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2016年11月11日 (金)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2

過去の成長は、(略)通常は年率1~1.5%の成長でしかなかったのだ。それより目に見えて急速な、年率3~4%以上の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。
  ――第2章 経済成長 幻想と現実

 トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 1 から続く。

【主題】

 この本の主題は、富と所得の格差だ。しかも悲観的なもの。

 富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなる。まっとうな資本主義社会が平穏に続けば、自然とそうなる。格差は広がる一方で、減らない…人為的に是正しない限り。

 この理屈を、主に18世紀から21世紀初頭のデータを基に検証し、そのメカニズムを明らかにしたのが、この本だ。異様に分厚いが、それは似たような事柄を様々な視点とデータで検証しているため。言ってる事自体はけっこう繰り返しが多い。

 それとは別に、軍ヲタとして読むと、実はとっても物騒なメッセージが隠されている事がわかる。決してソレを著者は表に出していない。が、示した問題に対する解決策が、読めば自然と浮かび上がってくる。とんでもなく鬼畜で野蛮で冷酷な解決策ではあるけど。

【原理】

 この本の話をする際に必ず引き合いに出される r>g が根拠。

 と言っても、これだけじゃ何の事だかわからない。rは資本収益率、gは経済成長率。

 資本収益率rとは何か。1億円投資して、1年に100万円儲かれば、100万/1億=0.01=1%となる。これが、普通は5%ぐらいになる。今の銀行の定期預金利率はもっと安いって? うん、そうだね。

 一般に投資として銀行預金はとても効率が悪いのだ。いいのは不動産や株。18世紀あたりだと、お金持ちと言えば地主だった。小作人に農地を貸して地代を取る。この地代が、だいたい農地の値段の5%ぐらい。

 「史記」の貨殖列伝には当時の借金の利率が出てて、だいたい年利20%。「カナート イランの地下水路」によると、カナートによる灌漑農地の収益率は年10~25%ほど。ソースは忘れたが羊や牛の放牧だと、現頭数の10%ぐらいづつ増えるとか。

 これから踏み倒される分やカナートの保守費用、牧童や加工業者への払いなど、損金・費用・減価償却分を引くと、だいたい5%ぐらいになるんだろう。

 これが現代だと、マンションを建てたり株を買ったり自分で事業を起こしたり。いずれにせよ、手元に相応のお金があるからできる話なんだが、そういう「お金持ちだけにできる」儲け口があるわけ。

 対して経済成長率は、GNPとかGDPとか言われるシロモノ。細かく言うとGNPとGDPは違うし、この本が使うのはGDPから減価償却(だいたい一割ちょい)を引き、貿易収支を加えた国民所得だが、そういう細かいことは気にしない。そもそも、元の数字も計算もかなり荒っぽいので、小さな違いを気にしても仕方がないのだ。

 で、これがだいたい年1~1.5%。そう、最近の日本じゃ低成長だのなんだの言われてるけど、年1%の成長は普通なのだ。少なくとも、歴史的には。かつての高度成長期が異常なだけで。なぜ異常かというと、実は今の中国と同じ現象。

 どう異常か。高度成長は、一時的な現象なのだ。ビンボな国が他の豊かな国に追いつく時に、一度だけ現れる。それが高度成長。追いついたら、以降は低成長に戻る。少なくとも、歴史的にはそういうデータが出ている。

 では、なぜ資本収益率rが経済成長gより大きいとマズいのか。

 お金持ちは年率5%を稼ぐ。稼いだ分で別の土地や株を買えば、更に儲けも富も増える。お金持ちの富は毎年5%づつ増えるわけ。ところが国全体の富は1%づつしか増えない。とすっと、国の富全体の中で、お金持ちの富と貧乏人の富の割合は、どうなるだろう?

 簡単だ。貧乏人の富の割合が減り、お金持ちの富の割合が増える。豊かな者が国の富を買い占め、貧しいものは何も持てなくなる。富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなるわけ。

 これが病的な現象ならともかく、健全な資本主義社会だとそうなるってのが、この本の主張。

【なんでこんなに厚いの?】

 上の主張を、様々なデータで裏づけしたのが、この本だ。同じテーマを、様々な視点で見てデータを集め、何度も検証する。

 そういう本だから、主題を知りたいだけなら、たくさん出ているアンチョコ本を読む方が早いと思う。どの本がいいかまではわからないけど、少なくとも読むのに一週間もかかったりはしないだろう。

 じゃ一週間かける値打ちがないかというと、それは人によりけり。

 マクロ経済学に疎いけど興味がある人には、けっこう衝撃的なデータや、経済学の意外なデータが出てくるので、それなりに楽しめる。逆にマクロ経済の常識、例えば欧米でのお金持ちトップ10%の富のシェアの移り変わりや、GNPに対する国債の適切な割合を知っている人には、当たり前の事しか書いてない。

 ちなみに今の日本の国債はGNPの約2倍で、結構ヤバい数字なんだが、これを減らす方法も書いてある。小泉改革って、そういう事なのね、と納得。

【どこが面白いの?】

 本書の大きな特徴の一つは、バルザックやオースティンなど当時の文学を何度も引用している点。これにはちゃんと意味があって。

 というのも、当時の英仏文学には、資産や収入の額が具体的に出てくるため。当時はインフレもデフレもなくて、お金の価値は安定してた。だから、具体的に「1200フラン」と書けば、どの程度の金額なのか、後世の者でもわかると考えたのだ。

 対して、現代の作家は大変だ。阿佐田哲也は「麻雀放浪記 2 風雲篇」でこう書いてる。

昭和26年頃の六百円は、ストリップをのぞいてコップ酒を軽く呑み、丼飯が食えた。むろん、金というほどのものじゃない。でもドヤ街の段ベッドになら、それで一週間は寝ていられた。ヒロポンのアンプルが、ルートからの直販で25円だった頃だ。

 お金の価値を、「それで何をどれぐらい買えるか」で伝えなきゃいけない。もっとも、阿佐田哲也は、そこにストリップやヒロポンを引き合いに出し、下品でガサツで物騒な作品世界を築き上げるための道具として、巧く使ってたりする。

【最近の若者は】

 などと嘆くオジサン・オバサンは多い。私も、自分が若い頃と比べて、最近の若い人は未来にあまり大きな期待を持ってないように思う。その理由の一端が、わかった気がする。

 この本に出てくる20世紀の景気や富の構成の変化が、それだ。これは大きく4つに分かれる。

  1. ~1910年代:停滞期。経済成長は1~1.5%ほど。
  2. 1910年代~1940年代半ば:崩壊期。第一次世界大戦・大恐慌・第二次世界大戦で世界が壊れた。
  3. 1940年代後期~1980年代:復興期。高度成長が続く。
  4. 1990年代~:現代。復興が一段落し、低成長が続く。

 高度成長の頃は、頑張れば稼ぎも増えた。親から相続できる財産も、大半は戦争で失っているので、資産の格差も少なかった。仕事で結果を出せば評価される社会だったのだ。

 でも1990年代以降は、格差が見えるようになった。親が持つ財産で未来も決まっちゃう社会になった。頑張って働いて貯めても、土地や株を持つ人には敵わない社会になっちゃった。

 「株で稼げばいいじゃん」。残念ながら、貧乏人には難しい。お金持ちなら、リスクを分散して複数の会社の株を買える。もっとお金持ちなら、専門のコンサルタントも雇える。でも朝から晩まで働いてる貧乏人は、株の価格の上がり下がりをチェックしてる暇もない。

 先の資本収益率rには、残酷な性質がある。資本が大きいほど、rも大きい。お金持ちほど効率よく稼げるのだ。この本だと、大学基金の例が出ている。100億ドルを超えるハーヴァードなどの基金は10.2%を稼ぐが、1億ドル未満は6.2%しか稼がない。

 お金持ちには会社の売り買いやマンションを建てる手もあるけど、貧乏人にそんな元手はない。せいぜい1社か2社の株ぐらいで、たいていは定期積立預金がせいぜいだ。

 そんなわけで、貧乏人とお金持ちの差は開く一方なのだ。

【ブラックホール】

 世界の純外国資産も面白い。

 世界の各国は国債や公債を買ったり売ったりしているし、民間の銀行や基金も外国の債券や株を売り買いしてる。国同士が互いに貸し借りしてるわけ。そこで、貸してる分と借りてる分を相殺したら、どうなるか。

 意外な事に2010年現在の日本は、GNPの4%ほど黒字になる。欧米は4~5%の赤字。意外と日本って健全じゃん。国債はGNPの2倍だけどw

 もっと面白いのが、世界中の借金と貸し付け分をならした数字。普通に考えるとプラスマイナス0になるはずなんだが、「世界全体が大幅にマイナス収支になっているのだ」。どこかにお金が消えている。

 なぜ、どこに?

 ガブリエル・ズックマンによると、これはタックス・ヘイブンに消えているとか。パナマ文書で有名になった、アレです。しかも、その額が凄い。「世界GDPのおよそ10%」ときた。別の推計だと、その2~3倍にもなる。

 マジかい。

【解決策】

 この差はヤバいよ、と著者は訴える。ちょうど今、合衆国の大統領選の結果がトランプ勝利と出ているが、これなんか貧しい者の怒りの声そのものだろう。彼らは変化を求めている。

 これに対する著者が示す解決策は、野心的だが比較的に穏やかなものだ。きわめて大雑把に言うと、金持ちから沢山税金を取れ、となる。

 が、実はもっとヤバくて残酷で破壊的な解決策もあると、私は気づいた。きっと著者も気づいている。あまりに物騒なので書けないのだ。トランプに投票した人も、本能的に嗅ぎつけている。

 そういう方向に向かない事を、私はひたすら祈る。

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