« トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2 | トップページ | セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳 »

2016年11月14日 (月)

デイヴィッド・ピース「TOKYO YEAR ZERO」文芸春秋 酒井武志訳

 見かけ通りの人間は誰もいない……

【どんな本?】

 東京在住のイギリス人作家デイヴィッド・ピースによる、敗戦後の占領期の日本を舞台としたシリーズ<東京三部作>の開幕編。

 昭和20年8月15日、東京、玉音放送の日。品川にある海軍第一衣糧廠の女子寮で変死体が見つかった。警視庁捜査第一課にお呼びがかかり、第二班の担当となる。現場に向かった刑事の三波と藤田は、汚水が溜まった地下室から、半ば腐った若い女の全裸死体を引きずり出す。

 これが、連続強姦殺人事件の幕開けだった。

 有名な小平事件(→Wikipedia)を題材に、捜査に走り回る刑事の視点から、闇市を仕切るヤクザ・体を売って稼ぐ女たち・戦争で家や家族を失った者・食料の買い出しに出かける者・窃盗で生き延びる戦災孤児など、価値観が逆転した戦後の混乱期のなかであがく者たちの姿を、独特の文体で描く暗黒小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TOKYO YEAR ZERO, by David Peace, 2007。日本語版は2007年10月10日第一刷発行。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦二段組、本文約350頁。8.5ポイント25字×20行×2段×350頁=約360,000字、400字詰め原稿用紙で約900枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 ハッキリ言って、文章はかなり読みにくい。地の文の中に、意味ありげながら雑音のような太字の文が何度も繰り返し出てくる、独特の文体がずっと続く。内容は特に難しくないが、舞台が敗戦直後の時期なので、その頃の風俗がわかると更にわかりやすい。

 なお、小説としては一種のミステリでもあり、細かい所にヒントが隠されている。謎を気にしながら注意深く読んでもいいし、気にせず作者に弄ばれても楽しめる。

 それと、ネタバレが嫌な人は、巻末の解説はもちろん、ネット上の書評も読まない方がいい。どうやら読者層はいわゆるミステリ・ファンばかりでなく、純文学系の人が多いらしい。ミステリ・ファンは作者の仕掛けをバラさぬよう心掛けるが、純文学系の人は違うマナーに従ってて、けっこう容赦なくバラしてたりする。

 ちなみに巻末の解説はネタバレも含むが、ネタバレの前にちゃんと「以後ネタバレあり」と警告を出している。

【感想は?】

 敗戦直後の東京の闇を、容赦なく描き出した問題作。

 そう、終戦ではない。敗戦だ。ここ大事。私たちは負けたのだ。が、日本人の作品で、ここまで容赦なく「日本は負けた、日本人は敗者だ」としつこく繰り返す作品は、まずないだろう。

 「それでも私たちは頑張って生きてきた」みたく、なんとか前向きにお話を仕立てようとする本能が、どこかで働く。なんたって私たちの父母・祖父祖母の話なんだし。その点、この著者は全く容赦ない。繰り返し繰り返し、敗戦で心が折れた当時の人々の鬱屈した想いを抉り出してゆく。

 出てくる人も、あさましく屈折した連中ばかりだ。

 主人公を務める三波刑事からして、プロローグじゃいきなりヤクザにタカって煙草をせしめている。おまけに時流に関しても刑事の三波よりヤクザの松田の方がよっぽど詳しかったり。

 冒頭は昭和20年8月15日、敗戦の日だ。玉音放送の直前まで「露営の歌」(→Youtube)なんて勇ましい曲を流す傍ら、役所からはヤバい証拠書類を焼き捨てる煙が立ち上る。連中は予め知ってて、身を護る手立てを講じたってわけだ。まあ民間人も松田みたく敏い者は気づいてるんだが。

 その次の、被害者の遺体が見つかる現場の場面でも、戦時中の無茶苦茶さが良く出ている。ややこしいようだが、登場人物たちはまだ玉音放送を聞いていないので、気分は戦中だ。ここでは憲兵の出鱈目っぷりを充分に見せつけられる。

 タテマエとしちゃ、そういう連中は公職追放で消えた事になってるんだが…。実際、今でも公安調査庁(→Wikipedia、警察の公安とは別)なんてのが生き延びてて、しょっちゅう人員整理の対象となるけどいつもなぜか復活してる、なんて不気味な噂も。

 主題となる小平事件の被害者たちも、実に哀しい。犯人の小平義雄は、若い娘たちを食べ物で釣って連れ出し、犯して殺した。食べ物が貴重だったのだ、あの頃は。

 食べ物に必死なのは若い娘だけじゃない。田舎の農家まで買い出しに行く場面も、あさましいやら悲しいやら。そもそも一介の民間人が農家まで食料を買いに行かにゃならんのも、流通網が完全に潰れてるからで、当時の大日本帝国政府の無能っぷりを否応なしに示してるんだが。

 流通網が潰れてるわけで、列車も満員なんてもんじゃない。おまけに乗客はみんな膨れ上がった荷物を持ち込んでる。今でこそ通勤の満員電車はお行儀よく並んで乗り降りしてるが、命がかかってるとなれば…

 関係者に聞き込みに行く場面でも、なかなか当人が見つからない。みんな家を焼かれ家族を失い、親戚などの家に移り住んでたり。当時の東京じゃ、それが当たり前だったんだろう。

 そんな中、ヤクザは闇市を仕切ってのし上がってゆく。なんたって警官の多くが公職追放でいなくなっている上に、路上には飢えた者があふれている。そこでヤクザが闇市を仕切るわけだが、美味しいシノギにゃタカりたがる者も多い。軍需品の横流しもあったようで、市中には武器も溢れ…

 ってな人々のあがきも辛いが、主人公の三波がシラミに悩まされガリガリと体を搔きまくる描写も、なかなか気分的に堪えた。ついつられてこっちも掻きたくなるんだよなあ。

 戦後の混乱期。誰もが負け犬の立場に叩き落された頃。食うため、生きるため、他人を情け容赦なく押しのける者たち。そんな日本の昏い時代の、更に暗黒の部分を、8月の太陽さながらに明るみに引きずり出し、私たちに見せつける、あまりに残酷で厳しい物語だ。

 文章の読みにくさも加え、気力・体力を充実させて充分に覚悟して読もう。でないと、読者の心まで闇に引きずり込まれてしまう。

【関連記事】

|

« トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2 | トップページ | セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳 »

書評:フィクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/64483968

この記事へのトラックバック一覧です: デイヴィッド・ピース「TOKYO YEAR ZERO」文芸春秋 酒井武志訳:

« トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2 | トップページ | セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳 »