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2016年11月25日 (金)

ケン・リュウ「蒲公英王朝期」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通訳

「兄弟! いっしょにどこまでいけるだろうな?」

「これはナ=アロウエンナ、疑いを終わらせるものだ。この戦いの結果に疑いの余地がなくなるまで、わが剣を鞘に収めるつもりはない。われわれはきょうここで勝利を収めるか、あるいはきょう全員が死ぬかだ」

【どんな本?】

 「紙の動物園」で衝撃的なデビューを飾ったケン・リュウによる、話題の第一長編。史記に描かれ、項羽と劉邦が争った楚漢戦争(→Wikipedia)を基に、奇矯なガジェットや人ならざる者の暗躍を絡め、詩情豊かに歌い上げる中華風ファンタジイ。

 一つの大きな島と多数の群島からなるダラ諸島は、七つの国に分かれていたが、ザナ国のマピデレが統一を果たし、皇帝として君臨していた。だがその統治に不満を持つ者も多く、暗殺未遂事件をきっかけに叛乱が起き、再び戦乱の世へと戻ってゆく。

 農夫の息子クニ・ガルは悪友たちと日夜飲み歩いては、口先三寸でツケを踏み倒す日々を送るチンピラで、家族も彼の将来を心配していたが、なぜか彼の周囲には人が集まり、何かと都合をつけてくれる不思議な魅力を持っていた。

 武勇で知れた名家ジンドウ一族は謀にかけられて戦いに敗れ、当主の幼い息子マタとその叔父フィンがかろうじて落ちのびる。幼い頃からフィンに厳しく躾けられたマタは巨漢で恐れを知らぬ戦士となり、やがて来る名誉奪回の機会を伺っている。

 やがて叛乱はクニとマタを巻き込み、更なる戦乱の嵐へと導いてゆくが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Grace of Kings, by Ken Liu, 2015。日本語版はこれを二巻に分け、前半「巻ノ一 諸王の誉れ」が2016年4月25日発行、後半「巻ノ二 囚われの王狼」が2016年6月25日発行。新書版で縦二段組み、本文約349頁+381頁=730頁に加え、訳者あとがきが上巻8頁+下巻4頁。

 9ポイント24字×17行×2段×(349頁+381頁)=約595,680字、400字詰め原稿用紙で約1490枚。文庫本ならタップリ上中下の三巻分の大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。人名や地名など固有名詞がカタカナだが、お話の基調が中国に昔から伝わる歴史英雄物語のためか、社会制度や登場人物たちの行動原理も感覚的にわかりやすく、日本人読者ならスムーズに物語世界に入っていける。

 項羽と劉邦の争いが元だが、特に知らなくても充分に楽しめる。加えて史記などで細かいエピソードを知っていると、ときおりニヤリとする場面がある。

【感想は?】

 まさしくシルク・パンク。

 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) で飛行船を近未来の空に蘇らせたケン・リュウが、この作品では古代中国風の世界に堂々と浮かべてくれた。

 それも魔法に頼らず、一応の理屈がついているのも嬉しい。木と紙と絹でボディを形づくり、美しく大きな翼で大空を泳ぐ。こういうセンスを見る限り、彼のいうシルク・パンクはサイバーパンクよりスチームパンクを意識した言葉だろうなあ。

 そう、妙に難しくて理詰めで乾いた雰囲気のサイバーパンクより、娯楽性に溢れ起伏に富んだ冒険物語が多いスチームパンク。これを中国が持つ豊かな物語の鉱脈から美味しい所を掘り起こし、現在の読者向けにガジェットの香辛料をまぶした楽しい読み物。

 飛行船ばかりでなく、他にも面白そうな乗り物がチョコチョコ出てくる。きっと著者も好きなんだろうなあ。インタビュウすうる機会があったら、どんな車に乗っているのか聞いてみたい。

 特に主人公の一人、項羽役のマタ・ジンドウが「飛ぶ」場面では、彼の勇猛果敢な性格も相まって、大空を駆け巡る楽しさが紙面から溢れ出てくる。と同時に、本来は冒険好きの少年そのものなマタの人格も伝わってきて、いっそこのままずっと空を駆け続けられたらいいのに、と思ったり。

 そんな彼を支える愛馬のレフィロウアとの出会いも、心に染みる場面。お互い体が大きすぎ、気性が荒すぎるために世の中からはみ出してしまった者同士。だが似合いのパートナーを見つけた事で、互いの欠点が最強の武器へと変わり、疾走の予兆を感じさせるシーンだ。

 こういった運命の片割れ同士が出会う場面は、他にも沢山ある。帝国の財務を預かっていた典型的な文官のキンドウ・マラナが、古の名将タンノウ・ナメンを訪ねるところも、続く物語の盛り上がりが伝わってくる名場面。帝国側だけに、最初はあまり感情移入できないんだが、読むに従って次第に両名が好きになってくる。

 など物語の中心を担う者だけでなく、周辺に居る者も魅力的な人が多い。リマの王に担ぎ上げられるジズ王も、その一人。元は牡蠣を養殖していた漁民で、そんな暮らしに満足していたのに、運命のいたずらで争いの中心へと巻き込まれ…

 やはり印象的な王が、アムのキコウミ王女。聡明な頭脳を持ちながら、持って生まれた類まれな美しさがために、飾り物としての立場を余儀なくされ…。

 項羽役のマタ・ジンドウも、劉邦役のクニ・ガルも、だいたい言い伝え通りに描かれているが、中には大胆にアレンジされた人もいる。特に驚くのが、戦の天才で知られる韓信(→Wikipedia)役。豊かな歴史を誇る中国の中でも、軍の指揮に関しては一二を争う名将だけに、どうなるのかと期待したらw

 そんなマニア向けのクスグリにもこの欠かないのが、このお話の嬉しいところ。始皇帝の全国行脚や万里の長城、劉邦の白蛇殺し、張良と老人の出会い、死屍に鞭打つ(→Wikipedia)、四面楚歌…

 中でも「おお、こうきたか!」と膝を打ったのが、史記でも最も盛り上がる所。あの言葉をこう解釈したのか、と仕掛けの見事さに驚いた。今までの違和感が一気に消え、発想の柔軟さと入念な仕込みに「またケン・リュウに惑わされた」と思わず転げまわってしまった。ほんと、巧いわこの人。

 古の伝説をファンタジイ仕掛けで鮮やかに蘇られただけでなく、アチコチに中国の豊かな物語の結晶を贅沢に散りばめ、加えてケン・リュウならではの鮮やかなヒネリを加えた、仕掛け満載の楽しい娯楽戦乱絵巻。アメリカでは既に続巻が出ているとの事なので、次が楽しみだ。

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