イアン・トール「太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 下」文藝春秋 村上和久訳
彼らが従事することになる戦争は、彼らが訓練を受けた戦争ではなかった。戦間期の運用思想は、ユトランド海戦(1916年,→Wikipedia)の英独艦隊決戦の研究に影響を受け、潜水艦を海軍の主力戦艦艦隊の添え物と考えていた。その第一の役目は偵察だった。
――第九章 日本の石油輸送網を叩けタラワの教訓は注意深く研究され、将来の水陸両用上陸作戦の計画に生かされた。海兵隊はあとから考えてみて、強襲部隊は海岸に装備を多く持っていきすぎと結論づけた。
――第十一章 日米激突の白兵戦「タワラの戦い」…フォレスタルとキングは重要な新しい人事政策に合意していた。重要な指揮官職にある飛行士ではない士官は全員、飛行士を参謀長として採用しなければならず、重要な指揮官職にある飛行士は全員、ブラックシューズを参謀長として採用しなければならない。
――第十三章 艦隊決戦で逆転勝利を狙う日本海軍日本の新聞の全面が戦死者にかんする記事にあてられていた。兵事係が戦死者の名前を公表すると、地元の記者とカメラマンが実家に殺到した。しばしばジャーナリストが親族に知らせをつたえた。
――終章 最早希望アル戦争指導ハ遂行シ得ズ
【どんな本?】
イアン・トール「太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 上」文藝春秋 村上和久訳 から続く。
日本の野心的な豪州孤立戦略の足がかりとして南太平洋の焦点となったガダルカナルは、ついに米軍の支配下に入る。日米両軍に多大な犠牲を強いた消耗戦は、日本軍の優れた飛行士をすり潰してゆく。
しかし未だ大和・武蔵の巨大艦を擁する日本海軍はトラック諸島で米海軍を待ち受けるが、米国はその産業力で真珠湾の被害を補修するどころか、多数の空母を中心とした前代未聞の巨大な機動艦隊を誕生させると共に、レーダーなどの新装備で戦力を増し、前線の報告を元に戦術を練り直す事で、全く新しい海軍へと生まれ変わりつつあった。
太平洋戦争を、アメリカの海軍史家イアン・トールが、日米両海軍の戦いを中心に描く三部作の第二部。
【構成は?】
基本的に時系列で進むので、素直に頭から読もう。
- 上巻
- 序章 ソロモン諸島をとる
- 第一章 ガダルカナルへの反攻
- 第二章 第一次ソロモン海戦
- 第三章 三度の空母決戦
- 第四章 南太平洋で戦える空母はホーネットのみ
- 第五章 六週間の膠着
- 第六章 新指揮官ハルゼーの巻き返しが始まった
- 第七章 山本五十六の死
- 第八章 ラバウルを迂回する
- ソースノート
- 下巻
- 第九章 日本の石油輸送網を叩け
- 第十章 奇襲から甦ったパールハーバー
- 第十一章 日米激突の白兵戦「タワラの戦い」
- 第十二章 真珠湾の仇をトラックで討つ
- 第十三章 艦隊決戦で逆転勝利を狙う日本海軍
- 第十四章 日米空母最後の決戦とサイパンの悲劇
- 終章 最早希望アル戦争指導ハ遂行シ得ズ
- 謝辞/ソースノート/参考文献/訳者解説
【感想は?】
下巻はアメリカの潜水艦隊の話で幕をあける。
日本では「ドン亀」などと蔑まれた潜水艦だが、アメリカじゃ「潜水艦乗りは全員が志願者だった」と、むしろエリートが集まっていた模様。開戦当初は「慎重さと、組織内の力関係におとなしくしたがう」タイプの艦長が多かったが、次第に若く攻撃的な者が指揮を執るようになる。
「この過程には約18カ月を要した」と、時間がかかりすぎるように書いているけど、日本の年功序列型の組織体質は、もっとしぶとく抵抗するんだよなあ。こういう大胆な組織改革を迅速にアメリカができる理由は、なんなんだろう?
役割も、当初は艦隊の添え物だった潜水艦が、補給線を絶つ仕事に重点を移す。のだが、かの悪名高いマーク14魚雷(→Wikipedia)で苦労してる。指定より3mほど深く走るんで、標的の底をスリ抜けちゃう。こんな酷いシロモノになった理由は、「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」に詳しいが、実に呆れる話だったり。
賢い艦長はコッソリ具合の悪い磁気起爆装置を止めたり深度をいじったりたんだが、「これは問題を曖昧にし、適切な対応をさらに遅らせ」てしまう。現場の愚痴を上が聞かないとロクなことにならないんだよなあ。いずれにせよ輸送船がボカスカ沈められるのに対し、日本の海軍は…
日本海軍の指導者たちはこの問題を一度も本気で研究していなかったし、対潜作戦(ASW)で初歩的な能力以上のものを開発していなかった。(略)
日本の海軍要員は商船を軽蔑的な態度であつかうことに固執した。
このあたりは「海上護衛戦」に詳しい。このしこりは今でも残っていて、海員組合はかなりナーバスな様子。日本みたいな海洋国で海の男を粗末にしちゃマズいでしょJK。つか海の男に限らず、この国は人を大事にしないんだよなあブツブツ…
いずれにせよ、その結果は悲惨。せっかく旧オランダ領東インド(インドネシア)の油田を取ったのに、そこで生産した原油が日本に届いたのは、1942年:40%→1943年:15%→1944年5%、そして「1945年3月以降、日本の海岸には一滴の石油も到着しなかった」。
この反省か今の海上自衛隊の対潜能力はピカ一らしいけど、「すべての軍は直前の戦争に備えている」なんて嫌な言葉もあるんだよなあ。
対してアメリカ海軍は「終戦時、119隻の空母を就役させていた」って、いかなレシプロ機の時代とはいえ、滅茶苦茶だ。うち17隻が参加してギルバート諸島のタラワ攻略(→Wikipedia)へと向かう。圧倒的な航空戦力と艦砲射撃に対し、しぶとく日本軍が戦えた理由は、丹念に構築された塹壕。
ある遮蔽壕はのちに「1.8mの鉄筋コンクリート」でおおわれ、「その上に交差した鉄のレールが二重重ねられて、さらに90cmの砂とココ椰子の丸太二列でおおわれ、最後に1.8mの砂がかぶされていた」
これは日露戦争で学んだんだろうか。いずれにせよ、頑強に戦い続ける日本兵の末路は哀しい。「何百台という自転車のねじまがった残骸」が見つかる場面では、なぜか遺体が見つかるのより切なかった。
ガダルカナルで優れた航空兵を失った日本軍が、以降にパイロットの腕がガクンと落ちた経過も、詳しく書かれている。少数の精鋭を育てるには適していた養成システムだけど、後進を大量に育てるには向かず、また制度を変えるのにも手間取って、気づいたら粗製乱造になっていた、と。ハナから長期の消耗戦は考えてなかったわけです。
タラワの悲劇はグアムとサイパンでも繰り返され、サイパンでは航空部隊の壊滅までオマケがつく始末。にも拘わらず日本国内では陰険な検閲が横行し、抵抗した中央公論の畑中繁雄は「共産主義者の烙印を押され、監獄にぶちこまれた」。タテつく者をアカと決めつける手口は、今でも連中の常套手段だよなあ。
すでに勝敗は決まっちゃいるが、お偉方はなかなか現実を認めようとしない。おかげで「日本を支配する者たちの底が抜かれる前に、さらに150万人の日本の軍人と民間人が死ぬことになる」。
こういう無駄に人が死んでゆく場面はとっても読むのが辛くて、アントニー・ビーヴァーの「ベルリン陥落」も、終盤でドイツの少年兵・老年兵が駆り出されるあたりが悲しくて仕方がなかった。キャサリン・メリデールの「まちがっている」とかを読むとつくづく感じるんだが、ヒトってのは自分の間違いをなかなか認めようとしない。この性質が悲劇を大きくするんじゃなかろかと思ったり。
そんなわけで、三部作の最終巻 Twilight of the Gods : War in the Western Pacific, 1944-45(たぶん邦題は「神々の黄昏」)を読む覚悟は、なかなかできそうにない。
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