« フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」サンリオSF文庫 蒲田耕二訳 | トップページ | ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「あまたの星、宝冠のごとく」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫・小野田和子訳 »

2016年10月 9日 (日)

ルイス・ダートネル「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」河出書房新社 東郷えりか訳

 これは文明再起動のための青写真だ。しかし、これはまた僕ら自身の文明の基礎に関する入門書でもある。
  ――序章

料理は人間の歴史における化学の始まりだった。
  ――第4章 食料と衣料

製粉や木造パルプを叩いて紙にするなどの作業にくらべ、ウールを梳く作業、紡績、機織りなどのどの段階でも、自動化や機械力の応用はずっと難しいことに気づくだろう。織物製造にかかわる作業の多くはきわめて繊細で、細い糸を切らずに紡ぐなど、指の器用な動きに合ったものなのだ。
  ――第4章 食料と衣料

 こうした疾病の多くは文明そのもののもたらす直接の結果である。とりわけ、動物を家畜化し、そのすぐそばで暮らすことによって、病気は異種間の障壁を越えて人間に感染するようになった。
  ――第7章 医薬品

機械化革命は11世紀から13世紀のあいだに勢いづき、収穫した穀物を粉にひくために〔水力・風力による〕工場を利用するに留まらなかった。水車や風車の力強い回転力は、目を見張るほど多様な用途に利用できる普遍的な動力となった。採油のためのオリーブ、亜麻仁、菜種の圧搾、木材に穴をあけるドリルの駆動、絹や綿の紡績…
  ――第8章 人びとに動力を パワー・トゥ・ザ・ピープル

窒素固定の実践は熟練した工学技術のわざなのである。
  ――第11章 応用科学

科学は自分が何を知っているかを並べているわけではない。むしろ、どうやってわかるようになるかに関するものなのだ。
  ――第13章 最大の発明

【どんな本?】

 人類滅亡には様々なシナリオがある。ここでは疫病が大流行し、生き残ったのは一万人ぐらいとしよう。幸いにして気候は大きく変わらず、今ある自動車や工場などの機械も大半が残っている。しかし、ガス・水道・電力などのインフラは止まり、石油もガソリンスタンドの貯蔵分を使い切ればなくなる。

 こんな状況から文明を立て直すには、どうすればいいだろうか? 暫くは既にあるものでしのげるが、やがて食料は食べつくし衣服はすり切れ機械は壊れる。その前に、自分たちで穀物を育て糸を紡ぎ鉄を精錬し家を建て…と、自給の体制を整え、再び文明を再建できるようにしたい。

 それ以外に、どんな事をすべきなんだろう? 大規模な工場が動かせず世界中からの原材料も大量の石油もない状態で、どんな物をどんな風に作れるだろう? そういった危機に備えるには、どんな知識を書き残すべきなんだろうか?

 文明の再建というシナリオをもとに、私たちの暮らしを支えるテクノロジーの基盤や、それらが登場した歴史を語り、楽しく科学と技術の基礎を伝える、一般向けのエキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Knowledge : How to Rebuild Our World from Scratch, by Lewis Dartnell, 2014。日本語版は2015年6月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約308頁、9ポイント47字×19行×308頁=約275,044字、400字詰め原稿用紙で約688枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容は、化学に関する部分が難しかった。具体的には触媒を使うあたり。いや私、化学は苦手なんで。

【構成は?】

 序章から第2章までは世界設定を語る部分なので、できれば最初に読もう。以降も穏やかに順番になっているが、面倒くさかったら美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 序章
  • 第1章 僕らの知る世界の終焉
  • 第2章 猶予期間
  • 第3章 農業
  • 第4章 食料と衣料
  • 第5章 物質
  • 第6章 材料
  • 第7章 医薬品
  • 第8章 人びとに動力を
    パワー・トゥ・ザ・ピープル
  • 第9章 輸送機関
  • 第10章 コミュニケーション
  • 第11章 応用科学
  • 第12章 時間と場所
  • 第13章 最大の発明
  • おわりに
  •  謝辞/訳者あとがき
    資料文献/参考文献/図版出典

【感想は?】

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」を楽しく読めた人には、格好のお薦め。加えてSF者なら必読。

 なんたってシナリオが魅力的だ。パンデミックで人口の99.9%が消える。ここで何もかもが消えるわけではなく、文明の利器も一応は残っている。ただし、電気・ガス・水道などのインフラは、維持する人がいなくなるので途絶えてしまう。

 ここで、多少の猶予期間があるのが嬉しい。食料も、当面はスーパーの保存食品で食いつなげる。自動車も放置されてるのを使えばいいし、燃料もガソリンスタンドから頂戴すればいい。ただし、スタンドに貯めてある燃料も、酸素に触れれば劣化をはじめフィルターを詰まらせてしまう。

 じゃ油田を掘れば、と思うが、そうは問屋が卸さないのが意地の悪い所。浅くて掘りやすい所の油田は既に取りつくしてるんで、新しい油田は深いところにしかないし、そういう油田を開発するには高度に発達した技術が要る。

 と、ゲームバランスとしては、易しい所と難しい所が絶妙に組み合わさっている。今ある遺産を食い潰す前に、新しい科学技術を再建できるかどうか、がキモなわけ。そこで、なるべく早く文明を再建するには、どこから手をつけたらいいか。

 まずは食べ物を、ってんで農業なんだが、ここで農具から始まるのが切ない。鍬・鎌・脱穀機などだ。原始的に思えるけど、農家の生産性が上がれば他の職業人、例えば職人や商人を養う余裕もでき、更なる農具の改善や肥料の生産もできるんで、死活問題なわけ。

 また、この章では、本書の別の面も少し顔を出す。曰く…

食料の生産はきわめて重要なので、自分の命がその成果に左右されているときは、充分に試されてきたことをあまり変えようとはしなくなる。これが食料生産の罠で、今日の多くの貧困国がそれに陥っている。

 命がかかっている時、人は博打にでない。既にソレナリの実績がある堅実な手段を取る。彼らは頑固に見えるが、そうじゃない。命がかかっているから、慎重になっているだけ。一歩間違えれば死ぬ状況では、賢い戦略と言えるだろう。

 そんな風に、「おお、そうだったのか!」的な驚きがアチコチにある。例えば燻製。あれは香りをつけるためじゃなかった。長持ちさせるための工夫で、「毒性のある抗菌性成分を」「肉か魚」「に染み込ませ」ていた。木の不完全燃焼でできるクレオソートが防腐剤となるわけ。

 やはりよくわかってなかったのが、炭焼き。なんで薪より炭の方がいいのか、よくわからなかった。薪を炭にする途中に出る熱がもったいないし。でも、ちゃんと意味があるのだ。

 薪を炭にすると、水などの不純物が消え炭素だけが残る。これで小さく軽くなり運びやすくなると共に、「元の木材よりもはるかに高温で燃える」。石炭をコークスにするのも、同じ理由。おまけに、炭は製鉄でも重要なだけでなく、炭焼きの際の副産物は使い道が沢山ある。

 例えば木ガスとメタノールは燃料になり、テレピン油は溶剤になり、ピッチは防水に役立つ。また灰も重要なアルカリで、石鹼やガラスを作るのに必要だ。

 木は炭の他にも、水車の歯車や船の船体、紙など応用範囲が実に広い。人類の歴史は旧石器→新石器→青銅器→鉄なんて教わったけど、実は鉄の後に木器時代を入れてもいいんじゃなかろか。だって、木製の水車や風車の普及が、歯車やカムやクランクなど複雑な機械工学を促し、それが産業革命の礎になったんだから。

 実際、この本にも、ジェームズ・ワットが工夫した蒸気圧の調整装置は、「風車の技術からそっくり拝借した」とあったり。

 この手のトリビアも楽しいのが色々載ってる。「T型フォードは化石燃料であるガソリンかアルコールで走るように設計されていた」とか「1944年には、ドイツ軍は木材ガス化装置で動く50台以上のタイガー戦車すら配備した」とか「産科鉗子はこれを発明した医師の一族によって、一世紀以上も極秘にされていた」とか。

 加えて、最強のチート「後知恵」が使えるのも、このシナリオの嬉しい所。緯度は天測で分かるが、経度は難しい。これを正確に測るためには正確な時刻を知る必要があり、そのためジョン・ハリソンは生涯をかけて正確な時計を創り上げ、その過程で転がり軸受やバイメタル板などの副産物も生み出した。

 が、私たちは、こんな苦労をしなくてもいい。時報を電波で飛ばし、ラジオで受信すればいいのだ。許せジョン・ハリソン。

 などと科学とテクノロジーの美味しい所をつまみ食いし、石鹸やガラスなどの身近なモノのしくみと作り方もわかり、歴史的なトリビアも詰まっている上に、SF者にはたまらないシナリオで世界設定のキモを教えてくれる、とっても楽しい本だった。

 などと思っていたら、A・C・クラークやアイザック・アシモフやウォルター・ミラー・ジュニアを引用してたりするんで、やっぱりそういう人だったかw

【関連記事】

|

« フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」サンリオSF文庫 蒲田耕二訳 | トップページ | ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「あまたの星、宝冠のごとく」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫・小野田和子訳 »

書評:科学/技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/64312395

この記事へのトラックバック一覧です: ルイス・ダートネル「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」河出書房新社 東郷えりか訳:

« フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」サンリオSF文庫 蒲田耕二訳 | トップページ | ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「あまたの星、宝冠のごとく」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫・小野田和子訳 »