セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 快答乱麻の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳
なぜゴキブリはきまってあおむけにひっくり返って死ぬんですか?
――第1章 都市に棲みつくものたち『2001年宇宙の旅』の宇宙船の中で、人がどうやって逆さまに歩いていたのか理解できていなかったことに、先日気がつきました。シリンダーの内側に沿って歩いているように見えるんですけど、どうやってやっているの、セシル?
――第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”長~い糸を使えば、口から肛門まで通すことはできませんか?
――第8章 世界の神秘・謎・変わり者アメリカ大統領はどうやって「ボタンを押す」んですか?
――第9章 放射能こわい
【どんな本?】
<シカゴ・リーダー>紙などアメリカの多くの新聞の人気コラム<ストレート・ドープ>は、読者から寄せられた珍問・難問・奇問に、自称「何でも知っている」謎の人物セシル・アダムズが、おごそかで華麗かつ慇懃無礼に答えを宣託を下すもの。
ゴキブリやネズミの退治法・自動車の燃費を良くする方法など役にたつものから、吸血鬼の撃退法・惚れ薬のレシピなど怪しげなもの、ゴルゴ13でお馴染みスイス銀行の秘密から主演と助演の違いなどあまり役には立たない(けどちょっと気になる)もの、そして「なんだってそんな疑問を持つんだ」と質問者のオツムを疑うものまで、愉快なQ&Aを集めた雑学本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Straight Dope : A Compendium of Human Knowledge, by Cecil Adams, 1984。日本語版はこれを[疑心悪鬼の巻 日常生活を笑わす雑学Q&A大全]と[快答乱麻の巻 興味本位で何が悪い的雑学Q&A大全]にわけ、それぞれ2001年5月31日・2001年8月31日発行。
「疑心暗鬼の巻」は文庫本で縦一段組み、本文約372頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント39字×17行×372頁=約246,636字、400字詰め原稿用紙で約617枚。文庫本としてはちょい厚め。
文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。
【構成は?】
それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。
第1章 都市に棲みつくものたち
第2章 消費者は裸だ!
第3章 テクノロジー・パラダイス
第4章 病めるときも健やかなるときも
第5章 金は天下の回りもの
第6章 アミューズメントの奥深き世界
第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”
第8章 世界の神秘・謎・変わり者
第9章 放射能こわい
第10章 言葉の森はきりがない
第11章 残り物には福がある
訳者あとがき
【感想は?】
雑学本は色々あるが、その中でこのシリーズの特徴は、問いが読者からよせられたものって点だろう。
解答者のセシル・アダムズの正体は謎ながら、挑発的なユーモアの持ち主。そのためか、読者もケッタイな質問を寄せてくる。
まさしく「こんなこと、だれに聞いたらいいの?」な代表が下ネタ。超高層ビルの最上階のトイレに流したブツは、400mも勢いよく落下するの? 思わずアホかい、と突っ込みたくなるが、改めて考えると実は大変な事なのかも。腹を下している時ならともかく、一週間続いた便秘が開通した際には、相当なショックになるのでは?
こういう質問にも真面目に答えてくれるのがセシル先生。管を横に向けたりして、勢いを調整してるとか。むしろ問題は上水道で、水を持ち上げるのが大変。そこで超高層ビルでは複数の階にポンプを置き、リレー形式で持ち上げるとか。ブルジュ・ドバイも大変だろうなあ。
連載開始が1973年だけに、時代を感じるネタもある。音楽なんて今は電子配信で、その前はCDやLPだったが、更に古くなると、エジソンが発明したシリンダー型レコードに遡る。これ、なんと、一回の録音でシリンダーが一個しか作れなかったとか。
じゃどうやって多数のシリンダーを作ったかというと、アーティストが何回も演奏したんですね。なんとも贅沢な話だ。でもその分、生演奏を聴かせるバンドや歌手の仕事は多かったろうなあ。
昔はトラ箱なんてのがあって、酔いつぶれて道で寝込む酔っぱらいがいたんだが、冬には危ないようで。飲むとあったまる気がするけど、「総合的な作用は体を冷やすことなんです」。血管が広がり肌から熱を逃がすので、凍死の危険が増すとか。湯上りのビールが美味いのは、そのためかな?
同じ体を温める飲み物ならってんで、「タバスコ60ml一気飲みして大丈夫?」なんてアホな質問する人も。セシル先生も呆れたのか、「データが乏しいので、検死報告書のコピーを送るよう遺族に頼んどいてね」って、酷いw
日本の都市に野生のリスは滅多にいないけど、アメリカには多い。そこで最初の問いは「リスの調理法」。これにも使えそうなさばき方を教えてくれるのがセシル先生の親切な所。ただし狂犬病持ちが多いとか。
読者が多いだけに、目の付け所が違う人もいる。「歯医者さんの五人に四人がシュガーレスガムを薦めるなら、残りの一人は何を薦めるの?」おお、そういう発想もアリか。ちなみにセシル先生曰く「実は五人目の歯医者さんはガムをまったく薦めない」。そりゃそうだ。
化け物好きとして思わず見入っちゃったのが、吸血鬼の殺し方。銀の弾丸じゃないの?と思ったら、これ意外と難しくて、なんと「出身地を確かめる必要があります」。吸血鬼伝説は各地にあるようで、アルバニア・バイエルン・ボヘミア・ブルガリア・クレタ・ギリシア…と対処法は様々。楽そうなのはプロシアの「墓の中に芥子の種を入れる」で、困るのがスペイン出身で「とくに方法はなし」。ひええ。
作家って奴は…と思ったのがウィリアム・フォークナー。彼の綴り、Falkner が Faukner になったんだが、その理由は「最初の本を印刷した印刷屋が間違えた」。確かカート・ヴォネガットが Jr. を取ったのも同じ理由だったよなあ。
終盤に出てくるル・ペトマーヌもなかなか強烈。Youtube で Le Petomane を調べると変なのが出てきます。
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