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2016年10月23日 (日)

レベッカ・ラップ「ニンジンでトロイア戦争に勝つ方法 世界を変えた20の野菜の歴史 上・下」原書房 緒川久美子訳

 イタリアの学者、作家であるウンベルト・エーコは、ヨーロッパの人々がいわゆる暗黒時代から抜けだせたのはソラマメのおかげであるという説を唱えた。
  ――第2章 インゲンマメ 暗黒時代を終わらせる

ザワークラウトの歴史は古く、中国の万里の長城の建設労働者たちはコメと酒に浸けたキャベツを食べていた。
  ――第4章 キャベツ ディオゲネスを当惑させる

第二次世界大戦中、ロシアは天然ゴムが手に入らなくなって、タンポポのラテックスから十分使用に耐える代用品を作りだした。
  ――第10章 レタス 不眠症の人を眠らせる

ニンニクの普及範囲の変遷をたどればローマ帝国が領土を拡張した過程がわかると指摘する専門家もいる。
  ――第12章 タマネギ ヘロドトスの記録によると

ルイ14世は、職務に忠実な主治医にホウレンソウを禁じられたのが我慢できず、「何だと! 余はフランス国王だというのにホウレンソウを食べられないのか?」と怒鳴ったという。
  ――第18章 ホウレンソウ 子どもたちをだましつづける

【どんな本?】

 ニンジンはどこから来たの? セロリを食べると女性にモテるって本当? 古代ローマ人は宴会でどんな料理を食べていたの? 一番辛い野菜は? キュウリで王様になった人がいる?

 生物学の博士号を持ち、児童文学や技術解説書の作品があり、家庭菜園を楽しむ著者が、私たちの身近な野菜について、品種ごとの特徴・育成法・美味しい食べ方・含んでいる栄養分から、起源と伝播の歴史や有名人のエピソードなどの雑学に至るまで、パラエティ豊かなエピソードで綴った、一般向けの歴史エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Carrots Won the Trojan War : Curious (but True) Stories of Common Vegetables, by Rebecca Rupp, 2011。日本語版は2015年1月31日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約215頁+210頁=425頁。9.5ポイント41字×16行×(215頁+210頁)=約278,800字、400字詰め原稿用紙で約697枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。野菜が好きだったり、家庭菜園を営んでいたり、料理をする人なら、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  •   上巻
  •  はじめに
  • 第1章 アスパラガス
    フランス国王を誘惑する
  • 第2章 インゲンマメ
    暗黒時代を終わらせる
  • 第3章 ビーツ
    ヴィクトリア朝時代の淑女を赤面させる
  • 第4章 キャベツ
    ディオゲネスを当惑させる
  • 第5章 ニンジン
    トロイア戦争に勝利をもたらす
  • 第6章 セロリ
    カサノヴァの女性遍歴に貢献する
  • 第7章 トウモロコシ
    吸血鬼を作る
  • 第8章 キュウリ
    ハトを装う
  • 第9章 ナス
    イスラム教の指導者を気絶させる
  • 第10章 レタス
    不眠症の人を眠らせる
  •   下巻
  • 第11章 メロン
    マーク・トウェインの良心を吹き飛ばす
  • 第12章 タマネギ
    ヘロドトスの記録によると
  • 第13章 エンドウマメ
    ワシントン将軍を暗殺しかける
  • 第14章 ペッパー
    ノーベル賞を受賞する
  • 第15章 ジャガイモ
    征服者をまごつかせる
  • 第16章 パンプキン
    万国博覧会に参加する
  • 第17章 ラディッシュ
    魔女を見分ける
  • 第18章 ホウレンソウ
    子どもたちをだましつづける
  • 第19章 トマト
    ジョンソン大佐を死に至らしめる
  • 第20章 カブ
    子爵を有名にする
  •  訳者あとがき/注/参考文献

【感想は?】

 楽しく読める、野菜の雑学本。役に立つかと聞かれると答えに詰まるが、料理の好きな人はレパートリーが増えるかも。

 それぞれの野菜について、原産地から伝播の過程と共に、昔のレシピが出てくる。今でも使えそうなレシピもあるが、モノによってはちとたじろくシロモノも。比較的に使えそうなのは、例えばアメリカ各州のチリ(チリコンカーン)のレシピで。

 カリフォルニアはアボガドとオリーブを入れる。アラスカはヘラジカの肉。ここまではいいが、テキサスは勇者だ。ヤギ・ヘビに加えスカンクの肉まで使う。アメリカ人にとってのチリは日本人にとっての味噌汁みたいなモンなんだろうか。

 イギリスは料理がマズいと言われるが、16世紀のヘンリー八世(→Wikipedia)のサツマイモのパイは野心的。曰く「つぶしたサツマイモとマルメロ、ナツメヤシの実、卵の黄身、雄スズメの脳みそ3,4匹分、砂糖、ローズウォーター、スパイス、ワイン1?強を合わせたもの」って、他はともかく雄スズメの脳みそって…。

 幕末に西部の藩が主導権を握ったのはサツマイモのお陰って話が「品種改良の日本史」にあったが、東部の藩にもジャガイモがあったのだ。17世紀初めにオランダからジャガイモが伝わってたが、「1854年にペリー提督が天皇に食べてみるようすすめるまで、家畜用の飼料にしか利用されていなかった」。ああ、もったいない。もっと早く東北の各藩がジャガイモの価値に気づいていたら…

 昔も今もヒトは品種改良に熱心で、だから同じ野菜でも昔のモノは味も形も違う。日本人にわかりやすいのはニンジンだろう。「原産地はアフガニスタンで、当時のものは紫色だったと植物学者は考えている」。しかも「19世紀のものは長さが約60センチ」。とすると、京人参が原種に近いらしい…

 と思ったら、続きがある。「一番太い部分の外周が30cm以上、重さが1.8kgほど」って、そこらのダイコンよかデカい。おまけに原種は「細くて何本にも枝分かれ」してたというから朝鮮人参みたいな?

 もっとも大きさじゃトップはカボチャだろう。「2010年の世界記録は821kg」って、マジで馬車が作れるサイズだ。少し前に「中国でスイカが爆発」なんてニュースがあったが、カボチャも爆発するらしい。雨が多いと成長が速すぎて「ある日突然、ぱっくりと割れてしまう」。

 味が天気に左右されるのも野菜の宿命。面白いのがトウガラシで、暑いほどホットになる。曰く「特に顕著なのはうだるような熱帯夜で、夜間の気温とカプサイシンの量は密接に関係している」。

 世の中には辛いカレーに憑かれる人がいるようだが、アレは本当に中毒なのかも。というのも、カプサイシンは痛みを感じさせる。これを中和するために、脳が快楽物質エンドルフィン(→Wikipedia)を出すのだ。嫌なことがあった日は、辛いカレーを食べてハイになろう←をい。

 ちなみにカプサイシンは水に溶けず油に溶けるので、水を飲んでも辛みは薄れないけど、「ヨーグルトやチーズやアイスクリーム」がいいらしい。そういえば、インド人はギーやヨーグルトもよく食べるなあ。

 ダイズは畑の肉と言われるが、ヨーロッパでダイズに当たるのがソラマメ。欧州の人口は7世紀が底で約1400万人だが、10世紀には倍以上に増えた。そして「ヨーロッパで大規模なマメの栽培が始まったのは10世紀」だとか。というのも、マメ自体がタンパク質を豊かに含む上に、空中の窒素を固定して土地を肥やすため。これも日本の味噌汁同様、フランスでも…

フランス南部にはレストランごとに独自のレシピのカスレ(→Wikipedia)を出す130kmにわたる「カスレベルト」があり、カステルノーダリはその中心として君臨しているという。

 チリといい味噌汁といい、マメ料理ってのは土地ごと・家庭ごとに数多くのバリエーションを生み出すものらしい。面白いのがボストン風ベイクドビーンズで、先住民のレシピが元。

水に浸けてもどしたマメにクマの脂とメイプルシュガーをまぜ、周りに熱した石を並べた「マメの穴」で一晩焼く

 ところでマサチューセッツの清教徒には「安息日の夜には料理をしてはならない」って戒律があった。「土曜の晩にマメを鍋に入れればあとは放っておけばいいので、日曜日に料理をしなくてすむ」。日本のおせちみたいなモンか。

 アメリカ人がアメリカ人向けに書いた本だけに、やたらとトマス・ジェファーソンが出てくるのはご愛敬。食いしん坊にはもぎたてのトマトを味わうために家庭菜園を始めたくなると共に、斬新?な料理のレパートリーが増える本だ。

 ちなみにセロリで女にモテるのは本当らしい。早速買い占めてこよう。

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