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2016年11月の11件の記事

2016年11月30日 (水)

マーク・ジェンキンズ編「大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」早川書房 1

(砂嵐の中で)立ち止まるというのは、砂に埋もれてしまうことを意味する。
  ――1924年9月号 リビア砂漠縦断 A.M.ハッサネイン・ベイ 嶋田みどり訳

【どんな本?】

 世界じゅうで読まれている雑誌、ナショナル・ジオグラフィック。その長い歴史で掲載された膨大な記事の中から、、主に19世紀末~20世紀中ごろの胸躍る冒険に満ちた紀行文を選び、書籍化したもの。

 リビア砂漠銃弾や栄光のエヴェレスト征服など自然の驚異に打ち勝った旅、密命を帯びてのチベット潜入や山賊だらけの中央アジアを越える旅など人間が恐ろしい旅、極北シベリアや熱帯ボルネオでの驚きに満ちた暮らし、オートバイでのアフリカ横断やブエノスアイレスからワシントンDCまで馬での旅など物好きな旅、明治三陸沖地震やアッサム・チベット地震など天変地異の報告、そしてアラスカの火山帯の裂け目や幻のハドラマウトなど奇矯な風景と、想像を絶する地球の営みを堪能できる一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Worlds to Explore : Classic Tales of Travel & Adventure from National Geographic, Edited by Mark Jenkins, 2006。日本語版は2007年7月25日初版発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約601頁。9ポイント50字×20行×601頁=約601,000字、400字詰め原稿用紙で約1,503枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に前提知識は要らない。当時の現地の政治情勢など予め知る必要のある事柄は、各記事の前に軽く紹介している。

 ただし見慣れぬ地名が次々と出てくるので、地図帳か Google Map は必須。

【構成は?】

 各記事はそれぞれ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 本書に寄せて サイモン・ウィンチェスター 柴田裕之訳
  • 本書の紹介 マーク・ジェンキンズ(ナショナル・ジオグラフィック協会歴史研究員) 酒井泰介訳
  • Part1 冒険の大地、アフリカ
    • 1911年1月号 アフリカの野蛮人間と野生動物 セオドア・ルーズヴェルト 仙名紀訳
    • 1912年8月号 赤道アフリカでのゾウ狩り カール・エイクリー 越前敏弥訳
    • 1923年5月号 ツタンカーメンの墓で メイナード・オーウェン・ウィリアムズ 幾島幸子訳
    • 1924年1月号 東ダルフールでの体験 エドワード・キース=ローチ少佐 篠森ゆりこ訳
    • 1924年9月号 リビア砂漠縦断 A.M.ハッサネイン・ベイ 嶋田みどり訳
    • 1925年2月号 カイロからケープタウンまで、陸路を行く フィリックス・シェイ 嶋田みどり訳
    • 1934年1月号 オートバイでアフリカ大陸を横断する ジェイムズ・G・ウィルスン 村上博基訳
  • Part2 ロシア帝国の周辺で
    • 1913年10月号 ダゲスタン高地 歴史の海に浮かぶ島 ジョージ・ケナン 高里ひろ訳
    • 1909年8月号 中央アジアの大砂漠を行く アフガンの国境、ペルシアの辺境 エルズワース・ハンティントン 杉浦茂樹訳
    • 1924年12月号 極北シベリアの流刑者 ウラジーミル・ゼンジノフ 村上博基訳
  • Part3 中東、イスラムの風景
    • 1921年4月号 ペルシアの隊商のスケッチ ハロルド・F・ウェストン 栗木さつき訳
    • 1924年10月号 小アジアを行く ロバート・W・インブリー少佐 栗木さつき訳
    • 1932年10月号 灼熱のハドラマウトへ ダニエル・ファン・デル・ミューレン 高里ひろ訳
    • 1934年6月号 非イスラム教徒、メッカ巡礼に オーウェン・トゥイーディ 高里ひろ訳
    • 1939年9月号 ペルシアのいにしえの顔と新しい顔 メアリー・イレーヌ・カーゾン(レディ・レイヴンズデール) 仙名紀訳
    • 1946年10月号 アフガニスタン再訪 メイナード・オーウェン・ウィリアムズ 幾島幸子訳
  • Part4 混迷の中国辺境地帯
    • 1925年4月号 黄色いラマ僧の国 1925年9月号 孤高の地理学者見聞録 ジョゼフ・F・ロック 武藤崇恵訳
    • 1927年10月号 キャラバンで中央アジア横断、突然苦力のように ウウィリアム・J・モーデン 武藤崇恵訳
    • 1929年6月号 トルキスタンの砂漠の道 オーウェン・ラティモア 鈴木淑美訳
    • 1932年11月号 地中海から黄海まで 自動車によるアジア大陸横断の旅 メイナード・オーウェン・ウィリアムズ 幾島幸子訳
    • 1933年6月号 ゴビ砂漠の探検 ロイ・チャプマン・アンドルーズ 仙名紀訳
  • Part5 ヒマラヤの王国
    • 1924年11月号 インドのトラ狩り ウィリアム・ミッチェル将軍 鬼澤忍訳
    • 1946年8月号 インドからチベットを越えて中国へ イリヤ・トルストイ中佐 
    • 1952年3月号 アッサム・チベット地震に遭遇して フォランク・キングドン=ウォード 塩沢道緒訳
    • 1954年7月号 エヴェレストの勝利 サー・ジョン・ハント&サー・エドマンド・ヒラリー 野中邦子訳
  • Part6 極東からのレポート
    • 1896年9月号 日本沿岸を襲った津波 エリザ・シドモア 青木創訳
    • 1933年2月号 満州の日々 リリアン・グローヴナー・コーヴィル 青木創訳
    • 1938年9月号 海南島、ロイ山地のビッグノットたちに囲まれて レナード・クラーク 鈴木淑美訳
  • Part7 魅惑の熱帯、マレー半島
    • 1920年1月号 スマトラ自動車旅行 メルヴィン・A・ホール 黒原敏行訳
    • 1931年8月号 世界の果て、ニアス島 メーベルウ・クック・コール 野中邦子訳
    • 1945年9月号 ボルネオ島の暮らし ヴァージニア・ハミルトン 佐藤桂訳
  • Part8 アラスカ、未知の山岳地帯
    • 1891年5月号 1890年のセント・イライアス探検記 イズリアル・C・ラッセル 越前敏弥訳
    • 1918年2月号 一万本の煙の谷 ロバート・F・グリッグス 栗木さつき訳
  • Part9 南アメリカ、古いスペイン人の足跡
    • 1923年3月号 メキシコの古きスペイン街道を行く ハーバート・コーリー 佐藤桂訳
    • 1929年2月号 馬に揺られてブエノスアイレスからワシントンDCへ エーメ=フェリクス・チフェリー 篠森ゆりこ訳
  • Part10 アマゾン・オリノコ河の失われた世界
    • 1926年4月号 水上飛行機でアマゾン峡谷探検 アルバート・W・スティーヴンス大尉 井坂清訳
    • 1933年11月号 ジャングルの河川でアンデスイワドリの生息地へ アーネスト・G・ホルト 鈴木淑美訳
    • 1949年11月号 世界最大落差の滝を目指す密林探検行 ルース・ロバートソン 黒原敏行訳
  • Part11 大海原へ
    • 1931年2月号 大型帆船でホーン岬をまわる アラン・J・ウィラーズ 鬼澤忍訳
    • 1931年9月号 禁断の海岸を旅する アイダ・トリート 鬼澤忍訳
    • 1937年11月号 紅海の真珠採り アンリ・ド・モンフレイ 杉浦茂樹訳
    • 1941年1月号 南洋で時間をさかのぼる トール・ヘイエルダール 佐藤桂訳
    • 1945年5月号 漂流からの生還 サミュエル・F・ハービー少佐 青木創訳
  • Part12 高空から深海まで 新しい冒険の舞台
    • 1921年3月号 豪州への飛行 ロンドンからオーストラリアへ飛行機で サー・ロス・スミス 井坂清訳
    • 1930年8月号 南極大陸を空から制する リチャード・E・バード少将 酒井泰介訳
    • 1934年9月号 北大西洋周辺調査飛行 アン・モロー・リンドバーグ 中村妙子訳
    • 1931年6月号 海の墓場への往復旅行 1934年12月号 水面下900メートルへ ウィリアム・ビービ 酒井泰介訳
    • 1934年10月号 成層圏探査 1936年1月号 前人未到の高度 アルバート・W・スティーヴンズ大尉 井坂清訳
    • 1956年2月号 海中のカメラ 1957年12月号 バウンティ号のしかばね ルース・マーデン 相原真理子訳
  • 図版・本文クレジット

【感想は?】

 そんなわけで、感想は次の記事から。

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2016年11月25日 (金)

ケン・リュウ「蒲公英王朝期」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通訳

「兄弟! いっしょにどこまでいけるだろうな?」

「これはナ=アロウエンナ、疑いを終わらせるものだ。この戦いの結果に疑いの余地がなくなるまで、わが剣を鞘に収めるつもりはない。われわれはきょうここで勝利を収めるか、あるいはきょう全員が死ぬかだ」

【どんな本?】

 「紙の動物園」で衝撃的なデビューを飾ったケン・リュウによる、話題の第一長編。史記に描かれ、項羽と劉邦が争った楚漢戦争(→Wikipedia)を基に、奇矯なガジェットや人ならざる者の暗躍を絡め、詩情豊かに歌い上げる中華風ファンタジイ。

 一つの大きな島と多数の群島からなるダラ諸島は、七つの国に分かれていたが、ザナ国のマピデレが統一を果たし、皇帝として君臨していた。だがその統治に不満を持つ者も多く、暗殺未遂事件をきっかけに叛乱が起き、再び戦乱の世へと戻ってゆく。

 農夫の息子クニ・ガルは悪友たちと日夜飲み歩いては、口先三寸でツケを踏み倒す日々を送るチンピラで、家族も彼の将来を心配していたが、なぜか彼の周囲には人が集まり、何かと都合をつけてくれる不思議な魅力を持っていた。

 武勇で知れた名家ジンドウ一族は謀にかけられて戦いに敗れ、当主の幼い息子マタとその叔父フィンがかろうじて落ちのびる。幼い頃からフィンに厳しく躾けられたマタは巨漢で恐れを知らぬ戦士となり、やがて来る名誉奪回の機会を伺っている。

 やがて叛乱はクニとマタを巻き込み、更なる戦乱の嵐へと導いてゆくが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Grace of Kings, by Ken Liu, 2015。日本語版はこれを二巻に分け、前半「巻ノ一 諸王の誉れ」が2016年4月25日発行、後半「巻ノ二 囚われの王狼」が2016年6月25日発行。新書版で縦二段組み、本文約349頁+381頁=730頁に加え、訳者あとがきが上巻8頁+下巻4頁。

 9ポイント24字×17行×2段×(349頁+381頁)=約595,680字、400字詰め原稿用紙で約1490枚。文庫本ならタップリ上中下の三巻分の大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。人名や地名など固有名詞がカタカナだが、お話の基調が中国に昔から伝わる歴史英雄物語のためか、社会制度や登場人物たちの行動原理も感覚的にわかりやすく、日本人読者ならスムーズに物語世界に入っていける。

 項羽と劉邦の争いが元だが、特に知らなくても充分に楽しめる。加えて史記などで細かいエピソードを知っていると、ときおりニヤリとする場面がある。

【感想は?】

 まさしくシルク・パンク。

 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) で飛行船を近未来の空に蘇らせたケン・リュウが、この作品では古代中国風の世界に堂々と浮かべてくれた。

 それも魔法に頼らず、一応の理屈がついているのも嬉しい。木と紙と絹でボディを形づくり、美しく大きな翼で大空を泳ぐ。こういうセンスを見る限り、彼のいうシルク・パンクはサイバーパンクよりスチームパンクを意識した言葉だろうなあ。

 そう、妙に難しくて理詰めで乾いた雰囲気のサイバーパンクより、娯楽性に溢れ起伏に富んだ冒険物語が多いスチームパンク。これを中国が持つ豊かな物語の鉱脈から美味しい所を掘り起こし、現在の読者向けにガジェットの香辛料をまぶした楽しい読み物。

 飛行船ばかりでなく、他にも面白そうな乗り物がチョコチョコ出てくる。きっと著者も好きなんだろうなあ。インタビュウすうる機会があったら、どんな車に乗っているのか聞いてみたい。

 特に主人公の一人、項羽役のマタ・ジンドウが「飛ぶ」場面では、彼の勇猛果敢な性格も相まって、大空を駆け巡る楽しさが紙面から溢れ出てくる。と同時に、本来は冒険好きの少年そのものなマタの人格も伝わってきて、いっそこのままずっと空を駆け続けられたらいいのに、と思ったり。

 そんな彼を支える愛馬のレフィロウアとの出会いも、心に染みる場面。お互い体が大きすぎ、気性が荒すぎるために世の中からはみ出してしまった者同士。だが似合いのパートナーを見つけた事で、互いの欠点が最強の武器へと変わり、疾走の予兆を感じさせるシーンだ。

 こういった運命の片割れ同士が出会う場面は、他にも沢山ある。帝国の財務を預かっていた典型的な文官のキンドウ・マラナが、古の名将タンノウ・ナメンを訪ねるところも、続く物語の盛り上がりが伝わってくる名場面。帝国側だけに、最初はあまり感情移入できないんだが、読むに従って次第に両名が好きになってくる。

 など物語の中心を担う者だけでなく、周辺に居る者も魅力的な人が多い。リマの王に担ぎ上げられるジズ王も、その一人。元は牡蠣を養殖していた漁民で、そんな暮らしに満足していたのに、運命のいたずらで争いの中心へと巻き込まれ…

 やはり印象的な王が、アムのキコウミ王女。聡明な頭脳を持ちながら、持って生まれた類まれな美しさがために、飾り物としての立場を余儀なくされ…。

 項羽役のマタ・ジンドウも、劉邦役のクニ・ガルも、だいたい言い伝え通りに描かれているが、中には大胆にアレンジされた人もいる。特に驚くのが、戦の天才で知られる韓信(→Wikipedia)役。豊かな歴史を誇る中国の中でも、軍の指揮に関しては一二を争う名将だけに、どうなるのかと期待したらw

 そんなマニア向けのクスグリにもこの欠かないのが、このお話の嬉しいところ。始皇帝の全国行脚や万里の長城、劉邦の白蛇殺し、張良と老人の出会い、死屍に鞭打つ(→Wikipedia)、四面楚歌…

 中でも「おお、こうきたか!」と膝を打ったのが、史記でも最も盛り上がる所。あの言葉をこう解釈したのか、と仕掛けの見事さに驚いた。今までの違和感が一気に消え、発想の柔軟さと入念な仕込みに「またケン・リュウに惑わされた」と思わず転げまわってしまった。ほんと、巧いわこの人。

 古の伝説をファンタジイ仕掛けで鮮やかに蘇られただけでなく、アチコチに中国の豊かな物語の結晶を贅沢に散りばめ、加えてケン・リュウならではの鮮やかなヒネリを加えた、仕掛け満載の楽しい娯楽戦乱絵巻。アメリカでは既に続巻が出ているとの事なので、次が楽しみだ。

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2016年11月18日 (金)

セシル・アダムズ「恥ずかしいけど、やっぱり聞きたい」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

もしシャワー中に抗菌石鹸を落としたら、菌だらけになりますか、それとも「抗菌」作用がちゃんと働くのでしょうか?
  ――1 エッチな話、怖い話

イエバエはどのくらい天井に近づいたところで方向を変えて天井にとまるんでしょうか。
  ――2 自然・生物・科学

耳垢はいったい何のためにあるんですか?
  ――3 医学の話

ジャガイモをアルミホイルで包むとき、キラキラした側を外側にすべきですか、それとも内側?
  ――4 テクノロジー・時間・天気

どうして女性はみんな連れだってトイレに行くの?
  ――5 文化・生活で考えさせられること

アーリア人ってだれのことですか?
  ――6 エトセトラ

【どんな本?】

 副題は「禁断の領域に踏み込む雑学Q&A大全」。

 初夜権って本当にあったの? なんでコインの肖像画はみんな横向きなの? 西部劇のお産の場面では湯をわかすのはなぜ? 雲に乗るのって、どんな感じ? 死後に女だったとバレたジャズマンがいるって本当? 野球場の外野の芝生のチェック柄はどうやって作るの?

 <シカゴ・リーダー>紙などで人気のQ&Aコラム、ストレート・ドープ。読者からの難問・珍問・奇問に答えるのは、自称「何でも知っている」セシル・アダムズ。時は世紀末、最新テクノロジーのチェックも欠かさないセシル先生は、ついにネットの世界に進出し、AOLの掲示板でも大暴れ。

 「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 快答乱麻の巻」「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」に続く、嬉し恥ずかしの愉快なQ&Aを集めた雑学本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Triumph of the Straight Dope, by Cecil Adams, 1999。日本語版は2002年1月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約315頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント39字×17行×315頁=約208,845字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫本としては標準的な量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 編者まえがき
1 エッチな話、怖い話
2 自然・生物・科学
3 医学の話
4 テクノロジー・時間・天気
5 文化・生活で考えさせられること
6 エトセトラ
付録 ロンドンの<ビザール>誌によるエド・ゾッティのオンライン・インタビュー
 訳者あとがき

【感想は?】

 セシル先生もインターネットに進出し、読者との応酬も激しさをました様子。

 付録では「インターネットで仕事はやりやすくなった?」なんて質問も。的確な答えが手に入れやすくなった半面、「気のふれた説が山のように集まりました」「くだらない質問の水準が下がった」けど、「全体的には、非常にやりやすくなりました」。なんであれ、使い方次第ってことかな。

 流れる情報が増えれば雑音も増える。この巻ではイヤーキャンドルなんて懐かしいネタが…と思って検索したら、セラピーと称してまだ生き延びてるのかい。

 都市伝説はお国それぞれ。いい気分にラリって女とシケこんだ次の朝、目を覚ますと氷でいっぱいのバスタブの中。胸には口紅で「911(日本の119)に電話せよ」の文字。腰の後ろに20cmぐらいの切り傷がある。医師によると、腎臓が盗まれていて…。 日本だと、ダルマ女って有名なのがあるなあ。

 やっぱ怖いのが、SPAM。迷惑メールじゃなくて、缶入り肉のスパム。あれハワイじゃ大人気なんだけど、その理由は「かつて彼らは人食いの習慣があって、スパムの味は人肉に似てるからじゃね?」とか物騒なのも。このネタ流した人は人肉を食った事があるんだろうか。あ、ちなみに、ネタ元はポール・セローのまぎらわしいギャグです。

 他にも、騎乗した英雄の銅像は上がってる馬の脚の本数に意味があるとか、電線にスニーカーが引っかかってるのはアウトローのシマを表すとか、結婚式で投げた米粒を食べた鳥が爆発して死ぬとか、なかなか想像力豊か。

 ただし「蚊が血を吸ってる時に筋肉を緊張させると蚊が爆発する」ってのは、嘘じゃないけど破裂はするとか。私も昔やった事があって、破裂はしなかったけど抜けなくなってたなあ。

 盛り上がったのは「煙草で超人的な力を得るスーパーヒーロー」。オヂサンはピンときたよ。セシル先生はちゃんと知ってます。元は日本の漫画だと。けど向こうで無茶苦茶にアレンジされちゃったみたい(→Youtube)。んなもん知っててもオヂサンにしかウケないけどw

 こういう、んなもん知ってどうする的なネタも、この本の欠かせない味。チャック・ベリーのジョニー・B・グッドは1958年のヒットチャートじゃ最高8位だったけど、その上の7曲は何? とか。

 昔の牛乳やチーズなどの乳製品のパッケージには、鼻輪をつけた牛のイラストがよくあった。あれ、実は意味があったとか。大抵の牛は鼻輪をつけなくて、つけてるのは3種類。種牛か危険な牛か、または品評会に出す優秀な牛。つまり鼻輪つきの牛のイラストは、「いい牛だよ」ってメッセージなのね。

 動物ものでは猫の謎も。「猫はどんな高いところから落ちても大丈夫なの?」実は獣医が集めたデータもあって、7階までは猫の怪我の程度と落ちた高さは比例してたけど、それ以上になると「怪我の数は急降下します」。…え?

 はい、ちゃんとオチがあります。だって死んだ猫は獣医に持ち込まれないから、勘定されません。

 とかのしょうもないネタばかりではなく、少しは役に立つネタも。「粘土を食べるのがやめられません」なんて質問には、「鉄分不足による貧血かも」なんて温かいアドバイスも。また「ウチの犬はチョコレートが好きなんだけど」ってな質問には、「犬にとっては深刻な問題」と釘をさしてる。

 ちなみに耳垢にはちゃんと役割があって、「細菌や埃が鼓膜にまで入り込まないようにします」とか。たいていの場合はほっといても大丈夫で、「耳から自然に排出されます」。そうだったのか。

 それぞれのQ&Aは1頁~4頁ぐらいなので、面白そうな所だけを拾い読みしてもオッケー。役に立つかと言われるとアレだけど、ちょっとした暇つぶしや、難しい本を読んでる時の気分転換には最適でしょう。

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2016年11月17日 (木)

セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 快答乱麻の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

なぜゴキブリはきまってあおむけにひっくり返って死ぬんですか?
  ――第1章 都市に棲みつくものたち

『2001年宇宙の旅』の宇宙船の中で、人がどうやって逆さまに歩いていたのか理解できていなかったことに、先日気がつきました。シリンダーの内側に沿って歩いているように見えるんですけど、どうやってやっているの、セシル?
  ――第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”

長~い糸を使えば、口から肛門まで通すことはできませんか?
  ――第8章 世界の神秘・謎・変わり者

アメリカ大統領はどうやって「ボタンを押す」んですか?
  ――第9章 放射能こわい

【どんな本?】

 <シカゴ・リーダー>紙などアメリカの多くの新聞の人気コラム<ストレート・ドープ>は、読者から寄せられた珍問・難問・奇問に、自称「何でも知っている」謎の人物セシル・アダムズが、おごそかで華麗かつ慇懃無礼に答えを宣託を下すもの。

 ゴキブリやネズミの退治法・自動車の燃費を良くする方法など役にたつものから、吸血鬼の撃退法・惚れ薬のレシピなど怪しげなもの、ゴルゴ13でお馴染みスイス銀行の秘密から主演と助演の違いなどあまり役には立たない(けどちょっと気になる)もの、そして「なんだってそんな疑問を持つんだ」と質問者のオツムを疑うものまで、愉快なQ&Aを集めた雑学本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Straight Dope : A Compendium of Human Knowledge, by Cecil Adams, 1984。日本語版はこれを[疑心悪鬼の巻 日常生活を笑わす雑学Q&A大全]と[快答乱麻の巻 興味本位で何が悪い的雑学Q&A大全]にわけ、それぞれ2001年5月31日・2001年8月31日発行。

 「疑心暗鬼の巻」は文庫本で縦一段組み、本文約372頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント39字×17行×372頁=約246,636字、400字詰め原稿用紙で約617枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

第1章 都市に棲みつくものたち
第2章 消費者は裸だ!
第3章 テクノロジー・パラダイス
第4章 病めるときも健やかなるときも
第5章 金は天下の回りもの
第6章 アミューズメントの奥深き世界
第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”
第8章 世界の神秘・謎・変わり者
第9章 放射能こわい
第10章 言葉の森はきりがない
第11章 残り物には福がある
 訳者あとがき

【感想は?】

 雑学本は色々あるが、その中でこのシリーズの特徴は、問いが読者からよせられたものって点だろう。

 解答者のセシル・アダムズの正体は謎ながら、挑発的なユーモアの持ち主。そのためか、読者もケッタイな質問を寄せてくる。

 まさしく「こんなこと、だれに聞いたらいいの?」な代表が下ネタ。超高層ビルの最上階のトイレに流したブツは、400mも勢いよく落下するの? 思わずアホかい、と突っ込みたくなるが、改めて考えると実は大変な事なのかも。腹を下している時ならともかく、一週間続いた便秘が開通した際には、相当なショックになるのでは?

 こういう質問にも真面目に答えてくれるのがセシル先生。管を横に向けたりして、勢いを調整してるとか。むしろ問題は上水道で、水を持ち上げるのが大変。そこで超高層ビルでは複数の階にポンプを置き、リレー形式で持ち上げるとか。ブルジュ・ドバイも大変だろうなあ。

 連載開始が1973年だけに、時代を感じるネタもある。音楽なんて今は電子配信で、その前はCDやLPだったが、更に古くなると、エジソンが発明したシリンダー型レコードに遡る。これ、なんと、一回の録音でシリンダーが一個しか作れなかったとか。

 じゃどうやって多数のシリンダーを作ったかというと、アーティストが何回も演奏したんですね。なんとも贅沢な話だ。でもその分、生演奏を聴かせるバンドや歌手の仕事は多かったろうなあ。

 昔はトラ箱なんてのがあって、酔いつぶれて道で寝込む酔っぱらいがいたんだが、冬には危ないようで。飲むとあったまる気がするけど、「総合的な作用は体を冷やすことなんです」。血管が広がり肌から熱を逃がすので、凍死の危険が増すとか。湯上りのビールが美味いのは、そのためかな?

 同じ体を温める飲み物ならってんで、「タバスコ60ml一気飲みして大丈夫?」なんてアホな質問する人も。セシル先生も呆れたのか、「データが乏しいので、検死報告書のコピーを送るよう遺族に頼んどいてね」って、酷いw

 日本の都市に野生のリスは滅多にいないけど、アメリカには多い。そこで最初の問いは「リスの調理法」。これにも使えそうなさばき方を教えてくれるのがセシル先生の親切な所。ただし狂犬病持ちが多いとか。

 読者が多いだけに、目の付け所が違う人もいる。「歯医者さんの五人に四人がシュガーレスガムを薦めるなら、残りの一人は何を薦めるの?」おお、そういう発想もアリか。ちなみにセシル先生曰く「実は五人目の歯医者さんはガムをまったく薦めない」。そりゃそうだ。

化け物好きとして思わず見入っちゃったのが、吸血鬼の殺し方。銀の弾丸じゃないの?と思ったら、これ意外と難しくて、なんと「出身地を確かめる必要があります」。吸血鬼伝説は各地にあるようで、アルバニア・バイエルン・ボヘミア・ブルガリア・クレタ・ギリシア…と対処法は様々。楽そうなのはプロシアの「墓の中に芥子の種を入れる」で、困るのがスペイン出身で「とくに方法はなし」。ひええ。

 作家って奴は…と思ったのがウィリアム・フォークナー。彼の綴り、Falkner が Faukner になったんだが、その理由は「最初の本を印刷した印刷屋が間違えた」。確かカート・ヴォネガットが Jr. を取ったのも同じ理由だったよなあ。

 終盤に出てくるル・ペトマーヌもなかなか強烈。Youtube で Le Petomane を調べると変なのが出てきます。

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2016年11月15日 (火)

セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

…地下鉄や高架線の駅のプラットフォームから(給電用の)レールに小便をひっかけたら、あの世行きになるんですか?
  ――第4章 危険があぶない!

【どんな本?】

 セシル・アラムズ。週刊誌<シカゴ・リーダー>紙をはじめ多くの新聞で人気のコラム<ストレート・ドープ>を担当し、読者からの奇妙奇天烈であらゆる分野にわたる質問に、自信たっぷりかる慇懃無礼に応える、自称<全知>の男。その正体は謎に包まれているが、どんな難問にも解を見つけ出す能力は誰もが認めている。

 貧乳絶滅の危機からバチカンのポルノ・コレクション、果物の種の危険からノミのサーカス、缶ビールを早く冷やす方法からスーツの袖のボタンの由来まで、役に立つものからどうでもいい事まで、ユーモラスな毒舌で送る雑学Q&A集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Straight Dope : A Compendium of Human Knowledge, by Cecil Adams, 1984。日本語版はこれを[疑心悪鬼の巻 日常生活を笑わす雑学Q&A大全]と[快答乱麻の巻 興味本位で何が悪い的雑学Q&A大全]にわけ、それぞれ2001年5月31日・2001年8月31日発行。

 「疑心暗鬼の巻」は文庫本で縦一段組み、本文約391頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント39字×17行×391頁=約259,233字、400字詰め原稿用紙で約649枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 編者まえがき
第1章 心と身体
第2章 S・E・Xのすべて
第3章 万物を統べる法則の世界
第4章 危険があぶない!
第5章 神の作りたもう生き物たち
第6章 飲食物にご用心
第7章 科学者を困らせよう!
第8章 愉しき法と政治の世界
第9章 ヒトとモノに歴史あり
第10章 ミュージカル・トリヴィア
 訳者あとがき

【感想は?】

 Wikipedia を読んでると飽きない人のための、楽しい暇つぶし本。

 原書は1984年発行だし、連載が始まったのは1973年だけに、少々古臭いネタも混じってるけど、私のような古い者には、その古さも懐かしくて嬉しかったり。

 最初の質問は「フィリピンには尻尾のある部族がいるってホント?」なんてムー民大喜びのネタ。曰く、米西戦争の後、米国陸軍がルソン島のジャングルで見つけた首狩り族には1.2mの尻尾があり、遺伝子汚染を恐れすみやかに隔離したとか。

 そんな噂があったのか。もしかしてエリア51に…と期待したが、「1900年代のでっちあげです」。セシル先生のいけず。

 占い棒で地下水脈を探すウィッシング(ダウジング、→Wikipedia)を一刀両断する所も、なかなか爽快。「アメリカ東部の多くの場所では、穴を掘れば必ず水が出てきます」。おかげで「こうした穴掘りの成果は100%に近い」。ヨーロッパからアメリカに渡った植民者だからこそ、こういう噂が広がったんだろうなあ。

 やっぱり興味深々なのが「第2章 S・E・Xのすべて」。いきなり「平均的な男性が放出する精液は何カロリーですか?」と楽し気な質問。おお、もしかして頑張れば新たなダイエット法が…とか変な期待をしたが、セシル先生の概算によるとたった2カロリー。

 だいたいではあっても、ソレナリに理屈が通りそうな計算をしてる所はアチコチにあって。「全中国人がいっせいに椅子から飛び降りたら、地球の軸がぶれる?」なんて質問にも、真面目に答えてる。

 意外だったのがブルームーン。日本でも「月がとっても青いから」なんて歌があるけど、あれは本当だとか。大気圏の上層部に硫黄の粒が浮かんでる時に、適切な角度で月を見ると、青白く見えるとか。で、硫黄の粒が多い時ってのは、大森林火災か火山の噴火って、物騒だなあ。

 44マグナムで撃たれたら、かすっただけでもお陀仏ってのも本当らしい。ヒトの体は水が詰まった袋みたいなもんで、どっかに大きな衝撃があると、体中の水分が暴れまわってグシャグシャになるわけ。ただし大事なのは弾丸の速さなんで、拳銃よりライフルの方がヤバい。

 「それは気が付かなかった!」みたいなのもあって。ちとJALの世界時計から、東京の時刻とインドはデリーの時刻を調べてみよう。なんか変じゃないか? 普通、時差ってのは時間単位なのに、インドは日本時間-3時間30分なのだ。ネパールは更にすごい。なんと日本-3時間15分(→Time-j.net)。フリーダムだ。

 かと思えば、「そういうもんだ」と思ってたのにちゃんと由来があるネタも。例えばスーツの袖にあるボタン。これの由来は18世紀のフリードリヒ大王(→Wikipedia)にまでさかのぼる。

 当時の兵隊さんはかいた汗を袖で拭ってた。そのため兵の袖は汚れ放題。これを解決するため、大王様は考える。「袖にボタンをつけよう。ボタンが邪魔で兵は袖で顔をぬぐえないぞ」。これの名残が、今のスーツの袖のボタンだとか。トレンチコート(→Wikipedia)とか、紳士服は軍由来のモノが多いんだなあ。

 最後の「第10章 ミュージカル・トリヴィア」は、音楽好きには美味しい所。日本のミュージシャンはあまし人の曲をカバーしないけど、米英の人は積極的にカバーを出す。Van Halen なんて、デビュー曲が Kinks のカバー You Really Got Me だし。

 で、これ、カバーされる側が嫌だといっても、強引に押し通せるとか。ただしアメリカの場合は。普通は予め許可を取るんだが、最悪の場合は強制認可って手があるらしい。「レコーディングの終了後30日以内かつ発売以前に著作権所持者に報告すれば、誰でも好きな曲をレコーディングできる」とか。ただし、所定のロイヤリティは払わにゃならんけど。

 そういうわけなので、高垣彩陽さんには是非とも Camel の Never Let Go(→Youtube)をカバーして頂きたい。このバンド、いい曲はたくさんあるのに、シンガーが弱いんだよなあ。そこで声が綺麗で歌が巧いシンガーがいれば…と思うんだけど、どう?

 死後やバンドの解散後にレコードが出る秘密も、ジミ・ヘンドリクスの例で教えてくれる。なんと未発表の音源が500時間分もあるとか。中にはしょうもない出来のもあるんだけど。とすっと、フレディ・マーキュリーやマイケル・ジャクソンも掘れば山ほど見つかるんだろうなあ。

 と、お下劣なものから真面目なもの、「どこからそんな疑問が?」なんて奇天烈なものまで、玉石混合の雑学を並べたお楽しみ本。今はインターネットが発達したんで、たいていの事は Google 先生に頼めば教えてくれるんだけど、そもそも疑問を持たなきゃ質問すらできない。そういう意味では、変な質問こそがこの本の価値なのかも。

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2016年11月14日 (月)

デイヴィッド・ピース「TOKYO YEAR ZERO」文芸春秋 酒井武志訳

 見かけ通りの人間は誰もいない……

【どんな本?】

 東京在住のイギリス人作家デイヴィッド・ピースによる、敗戦後の占領期の日本を舞台としたシリーズ<東京三部作>の開幕編。

 昭和20年8月15日、東京、玉音放送の日。品川にある海軍第一衣糧廠の女子寮で変死体が見つかった。警視庁捜査第一課にお呼びがかかり、第二班の担当となる。現場に向かった刑事の三波と藤田は、汚水が溜まった地下室から、半ば腐った若い女の全裸死体を引きずり出す。

 これが、連続強姦殺人事件の幕開けだった。

 有名な小平事件(→Wikipedia)を題材に、捜査に走り回る刑事の視点から、闇市を仕切るヤクザ・体を売って稼ぐ女たち・戦争で家や家族を失った者・食料の買い出しに出かける者・窃盗で生き延びる戦災孤児など、価値観が逆転した戦後の混乱期のなかであがく者たちの姿を、独特の文体で描く暗黒小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TOKYO YEAR ZERO, by David Peace, 2007。日本語版は2007年10月10日第一刷発行。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦二段組、本文約350頁。8.5ポイント25字×20行×2段×350頁=約360,000字、400字詰め原稿用紙で約900枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 ハッキリ言って、文章はかなり読みにくい。地の文の中に、意味ありげながら雑音のような太字の文が何度も繰り返し出てくる、独特の文体がずっと続く。内容は特に難しくないが、舞台が敗戦直後の時期なので、その頃の風俗がわかると更にわかりやすい。

 なお、小説としては一種のミステリでもあり、細かい所にヒントが隠されている。謎を気にしながら注意深く読んでもいいし、気にせず作者に弄ばれても楽しめる。

 それと、ネタバレが嫌な人は、巻末の解説はもちろん、ネット上の書評も読まない方がいい。どうやら読者層はいわゆるミステリ・ファンばかりでなく、純文学系の人が多いらしい。ミステリ・ファンは作者の仕掛けをバラさぬよう心掛けるが、純文学系の人は違うマナーに従ってて、けっこう容赦なくバラしてたりする。

 ちなみに巻末の解説はネタバレも含むが、ネタバレの前にちゃんと「以後ネタバレあり」と警告を出している。

【感想は?】

 敗戦直後の東京の闇を、容赦なく描き出した問題作。

 そう、終戦ではない。敗戦だ。ここ大事。私たちは負けたのだ。が、日本人の作品で、ここまで容赦なく「日本は負けた、日本人は敗者だ」としつこく繰り返す作品は、まずないだろう。

 「それでも私たちは頑張って生きてきた」みたく、なんとか前向きにお話を仕立てようとする本能が、どこかで働く。なんたって私たちの父母・祖父祖母の話なんだし。その点、この著者は全く容赦ない。繰り返し繰り返し、敗戦で心が折れた当時の人々の鬱屈した想いを抉り出してゆく。

 出てくる人も、あさましく屈折した連中ばかりだ。

 主人公を務める三波刑事からして、プロローグじゃいきなりヤクザにタカって煙草をせしめている。おまけに時流に関しても刑事の三波よりヤクザの松田の方がよっぽど詳しかったり。

 冒頭は昭和20年8月15日、敗戦の日だ。玉音放送の直前まで「露営の歌」(→Youtube)なんて勇ましい曲を流す傍ら、役所からはヤバい証拠書類を焼き捨てる煙が立ち上る。連中は予め知ってて、身を護る手立てを講じたってわけだ。まあ民間人も松田みたく敏い者は気づいてるんだが。

 その次の、被害者の遺体が見つかる現場の場面でも、戦時中の無茶苦茶さが良く出ている。ややこしいようだが、登場人物たちはまだ玉音放送を聞いていないので、気分は戦中だ。ここでは憲兵の出鱈目っぷりを充分に見せつけられる。

 タテマエとしちゃ、そういう連中は公職追放で消えた事になってるんだが…。実際、今でも公安調査庁(→Wikipedia、警察の公安とは別)なんてのが生き延びてて、しょっちゅう人員整理の対象となるけどいつもなぜか復活してる、なんて不気味な噂も。

 主題となる小平事件の被害者たちも、実に哀しい。犯人の小平義雄は、若い娘たちを食べ物で釣って連れ出し、犯して殺した。食べ物が貴重だったのだ、あの頃は。

 食べ物に必死なのは若い娘だけじゃない。田舎の農家まで買い出しに行く場面も、あさましいやら悲しいやら。そもそも一介の民間人が農家まで食料を買いに行かにゃならんのも、流通網が完全に潰れてるからで、当時の大日本帝国政府の無能っぷりを否応なしに示してるんだが。

 流通網が潰れてるわけで、列車も満員なんてもんじゃない。おまけに乗客はみんな膨れ上がった荷物を持ち込んでる。今でこそ通勤の満員電車はお行儀よく並んで乗り降りしてるが、命がかかってるとなれば…

 関係者に聞き込みに行く場面でも、なかなか当人が見つからない。みんな家を焼かれ家族を失い、親戚などの家に移り住んでたり。当時の東京じゃ、それが当たり前だったんだろう。

 そんな中、ヤクザは闇市を仕切ってのし上がってゆく。なんたって警官の多くが公職追放でいなくなっている上に、路上には飢えた者があふれている。そこでヤクザが闇市を仕切るわけだが、美味しいシノギにゃタカりたがる者も多い。軍需品の横流しもあったようで、市中には武器も溢れ…

 ってな人々のあがきも辛いが、主人公の三波がシラミに悩まされガリガリと体を搔きまくる描写も、なかなか気分的に堪えた。ついつられてこっちも掻きたくなるんだよなあ。

 戦後の混乱期。誰もが負け犬の立場に叩き落された頃。食うため、生きるため、他人を情け容赦なく押しのける者たち。そんな日本の昏い時代の、更に暗黒の部分を、8月の太陽さながらに明るみに引きずり出し、私たちに見せつける、あまりに残酷で厳しい物語だ。

 文章の読みにくさも加え、気力・体力を充実させて充分に覚悟して読もう。でないと、読者の心まで闇に引きずり込まれてしまう。

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2016年11月11日 (金)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2

過去の成長は、(略)通常は年率1~1.5%の成長でしかなかったのだ。それより目に見えて急速な、年率3~4%以上の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。
  ――第2章 経済成長 幻想と現実

 トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 1 から続く。

【主題】

 この本の主題は、富と所得の格差だ。しかも悲観的なもの。

 富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなる。まっとうな資本主義社会が平穏に続けば、自然とそうなる。格差は広がる一方で、減らない…人為的に是正しない限り。

 この理屈を、主に18世紀から21世紀初頭のデータを基に検証し、そのメカニズムを明らかにしたのが、この本だ。異様に分厚いが、それは似たような事柄を様々な視点とデータで検証しているため。言ってる事自体はけっこう繰り返しが多い。

 それとは別に、軍ヲタとして読むと、実はとっても物騒なメッセージが隠されている事がわかる。決してソレを著者は表に出していない。が、示した問題に対する解決策が、読めば自然と浮かび上がってくる。とんでもなく鬼畜で野蛮で冷酷な解決策ではあるけど。

【原理】

 この本の話をする際に必ず引き合いに出される r>g が根拠。

 と言っても、これだけじゃ何の事だかわからない。rは資本収益率、gは経済成長率。

 資本収益率rとは何か。1億円投資して、1年に100万円儲かれば、100万/1億=0.01=1%となる。これが、普通は5%ぐらいになる。今の銀行の定期預金利率はもっと安いって? うん、そうだね。

 一般に投資として銀行預金はとても効率が悪いのだ。いいのは不動産や株。18世紀あたりだと、お金持ちと言えば地主だった。小作人に農地を貸して地代を取る。この地代が、だいたい農地の値段の5%ぐらい。

 「史記」の貨殖列伝には当時の借金の利率が出てて、だいたい年利20%。「カナート イランの地下水路」によると、カナートによる灌漑農地の収益率は年10~25%ほど。ソースは忘れたが羊や牛の放牧だと、現頭数の10%ぐらいづつ増えるとか。

 これから踏み倒される分やカナートの保守費用、牧童や加工業者への払いなど、損金・費用・減価償却分を引くと、だいたい5%ぐらいになるんだろう。

 これが現代だと、マンションを建てたり株を買ったり自分で事業を起こしたり。いずれにせよ、手元に相応のお金があるからできる話なんだが、そういう「お金持ちだけにできる」儲け口があるわけ。

 対して経済成長率は、GNPとかGDPとか言われるシロモノ。細かく言うとGNPとGDPは違うし、この本が使うのはGDPから減価償却(だいたい一割ちょい)を引き、貿易収支を加えた国民所得だが、そういう細かいことは気にしない。そもそも、元の数字も計算もかなり荒っぽいので、小さな違いを気にしても仕方がないのだ。

 で、これがだいたい年1~1.5%。そう、最近の日本じゃ低成長だのなんだの言われてるけど、年1%の成長は普通なのだ。少なくとも、歴史的には。かつての高度成長期が異常なだけで。なぜ異常かというと、実は今の中国と同じ現象。

 どう異常か。高度成長は、一時的な現象なのだ。ビンボな国が他の豊かな国に追いつく時に、一度だけ現れる。それが高度成長。追いついたら、以降は低成長に戻る。少なくとも、歴史的にはそういうデータが出ている。

 では、なぜ資本収益率rが経済成長gより大きいとマズいのか。

 お金持ちは年率5%を稼ぐ。稼いだ分で別の土地や株を買えば、更に儲けも富も増える。お金持ちの富は毎年5%づつ増えるわけ。ところが国全体の富は1%づつしか増えない。とすっと、国の富全体の中で、お金持ちの富と貧乏人の富の割合は、どうなるだろう?

 簡単だ。貧乏人の富の割合が減り、お金持ちの富の割合が増える。豊かな者が国の富を買い占め、貧しいものは何も持てなくなる。富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなるわけ。

 これが病的な現象ならともかく、健全な資本主義社会だとそうなるってのが、この本の主張。

【なんでこんなに厚いの?】

 上の主張を、様々なデータで裏づけしたのが、この本だ。同じテーマを、様々な視点で見てデータを集め、何度も検証する。

 そういう本だから、主題を知りたいだけなら、たくさん出ているアンチョコ本を読む方が早いと思う。どの本がいいかまではわからないけど、少なくとも読むのに一週間もかかったりはしないだろう。

 じゃ一週間かける値打ちがないかというと、それは人によりけり。

 マクロ経済学に疎いけど興味がある人には、けっこう衝撃的なデータや、経済学の意外なデータが出てくるので、それなりに楽しめる。逆にマクロ経済の常識、例えば欧米でのお金持ちトップ10%の富のシェアの移り変わりや、GNPに対する国債の適切な割合を知っている人には、当たり前の事しか書いてない。

 ちなみに今の日本の国債はGNPの約2倍で、結構ヤバい数字なんだが、これを減らす方法も書いてある。小泉改革って、そういう事なのね、と納得。

【どこが面白いの?】

 本書の大きな特徴の一つは、バルザックやオースティンなど当時の文学を何度も引用している点。これにはちゃんと意味があって。

 というのも、当時の英仏文学には、資産や収入の額が具体的に出てくるため。当時はインフレもデフレもなくて、お金の価値は安定してた。だから、具体的に「1200フラン」と書けば、どの程度の金額なのか、後世の者でもわかると考えたのだ。

 対して、現代の作家は大変だ。阿佐田哲也は「麻雀放浪記 2 風雲篇」でこう書いてる。

昭和26年頃の六百円は、ストリップをのぞいてコップ酒を軽く呑み、丼飯が食えた。むろん、金というほどのものじゃない。でもドヤ街の段ベッドになら、それで一週間は寝ていられた。ヒロポンのアンプルが、ルートからの直販で25円だった頃だ。

 お金の価値を、「それで何をどれぐらい買えるか」で伝えなきゃいけない。もっとも、阿佐田哲也は、そこにストリップやヒロポンを引き合いに出し、下品でガサツで物騒な作品世界を築き上げるための道具として、巧く使ってたりする。

【最近の若者は】

 などと嘆くオジサン・オバサンは多い。私も、自分が若い頃と比べて、最近の若い人は未来にあまり大きな期待を持ってないように思う。その理由の一端が、わかった気がする。

 この本に出てくる20世紀の景気や富の構成の変化が、それだ。これは大きく4つに分かれる。

  1. ~1910年代:停滞期。経済成長は1~1.5%ほど。
  2. 1910年代~1940年代半ば:崩壊期。第一次世界大戦・大恐慌・第二次世界大戦で世界が壊れた。
  3. 1940年代後期~1980年代:復興期。高度成長が続く。
  4. 1990年代~:現代。復興が一段落し、低成長が続く。

 高度成長の頃は、頑張れば稼ぎも増えた。親から相続できる財産も、大半は戦争で失っているので、資産の格差も少なかった。仕事で結果を出せば評価される社会だったのだ。

 でも1990年代以降は、格差が見えるようになった。親が持つ財産で未来も決まっちゃう社会になった。頑張って働いて貯めても、土地や株を持つ人には敵わない社会になっちゃった。

 「株で稼げばいいじゃん」。残念ながら、貧乏人には難しい。お金持ちなら、リスクを分散して複数の会社の株を買える。もっとお金持ちなら、専門のコンサルタントも雇える。でも朝から晩まで働いてる貧乏人は、株の価格の上がり下がりをチェックしてる暇もない。

 先の資本収益率rには、残酷な性質がある。資本が大きいほど、rも大きい。お金持ちほど効率よく稼げるのだ。この本だと、大学基金の例が出ている。100億ドルを超えるハーヴァードなどの基金は10.2%を稼ぐが、1億ドル未満は6.2%しか稼がない。

 お金持ちには会社の売り買いやマンションを建てる手もあるけど、貧乏人にそんな元手はない。せいぜい1社か2社の株ぐらいで、たいていは定期積立預金がせいぜいだ。

 そんなわけで、貧乏人とお金持ちの差は開く一方なのだ。

【ブラックホール】

 世界の純外国資産も面白い。

 世界の各国は国債や公債を買ったり売ったりしているし、民間の銀行や基金も外国の債券や株を売り買いしてる。国同士が互いに貸し借りしてるわけ。そこで、貸してる分と借りてる分を相殺したら、どうなるか。

 意外な事に2010年現在の日本は、GNPの4%ほど黒字になる。欧米は4~5%の赤字。意外と日本って健全じゃん。国債はGNPの2倍だけどw

 もっと面白いのが、世界中の借金と貸し付け分をならした数字。普通に考えるとプラスマイナス0になるはずなんだが、「世界全体が大幅にマイナス収支になっているのだ」。どこかにお金が消えている。

 なぜ、どこに?

 ガブリエル・ズックマンによると、これはタックス・ヘイブンに消えているとか。パナマ文書で有名になった、アレです。しかも、その額が凄い。「世界GDPのおよそ10%」ときた。別の推計だと、その2~3倍にもなる。

 マジかい。

【解決策】

 この差はヤバいよ、と著者は訴える。ちょうど今、合衆国の大統領選の結果がトランプ勝利と出ているが、これなんか貧しい者の怒りの声そのものだろう。彼らは変化を求めている。

 これに対する著者が示す解決策は、野心的だが比較的に穏やかなものだ。きわめて大雑把に言うと、金持ちから沢山税金を取れ、となる。

 が、実はもっとヤバくて残酷で破壊的な解決策もあると、私は気づいた。きっと著者も気づいている。あまりに物騒なので書けないのだ。トランプに投票した人も、本能的に嗅ぎつけている。

 そういう方向に向かない事を、私はひたすら祈る。

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2016年11月 9日 (水)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 1

資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき(19世紀はそうだったし、また今世紀でもそうなる見込みがかなり高い)、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出し、それが民主主義社会の基盤となる能力主義的な価値観を大幅に減退させることになるのだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 フランスの経済学者トマ・ピケティが著し、2015年に話題を呼んだ、一般向け経済学の解説書。

 主に18世紀から21世紀初頭までの富裕国のデータを基に、富とそれが生み出す資本所得と、労働所得の分配を調べ上げ、戦争・不況・人口増加・技術革新など経済成長の動きと、富や所得の格差の関係を暴き出し、21世紀以降の社会の変化を予言し、対策を示す問題作。

 なお、元となるデータは、フランスとイギリスを中心に、ドイツ・イタリアなど西欧先進国,アメリカ・オーストラリアなど新興国,スウェーデンやデンマークなど北欧諸国に加え、日本も少し出てくる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Le capital au XXIe siècle, de Thomas Piketty, 2013。日本語版は2014年12月8日第1刷発行。私が読んだのは2015年1月15日発行の第7刷。凄い売れ行きだなあ。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約608頁。9ポイント52字×20行×608頁=約632,320字、400字詰め原稿用紙で約1,581枚。文庫本なら上中下の三巻分ぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も意外と難しくない。数式はいくつか出てくるが、わからなくても文章で説明しているので、説明についていくのに大きな問題はない。ハッキリ言って、これを読み通すのに必要なのは、優れたオツムじゃない。体力と気力と時間、それだけ。

 ただし、著者は思想的にリベラルに属し、大きな政府と累進課税を好む立場なので、小さい政府とシカゴ学派が好きな人には不愉快だろう。

【構成は?】

 第Ⅰ部~第Ⅲ部で問題を示しデータで裏を取りその原理を明らかにする。第Ⅳ部は解決策を示す。手っ取り早く結論を知りたい人は第Ⅳ部だけを読んでもいいけど、むしろ沢山出ているアンチョコ本の方が楽だと思う。

  •  謝辞
  • はじめに
    データなき論争?/マルサス、ヤング、フランス革命/リカード 希少性の原理/マルクス 無限蓄積の原理/マルクスからクズネッツへ、または終末論からおとぎ話へ/クズネッツ曲線 冷戦さなかのよい知らせ/分配の問題を経済分析の核心に戻す/本書で使ったデータの出所/本研究の主要な結果/格差収斂の力、格差拡大の力/格差拡大の根本的な力 r>g/本研究の地理的、歴史的範囲/理論的、概念的な枠組み/本書の概要
  •  第Ⅰ部 所得と資本
  • 第1章 所得と産出
    長期的に見た資本-労働の分配 実は不安定/国民所得の考え方/資本って何だろう?/資本と富/資本/所得比率/資本主義の第一基本法則 α=r×β/国民経済計算 進化する社会構築物/生産の世界的分布/大陸ブロックから地域ブロックへ/世界の格差 月150ユーロから月3000ユーロまで/世界の所得分配は産出の分配よりもっと不平等/収斂に有利なのはどんな力?
  • 第2章 経済成長 幻想と現実
    超長期で見た経済成長/累積成長の法則/人口増加の段階/マイナスの人口増加?/平等化要因としての人口増加/経済成長の段階/購買力の10倍増とはどういうことだろう?/経済成長 ライフスタイルの多様化/成長の終わり?/年率1%の経済成長は大規模な社会変革をもたらす/戦後期の世代 大西洋をまたぐ運命の絡み合い/世界成長の二つの釣り鐘曲線/インフレの問題/18,19世紀の通貨大安定/古典文学に見るお金の意味/20世紀における金銭的目安の喪失
  •  第Ⅱ部 資本/所得比率の動学
  • 第3章 資本の変化
    富の性質 文学から現実へ/イギリスとフランスにおける資本の変化/外国資本の盛衰/所得と富 どの程度の規模か/公共財産、民間財産/歴史的観点から見た公共財産/イギリス 民間資本の強化と公的債務/公的債務で得をするのは誰か/リカードの等価定理の浮き沈み/フランス 戦後の資本家なき資本主義
  • 第4章 古いヨーロッパから新世界へ
    ドイツ ライン型資本主義と社会的所有/20世紀の資本が受けた打撃/米国の資本 ヨーロッパより安定/新世界と外国資本/カナダ 王国による所有が長期化/新世界と旧世界 奴隷制の重要性/奴隷資本と人的資本
  • 第5章 長期的に見た資本/所得比率
    資本主義の第二法則 β=s/g/長期的法則/1970年代以降の富裕国における資本の復活/バブル以外のポイント 低成長、高貯蓄/民間貯蓄の構成要素二つ/耐久財と貴重品/可処分所得の年数で見た民間資本/財団などの資本保有者について/富裕国における富の民営化/資産価値の歴史的回復/富裕国の国民資本と純外国資産/21世紀の資本/所得比率はどうなるか?/地価の謎
  • 第6章 21世紀における資本と労働の分配
    資本/所得比率から資本と労働の分配へ/フロー ストックよりさらに推計が困難/純粋な資本収益という概念//歴史的に見た資本収益率/21世紀初期の資本収益率/実体資本と名目資産/資本は何に使われるか/資本の限界生産性という概念/過剰な資本は資本収益率を減らす/コブ=ダグラス型生産関数を超えて 資本と労働の分配率の安定という問題/21世紀の資本と労働の代替 弾性値が1より大きい/伝統的農業社会 弾性値が1より小さい/人的資本はまぼろし?/資本と労働の分配の中期的変化/再びマルクスと利潤率の低下/「二つのケンブリッジ」を越えて/低成長レジームにおける資本の復権/技術の気まぐれ
  •  第Ⅲ部 格差の構造
  • 第7章 格差と集中 予備的な見通し
    ヴォートランのお説教/重要な問題 労働か遺産か?/労働と資本の格差/資本 常に労働よりも分配が不平等/格差と集中の規模感/下流、中流、上流階級/階級闘争、あるいは百分位闘争?/労働の格差 ほどほどの格差?/資本の格差 極端な格差/20世紀の大きなイノベーション 世襲型の中流階級/総所得の格差 二つの世界/総合指標の問題点/公式発表を覆う慎みのベール/「社会構成表」と政治算術に戻る
  • 第8章 二つの世界
    単純な事例 20世紀フランスにおける格差の縮小/格差の歴史 混沌とした政治的な歴史へ/「不労所得生活者社会」から「経営者社会」へ/トップ十分位の各種世界/所得税申告の限界/両大戦間の混沌/一次的影響の衝突/1980年代以降のフランスにおける格差の拡大/もっと複雑な事例 米国における格差の変容/1980年以降の米国の格差の爆発的拡大/格差の拡大が金融危機を引き起こしたのか?/超高額給与の台頭/トップ百分位内の共存
  • 第9章 労働所得の格差
    賃金格差 教育と技術の競争か?/理論モデルの限界 制度の役割/賃金体系と最低賃金/米国での格差急増をどう説明するか?/スーパー経営者の台頭 アングロ・サクソン的現象/トップ千分位の世界/ヨーロッパ 1900-1910年には新世界よりも不平等/新興経済国の格差 米国よりも低い?/限界生産性という幻想/スーパー経営者の急上昇 格差拡大への強力な推進力
  • 第10章 資本所有の格差
    極度に集中する富 ヨーロッパと米国/フランス 民間財産の観測所/世襲社会の変質/ベル・エポック期のヨーロッパの資本格差/世襲中流階級の出現/米国における富の不平等/富の分岐のメカニズム 歴史におけるrとg/なぜ資本収益率が成長率よりも高いのか?/時間選好の問題/均衡分布は存在するのか?/限嗣相続制と代替相続制/民法典とフランス革命の幻想/パレートと格差安定という幻想/富の格差が過去の水準に戻っていない理由は?/いくつかの部分的説明 時間、税、成長/21世紀 19世紀よりも不平等?
  • 第11章 長期的に見た能力と相続
    長期的な相続フロー/税務フローと経済フロー/三つの力 相続の終焉という幻想/長期的死亡率/人口とともに高齢化する富 μ×m効果/死者の富、生者の富/50代と80代 ベル・エポック期における年齢と富/戦争による富の若返り/21世紀には相続フローはどのように展開するか?/年間相続フローから年間相続ストックへ/再びヴォートランのお説教へ/ラスティニャックのジレンマ/不労所得生活者と経営者の基本計算/古典的世襲社会 バルザックとオースティンの世界/極端な富の格差は貧困社会における文明の条件なのか?/富裕社会における極端な能力主義/プチ不労所得者の世界/民主主義の敵、不労所得生活者/相続財産の復活 ヨーロッパだけの現象か、グローバルな現象か
  • 第12章 21世紀における世界的な富の格差
    資本収益率の格差/世界金持ちランキングの推移/億万長者ランキングから「世界資産報告」まで/資産ランキングに見る相続人たちと起業家たち/富の道徳的階層/大学基金の純粋な収益/インフレが資本収益の格差にもたらす影響とは/ソヴリン・ウェルス・ファンドの収益 資本と政治/ソヴリン・ウェルス・ファンドは世界を所有するか/中国は世界を所有するのか/国際的格差拡大、オリガルヒ的格差拡大/富裕国は本当は貧しいのか
  •  第Ⅳ部 21世紀の資本規制
  • 第13章 21世紀の社会国家
    2008年金融危機と国家の復活/20世紀における社会国家の成長/社会国家の形/現代の所得再分配 権利の論理/社会国家を解体するよりは現代化する/教育制度は社会的モビリティを促進するだろうか?/年金の将来 ペイゴー方式と低成長/貧困国と新興国における社会国家
  • 第14章 累進所得税再考
    累進課税の問題/累進課税 限定的だが本質的な役割/20世紀における累進税制 とらえどころのない混沌の産物/フランス第三共和政における累進課税/過剰な所得に対する没収的な課税 米国の発明/重役給与の爆発 課税の役割/最高限界税率の問題再考
  • 第15章 世界的な資本税
    世界的な資本税 便利な空想/民主的、金融的な透明性/簡単な解決策 銀行情報の自動送信/資本税の狙いとは?/貢献の論理、インセンティブの論理/ヨーロッパ富裕税の設計図/歴史的に見た資本課税/別の形態の規制 保護主義と資本統制/中国での資本統制の謎/石油レントの再分配/移民による再分配
  • 第16章 公的債務の問題
    公的債務削減 資本課税、インフレ、緊縮財政/インフレは富を再分配するか?/中央銀行は何をするのか?/お金の創造と国民資本/キプロス危機 資本税と銀行規制が力をあわせるとき/ユーロ 21世紀の国家なき通貨?/欧州統合の問題/21世紀における政府と資本蓄積/法律と政治/気候変動と公的資本/経済的透明性と資本の民主的なコントロール
  • おわりに
    資本主義の中心的な矛盾 r>g/政治歴史経済学に向けて/最も恵まれない人々の利益
  • 凡例/図表一覧/原注/索引

【感想は?】

 そういうわけで、感想は次の記事から。とりあえず家賃や住宅ローンを払ってて懐が寂しい人には、いろいろと身に染みる本です。

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2016年11月 4日 (金)

筒井康隆「エロチック街道」新潮社

 ――桃山袱紗は天下の厠。
  「時代小説」

【どんな本?】

 日本SF界の特攻隊長・筒井康隆が意気盛んにブイブイいわしてた、1970年代末~1980年代初頭に発表した作品を集めた、挑発的で変態的で実験的な短編集。懐古趣味をオチョクる「昔はよかったなあ」,「声に出して読んでみろ」と読者を挑発する「早口ことば」,趣味丸出しの「ジャズ大名」など、愉快でバラエティ豊かな作品がギッシリ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1981年10月15日発行。私が読んだのは1981年11月10日の三刷。飛ぶような売れ行きだったんだなあ。今は新潮文庫から文庫版がでてます。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約220頁。9ポイント43字×20行×220頁=約189,200字、400字詰め原稿用紙で約473枚。標準的な文庫本の分量。

 文章は当然ながら筒井節で、クセはあるが読みやすさは文句なし。内容も難しくないが、昭和の風俗がよく出てくるので、若い人にはピンとこないかも。稀に数式が出てくるけど、意味してるのは「数式である」って事だけで、中身に深い意味はないです、はい。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出 の順。

中隊長 / 海1978年7月
 中隊を率いて市中を行軍する歩兵中隊長の、心の内を語る作品。馬に巧く乗れないのを部下に馬鹿にされやしないかとビクつき、他の中隊長と比べ部下を統率できているかと悩み、馬上ならではの役得をゴニョゴニョ…。
 中隊長ったって、所詮は管理職。民間なら係長・課長クラスかな? 昇進して管理職になったばかりの人には、身につまされることも多いはず。
昔はよかったなあ / 奇想天外1980年7月
 懐古趣味を徹底的にからかう作品。昔を懐かしむチョイ悪オヤジの独白なんだが、出てくる事件や風俗が、知ってる人にとっては爆笑ものなんだけど、若い人にはピンとこないかも。つかナベサダ、よく承諾したなあw
日本地球ことば教える学部 / 問題小説1978年8月
 異星のエイリアンの学校での、日本語教室の様子を描いた作品。この作品集の中では、最もSFしてるけど、果たしてw 「なんじゃこりゃ?」と思いつつ読み進めていくと、最後の一行で「どひゃあ」となるw
インタヴューイ / 週刊小説1978年11月10日号
 人気作家へのインタビュウを模したギャグ作品。これだけスラスラと楽しいネタを連発できる作家なら、そりゃ売れるよなあ。今ならニコニコで中継すれば大人気間違いなし…と思ってたら。
寝る方法 / 別冊小説新潮1979年冬号
 SF風にベッドで寝る方法を、無駄に詳しく解説した作品。ベッドで寝るってのは、そんなに危ない事だったのかw
かくれんぼをした夜 / SFアドベンチャー1981年1月
 その日、なぜか八人はおそくまで学校でかくれんぼをして…
偏在 / オール讀物1980年1月
 美術評論家の蹈鞴粂夫と、その妻で作家の美佐子。作家の犬丸敏幸と、妻の米子。四人の風景を、四つの視点で描く、実験的な作品。
早口ことば / 奇想天外1981年7月
 まんま、早口ことばの練習用テキスト。ゆっくりなら、素人でもなんとか音読できるかも…吹き出さなければw
冷水シャワーを浴びる方法 / 読売新聞1979年8月2日夕刊
 暑い夏の日に、冷たいシャワーを浴びようとするが…
遠い座敷 / 海1978年10月
 兵一の家で遊び、夕食までご馳走になり、すっかり帰りが遅くなってしまった宗貞は…
 子供の目から見た、広い日本家屋の不気味さが良く出ている作品。よくわからん物が置いてある床の間とか、やたら手の込んだ欄間とか、天井の木目とか、幼い子供にとっては奇矯なイメージを湧き出させるシロモノばっかりだよなあ。
また何かそして別の聴くもの / 小説新潮1978年6月
 「〇〇とかけて、××と解く。その心は…」を集めた作品…かと思ったら。半分ヤケになってるんじゃなかろかw
一について / ブルータス1981年2月15日号
 数学科出身者に相方がイチャモンをつける形で進む、漫才の台本。にしても、大阪弁ってのは、なんでこんなに愉快で楽しいんだろ。
歩くとき / 小説現代1979年9月
 「寝る方法」同様、歩く方法をSF的っぽく無駄に細かく解説した作品。どの筋肉が云々とかっやたら専門用語を連発しながらも、やっぱりソッチに脱線するのかw
傾斜 / SFアドベンチャー1981年6月
 2頁の掌編。レイアウトによっては1頁に収まるかも。なぜか慌てた時は茶碗と箸を持って走るんだよなあ、日本人は。
われらの地図 / 野生時代1978年2月
 麻雀小説。とはいえ、メンバーが筒井康隆をはじめ小松左京・星新一・半村良では、まっとうな麻雀小説になる筈もなく…って、あれ? いいつのまにか… まあ、徹夜麻雀じゃ、よくある事ですw
時代小説 / 小説現代1981年2月
 筒井康隆の時代小説。一体どうなるのか? などと変な期待をしたら、そうきたかw 文体も展開も時代小説そのままながら、なんじゃこりゃあw
ジャズ大名 / 小説新潮1981年1月
 南北戦争後に放り出された奴隷のジョーは、ニュー・オーリアンズでラグタイムを覚え…。鬼才岡本喜八監督で映画にもなった。テーマ曲はこちら(→Youtube)。
 ジャズ大好きな筒井康隆、やりたい放題。ジャズに限らず、音楽が好きな人なら、「これはこれでいんじゃね?」な気分に浸れる。とまれ、こういう話が成立しえるのも、相応の構成がありながらアドリブの余地も残すジャズやブルースならでは。
エロチック街道 / 海1981年5月
 むしろフロチック街道w 温泉や健康ランドが好きな人はたまらない作品。

 実験的な作品もあるけど、キツい皮肉やしょうもない地口、リズミカルな漫才・漫談など、腹を抱えて笑える作品も多い。「SFって理系っぽくてなんか難しそう」とか思ってる人は、「あれ?SFって、こういうのもアリなの?」と驚くかも。ええ、もちろん、こういう馬鹿話・法螺話もアリです。

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2016年11月 3日 (木)

西田宗千佳「すごい家電 いちばん身近な最先端技術」講談社ブルーバックス

「吸引力」ばかりに注目しがちですが、掃除機の命の半分は「ノズル」にあるのです。
  ――#03 掃除機

放送される番組そのものに「チャプター情報」が含まれているわけではありません。あくまでレコーダーが自動判定して、区切りを入れているのです。
  ――#07 ビデオレコーダー/ブルーレイディスク

赤・青・緑っを担当するPDの数は、同数にはなっていません。人間の目が特に緑への感度が高いことに対応するため、他の2色より緑の量を多くするケースが多くなっています。
  ――#08 デジタルカメラ/ビデオカメラ

リチウムイオン二次電池には、いわゆるメモリー効果がないため、継ぎ足し充電をしても容量は減りません。
  ――#15 電池

テレビ(LED式)やパソコンなど、一般的な家電製品の消費電力は、それほど高くはありません。(略)これに対し、エアコン、IHクッキングヒーター、給湯器の3つは、常時多くの電力を使用します。
  ――#17 HEMS

【どんな本?】

 冷蔵庫はなぜ冷える?エアコンとクーラーって違うの?HEMSって何?など電化製品の基本的な事柄から、ドライと冷房どっちが節電?マンガン電池とアルカリ電池どっちがいい?スマホの電池を長持ちさせるには?など電化製品を選ぶ・使う時のコツ、IHって何が嬉しいの?など専門用語の解説、テレビやデジカメに使われている驚きのハイテク、そしてマッサージチェアやトイレ開発秘話など、電化製品の基本から賢い使い方に加え、身近にある最先端技術のトピックを語る、楽しくて便利で役に立つ一般向け科学・技術解説書。

 ただし出てくる製品はみなパナソニック製なので、メーカーにこだわりがある人は要注意。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約291頁。9ポイント26字×26行×291頁=約196,716字、400字詰め原稿用紙で約492頁だが、写真やイラストをたくさん載せているので、実際の文字数は6~7割ぐらい。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 思ったより文章はこなれている。内容も意外と難しくない。ブルーバックスの中では、最も親しみやすい部類だろう。家電の宣伝では「サイクロン方式」や「IH」など意味が解らない言葉を使う時もあるが、そういった「よくわからない言葉」も写真やイラストを交え懇切丁寧に教えてくれる。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 生活に欠かせない家電
    • #01 洗濯機 ライフスタイルの変化が進化の原動力
      ぜいたく品の象徴だった!/どうして汚れがとれる?/「洗濯コース」がたくさんある理由/“洗濯機の常識”は文化によりけり/ななめドラムが起こした革命/ダム1杯分の節水を実現/水温をどう考えるか
    • #02 冷蔵庫 気化と凝縮の熱交換器
      “家電”以前の歴史あり/ポンプで熱を庫外に「追い出す」/冷蔵庫の歴史は冷媒の歴史/日本固有の機能が仇に/「食材」が冷蔵庫の形を変えてきた/実は難題だった冷凍庫の移動/引き出しに施された工夫/かつての“不人気”機能が復活
    • #03 掃除機 吸引力だけでは測れないその「実力」
      掃除機の進化は「ゴミの分離方法」にあり/掃除機の“命”の半分はノズルにあり/掃除機だけが要求される条件とは?/ロボット型掃除機の“役割”とは?
    • #04 電子レンジ 通信機器との意外な関係
      「軍用レーダー」の開発過程で/電波で調理できるのはなぜ?/どうして2.455GHzなのか/年100台しか売れない“不人気”商品だった/どうして「使えない食器」があるのか/「回る」レンジと「回らない」レンジの違いは?/多彩な加熱コントロールで調理用に用途拡大
    • #05 炊飯器 高額商品ほど売れてる“デフレ逆行”家電
      75%が製品寿命がくる前に買い替え!?/「ジャポニカ米」をおいしく炊くことに特化/マイコン制御が実現した「自動炊飯」/電磁誘導でご飯を炊く「IH炊飯器」/内釜が「アツい」理由/「甘み」と「うま味」を生み出すプロセス/「炊飯器だけに可能な炊き方」とは?/「万人受けするご飯」不在の時代に
  • 第2章 生活を豊かにする家電
    • #06 テレビ 天文衛星の技術が促す進化
      デジタル時代になって“ノイズ”にも変化が/走査線でどう映像を描いていたのか/液晶とは「シャッター」である/有機ELディスプレイは液晶を駆逐する?/高解像度テレビならではの弱点とは?/粗い画像を美しく見せる「超解像」技術/どうやって高解像度化するのか/次なるターゲットは「色」の見直し
    • #07 ビデオレコーダー/ブルーレイディスク テレビの使い方を変えた録画カルチャー
      新規ビジネスが普及を後押し/日本独自の「録画文化」/チャプターはなぜ自動設定できる?/すべての映像は「圧縮」されている/シーンごとに最適な圧縮法を選択/「同面積の情報密度を上げる」歴史/ブルーレイに施された“構造改革”
    • #08 デジタルカメラ/ビデオカメラ 動画と静止画が交互に技術革新を生む
      35mmフィルムの源流とは?/デジタルは動画が先行/その「デジカメ」は動画用?静止画用?/光をデータに変える「イメージセンサー」のしくみ/デジカメの「画質」は何が決める?/デジカメの“命”はレンズ設計にあり/「手ブレ防止」の仕組みとは?/「一眼レフ」とコンパクトカメラの関係
  • 第3章 生活を快適にする家電
    • #09 エアコン 超高度な制御技術を装備した最先端家電
      エアコンとクーラーの違い、知っていますか?/エアコンの“命”は「ヒートポンプ」/「環境重視」で冷媒も変遷/省エネに効果絶大の「自動清掃機能」/「耳かき2杯分」のホコリを毎日お掃除/ドライと冷房、省エネはどっち?/賢く省エネな自動運転を支える「人感センサー」/「よくいる場所」も「よくいる時間」も認識
    • #10 照明 光源と演出力の進化
      エジソンが一番乗り…ではなかった!?/2000時間の寿命をもつ照明/LEDの利点と欠点/「白」をどう出すか、それが問題だ/LED照明が蛍光灯におよばない点とは?/「発熱」と「光の指向性」をどう抑えるか/「偉大な照明」への創意工夫
    • #11 電動シェーバー “切れ味”を生み出す超微細加工技術
      ヒゲの硬さは「銅線」なみ!?/役割分担している2種類の刃/日本刀と同じ「鍛造」技術を応用/「~枚刃」の数は何を意味している?/わずか5μmの差が「痛くない剃り味」を決める/精巧な刃は消耗品と心得よう
    • #12 マッサージチェア 「銭湯」から普及した日本の「リラックス家電」
      ライバルは「プロのマッサージ師」/プロの技をどう再現するか/書道ができるマッサージチェア!?/「手のぬくもり」をどう再現するか/設計難度の高い家電
    • #13 トイレ 急速に進化する新しい家電
      「重力の力で水を流す」が基本原則/1960年代に「家電化」の萌芽が/「汚れにくい」素材と形状に進化/消費電力を遥かに上回る「節水」を実現/トイレ研究に不可欠な「疑似便」
    • #14 電気給湯器(エコキュート) オフピークを活用する省エネ家電
      ピークシフトで「社会にも家計にもエコ」/二酸化炭素を使う「ヒートポンプ」/その熱を逃がすな!/「熱くも冷たくもない水」を活用/「快適なシャワー」を生み出すリズム
  • 第4章 暮らしのエネルギーを支える家電
    • #15 電池 デジタル機器が進化を促す「縁の下の力持ち」
      一次電池と二次電池/電気はどう生まれるか/電気を持続的に発生させるには?/「乾いている電池」とは?/単3形を単1形として使う!?/アナログ機器とデジタル機器で電池を替える/高価な電池にのみ許される構造/最も電気容量の大きい電池とは?/「継ぎ足し充電NG」ってホント?/過熱を抑えるセーフティネット
    • #16 太陽電池 30年スパンで効率を考えるシステム型家電
      半導体に光が当たるとなぜ発電する!?/太陽パネルはなぜ八角形をしている?/単結晶と多結晶、どちらのパネルを選ぶべき?/実は高温に弱い太陽光発電/長期視点で製品選びを
    • #17 HEMS 家庭内の電力利用の“お目付け役”
      電力消費を平坦にならすという発想/太陽電池と二人三脚/電力を「見える化」してムダをなくす/分電盤を利用して家電の動きぶりを把握/節電対策の「三種の神器」/自動車が家電になる日
  • おわりに
  • 謝辞/さくいん

【感想は?】

 賢い主婦/主夫のアンチョコ。

 書名に「最先端技術」とあるので難しい本かと思ったら、意外とそうでもない。どころか、とってもわかりやすくて親切。イラストや写真も多いし。

 家電マニアのお兄さん・おじさん向けに書いた本っぽく見えるけど、これを読んで最も喜ぶのは、全く違う層だろう。日頃から洗濯機や電子レンジを使うけど、本音を言うとキカイは苦手、そんな人向けに、今よりちょっとだけ賢い家電の使い方・選び方を教えてくれる本だ。

 いや実は難しい事も書いてあるし、最先端技術も扱ってるんだが、もっと下世話で実用的でおトクな話もたくさん載ってて、それがとっても嬉しい。とりあえず私は「#04 電子レンジ」を読み終えた直後、さっそく電子レンジの中を掃除した。うひゃあ、すんげえ汚れてるw

 というのも、電子レンジの汚れは「異常加熱の原因にもな」るから。私の電子レンジは安物なんで小難しいセンサーの類はついてないけど、壊れたら困るし、電気も無駄になるし。

 他にも、エアコンのフィルターは月に2回ぐらい掃除しよう、なんて有り難いアドバイスがギッシリ。フィルターにチリやホコリが詰まると空気の流れが悪くなり、その分無駄に電気を使っちゃうのだ。まあ、この辺は直感的にわかるよね。

などの使い方ばかりではなく、選び方も教えてくれるぞ。例えば掃除機だ。つい吸引力ばかりに注目しちゃうけど、それだけじゃない。ホコリは静電気で床に貼り付いている。これをブラシでいかに剥がすかも大事なのだ。中には「ブラシ部の回転によってマイナスイオンを発生させ」って、ちと怪しげだが…

一般的にプラスに帯電しているホコリの電荷を中和させることで、静電気で床に貼りつくホコリを取り去るしくみも使われています。

 怪しげな印象がつきまとうマイナスイオンだが、そういう使い方もあったのね。

 乾電池だって向き不向きがある。安いマンガン電池が向くのは、あまし電圧が要らないもの、つまり「リモコンや懐中電灯」。逆に高いアルカリ電池が向くのは、高い電圧が必要な「デジタルカメラなどのデジタル機器」。向き不向きを考えて賢く選ぼう。

 当然、書名の「最先端技術」も、キチンと扱ってる。

 まず驚いたのが、テレビだ。最近のテレビは受け取った信号どおりに動くわけじゃない。いろいろと補正しているのだ。超解像技術とかは、解像度の粗い画像を、高解像度の画面にキレイに映す技術。単純に画像を拡大しただけだと、どうしてもジャギーが出たりボケたりする。そこでどうするか。

「明るさ(輝度値)が大きく変化する部分=エッジ」を検出し、その境界部がはっきりシャープに見えるよう加工すればよいのです。

 静止画だって解像度を上げるのは大変なのに、リアルタイムが要求される動画で、そんな難しい事やってるのか!しかも、だ。パソコンの画像変換アプリなら、ギガ単位のメモリ使い放題の上に、バグがあったらアップデート版を配りゃいいが、家電じゃそうはいかないってのに…。他にも高解像度化には様々な工夫があって…

 逆に画像を記録するデジタルカメラ/ビデオカメラも、最近の機種は手ブレ補正機能がついてる。廉価版は常にトリミングしてて、ブレた時にトリミングする領域を変える電子式だが、高級品は凄い。なんとレンズを動かすのだ。とんでもねえ精度だよなあ。

 電動シェーバーも驚きだ。昔は回転モーターだったけど、今はリニアモーターだ。そう、リニアモーターカーのリニアモーター。列車と違い量がはけるなら、それなりに安くできるんだなあ。まあ必要なパワーも桁違いだけど。

 加えて、刃の精度もすごい。網状になってて、刃の厚さがタテとヨコで違う。ヨコは60μmm、タテは41μmm。0.06ミリと0.041ミリですぜ。どうやってそんな精度を出すんだか。意外な事に素材はステンレス。剣としちゃステンレスは使い物にならないっぽいけど(→「人類を変えた素晴らしき10の材料」)、ヒゲ剃りには使えるんだなあ。

 などの他、時代による生活の変化や、世代や国や地域による売れ筋の違いなども面白い。最もよくわかるのは冷蔵庫の項で、1960年代までは毎日その日の分を買いに行ってたけど、だんだんとまとめ買いすうるようになった、と。これは生活習慣と冷蔵庫の普及が互いに影響しあったんだろう。

 洗濯機も、昔は大家族だったんで洗い物が沢山あり、大量に洗える縦型が好まれたけど、核家族化でドラム型が好まれるこうになったとある。また炊飯器の項では、高齢者は柔らかめのご飯を好み、若い人は硬めのご飯が好きだとか。硬めが好きな私は若者に属するんだろうか。あなたはどっち?

 など、色々楽しい本だが、読み終えた後は最新の家電製品が欲しくなるのが困るw 給料日やボーナス直後の、懐が温かくて気が大きくなっている時には、避けた方がいいかも。

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2016年11月 1日 (火)

ケン・リュウ「紙の動物園」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通訳

「たとえどうなろうと、過去に自分の人生を選ばせちゃだめ」
  ――波

「あたしたちにできることがたったひとつある。生き延びるために学ぶのよ」
  ――良い狩りを

【どんな本?】

 現在、日の出の勢いで人気急上昇中のアメリカのSF作家ケン・リュウの、本邦初紹介となる日本独自の短編集。SFマガジンで衝撃のデビューとなった「紙の動物園」や、おバカなネタにシリアスな歴史を絡ませた「太平洋横断海底トンネル小史」、あっと驚く展開の「良い狩りを」など、バラエティ豊かな傑作ぞろい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」ベストSF2015海外篇で堂々のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年4月25日発行。新書版で縦二段組み本文約353頁に加え、訳者あとがきが豪華17頁。9ポイント24字×17行×2段×352頁=約287,232字、400字詰め原稿用紙で約719枚。文庫本なら厚めの1冊分。

 文章はこなれている。内容も特にSFやファンタジイに慣れていない人でも大丈夫。あまり小難しいネタは使っていないし、わからなくても「なんかソレっぽい事を言ってる」程度に読み飛ばして構わない。それでもお話の一番大切な所は充分に楽しめます。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

紙の動物園 / The Paper Menagerie / F&SF2011年3月4月合併号
 幼いぼくが泣き出すと、母は取っておいた包装紙を使い、虎や水牛などの動物を折ってくれた。母さんの折り紙は特別で、母さんが息を吹き込むと紙の動物たちはいきいきと動き出した。
 2012年度ネビュラ賞・ヒューゴー賞・世界幻想文学大賞短編部門,2014年星雲賞海外短編部門,2013年SFマガジン読者賞海外部門,2013年イグノトゥス賞海外短編部門などを受賞。
 身一つでアメリカに嫁いだ中国人の母と、アメリカに溶け込もうとする息子。幼い頃は母親べったりだった息子も、もの心がつきはじめるとスレ違いが多くなってゆく。ややベタながら見事な泣かせの腕の冴えには、面白さを通り越して怖さすら感じる。なんたって、著者の思うがままに心をもてあそばれた結果、感じるのは「もっともてあそんでくれー」なんだから。
もののあはれ / Mono no Aware / オリジナルアンソロジー The Future is Japanese 2012年
 小惑星<鉄槌>が地球に衝突する事がわかり、世界はパニックに陥った。しかし大翔(ひろと)らが住む久留米市では、人々は淡々と日々の暮らしを続けながら、静かに避難の準備が整うのを待っていた。
 2013年ヒューゴー賞短編部門受賞。
 3.11の影響を強く感じさせる作品。あまりにあからさまな極東文化の賞賛には、少し照れくさくなるほど。チェスと碁を比べたり、傘や翔などの漢字を使い、極東の集団志向の魂を伝えようとする作品。
月へ / To the Moon / ファイヤーサイド第1号2012年4月刊
 法律事務所の新人弁護士サリーは、公益弁護活動の亡命事件の担当になる。失敗してもリスクはなく、新人が経験を積むには格好の仕事だ。依頼人は40代の中国人男性、張文朝。初めての面会の際、彼の話を聞こうとするサリーだが、張は逆に尋ねてきた。「あなた自身のことを話してください」
 (たぶん)中国の昔話と、アメリカへの移民問題、そして法の正義を絡めた作品。短いながら、「チャンスの国」アメリカへの痛烈な風刺であると共に、現代中国の体制も暴くキツい作品。最近は米中間の貿易も増えてて、こういう問題は取り上げにくくなりそうなだけに、もっとアメリカで読まれて欲しい。
結縄 / Tying Knots / クラークスワールド2011年1月号
 中国とビルマの国境に近い山岳地帯に、ナン族の村がある。山の斜面に棚田を作り暮らしてきたが、最近は水が減り不作の年が増えた。ナン族は独特の文字を持ち、村の歴史や知識を蓄えてきた。縄の結び目で文章を綴るのだ。
 アレとコレを結びつけるとは!って驚きが、SFの醍醐味の一つ。ここではインカの縄文字(→Wikipedia)と意外なシロモノを結びつけ、オオッってなセンス・オブ・ワンダーを生み出すと共に、グローバリズムへの皮肉も盛り込み、珠玉の作品に結実させている。なまじトムに悪気がないだけに、エンディングの切なさは格別。
太平洋横断海底トンネル小史 / A Brief History of the Trans-Pacific Tunnel / F&SF2013年1月2月合併号
 1938年、上海・東京・シアトルを結ぶ太平洋横断海底トンネルが完成する。時速約200kmと航空機よりは遅いものの、低コストで大量輸送できるトンネルは市場を席捲した。この大プロジェクトの発端は…
 トンネル掘削に携わった台湾人労働者の目を通し、「もう一つの歴史」を騙る作品。「長距離貨物輸送飛行船」とか、男の子をワクワクさせる乗り物を描くのが巧いなあ、この人。「本当にこうだったらいいいのに」と思わせる歴史でありながらも、ちゃんと当時のそして現代まで続く社会の暗部も容赦なくえぐり出すあたりはさすが。
潮汐 / The Tides / デイリー・サイエンス・フィクション2012年11月1日配信
 月が次第に近づき始めた。その影響で潮の満ち引きが大きくなり、多くの人が地球から出て行く。残った者も、高い丘の上で暮らしている。しかし、その父と娘は海の近くに住み続けた。高い塔を建て、満ち潮をしのいで。
 たった4頁の幻想的な作品。満潮が大きな水の壁となり、スローモーションの津波のように襲ってくる中、つぎはぎだらけの塔がナイフのように潮を切り裂いて建ち続ける風景のイメージも強烈だが、最後の幻想シーンも鮮やか。
選抜宇宙種族の本づくり習性 / The Bookmaking Habits of Select Species / ライトスピード2012年8月号
 この宇宙には様々な知的種族がいる。記録の残し方も多種多様で、それぞれの種族に独自の事情を反映している。ここに紹介するのは、アレーシャン族・クォツオーリ族・ヘスペロー族・タル=トークス族・カルイ-族で…
 これも10頁の掌編。短いながら、次々と飛び出す奇矯なアイデアがメチャクチャ楽しい。アレーシャン族の「本」は、作り手の息遣いまで伝わってくる優れものだし、クォツオーリ族の「本」も、まさしく一生の記念物w
心智五行 / The Five Elements of the Heart Mind / ライトスピード2012年1月号
 銀河周縁地域で漂流してしまったタイラ・ヘイズ二等科学士と、相方のパーソナルAIアーティ。動力も残り少なくなった。近くに未調査の星系ティコ409がある。救援の望みもなく、イチかバチかの可能性に賭け、ジャンプを試みるが…
 先端文明の一員が遭難し、緊急避難的に降り立った惑星には、偶然にも遅れた文明の人類の集落があり…といったパターンの話。五行思想を持つ中国の文化を受け継ぐ著者ならではのアイデアだろう。ちょっとネタバレ気味だが、現実にもこういう話(→Wikipedia)があったりする。
どこかまったく別の場所でトナカイの大群が / Altogether elsewhere, Vast Herds of Reindeer / F&SF2011年5月6月合併号
 遠い未来。人類はシンギュラリティを迎え、仮想空間上で暮らしている。物理的な制限のない仮想空間では、空間の次元も三次元に囚われずに済む。また子供を作る際も偶然に任せるのではなく、好みの特徴を取り込んで設計し…
 現実の肉体を持たなくなったら、「息を呑む」なんて身体的な動作を伴う表現も消えてゆくんだなあ、なんて細かい仕掛けにゾクッときた。これも風景が印象的な作品で、中盤以降に広がる、人類が消えたあとの地球の様子にウットリする。
円弧 / Arc / F&SF2012年9月10月合併号
 プラスティネーション。死体に合成樹脂を凍み込ませ、立体像として保存する技術。リーナ・オージーンは、ボディ=ワークス社で働く腕利きのアーティストだった。彼女は16歳の時に最初の子を産み、その百年後に最後の子を産んだ。
 死を扱った、重い作品。若い頃はありがちな愚かな娘だったリーナの人生をキメ細かく書き込むことで、人物像に深い陰影を与えている。人は子を作り、やがて老いて次の世代に道を譲る。だがその理がくずれたら…
波 / The Waves / アシモフ2012年12月号
 四百年かけ、おとめ座61番星を目指す、乗員三百名あまりの移民船に、地球から通信が入る。不老不死が可能となったのだ。だが移民船の資源は有限であり、人を増やす余裕はない。不老不死を受け入れ今のメンバーを維持するか、予定通り世代交代を続けるかの選択が迫られ…
 前の「円弧」同様、人の死を扱った作品だが、読了感は壮大にして爽快。冒頭の女媧をはじめ、幾つもの創世神話を散りばめた作風は、私が大好きなロジャー・ゼラズニイの某作品(*)を彷彿とさせ、神秘的で雄大で、ちょっと切なくなる雰囲気が嬉しい。
1ビットのエラー / Single-Bit Error / オリジナルアンソロジー Thoughtcrime Experiments 2009年
 プログラマーのタイラーは神を信じていない。だが出会った運命の恋人リディアは、心の底から神を信じていた。別に教会に行くわけでも人に教えを授けるわけでもなく、ただ「自分は祝福されている」とわかっている、それだけだ。そしてタイラーは、彼女の信仰も愛している。
 テッド・チャンの話題作「地獄とは神の不在なり」に影響を受けた作品。「波」がゼラズニイなら、これはジョン・ヴァーリーだろうか。リディアみたいな信心を薦める宗派って、あるんだろうか? プログラマらしく信仰のメカニズムを理詰めで把握しつつ、気持ちでソレを認め求めるタイラーは、実にプログラマらしい。プログラマにだって感情はあるし、大切にしてるんだぞ。
愛のアルゴリズム / The Algorithms for Love / ストレンジ・ホライズンズ2004年7月12日配信
 ローラ。オモチャの人形。人間のように受け答えする。仕掛けは簡単な会話プログラムだが、大ヒットとなった。売り出したノット・ユア・アヴェレージ・トイ社は急成長し、より優れた性能の新製品を作りだしてゆく。だが、その会話プログラムを作ったエンジニアは…
 ブライアン・クリスチャンの「機械より人間らしくなれるか?」を読むと、案外と人間の会話なんて型にハマったもんじゃないのか、と思えてくる。だとすると、人間の心って、なんだろうね? といった本筋に加え、テレビのインタビューにマゴつくエンジニアの主人公が可愛かったり。大抵の専門家は、仲間内の言語と一般向けの言語のバイリンガルなんです。
文字占い師 / The Literomancer / F&SF2010年9月10月合併号
 1961年。アメリカ軍属の娘として台湾に住むリリーは、出来心で水牛の背に乗ったのがきっかけで、老人の甘振華とその孫の陳恰風と仲良くなる。甘はちょっとした魔法が使えた。測文先生、文字占い師なのだ。漢字には意味と由来がある。その部首にも意味と由来がある。それらから、文字占い師は…
 「太平洋横断海底トンネル小史」同様、20世紀中ごろからの日本・中国・台湾そしてアメリカの歴史を下敷きにした、とても重い作品。ではありながら、主人公を幼く先入観を持たない少女リリーにすることで、かすかな希望を感じさせ…てるんだと、思いたい。イアン・マクドナルドの「サイバラバード・デイズ」収録の「カイル、川へ行く」に少し雰囲気が似てる。
良い狩りを / Good Hunting / ストレンジ・ホライズンズ2012年10月9日・10月29日配信
 父は妖怪退治師だった。その日の仕事は、妖狐退治だ。商人の息子が妖狐に憑かれたのだ。妖狐は美しい女に化け、罠へと近づいてくる。父が妖狐に襲い掛かり、逃げる妖狐は僕にほほ笑んだ。情けないことに、ぼくは…
 聊斎志異の世界がまだ生きている中国を舞台に、妖怪退治で始まった物語が、鮮やかに二転三転して思いがけない方向に転がってゆく。舞台とストーリーの意外性に満ちた展開が実に見事。ライトノベルのシリーズにしたらウケそうだよなあ…と思ってたら、既に続編が出ているとか。ヴィジュアル的にも映えそうだし、いずれ映画化されそう。
訳者あとがき

 しっとりと心に響く「紙の動物園」,重い歴史を伝える「太平洋横断海底トンネル小史」「文字占い師」,奇抜な発想の馬鹿話「選抜宇宙種族の本づくり習性」,神話的な壮大さを秘めた「波」,そして意外性に満ちたストーリーの「良い狩りを」など、中国の文化を受け継いでいるだけでなく、作家としての幅の広さを感じさせる、バラエティ豊かな芸風で、今後の活躍を強く予感させる。幸いにも活発に作品を発表しているので、暫くはSF界で彼の話題が尽きないだろうなあ。

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【註:ネタバレあり要注意】

某作品:「フロストとベータ」および「十二月の鍵」。「フロストとベータ」はハヤカワ文庫SF「キャメロット最後の守護者」に、「十二月の鍵」はハヤカワ文庫SF「伝道の書に捧げる薔薇」に収録。いずれも壮大なスケールで少し哀切漂う傑作です。

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