らしい。うーむ。

 ちなみにその前の「29 オルメカの石の仮面」は、人間を捨てられる例のアレです。

 という事で、次の「2 帝国の興亡」に続く。

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