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2016年10月11日 (火)

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「あまたの星、宝冠のごとく」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫・小野田和子訳

 神が死んだので、魔王サタンは彼よりしばらく長生きすることとなった。
  ――悪魔、天国へ行く

戦争は悪だ。共産主義者の圧政に甘んじるのは、もっと悪だ。
  ――ヤンキー・ドゥードゥル

【どんな本?】

 衝撃のデビュー、衝撃の正体、そして衝撃の最後と、三度にわたりSF界にティプトリー・ショックを与えたジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの最晩年の作品を集めた、珠玉の短編集。

 わかりやすい皮肉や風刺から、冷酷なまでに現実的な目線の社会批判もあれば、追い詰められた者への温かいまなざしを感じさせる物語まで、バラエティ豊かながらも、他の追随を許さない独特のティプトリー臭を漂わせる作品が集まっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Crown of Stars, by James Tiptree Jr. , 1988。日本語版は2016年2月25日発行、私が読んだのは2016年3月15日の二刷。滑り出しは快調。文庫本で縦一段組み、本文約558頁に加え、小谷真理の解説「銃口の先に何がある?」7頁。9ポイント41字×18行×558頁=約411,804字、400字詰め原稿用紙で約1,030枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。SFというよりファンタジイや寓話的な仕掛けの作品もあるし。ただし、意味はつかめても意図を掴むには苦労する作品が多いかも。東欧崩壊前の冷戦の最中に書かれた事を頭に入れておこう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 / 訳者 の順。

アングリ降臨 /  Second Going /  Universe 17 1987 / 小野田和子訳
 人類は火星で初めて異星人に出会った。だが、彼らは火星人ではない…見た目は昔の映画の火星人ソックリだけど。彼らは三本足の戦車で地球に攻めてきたりはしなかった。彼らが伝えてくるメッセージは「平和」そして「歓迎」。
 コロコロと話が進む、ユーモラスながら強烈な毒がたっぷり詰まった作品。終盤でズラズラと連中が出てくるパレードの場面は、華やかながら、ちょっと笑えたり。とまれ、解説にあるように、キリスト教が強いアメリカと、八百万の神がおわす日本では、だいぶ受け手の印象が違うんだよなあ。
悪魔、天国へ行く /  Our Resident Djinn /  F&SF 1986年10月号 / 小野田和子訳
 神が死んだので、魔王サタンことルシフェルは天国へと弔問にでかける。門ではペテロが番をしていた。思ったより巧くいっているように見えたが、内部事情はなかなかに複雑で。この機に乗じて色々と画策する連中も多く…
 これもアブラハムの宗教を皮肉ったユーモラスな作品。いきなり「神が死んだ」で驚き、次に魔王サタンが天国まで弔問に行くってんでまたびっくり。でも意外と険悪にはならず、どころかペテロの悩みを親身に聞いてたりw
肉 /  Morality Meat /  Despatches from the Frontiers of the Female Mind 1985 /  小野田和子訳
 州間高速道路をトバす18輪トレーラー。行先は金持ちの爺さんが集まるボヘミアクラブ、積み荷は上等の肉。今は凶作で肉なんて滅多に食えないのに。
 赤ん坊を抱えた黒人少女のメイリーンは、珍しく白人ばかりの山の手に来た。安月給で親子二人が食っていくのは苦しい。
 貧富の差・人種問題・妊娠中絶など多くの社会問題をブチ込み、ストレートに風刺する作品。段ボールハウスで寒風をしのぐホームレスたちと、明るく清潔でシステマチックで効率よさげなセンター内の対照が、皮肉を際立たせている。
すべてこの世も天国も /  All This and Heaven Too /  アシモフズ1985年12月中旬号 /  小野田和子訳
 豊かな自然に恵まれ、発達したリサイクル技術で環境を守っているエコロジア=ベラのお姫様が、隣の大国プルビオ=アシダの王子さまに恋をしました。プルビオ=アシダは工業化が進み、地には汚泥が広がり奇形の子どもも沢山生まれています。
 これまた皮肉でユーモラスな作品。お伽噺の文体で語られる、恋するお姫様とお王子様の話…のはずなのに、その中身は再生可能エネルギーだったり軍の性質だったり男女のあっふんだったりw 著者の経歴を考えると、最後のオチもなかなか意味深。
ヤンキー・ドゥードゥル /  Yanqui Doodle /  アシモフズ1987年7月号 /  小野田和子訳
 南米の某国。共産系のゲリラと戦っていたドナルド・スティル上等兵は負傷して気を失い、病院で目を覚ます。戦友たちの行方はわからない。看護師の女の子が言うには、国に帰れるようだ。ただし、その前に「二、三週間かけて解毒しなくちゃならない」。
 舞台はニカラグアかコロンビアか。ゲバラの「ゲリラ戦争」とかを読むと、確かにゲリラ相手の戦いは神経をすり減らすシロモノで、しかも敵はわかってて神経戦を挑んでくる。ベトナムでも多くの兵が薬物に頼り、壊れていく様子は幾つかの映画でも描かれた。太平洋戦争でも帝国陸海軍はヒロポンを使ってたなあ。
いっしょに生きよう /  Come Live with Me /  Crown of Stars 1988 / 伊藤典夫訳
 四季節まえ、山火事があった。わたしはなんとか生き延びたが、困ったことになっている。川上にいるたった一人の連れとの間を、倒れた木がふさいでしまった。使い子をやって木を動かそうとしたが、場所が遠すぎるし使い子は力が弱すぎる。
 あの名作「愛はさだめ、さだめは死」を彷彿とさせる、異星を舞台としてエイリアン視点で始まる物語。冒頭から人間視点で描いたら、かなり味わいが違ってくる。どころかジョージ/ジューン視点とケヴィン視点でも、全く違う物語になりそう。
昨夜も今夜も、また明日の夜も /  Last Night and Every Night /  Worlds of Fantasy Volume 1 Issue 2 1970 /  小野田和子訳
 雨の中、高級マンションから女が出てきた。小柄で若い。これならチョロそうだ。今まで何度もやった。そばにいって、感じよさそうな声と表情で話を聞いてやる。追い出されて行くところがない、お馴染みの泣き言だ。
 手慣れたスケコマシのアンチャンが、ねぐらのない娘をひっかけてヤサに連れ込みってパターンは、現代日本でも神待ち掲示板なんてモンがあるらしいが…
もどれ、過去へもどれ /  Backward, Turn Backward /  Synergy 2 1988 /  小野田和子訳
 タイムトラベルは、実現した。とはいっても、実際にはほとんど役に立たない。未来の自分と入れ替われるが、何も持って行けず、また持って帰ることもできない上に、帰ってきても何も覚えていない。使えないので軍は技術を手放した。今は金持ち学生向けのアトラクションにもなっている。
 ニキビだらけでボッチな優等生と、ブロムの女王。どう考えても接点のない筈の二人なのに、55年後には愛し合い幸福な結婚生活を送っていた。一体、何があったのか。と、まるきし甘いラブロマンスの設定を示しながら、やっぱりティプトリーだったw 終盤の胃が痛くなる緊張感はさすが。
地球は蛇のごとくあらたに /  The Earth Doth Like a Snake Renew /  アシモフズ1988年5月号 /  小野田和子訳
 幼いころから、Pは<地球>に夢中だった。神話や伝説では女性に例えられる地球だが、彼女の<地球>は間違いなく男性で、そして彼女を深く愛している。成長しても思い込みは変わらず、それどころか彼女の信念を裏付ける事件が次々と起き…
 運命の恋をした女性の物語。ただしお相手は人間ではなく<地球>。と書くとアレな人みたいだし、ティプトリーの落ち着いた三人称で語られると、更にPのアレ具合が引き立つ。オチも実にティプトリーらしい。
死のさなかにも生きてあり /  In Midst of Life /  F&SF 1987年11月号 /  小野田和子訳
 45歳の春、エイモリー・ギルフォードはすべてに興味を失い、何もかもが面倒臭くなった。仕事は順調だし、妻との関係も悪くない。だが休みを取ってビーチに行っても、エンジンはかからない。休暇の最後の日、彼は銃を取り出し…
 出だしの鬱の描写が見事。経験者なんだろうなあ。ガイド役のトラック運転手のリロイ、改めて読み返すと、これはこれで彼なりに幸福なような気がする。相棒のデイジーも、ここなら具合が悪くなったりしないだろうし。そういう人生も、それなりにいいのかも。
解説 銃口の先に何がある?(小谷真理)

 お話の流れはゾッとするぐらい冷酷な現実主義者の世界観を感じさせるものが多いが、その奥に切り捨てられる者へ注ぐ暖かなまなざしもある。どうにも溶け合いそうにない両者が、危ういバランスで共存しているのが、慣れるとクセになるティプトリー作品の魅力の一つ。

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