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2016年10月 2日 (日)

イアン・トール「太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 上」文藝春秋 村上和久訳

「『ロビンソン・クルーソー』は、南太平洋の島々に前線基地を設営しようとする人間みなの必読書であるべきです。とにかくなにもないんです。ジャングル以外には」
  ――第一章 ガダルカナルへの反攻

アメリカ軍の防御線をしめす蛇腹状の鉄条網の向こうでは、日本兵のふくれ上がって悪臭を放つ遺体が横たわっていた。悪臭はひどかったが、アメリカ兵はなかなか敵の死体を埋葬しようとしなかった。日本兵委は戦友の死体に偽装爆弾を仕掛けることが知られていたからだ。
  ――第七章 山本五十六の死

 そして、彼らは待った。さらに待った。また待った。そして、アメリカ軍はやってこなかった。
  ――第八章 ラバウルを迂回する

【どんな本?】

 20世紀のアジアの情勢を大きく変えた太平洋戦争を、アメリカの海軍史家イアン・トールが、日米双方の丹念な取材に基づき、主に海軍を中心に描く壮大なドキュメンタリー三部作の第二部。

 ミッドウェイで威信は傷ついたとはいえ、西太平洋地域の日本軍は活発な活動を続ける。特にソロモン諸島に進出した日本軍は、オーストラリアとアメリカの海路を遮断するための格好の足掛かりを気づきつつあった。特にガダルカナル島に設営が進む飛行場は、命取りになりかねない。

 海上の航空戦力は未だ日本が優位であり、また欧州優先の戦争戦略に縛られながらも、アメリカは反抗の足がかりとしてソロモン諸島の奪回を決断、ガダルカナル島が日米両軍の焦点となる。

 第二部の前半となる上巻は、両軍にとってまさしく補給戦となったガダルカナルの戦い(→Wikipedia)を中心に、日本軍のラバウル撤退までを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Conquering Tide : War at Sea in the Pacific Islands, 1942-1944, by Ian W. Tall, 2015。日本語版は2016年3月10日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約356頁+408頁=764頁に加え、訳者解説「陸海空の連携が初めて問われた戦争」12頁。9ポイント45字×20行×(356頁+408頁)=約687,600字、400字詰め原稿用紙で約1,719枚。文庫本なら上中下の三巻にわけてもいい分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も軍事物にしてはとっつきやすい方だろう。加えて当時の軍用機に詳しければ、更によし。敢えて言えば、1海里=約1.85km、1ノット=1海里/時間=1.85km/hと覚えておくといい。また南太平洋の地図が手元にあるとわかりやすい。

 日本側の航空機の名前など、原書では間違っている所を、訳者が本文中で直しているのが嬉しい。ただ索引がないのはつらい。

【構成は?】

 基本的に時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • 序章 ソロモン諸島をとる
  • 第一章 ガダルカナルへの反攻
  • 第二章 第一次ソロモン海戦
  • 第三章 三度の空母決戦
  • 第四章 南太平洋で戦える空母はホーネットのみ
  • 第五章 六週間の膠着
  • 第六章 新指揮官ハルゼーの巻き返しが始まった
  • 第七章 山本五十六の死
  • 第八章 ラバウルを迂回する
  •  ソースノート
  •  下巻
  • 第九章 日本の石油輸送網を叩け
  • 第十章 奇襲から甦ったパールハーバー
  • 第十一章 日米激突の白兵戦「タワラの戦い」
  • 第十二章 真珠湾の仇をトラックで討つ
  • 第十三章 艦隊決戦で逆転勝利を狙う日本海軍
  • 第十四章 日米空母最後の決戦とサイパンの悲劇
  • 終章  最早希望アル戦争指導ハ遂行シ得ズ
  •  謝辞/ソースノート/参考文献/訳者解説

【感想は?】

 第一部の感想でも書いたが、このシリーズのいい所は、太平洋戦争を「一つの物語」としてわかりやすく示してくれる点だ。

 戦場が広い範囲にまたがり、また多くの要素が複雑に絡み合う戦いなので、「何が本筋か」については、様々な意見があるだろう。このシリーズでは、日米の両海軍を主人公とすることで、おおまかなストーリーが鮮やかに浮かび上がると共に、個々の有名な戦いの意味がハッキリと見えてくる。

 この巻では、ガダルカナルの戦いが中心となる。戦後は飢島とまで呼ばれ、陸軍将兵の多くが飢え死にした事で悪名高い戦いだ。

 なぜガダルカナルで日米両軍がぶつかったのか。両軍とも、なぜそんな島に拘ったのか。その島を取ることで、何が嬉しいのか。多くの犠牲を払うほどの価値があったのか。そして、なぜ多くの日本軍の将兵が飢え死にしたのか。

 それは、ここがアメリカとオーストラリアを結ぶ海路を邪魔するのに格好の拠点となるからだ。この島に飛行場を作り、米豪間を行き来する船舶を航空機で叩けば、オーストラリアは孤立する。連合軍の一角が崩れ、戦争の帰趨は一気に変わるだろう。

 既に日本軍は上陸し、飛行場を作りつつある。そこに米軍が強襲揚陸を仕掛け、飛行場は奪ったが、日本軍はまだ島に潜んでおり、飛行場を取り戻そうと戦いを仕掛けてくる。かくして、飛行場を守る海兵隊と、取り戻そうとする日本軍の戦いが続く。

 戦うったって、弾薬は必要だし将兵は食わにゃならん。戦えば死傷者が出て戦える者が減るから、将兵も増援を送る必要がある。そこで日米両軍ともに、「いかに島に将兵と物資を送るか」をめぐり、互いに船を送り、また相手の船を沈めようと、海軍が激しい戦いを繰り広げる。

 と、そういう形でお話としてはわかりやすい半面、この本ではバッサリ切り捨てられた部分もある。

 それは島内で飢えと病に苦しみながらジャングルを彷徨った日本の将兵の戦いだ。海軍を主眼としたシリーズとはいえ、珍しくこの巻では飛行場を守る米軍の描写も多いのだが、それは海兵隊が中心だからかも。彼らに追い詰められる日本軍の描写はほとんどなく、出てくるのは遺体のみ。

 そんなわけでバランス的には崩れているが、その反面、米軍から見た日本軍の姿がわかりやすく伝わってくる。

 というと姿がクッキリ見えるようだが、実は戦いを通し、米軍にとって日本軍は幽霊みたいな存在だったらしい。

 なにせ強襲揚陸を仕掛けた際も、水際での反撃がない。アッサリと飛行場を明け渡し、ジャングルに潜んで、ときおり夜襲をかけてくる。「第一級の資産を豊富に残していった」とあるので、相当に慌てて撤退した模様。艦砲射撃に対抗できる火砲もなかったんだろうなあ。

 第一次ソロモン海戦(→Wikipedia)などでは日本海軍が練りに練った野戦の腕を存分に発揮するものの、航空支援は六百海里(約1111km)彼方のラバウルから発着せにゃならず、航続距離に優れた海軍航空隊も次第にすり切れてゆく。これを見越した米軍の戦略が憎い。

ガダルカナルは、じゅうぶんに補強すれば、「敵の航空兵力を呑み込む穴」になる可能性がある。日本軍が傲慢にも六百海里の海を越えて航空攻撃を送ると主張するかぎり、長距離飛行だけで彼らの数は少しづつ減っていくだろう。
  ――第四章 南太平洋で戦える空母はホーネットのみ

 日本の将兵に飢え死にが続出したガダルカナルだが、米軍も当初は補給に苦労したらしく、「ヴァンデグリフトは8月12日に携帯食料を減らすよう命じ、大半の隊員は一日に二食」だったというから、少しは慰めに…なるわけないか。でもきっと、この経験がノルマンディーで生きたんだろうなあ。

 対して日本軍は「一日500カロリー以下」。なお健康な20代の男の1日の適正カロリーは、ホワイトカラーで2000~2500カロリー、肉体労働で3000~3500カロリー。ってんで、「約200名の日本兵が毎日、縞で死んでいった」。その頃、帝都では東条首相曰く…

「英米はかたくなに反撃をつづけたがっている。しかし、わが国は豊富な物的資源を利用して、いついかなるとき、地球上のいかなる場所でも彼らを撃滅する用意がある」
  ――第五章 六週間の膠着

 …さすがに日米の物資の差を知らんとは思えないんで、戦意を煽るためのハッタリなんだろうけど、この程度で騙せると考えてたのなら、国民もナメられたもんだが、海上護衛戦あたりを読むと、ヒョッとして… 経済や貿易の知識って、大事なんだなあ。

 まあいい。ガダルカナルは日本の陸軍将兵のみならず、熟練航空兵を呑み込み、輸送物資を呑み込み、貴重な輸送船も呑み込んでゆく。

 と、この巻を読むと、まさしくガダルカナルこそが、太平洋戦争の帰趨を分けた戦いなんだなあ、とつくづく感じ入る。

 ガダルカナルでの日本軍将兵の苦しみが書かれていないのは不満だが、太平洋戦争全体の中のガダルカナルの意味を知るには、最もわかりやすいシナリオを示す本だろう。この後、坂道を転げるように日本が追い詰められてゆく下巻を読むのが怖い。

【関連記事】

【何がガダルカナルの帰趨をわけたのか】

 結局は総合力なんだろうけど。

 意外なことに、米軍が島の重要性に気づいたのは、日本軍がガダルカナルに進出して飛行場を作り始め、ほとんど完成する間際になってから。

 島の価値の大半は、この飛行場にある。ここを拠点にした日本軍の航空機が、米豪間を行き来する船を沈めにきたらたまらん、そういう事だ。だから両軍とも島に拘った。

 ところが、米軍の強襲揚陸はアッサリ成功し、飛行場も簡単に奪われてしまう。お陰で日本は島から発着する米軍の航空機に悩まされる羽目になる。対して日本の航空機は、遥か1100km彼方のラバウルから行き来せにゃならん。

 仮に飛行場を日本軍が確保し、ここから航空機が発着できたら、戦いの帰趨が大きく変わっていたかもしれない。最初の強襲揚陸も航空攻撃で退けられた可能性があるし。

 実は飛行場の地ならしはほとんど終わってたみたいで、海兵隊はスグに飛行場を完成させ、荒っぽい離発着に耐えられる艦載機なら使えるようにしてる。

 ここで活躍したのがブルドーザー。日本軍にこれがあったら、飛行場はもっと早く完成してたし、そうなれば航空機の援護の下、戦いも有利になってただろう。

 という事で、帰趨をわけたのはブルドーザーじゃないか、なんて考えている。

 にしても、軍事ってのは、組織や兵器や戦術はもちろん、気候や輸送や経済や政治や歴史や地理に加え、土木や建築にも詳しくならんといかんのか。一人前の軍ヲタへの道は険しく遠い。

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コメント

ヒメタニシ様、ご愛読感謝します。
たった24日で海軍機とはいえ航空機が離発着可能な飛行場を作るなんて、凄まじい話ですね。
ご指摘ありがとうございます。

投稿: ちくわぶ | 2016年10月 4日 (火) 21時53分

何時も楽しく拝見しています。
私はノンフィクション物が大好きで、
歴史や科学や事件物などの本を好んで買っているので、
此方のブログは大変参考になります。
ガダルカナルを巡る戦いですが、
雑誌の歴史群像や丸で記事を書いている古峰文三さんが、
twitter(@kominebunzo)で2015年1月28日に面白い話を書いてました。
ガダルカナル島に300kmと近いニュージョージア島に、
ムンダ飛行場を設営した時は14日で第一次工事完成して、
その10日後には零戦24機を進出させるほど早かったとか。
飛行場建設は土木工事なので適切な土地を見つけられれば、
人力でも割と早く出来るという話をされてました。
初コメントなのに長々と失礼しました。

投稿: ヒメタニシ | 2016年10月 4日 (火) 01時45分

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