半藤一利「昭和史 戦後編 1945-1989」平凡社ライブラリー
「米が一千万人分不足で、一千万人が餓死するかもしれぬ」
――第一章 無策の政府に突きつけられる苛烈な占領政策「天皇の軍隊」は消滅したが、民を導く「天皇の官僚」は残った。そして官僚が法案を作るという慣習はこの後もずーっと続きます。
――第十章 混迷する世相・さまざまな事件社会党は現在は落ちさらばえて名もなくなりましたが、この時に自由民主党と社会党の二大政党という構図が成り、日本の政治はその後、ごちゃごちゃしながらもこのかたちでだーっといくのです。これを政治学会に発しまして一般的には「55年体制」と言います。
――第十一章 いわゆる「55年体制」ができた日ダンチ族は当時、ものすごいエリートだったのです。
――第十四章 嵐のごとき高度経済成長戦後日本について言いますと、国家の機軸は憲法にある平和主義だったと思います。
――まとめの章 日本はこれからどうなるのか
【どんな本?】
日本の近現代史を得意とする人気作家・半藤一利が、激動する昭和の日本の歴史を、わかりやすく親しみやすい語り口で綴った、一般向けの歴史解説書「昭和史」シリーズの後半、戦後編。
無条件降伏を受け入れた日本に、マッカーサーが降り立つ。都市は焼け野原、凶作続きの上に商船が足りず食料事情が逼迫している時に、外地から将兵や民間人が引き揚げてくる。テキヤが闇市を仕切り人々は食料調達に右往左往しているうちに、GHQは大胆な国家の改造を進めてゆく。
焼け野原から復興し高度経済成長を成し遂げ、やがてバブルがはじけるまで、戦後の日本史を親しみやすい語り口の名調子で語る、一般向けの歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
単行本は2006年4月に平凡社から刊行。文庫本は「こぼればなし 昭和天皇・マッカーサー会談秘話」を加え、2009年6月11日に初版第1刷を発行。
文庫本で縦一段組み、本文約573頁に加え、あとがき3頁+平凡社ライブラリー版あとがき2頁。文庫本で縦一段組み、9ポイント42字×16行×573頁=約385,056字、400字詰め原稿用紙で約963枚。上下巻にするかどうか悩む分量。
文章はメリハリの利いた語りかける雰囲気で、抜群の読みやすさと親しみやすさ。内容も特に前提知識は要らない。「農地改革」や「財閥解体」などの戦後処理に関係する言葉や、「55年体制」や「非核三原則」など、現代の日本の政治を語る際によく使われる言葉について、要点を押さえて意味を教えてくれるのが嬉しい。
【構成は?】
基本的に時系列で話が進むが、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。
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【感想は?】
今の日本の体制はGHQが作ったのだ、と強く感じる一冊。
なにせ「戦後編」と題しつつ、その内容の半分以上を、占領軍が引き揚げるまでの政治ドラマに割いている。ここに描かれるGHQと日本政府の意向の食い違いは、唖然とするほど。
敗戦当時の国民の苦しさは、闇市の価格によく出ている。なんたって「白米一升(1.4キロ)70円(公定価格では53銭)」と百倍以上だから凄まじい。そんな時に、お偉方は何をやっているのかというと…
勤労動員で引っ張られ、農場で食料増産のため一所懸命に作った畑ものが、戦争が終われば皆に分け与えられるのかと思えばそうではなく、学校の理事だとかエライ人たちが勝手に持ち帰って自分たちのものにしている。
――第二章 飢餓で“精神”を喪失した日本人
ってんだから、そりゃ国民も愛想をつかして進駐軍を歓迎する。私がどうしても懐古趣味を好きになれないのも、こういう社会構造を思い浮かべちゃうからなんだよなあ。そこに民主主義教育や労働改革が来たんで、女子学生たちが立ち上がりストライキを始めたそうな。いいぞ、もっとやれ。
もっとも、こういう政策を推し進める前から、庶民はマッカーサーを歓迎してたんで、やっぱり庶民の本音は、権力をカサにきて威張ってる連中を嫌ってたんだろう。天皇の人間宣言にしても、「日本人はそうびっくりしなかった」けど「アメリカや連合国の人たちの方が驚いた」とあって、もともと本音と建前は大きく違っていたわけ。
だいたいお偉方が綺麗事を押し付けても、本音が隠れるだけでロクな事にはならないんだよなあ。
当時の日本の権力者たちは、GHQの占領政策に、天地がひっくり返るような気持になったらしく、これは特に憲法論議に詳しく描かれている。これを今の私たちが読むと、当時の日本を仕切っていた人たちの、おぞましいまでの特権意識と能天気さにつくづく呆れてしまう。松本憲法(→Wikipedia)とか、本気でこれが通ると思ってたらしい。彼らは無条件降伏の意味がわかってたんだろうか?
これだけ認識が違うんだからGHQも苦労しそうなもんだが、巧くやれた理由が、実は明治維新と同じ理由だったりするから歴史は面白い。つまりGHQが玉を押さえてたわけ。日本側は東京裁判での天皇の扱いがわからないので、とりあえず頭を下げるしかなかったけど、ふたを開けてみれば…って寸法。このあたりマッカーサーの政治センスは実に見事。
などと過激なほどリベラルな政策を日本では推し進め、憲法九条に感激してるマッカーサーが、朝鮮戦争じゃ核を使わせろと暴れてクビを切られるからよくわからない。アメリカでもスタンドプレー大好きな目立ちたがり屋と、あまり評判良くないし。在日中も職場とねぐらを往復するだけで、特に日本好きってわけでもなさそうだし、在日中の彼は実に謎だ。
にしても、東京裁判でのA級戦犯への言及は、なかなか辛辣。裁判じゃA級戦犯が結託して戦争を始めたような形になってるけど…
日本にはそんな計画性をもった指導者はおらず、たいてい行き当たりばったりのやってしまえ式で進んできたのであって…
――第四章 人間宣言、公職追放そして戦争放棄
と、「単に無能だっただけ」とコキおろしてる。ハンロンの剃刀(無能で説明できることに悪意を見出すな、→Wikipedia)ですね。
幸か不幸か経済的には朝鮮戦争の特需に沸くが、同時にGHQは右旋回して、かつての体制で甘い汁を吸った連中が大手をふって戻ってくる。これが良かったのか悪かったのか。以降も所得倍増計画とかでイケイケになるんだけど、当時を代表するソニーもホンダも、当たったのは「暮らしに便利なもの」なんだよなあ。
後のソニーが作るウォークマンは「楽しくてお洒落なもの」だし、任天堂のファミリーコンピューターは文句なしに「楽しいもの」なわけで、そう考えると、日本も大きく変わったよね、とつくづく思ったり。
日本の外交がアレな理由も、著者が語る歴史の流れで見ると実にスッキリわかるのも嬉しいし、文藝春秋で活躍した人だけに、政治家の自叙伝の裏側を教えてくれたりするのも楽しいところ。あまり肩ひじ張らずに楽しみながら、今の日本ができた過程を眺められる、楽しくて迫力溢れる本だ。
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