内藤陳「読まずに死ねるか! 冒険小説・面白本のオススメ・ガイド・エッセイ」集英社
ジャック・ヒギンズを知らない? 死んで欲しいと思う。
「ぼくはお薦め屋でして、いいものはいい……」
「悪いものは無視しちゃう」スープに始まってデザートで終わり、なんてありきたりの作品じゃない。まさにステーキからステーキなのだ。
――S・L・トンプスン「A-10奪還チーム出勤せよ」この本を開いた所がタイムマシンの入り口だ。
――広瀬正「マイナス・ゼロ」
【どんな本?】
ある時はコメディアン、またある時は俳優。だがその正体は、日本に活字中毒を蔓延させようと陰謀を目論み、新宿ゴールデン街に酒場を模した本部「深夜プラス1」を置く秘密組織・AFの会または日本冒険小説協会の創設者にして会長、内藤陳。
これは彼が月刊PLAYBOY誌に連載した原稿を元に、ジャック・ヒギンズ,デズモンド・バグリイ,開高健,椎名誠,半村良,田中光二ら凄腕の刺客と共に仕掛けた、読者を活字中毒の地獄へと引きずり込む危険極まりないトラップの記録である。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1983年5月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約230頁。8.5ポイント48字×16行×230頁=約176,640、400字詰め原稿用紙で約442枚だが、レイアウトの関係で実際の文字数は7~8割程度。文庫本なら標準的な一冊分。今は集英社文庫から文庫版が出ている。
文体にクセはあるものの、そこはコメディアン。慣れればスラスラ読める読みやすさ。ただしネタは少々古いけど、そこはご愛敬。冒険小説を全く読まない人でも、この本を読むと何冊か読みたくなってくる。なんたって、都内の書店からギャビン・ライアルの「深夜プラス1」を一掃した実績を持つ人だし。
【構成は?】
読書日記は月刊PLAYBOY誌の掲載順だが、順番は気にしなくていい。美味しそうな所からつまみ食いしていこう。
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【感想は?】
ちくわぶのバイブル。
私の書評は、この人が目標だ。著者は「書評なんて大それたモンじゃない、面白い本のオススメ屋」と言っている。実際、文体がどうだの構成が云々だのと、小難しいブンガク理論は全く使わない。
が、そんな事はどうでもいい、と思わせてくれる。ひたすら自分の好きな作品や作家について語りまくる、それだけの本だ。それだけで、本に対する愛情が痛いほど伝わってくる。そして、思わず自分でも読みたくなる。そういう記事を、私は書きたい。
私も師匠に紹介されて沢山の作品・作家に出会った。「深夜プラス1」,「鷲は舞い降りた」,「高い砦」,「女王陛下のユリシーズ号」,吉川三国志,「野獣死すべし」,「初秋」…。いずれも一騎当千の強者ばかり。この本じゃないけど、船戸与一に出会ったのも師匠のおかげだ。
書名にあるように、紹介する本の大半は冒険小説だ。昔から私はSFが好きで、それ以外のジャンルは見向きもしなかったが、そんな意固地な私の視野を師匠が広げてくれた。それまでアイデアや世界設定にしか目が向かなかったが、人物像やアクションにも注目するようになった。
それもこれも、師匠の紹介が巧いから。この本を最初に読んだのは随分と昔だが、今読み返しても、「まだまだ面白い本は沢山あるんだなあ」と気づかされる。例えばジャック・ヒギンズの「脱出航路」。
ドイツの敗色濃い第2次世界大戦末期。いろんな事情でブラジルにいたドイツ人たちがつぎはぎだらけのオンボロ帆船で、米英軍の完全な制圧下にある大西洋を八千キロ、祖国への道をたどる。これはほんの一部で…
どうです、美味しそうでしょ。こういうツボを押さえながらも決してネタを明かさないあたりが、師匠の妙技。
かと思うと、ロバート・B・パーカー「初秋」の紹介が、実に掟破り。人気の高いスペンサー・シリーズの中でも最高傑作の呼び声高い作品だ。イジけた15のガキを、マッチョな探偵スペンサーが預かる話だが、師匠ときたらお話のスジには全く触れないw 「ストーリーなんざ、どうでもよいではないか」。この割り切り、このこだわり。じゃストーリーは駄目なのかというと、他の書評を読めばわかるが、大変な傑作だったりするんだな、これがw
加えて、師匠が語る冒険小説の決め台詞が、これまた泣かせる。バーナード嬢なら必死になって暗記するだろう。デズモンド・バグリイの「高い砦」のアレも勿論カッコいいけど、A・スパジアリの「掘った 奪った 逃げた」の「この糞の5,6メートル向こうに天国がある」には、燃えるやら笑うやら。
など本の紹介もいいが、活字中毒者の生活が垣間見えて同病相憐れむのも、この本の楽しみ。ハワイに行く際、持っていく荷物で悩むのは何か? 我ら活字中毒が悩むのは、衣服でも小物でもない。そんなモノは、現地で買えばいいのだ。我々が悩むのは、持っていく本である。おまけに、現地に行っても本屋に飛び込むありさま。わははw
月刊誌に連載の記事が中心のため、当時の新刊が中心なのは切ないが、それ以前に出た名作も、対談やエッセイで紹介してくれるのも嬉しいところ。意外な所で山本周五郎が出てきたのには驚いたが、言われてみると無口で己の規律を貫き通すあたり、確かにハードボイルドだよなあ。
そして、最後の「書評プラス1」と「必読チェック・リスト」は、綺羅星のごとく並んだお宝の一覧だ。面白い本を探す時のブックガイドとして、便利この上ない。
デズモンド・バグリイ「高い砦」やレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」、フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」など洋物のハードボイルドばかりでなく、阿佐田哲也「麻雀放浪記」や山田正紀「謀殺のチェス・ゲーム」など和物、半村良「妖星伝」や広瀬正「マイナス・ゼロ」などSF、そして村松友視「私、プロレスの味方です」などエッセイからエイモス・チュッツオーラ「やし酒飲み」なんて得体のしれないのまで、古今の面白本がギッシリ詰まってる。
そんな中で師匠のイチオシは…
師匠ほど、愛に溢れた紹介をする人はいない。芸風も得意ジャンルも私は師匠と違うし、何より芸の腕が比べ物にならないほどなっちゃないけど、師匠が目指した方向は追いかけていきたい。最近、ちと思い上がった書評を書くようになった私にとって、師匠の姿勢は改めて大事なことを教えてくれた。いや師匠は「お前みたいな生意気で覚えの悪い弟子を取った覚えはない」と言うだろうけど。
面白い本を探している人に。人を動かす文章を書きたい人に。何かのレビューをしたい人に。そして、本を愛する全ての人に。読み終えた後、書店に走りたくなる、夜に読むには向かない本。
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