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2016年10月19日 (水)

ジャック・ヴァンス「宇宙探偵マグナス・リドルフ」国書刊行会 浅倉久志・酒井昭伸訳

「あなたの仕事が肉体的な力を必要とするものでしたら、ほかの人間を雇われたがよろしい。うちの玄関番など適任かもしれません。なにしろ、ひまさえあれば、架台から架台へとバーベルを動かしているような男ですからね」
  ――ココドの戦士

【どんな本?】

 バラエティ豊かで奇想天な異星の環境やエイリアンの生態や、皮肉とヒネリの利いたストーリーが魅力のSF作家、ジャック・ヴァンスの作品を集めた<ジャック・ヴァンス・トレジャリー>全三巻の冒頭を飾る、マグナス・リドルフ・シリーズの短編を集めた作品集。

 舞台は遠未来。人類は恒星間宇宙へと飛び出し、様々なエイリアンとも接触を果たしている。主人公マグナス・リドルフは白髪に山羊髭の初老の男。いささかビジネスの才には難があるものの、卓越した頭脳を活かした探偵業で名が知られている。ただし彼の仕事に関わった者からは好評ばかりとは限らず…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は経緯がちとややこしいので、刊行順に紹介する。

  1. The Many Worlds of Magnus Ridolph, 1966:エースダブルのペーパーバック。
    ココドの戦士/禁断のマッキンチ/蛩鬼乱舞/盗人の王/馨しき保養地/とどめの一撃 を収録。
  2. The Many Worlds of Magnus Ridolph, 1977:英国版ハードカバー。収録作は上と同じ。
  3. The Many Worlds of Magnus Ridolph, 1980:ペーパーバック。
    上に ユダのサーディン/暗黒神降臨 を加えたもの。
  4. The Complete Magnus Ridolph, 1985:ハードカバー。
    上に 呪われた鉱脈/数学を少々 を加えたもの。

 日本語版は2016年6月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本部約398頁に加え、訳者の酒井昭伸による解説が豪華13頁。9ポイント45字×20行×398頁=約358,200字、400字詰め原稿用紙で約896枚。文庫本なら上下巻に分けるか迷う所。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。遠い未来の奇妙な異星が舞台で、ケッタイなエイリアンが次々と出てくる事にアレルギーがなければ、気楽に楽しめる作品ばかり。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 / 訳者 の順。

ココドの戦士 / The Kokood Warriors / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年10月号 / 酒井昭伸訳
 あこぎな投資会社に騙されて懐が寂しくなったマグナス・リドルフに、仕事が舞い込んできた。ココドで行われている、合法だが不道徳極まりない行いを止めさせ、それで儲けている輩に鉄槌を下してほしい、と。しかも、なんの因果か、甘い汁を吸っているのは…
 この作品集の冒頭を飾るにふさわしい、シリーズの特色がよく出ている作品。ココドの戦士の特異な性質ももちろん楽しいが、加えてマグナス・リドルフと相席になった旅行客の描写も実にいい。いるよね、こういう傍若無人で煩いオバチャン。対するマグナス・リドルフの嫌味な切り返しも、見事な人物紹介となっている。「アマチュアながら戦略家であるわたしには…」のくだりは、ヲタクのウザさが存分に出ていて、自分の黒歴史が否応なく蘇ってくるw
禁断のマッキンチ / The Unspeakable McInch / スタートリング・ストーリーズ1948年11月号 / 酒井昭伸訳
 スクレロット・プラネットのスクレロット・シティ。連邦圏のすぐ外にあり、法の網が届かないために、様々な知的種族のはみ出し者・お尋ね者が集まりながら、それなりの治安を保っている町。そこで事件が起きた。わかっているのは犯人の名前「マッキンチ」だけ。今まで謎に挑んだ者は、みな謎の死を遂げ…
 お話はストレートな犯人捜しの謎解きながら、色とりどりなエイリアンの描写だけでもお腹いっぱいになるぐらい楽しい作品。中でも感心したのが、郵便局を営むムカデ型エイリアン。なぜにムカデが…と思ったが、職場を見て納得。うん、確かにこの仕事はムカデに向いてるわ。ただし、ヒトと同じぐらいの巨大サイズのムカデだがw
蛩鬼乱舞 / The Howling Bounders / スタートリング・ストーリーズ1949年3月号 / 酒井昭伸訳
 今回マグナス・リドルフに舞い込んだのは、なんと農場経営。話を持ち込んだのはジェラード・ブランサム、ネイアス第六惑星のティラコマ農場の半分を売りたいという。既に今シーズンは収穫が目前で、必要な家屋や使用人は揃っている。しかも価格は破格の安値で…
 ガラにもなく農場経営に乗り出したマグナス・リドルフ。明らかに美味しすぎて怪しい話だと思ったら、やっぱりw 最後の捨て台詞まで慇懃に振る舞うマグナス・リドルフの底意地の悪さが光ってる。
盗人の王 / The King of Thieves / スタートリング・ストーリーズ1949年11月号 / 酒井昭伸訳
 惑星モリタバには貴重な鉱石テレックスが埋まっている。が、その鉱脈を知っているのは盗人の王こと老カンディターのみ。ここに住む地的種族メン=メンは優れた盗賊で、少しでも気を許すと根こそぎ持っていかれる。盗みの腕こそがモリタバでの地位を決めるのだ。
 いきなり「そのような交配は成立しえないとする正統的生物学者らの異議申し立てにもかかわらず、彼らは実在する」で大笑い。宇宙一食えない男マグナス・リドルフと、因縁の相手エリス・B・メリッシュの競争に加え、盗人の王カンディターとの対決も描いた、映画版ルパン三世みたいな作品。
馨しき保養地 / The Spa of the Stars / スタートリング・ストーリーズ1950年7月号 / 酒井昭伸訳
 うっそうとした密林と白い砂浜に恵まれた原始の惑星コラマを、保養地として開発したジョー・ブレインとラッキー・ウルリッチ。建設時は何の問題もなかったが、営業を始めた途端にオオウミクワガタやトビヘビやドラゴンやゴリラもどきなど、土着の野生動物が観光客を襲い始めた。そこで問題解決のプロを頼ることにしたが…
 まあ、確かに彼に頼めば問題は解決するんだけど…w 無駄に押しが強くて頭が固く、気が短くて聞き分けのないクライアントを相手に、一向に話が進まない押し問答を繰り広げた経験のあるエンジニアには、とっても気持ちがいい作品。
とどめの一撃 / Coup de Grace / スーパー・サイエンス・フィクション1958年2月号 / 浅倉久志訳
 星の海に色鮮やかなコテージを浮かべたリゾート<ハブ>で休暇を楽しむマグナス・リドルフだが、事件は放っておいてくれなかった。S・チャ第六惑星の石器文明人を三人連れた人類学者のレスター・ボンフィルスが殺され、その捜査を<ハブ>のオーナーであるパン・パスコグルーから頼まれ…
 異様な風体と生活習慣・思想を持つバラエティ豊かなエイリアンたちを犯人候補としながらも、お話は真っ向勝負の犯人捜しミステリ。にしても、これほど奇矯なエイリアンたちを短編で使いつぶすとは実に贅沢。剣はマズいが毒殺はいい、なんてディアスポラスの理屈も凄いが、どうせ殺されるなら千の燈明のフォアメーラさんがw
ユダのサーディン / The Sub-Standard Sardines / スタートリング・ストーリーズ1949年1月号 / 酒井昭伸訳
 今回の依頼人は、ジョエル・カラマー。惑星チャンダリアでオイル・サーディンの缶詰工場を、パートナーのジョージ・ダネルズと共に営んでいる。最近一週間に出荷した缶詰に、多くの不良品が見つかった。爆発したり、細い針金でサーディンがつながっていたり、石油の味がしたり。何者かのサボタージュのようだが…
 珍しく勤労に励むマグナス・リドルフが拝める貴重な作品。旺盛な繁殖力を示す外来種による生態系の破壊が問題となっている現在こそ、高く評価されるべき作品…のわきゃないw にしても、「リドルフ的なにおい」って形容も、あたっちゃいるが相当に酷いw
暗黒神降臨 / To B or Not to C or to D / スタートリング・ストーリーズ1950年9月号 / 酒井昭伸訳
 ジェクスジェカは小さな岩石惑星だ。高純度のタングステンや酸化セレンの鉱脈に恵まれ、たった四つだが水が沸く泉もある。ハワード・サイファーは、嫌気生物のタルリアンを雇い鉱山を営んでいたが、問題が起きた。今まで20名に原因解明と解決を頼んだが、みな命を落とし…
 こういう無礼で強欲な鉱山主が出てくると、がぜん本領を発揮するのがマグナス・リドルフ。いきなり彼が繰り出すジャブと、カウンターを繰り出すサイファーの陰険なやりとりが楽しい。ただ陰険さでは、やはりマグナス・リドルフの方が一枚上手で…
呪われた鉱脈 / Hard Luck Diggings / スタートリング・ストーリーズ1948年7月号 / 酒井昭伸訳
 土着の知的生物は見つかっていない未開拓の惑星で、連続殺人事件が起きた。あるのは二つの採鉱キャンプだけだが、先月は採鉱地Bで33人も亡くなっている。現場監督のジェイムズ・ロッジがTCI=地球情報庁に頼んだところ、派遣されたのは白髪に白髭の男で…
 初期の作品らしく、まっとうな性格のマグナス・リドルフにお目にかかれる作品。二千人ほどの労働者が住む、人里離れた未開の惑星で起こる密室連続殺人事件を描いた、ストレートなSFミステリ。ヴァンスらしいエグみはないどころか、至極さわやかで明るいエンディングが珍しい。
数学を少々 / Sanatoris Short-cut / スタートリング・ストーリーズ1948年9月号 / 酒井昭伸訳 
 惑星ファンの名所は、宇宙港ミリッタにある大型カジノ<不確かな運命の殿堂>。経営者は街のボスでもあるアッコ・メイ。ここではポーカーなどカードゲーム、ルーレットなどダイスゲーム、そして独特のロランゴなどが楽しめる。
 これも初期の作品で、本来のマグナス・リドルフの性格が少しだけ顔をのぞかせるが、まだ比較的におとなしく、キャラの性格が固まり成長してゆく過程が伺える、貴重な作品。
訳者あとがき

 お話の舞台と道具だては間違いなく本格SFであるにも関わらず、主人公マグナス・リドルフの性格の悪さとオチの酷さで、作品としての味わいはP・G・ウッドハウスの「ジーヴス」シリーズを思わせる。解説にもあるように、ジョージ・R・R・マーティンの「タフの方舟」が気に入った人には、格好のお薦め。

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