SFマガジン2016年12月号
VR元年…?
それを12月に教えられても!!
――表紙SFに求めるものは人間の頭をおかしくさせることだ。
――草野原々インタビュウ
376頁の標準サイズ。特集は二つ。VR/AR,第4回ハヤカワSFコンテスト受賞作発表。だがVR/AR特集はいきなり表紙で台無しにw 小説はなんと豪華12本。
まずはVR/AR特集として5本。柴田勝家「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」,ケン・リュウ「シミュラクラ」古沢嘉通訳,ヒュー・ハウイー「キャラクター選択」大谷真弓訳,ジェフ・ヌーン「ノーレゾ」金子浩訳,ニック・ウルヴェン「あなたの代わりはいない」鳴庭真人訳。
続いて第4回ハヤカワSFコンテストの優秀賞受賞作の抜粋が2本。黒石迩守「ヒュレーの海」,吉田エン「世界の終りの壁際で」。
連載も2本。夢枕獏「小角の城」第41回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第12回。加えて読み切りが3本。谷甲州「航空宇宙軍戦略爆撃隊 前編」,上遠野浩平「最強人間は機嫌が悪い」,宮沢伊織「八尺様サバイバル」。
柴田勝家「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」。中国南部の雲南省からベトナム・ラオスにかけて住む少数民族スー族は、生まれてすぐヘッドセットをつけ、VRの中で一生を送る。彼らが暮らすVR世界については秘儀とされ、外部の者には知りえない。
文化人類学の論文の形を模して、ヘッドセットをつけたまま暮らす少数民族の社会と生活を描きだす。「ピダハン」や「コンゴ・ジャーニー」とかを読むと、現実の文化人類学のフィールドワークでも、調査対象の人々がモノゴトにどんな意味づけをしているかは、なかなかわかんなかったりする。私にとってはタダの列車でも、鉄っちゃんにはE235だったりするし。
その柴田勝家による、「『アイドルマスター シンデレラガールズ ビューイングレボリューション』体験記 星の光の向こう側」が熱い。というか暑苦しいw 年季の入ったプロデューサーでもある柴田勝家が震え泣き叫び、ついにはマシンの限界すら越えてしまう。ある意味、稀有なテスター(製品検査官)だよなあ。心置きなく楽しむには防音・防振設備の整った部屋が要るのかも。
ゲーム・デザイナーで AR performance を手掛ける内田明理インタビュウ「ARがもたらす“一期一会”」。予め全部をプログラミングしてるのかと思ったら、そんなチャチなモンじゃなかった。曰く「簡単に言うと、人形浄瑠璃なんですよ」。一つのキャラクターを表情・身体・声・ダンスなど、チームで創り上げているとか。今でもCMなどで手だけのモデルさんがいるらしいが、そういう感じなんだろうか?
ゼーガペインADBデザインディレクター ハタイケヒロユキ インタビュウ。SFを映像化すると、設定が変わる場合があるが、その事情を分かりやすく説明してくれる。「集団作業なので、全員がシェアできる視覚的表現にしないといけない」。チームみんなが理解できるようにしなきゃいけないわけ。
ケン・リュウ「シミュラクラ」古沢嘉通訳。ポール・ラモリアはシミュラクラ技術を創り上げ、世界的な成功を治める。その時の対象人物について、姿かたちを完全に記録し、三次元的に再生できる。おまけに単なる記録ではない。だが、その技術が元で娘のアンナとは疎遠になってしまい…
ポールとアンナへのインタビュウの形で進む。読み終えて冒頭に戻ると、別の仕掛けが見えて驚いた。さすが業師ケン・リュウ。娘のいるお父さんには、かなりキツい作品。
ヒュー・ハウイー「キャラクター選択」大谷真弓訳。赤ちゃんが寝ている合間に、ゲームを楽しむ妻。戦場にいる兵士となり、ミッションをこなす。そこに夫のジェイミーが帰ってきた。怒るどころか、ゴキゲンだ。これは彼のお気に入りのゲームで…
忙しい子育ての合間に息抜きで戦闘ゲームを楽しむ奥様のプレイスタイルは、ゲームマニアなジェイミーと全く違い… 同じゲームでも人によりプレイスタイルはそれぞれ。高軌道幻想ガンパレード・マーチでも、仲人プレイなんてのを開拓した人がいる。こういう発想の豊かさは凄いな、と感心したり。
ジェフ・ヌーン「ノーレゾ」金子浩訳。金持ちは高解像度の視覚を得て、貧乏人は低解像度な上にウザいポップアップ広告に悩まされる世界。トムはバイクに7台のカメラを積み世界を映す仕事で稼いでる。仕事中は高解像度の視覚を得るが…
狭いモニタで苦労しつつブログの記事を書いてる身としては、とっても身につまされる作品。質の低い回線で Youtube の動画を見る時のように、カクカクとコマ落ちした感じで現実を認識する感覚を、独特の文体で巧く表している。
ニック・ウルヴェン「あなたの代わりはいない」鳴庭真人訳。パーティからパーティへと飛び回り、多くの人びとと出会うが、大半の人とは二度と出会うことはない。そんな日々を過ごすクレアが、そのパーティで出会ったバイロンは何かが違った。
優雅で贅沢、でもどこかチグハグ。物語は仮想現実の世界で、登場人物はそのキャラクターらしい。おまけに、彼らはうっすらとソレを自覚している。ちょっと飛浩隆のグラン・ヴァカンスを思わせる設定。美味しいものが食べられないのは哀しいが、そもそも彼らは「食べる」って感覚がないんだよなあ。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第12回。バロットのパーティは終わり、再び任務へと戻るイースター・オフィス。市会議員のモーモントと共に、ヴィクトル・ベルトコン市長への陳情に向かう。その頃、ハンターらは新たな一手を打ちつつあった。
各登場人物の陰険さが楽しい回。静かに主導権を争うブルーとイースター、市政でのポジションをめぐるモーモントとベルトコン。そして後半はやはりハンターらクインテットが着々と駒を進めてゆく。今回のラストは実に衝撃的で絶望的。ここまで見事だと、ハンターを応援したくなるw
谷甲州「航空宇宙軍戦略爆撃隊 前編」。航空宇宙軍大学校に在学中から、第二次外惑星動乱の危険に気づき、論文で警告を発してきた早乙女大尉。大学課程修了後は閑職に回されたが、外惑星連合の奇襲攻撃で事情が変わり、特務艦イカロス42の艦長として転勤となり…
参謀本部へと向かう出世街道からヨレてしまった、元エリートの早乙女大尉。調査・分析などのペーパーワークを得意としてきた彼が、いきなり最前線に突っ込まれる話。ガチガチの石頭かと思ったが、意外と順応性は高いあたりは、さすが元エリート。にしても特務艦って所が怪しさプンプンでw
上遠野浩平「最強人間は機嫌が悪い」。世界中のVIPが集まったサミット会場が占拠された。立てこもったのは“最強人間”。その要求に応えるため、製造人間ウトセラ・ムビョウはカレイドスコープと共に会場に向かうが…
ブギーポップ世界に連なる作品。著者らしい、意地悪いながらも妙に脱力した会話が楽しめる作品。なんたって相手は“最強人間”。ハッキリ言ってバトルじゃ無能なムビョウが、口先三寸で“最強人間”をかわす…ってのとは、ちょっと違うような。
宮沢伊織「八尺様サバイバル」。先の“くねくね”騒動で、空魚と鳥子の身体に異変が起きた。原因を探り対策をたてるために、二人は再び裏世界へと向かう。今度は空魚も充分に装備を整え、例の枠組みだけのビルに出た。周囲を探索して見つけたのは…
ネット上の都市伝説を取り入れて奇妙な世界を描く裏世界ピクニック・シリーズ、今回のネタは八尺様。ちょっと調べたところ、なんでも「検索してはいけない単語」だそうで。それ先に教えてくれよw それより空魚と鳥子の関係が気になる第二回だったw
黒石迩守「ヒュレーの海」。地表は“混沌(ケイオス)”が滅ぼした。人類は自己完結した幾つかの巨大都市に住む。豊かな者は地上都市に、貧しいものは地下都市に。地下都市のサルベージギルドに属する少女フィは、妙なネタを偶然に見つけ、仲良しの少年ヴェイに教えるが…
活発な少女フィと、落ち着いた少年ヴェイってコンビは、涼宮ハルヒ以来の流れを汲んでるのかな? 舞台は映画ブレードランナー的な雑然とした地下都市の雰囲気。フィ、ヴェイ、二人を温かく見守るギルドの面々、そして師匠格のシドと、曰くありげな人物の紹介が巧い導入部。
吉田エン「世界の終りの壁際で」。山手線に沿い巨大な壁ができ、富める者は壁の内側に住む未来。外で暮らす少年の片桐音也は、ゲーム<フラグメンツ>で稼いだ賞金をつぎ込み揃えた装備でクラス50に挑むが、敵は豊かな資金にモノをいわせ桁違いに強化していた。
冒頭から派手なバトル・アクションが展開する、漫画化したらウケそうな作品。貧しい少年があり金はたいて揃えた装備が、金持ちの豪華な装備に一蹴される出だしから、少年漫画の王道な匂いが強く立ち上る。最近の傾向を考えると、掲載誌は少年ジャンプより少年チャンピオンの方が似合いそうな、熱気とイナタさを感じる。
世界SF情報。ローカス・ベストセラーリストのハードカバーのトップが、なんとチャールズ・ストロス The Nightmare Stacks。「残虐行為記録保管所」のシリーズかな?最近、ストロスの本が出てないんだけど、なんとかなりませんか。
鹿野司「サはサイエンスのサ オールドSFの洞察」。最近のネット上に見られる負の感情の噴出を、「イドの怪物」に例えているのは巧い。現実がそんなものなのか、ネットが増幅させているのか、どっちなんだろう?
噂の草野原々「最後にして最初の矢澤」改め「最後にして最初のアイドル」は特別賞を受賞。近く電子書籍も出るとか。選評じゃ「素材はいいが粗削りすぎ」って雰囲気なんで、技術が身につけば化けそうな感じ。インタビュウじゃスティーヴン・バクスター,バリトン・J・ベイリー,クリス・ボイスなんて物騒な名前が次々と出てくるんで、今後に大いに期待しちゃうなあ。思いっきり暴走して欲しい。
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