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2016年11月 1日 (火)

ケン・リュウ「紙の動物園」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通訳

「たとえどうなろうと、過去に自分の人生を選ばせちゃだめ」
  ――波

「あたしたちにできることがたったひとつある。生き延びるために学ぶのよ」
  ――良い狩りを

【どんな本?】

 現在、日の出の勢いで人気急上昇中のアメリカのSF作家ケン・リュウの、本邦初紹介となる日本独自の短編集。SFマガジンで衝撃のデビューとなった「紙の動物園」や、おバカなネタにシリアスな歴史を絡ませた「太平洋横断海底トンネル小史」、あっと驚く展開の「良い狩りを」など、バラエティ豊かな傑作ぞろい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」ベストSF2015海外篇で堂々のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年4月25日発行。新書版で縦二段組み本文約353頁に加え、訳者あとがきが豪華17頁。9ポイント24字×17行×2段×352頁=約287,232字、400字詰め原稿用紙で約719枚。文庫本なら厚めの1冊分。

 文章はこなれている。内容も特にSFやファンタジイに慣れていない人でも大丈夫。あまり小難しいネタは使っていないし、わからなくても「なんかソレっぽい事を言ってる」程度に読み飛ばして構わない。それでもお話の一番大切な所は充分に楽しめます。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

紙の動物園 / The Paper Menagerie / F&SF2011年3月4月合併号
 幼いぼくが泣き出すと、母は取っておいた包装紙を使い、虎や水牛などの動物を折ってくれた。母さんの折り紙は特別で、母さんが息を吹き込むと紙の動物たちはいきいきと動き出した。
 2012年度ネビュラ賞・ヒューゴー賞・世界幻想文学大賞短編部門,2014年星雲賞海外短編部門,2013年SFマガジン読者賞海外部門,2013年イグノトゥス賞海外短編部門などを受賞。
 身一つでアメリカに嫁いだ中国人の母と、アメリカに溶け込もうとする息子。幼い頃は母親べったりだった息子も、もの心がつきはじめるとスレ違いが多くなってゆく。ややベタながら見事な泣かせの腕の冴えには、面白さを通り越して怖さすら感じる。なんたって、著者の思うがままに心をもてあそばれた結果、感じるのは「もっともてあそんでくれー」なんだから。
もののあはれ / Mono no Aware / オリジナルアンソロジー The Future is Japanese 2012年
 小惑星<鉄槌>が地球に衝突する事がわかり、世界はパニックに陥った。しかし大翔(ひろと)らが住む久留米市では、人々は淡々と日々の暮らしを続けながら、静かに避難の準備が整うのを待っていた。
 2013年ヒューゴー賞短編部門受賞。
 3.11の影響を強く感じさせる作品。あまりにあからさまな極東文化の賞賛には、少し照れくさくなるほど。チェスと碁を比べたり、傘や翔などの漢字を使い、極東の集団志向の魂を伝えようとする作品。
月へ / To the Moon / ファイヤーサイド第1号2012年4月刊
 法律事務所の新人弁護士サリーは、公益弁護活動の亡命事件の担当になる。失敗してもリスクはなく、新人が経験を積むには格好の仕事だ。依頼人は40代の中国人男性、張文朝。初めての面会の際、彼の話を聞こうとするサリーだが、張は逆に尋ねてきた。「あなた自身のことを話してください」
 (たぶん)中国の昔話と、アメリカへの移民問題、そして法の正義を絡めた作品。短いながら、「チャンスの国」アメリカへの痛烈な風刺であると共に、現代中国の体制も暴くキツい作品。最近は米中間の貿易も増えてて、こういう問題は取り上げにくくなりそうなだけに、もっとアメリカで読まれて欲しい。
結縄 / Tying Knots / クラークスワールド2011年1月号
 中国とビルマの国境に近い山岳地帯に、ナン族の村がある。山の斜面に棚田を作り暮らしてきたが、最近は水が減り不作の年が増えた。ナン族は独特の文字を持ち、村の歴史や知識を蓄えてきた。縄の結び目で文章を綴るのだ。
 アレとコレを結びつけるとは!って驚きが、SFの醍醐味の一つ。ここではインカの縄文字(→Wikipedia)と意外なシロモノを結びつけ、オオッってなセンス・オブ・ワンダーを生み出すと共に、グローバリズムへの皮肉も盛り込み、珠玉の作品に結実させている。なまじトムに悪気がないだけに、エンディングの切なさは格別。
太平洋横断海底トンネル小史 / A Brief History of the Trans-Pacific Tunnel / F&SF2013年1月2月合併号
 1938年、上海・東京・シアトルを結ぶ太平洋横断海底トンネルが完成する。時速約200kmと航空機よりは遅いものの、低コストで大量輸送できるトンネルは市場を席捲した。この大プロジェクトの発端は…
 トンネル掘削に携わった台湾人労働者の目を通し、「もう一つの歴史」を騙る作品。「長距離貨物輸送飛行船」とか、男の子をワクワクさせる乗り物を描くのが巧いなあ、この人。「本当にこうだったらいいいのに」と思わせる歴史でありながらも、ちゃんと当時のそして現代まで続く社会の暗部も容赦なくえぐり出すあたりはさすが。
潮汐 / The Tides / デイリー・サイエンス・フィクション2012年11月1日配信
 月が次第に近づき始めた。その影響で潮の満ち引きが大きくなり、多くの人が地球から出て行く。残った者も、高い丘の上で暮らしている。しかし、その父と娘は海の近くに住み続けた。高い塔を建て、満ち潮をしのいで。
 たった4頁の幻想的な作品。満潮が大きな水の壁となり、スローモーションの津波のように襲ってくる中、つぎはぎだらけの塔がナイフのように潮を切り裂いて建ち続ける風景のイメージも強烈だが、最後の幻想シーンも鮮やか。
選抜宇宙種族の本づくり習性 / The Bookmaking Habits of Select Species / ライトスピード2012年8月号
 この宇宙には様々な知的種族がいる。記録の残し方も多種多様で、それぞれの種族に独自の事情を反映している。ここに紹介するのは、アレーシャン族・クォツオーリ族・ヘスペロー族・タル=トークス族・カルイ-族で…
 これも10頁の掌編。短いながら、次々と飛び出す奇矯なアイデアがメチャクチャ楽しい。アレーシャン族の「本」は、作り手の息遣いまで伝わってくる優れものだし、クォツオーリ族の「本」も、まさしく一生の記念物w
心智五行 / The Five Elements of the Heart Mind / ライトスピード2012年1月号
 銀河周縁地域で漂流してしまったタイラ・ヘイズ二等科学士と、相方のパーソナルAIアーティ。動力も残り少なくなった。近くに未調査の星系ティコ409がある。救援の望みもなく、イチかバチかの可能性に賭け、ジャンプを試みるが…
 先端文明の一員が遭難し、緊急避難的に降り立った惑星には、偶然にも遅れた文明の人類の集落があり…といったパターンの話。五行思想を持つ中国の文化を受け継ぐ著者ならではのアイデアだろう。ちょっとネタバレ気味だが、現実にもこういう話(→Wikipedia)があったりする。
どこかまったく別の場所でトナカイの大群が / Altogether elsewhere, Vast Herds of Reindeer / F&SF2011年5月6月合併号
 遠い未来。人類はシンギュラリティを迎え、仮想空間上で暮らしている。物理的な制限のない仮想空間では、空間の次元も三次元に囚われずに済む。また子供を作る際も偶然に任せるのではなく、好みの特徴を取り込んで設計し…
 現実の肉体を持たなくなったら、「息を呑む」なんて身体的な動作を伴う表現も消えてゆくんだなあ、なんて細かい仕掛けにゾクッときた。これも風景が印象的な作品で、中盤以降に広がる、人類が消えたあとの地球の様子にウットリする。
円弧 / Arc / F&SF2012年9月10月合併号
 プラスティネーション。死体に合成樹脂を凍み込ませ、立体像として保存する技術。リーナ・オージーンは、ボディ=ワークス社で働く腕利きのアーティストだった。彼女は16歳の時に最初の子を産み、その百年後に最後の子を産んだ。
 死を扱った、重い作品。若い頃はありがちな愚かな娘だったリーナの人生をキメ細かく書き込むことで、人物像に深い陰影を与えている。人は子を作り、やがて老いて次の世代に道を譲る。だがその理がくずれたら…
波 / The Waves / アシモフ2012年12月号
 四百年かけ、おとめ座61番星を目指す、乗員三百名あまりの移民船に、地球から通信が入る。不老不死が可能となったのだ。だが移民船の資源は有限であり、人を増やす余裕はない。不老不死を受け入れ今のメンバーを維持するか、予定通り世代交代を続けるかの選択が迫られ…
 前の「円弧」同様、人の死を扱った作品だが、読了感は壮大にして爽快。冒頭の女?をはじめ、幾つもの創世神話を散りばめた作風は、私が大好きなロジャー・ゼラズニイの某作品(*)を彷彿とさせ、神秘的で雄大で、ちょっと切なくなる雰囲気が嬉しい。
1ビットのエラー / Single-Bit Error / オリジナルアンソロジー Thoughtcrime Experiments 2009年
 プログラマーのタイラーは神を信じていない。だが出会った運命の恋人リディアは、心の底から神を信じていた。別に教会に行くわけでも人に教えを授けるわけでもなく、ただ「自分は祝福されている」とわかっている、それだけだ。そしてタイラーは、彼女の信仰も愛している。
 テッド・チャンの話題作「地獄とは神の不在なり」に影響を受けた作品。「波」がゼラズニイなら、これはジョン・ヴァーリーだろうか。リディアみたいな信心を薦める宗派って、あるんだろうか? プログラマらしく信仰のメカニズムを理詰めで把握しつつ、気持ちでソレを認め求めるタイラーは、実にプログラマらしい。プログラマにだって感情はあるし、大切にしてるんだぞ。
愛のアルゴリズム / The Algorithms for Love / ストレンジ・ホライズンズ2004年7月12日配信
 ローラ。オモチャの人形。人間のように受け答えする。仕掛けは簡単な会話プログラムだが、大ヒットとなった。売り出したノット・ユア・アヴェレージ・トイ社は急成長し、より優れた性能の新製品を作りだしてゆく。だが、その会話プログラムを作ったエンジニアは…
 ブライアン・クリスチャンの「機械より人間らしくなれるか?」を読むと、案外と人間の会話なんて型にハマったもんじゃないのか、と思えてくる。だとすると、人間の心って、なんだろうね? といった本筋に加え、テレビのインタビューにマゴつくエンジニアの主人公が可愛かったり。大抵の専門家は、仲間内の言語と一般向けの言語のバイリンガルなんです。
文字占い師 / The Literomancer / F&SF2010年9月10月合併号
 1961年。アメリカ軍属の娘として台湾に住むリリーは、出来心で水牛の背に乗ったのがきっかけで、老人の甘振華とその孫の陳恰風と仲良くなる。甘はちょっとした魔法が使えた。測文先生、文字占い師なのだ。漢字には意味と由来がある。その部首にも意味と由来がある。それらから、文字占い師は…
 「太平洋横断海底トンネル小史」同様、20世紀中ごろからの日本・中国・台湾そしてアメリカの歴史を下敷きにした、とても重い作品。ではありながら、主人公を幼く先入観を持たない少女リリーにすることで、かすかな希望を感じさせ…てるんだと、思いたい。イアン・マクドナルドの「サイバラバード・デイズ」収録の「カイル、川へ行く」に少し雰囲気が似てる。
良い狩りを / Good Hunting / ストレンジ・ホライズンズ2012年10月9日・10月29日配信
 父は妖怪退治師だった。その日の仕事は、妖狐退治だ。商人の息子が妖狐に憑かれたのだ。妖狐は美しい女に化け、罠へと近づいてくる。父が妖狐に襲い掛かり、逃げる妖狐は僕にほほ笑んだ。情けないことに、ぼくは…
 聊斎志異の世界がまだ生きている中国を舞台に、妖怪退治で始まった物語が、鮮やかに二転三転して思いがけない方向に転がってゆく。舞台とストーリーの意外性に満ちた展開が実に見事。ライトノベルのシリーズにしたらウケそうだよなあ…と思ってたら、既に続編が出ているとか。ヴィジュアル的にも映えそうだし、いずれ映画化されそう。
訳者あとがき

 しっとりと心に響く「紙の動物園」,重い歴史を伝える「太平洋横断海底トンネル小史」「文字占い師」,奇抜な発想の馬鹿話「選抜宇宙種族の本づくり習性」,神話的な壮大さを秘めた「波」,そして意外性に満ちたストーリーの「良い狩りを」など、中国の文化を受け継いでいるだけでなく、作家としての幅の広さを感じさせる、バラエティ豊かな芸風で、今後の活躍を強く予感させる。幸いにも活発に作品を発表しているので、暫くはSF界で彼の話題が尽きないだろうなあ。

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【註:ネタバレあり要注意】

某作品:「フロストとベータ」および「十二月の鍵」。「フロストとベータ」はハヤカワ文庫SF「キャメロット最後の守護者」に、「十二月の鍵」はハヤカワ文庫SF「伝道の書に捧げる薔薇」に収録。いずれも壮大なスケールで少し哀切漂う傑作です。

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