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2016年10月17日 (月)

半藤一利「昭和史 戦後編 1945-1989」平凡社ライブラリー

「米が一千万人分不足で、一千万人が餓死するかもしれぬ」
  ――第一章 無策の政府に突きつけられる苛烈な占領政策

「天皇の軍隊」は消滅したが、民を導く「天皇の官僚」は残った。そして官僚が法案を作るという慣習はこの後もずーっと続きます。
  ――第十章 混迷する世相・さまざまな事件

 社会党は現在は落ちさらばえて名もなくなりましたが、この時に自由民主党と社会党の二大政党という構図が成り、日本の政治はその後、ごちゃごちゃしながらもこのかたちでだーっといくのです。これを政治学会に発しまして一般的には「55年体制」と言います。
  ――第十一章 いわゆる「55年体制」ができた日

ダンチ族は当時、ものすごいエリートだったのです。
  ――第十四章 嵐のごとき高度経済成長

戦後日本について言いますと、国家の機軸は憲法にある平和主義だったと思います。
  ――まとめの章 日本はこれからどうなるのか

【どんな本?】

 日本の近現代史を得意とする人気作家・半藤一利が、激動する昭和の日本の歴史を、わかりやすく親しみやすい語り口で綴った、一般向けの歴史解説書「昭和史」シリーズの後半、戦後編。

 無条件降伏を受け入れた日本に、マッカーサーが降り立つ。都市は焼け野原、凶作続きの上に商船が足りず食料事情が逼迫している時に、外地から将兵や民間人が引き揚げてくる。テキヤが闇市を仕切り人々は食料調達に右往左往しているうちに、GHQは大胆な国家の改造を進めてゆく。

 焼け野原から復興し高度経済成長を成し遂げ、やがてバブルがはじけるまで、戦後の日本史を親しみやすい語り口の名調子で語る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本は2006年4月に平凡社から刊行。文庫本は「こぼればなし 昭和天皇・マッカーサー会談秘話」を加え、2009年6月11日に初版第1刷を発行。

 文庫本で縦一段組み、本文約573頁に加え、あとがき3頁+平凡社ライブラリー版あとがき2頁。文庫本で縦一段組み、9ポイント42字×16行×573頁=約385,056字、400字詰め原稿用紙で約963枚。上下巻にするかどうか悩む分量。

 文章はメリハリの利いた語りかける雰囲気で、抜群の読みやすさと親しみやすさ。内容も特に前提知識は要らない。「農地改革」や「財閥解体」などの戦後処理に関係する言葉や、「55年体制」や「非核三原則」など、現代の日本の政治を語る際によく使われる言葉について、要点を押さえて意味を教えてくれるのが嬉しい。

【構成は?】

 基本的に時系列で話が進むが、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめの章 天皇・マッカーサー会談にはじまる戦後 敗戦と「一億総懺悔」
    一億、涙滂沱/平和はやっぱりいいもんだ/マッカーサーがやってきた/自由と寛容と正義のもとに/「絞首刑にしてもかまわない」/「ヘロヘト・バウ」
  • 第一章 無策の政府に突きつけられる苛烈な占領政策 GHQによる軍国主義の解体
    闇市の大繁盛/飢餓きわまれり/次々と出される占領政策/GHQに牛耳られる無策の日本/平和国家への道のり/追及される戦争責任
  • 第二章 飢餓で“精神”を喪失した日本人 政党、ジャーナリズムの復活
    「リンゴの唄」とペニシリン/有為変転の「平和の値段」/活気づく政党、ジャーナリズムの復活/アメリカさまさまの「思想改造」
  • 第三章 憲法改正問題をめぐって右往左往 「松本委員会」の模索
    ポツダム宣言は無条件降伏か?/無視された国体護持の条件/行き違った近衛・マッカーサー会談/松本委員会の発足/白熱する憲法草案論議/案じられた天皇制のゆくえ/尻込みしたメンバーたち
  • 第四章 人間宣言、公職追放そして戦争放棄 共産党人気、平和憲法の萌芽
    天皇陛下、「人間」になる/「愛される共産党」/マッカーサーを動かした日本人からの手紙/「今後は平和日本に」
  • 第五章 「自分は象徴でいい」と第二の聖断 GHQ憲法草案を受け入れる
    理想を欠いた憲法草案/日本人には任せておけない/“衝撃”のGHQ案/インフレへの荒療治/「48時間以内に回答せよ」/ようやく成立した新憲法
  • 第六章 「東京裁判」の判決が下りるまで 冷戦のなか、徹底的に裁かれた現代日本史
    冷戦のはじまり/社会党内閣の成立/激変する世界情勢/A級戦犯はどうやって決められたか/東京裁判とは何であったか/「天皇は訴追せず」/“茶番劇”に敵も味方も汗を流す/ため息の出る裏話/判決下る/残った後味の悪さ
  • 第七章 恐るべきGHQの右旋回で… 改革より復興、ドッジ・ラインの功罪
    激しくなる米ソの対立/米のアジア戦略に利用される日本/GHQの内部対立/「改革」より「経済復興」へ/次々と起こった怪事件
  • 第八章 朝鮮戦争は“神風”であったか 吹き荒れるレッドパージと「特需」の嵐
    至る所で「金づまり」/「赤」はすべて追放せよ/アプレゲールの暴走/朝鮮戦争で「特需」に沸く/さようなら、マッカーサー
  • 第九章 新しい独立国日本の船出 講和条約への模索
    反米ムードに苛立つアメリカ/全面講和か、単独講和か/吉田vsダレスの攻防/“軍隊の卵”警察予備隊の編成へ/講和・安保条約の二つの問題/“天皇退位”発言は非国民なり
  • 第十章 混迷する世相・さまざまな事件 基地問題、核実験への抵抗
    消えゆく占領の“影”/「金は一年、土地は万年」/『東京物語』が描いた戦後の気分/改憲・再軍備論を生んだ復古調の波/定まらぬ目標にガタガタゆれる日本人
  • 第十一章 いわゆる「55年体制」ができた日 吉田ドクトリンから保守合同へ
    吉田ワンマンの長期政権/鳩山派の抵抗で自由党はまっぷたつ/「史上最大の政変」、吉田内閣ついに倒れる/やっと「保守合同」成る
  • 第十二章 「もはや戦後ではない」 改憲・再軍備の強硬路線へ
    憲法改正・再軍備の失敗/驚きのソ連との国交回復/「もはや戦後ではない」/短命惜しまれる“野人”首相/不安を広げた強硬路線/「勤評問題」と「警職法」
  • 第十三章 60年安保闘争のあとにきたもの ミッチーブーム、そして政治闘争の終幕
    ミッチーブームがもたらしたものは?安保改定への始動/デモデモデモに明け暮れて/もう政治はたくさん、これからは経済だ/月給が倍になる
  • 第十四章 嵐のごとき高度経済成長 オリンピックと新幹線
    ただただ勤労ニッポン/大衆消費時代の到来 ソニーとホンダ/日本の風景が変わった/神武景気でマネービルが建つ/三種の神器でよろめいて/ダンチ族はエリート族/冷戦激化、緊張する世界/ジャーナリズムに“冬の季節”/わかっちゃいるけど無責任時代/やはり外交なき日本/ケネディ暗殺がもたらすことは/オリンピックと新幹線
  • 第十五章 昭和元禄の“ツケ” 団塊パワーの噴出と三島事件
    佐藤栄作の登場と「昭和元禄」/期待される人間とビートルズ/激動する世界情勢/ベビーブーム世代の反逆/東大・安田講堂の落城/万博と三島事件と/沖縄返還で“完結”した戦後
  • まとめの章 日本はこれからどうなるのか 戦後史の教訓
    “現代史”まで/戦後とは何だったか これまでを振り返って/その後の“戦後”/これからの日本は…
  • こぼればなし 昭和天皇・マッカーサー会談秘話
    マッカーサーの感動/歴史を知るおもしろみ/話題の中心は東京裁判?『第二回目]/新憲法とマッカーサーの予言[第三回目]/すっぱ抜かれた安全保障[第四回目]/天皇の真意[第五回目]/ゆらぐ日本の治安[第八回目]/国際情勢への懸念[第九回目]/いよいよ講和問題[第十回目]/別れの挨拶[第十一回目]/二人の会談を知ることの意味
  • 関連年表/あとがき/平凡社ライブラリー版あとがき/参考文献

【感想は?】

 今の日本の体制はGHQが作ったのだ、と強く感じる一冊。

 なにせ「戦後編」と題しつつ、その内容の半分以上を、占領軍が引き揚げるまでの政治ドラマに割いている。ここに描かれるGHQと日本政府の意向の食い違いは、唖然とするほど。

 敗戦当時の国民の苦しさは、闇市の価格によく出ている。なんたって「白米一升(1.4キロ)70円(公定価格では53銭)」と百倍以上だから凄まじい。そんな時に、お偉方は何をやっているのかというと…

勤労動員で引っ張られ、農場で食料増産のため一所懸命に作った畑ものが、戦争が終われば皆に分け与えられるのかと思えばそうではなく、学校の理事だとかエライ人たちが勝手に持ち帰って自分たちのものにしている。
  ――第二章 飢餓で“精神”を喪失した日本人

 ってんだから、そりゃ国民も愛想をつかして進駐軍を歓迎する。私がどうしても懐古趣味を好きになれないのも、こういう社会構造を思い浮かべちゃうからなんだよなあ。そこに民主主義教育や労働改革が来たんで、女子学生たちが立ち上がりストライキを始めたそうな。いいぞ、もっとやれ。

 もっとも、こういう政策を推し進める前から、庶民はマッカーサーを歓迎してたんで、やっぱり庶民の本音は、権力をカサにきて威張ってる連中を嫌ってたんだろう。天皇の人間宣言にしても、「日本人はそうびっくりしなかった」けど「アメリカや連合国の人たちの方が驚いた」とあって、もともと本音と建前は大きく違っていたわけ。

 だいたいお偉方が綺麗事を押し付けても、本音が隠れるだけでロクな事にはならないんだよなあ。

 当時の日本の権力者たちは、GHQの占領政策に、天地がひっくり返るような気持になったらしく、これは特に憲法論議に詳しく描かれている。これを今の私たちが読むと、当時の日本を仕切っていた人たちの、おぞましいまでの特権意識と能天気さにつくづく呆れてしまう。松本憲法(→Wikipedia)とか、本気でこれが通ると思ってたらしい。彼らは無条件降伏の意味がわかってたんだろうか?

 これだけ認識が違うんだからGHQも苦労しそうなもんだが、巧くやれた理由が、実は明治維新と同じ理由だったりするから歴史は面白い。つまりGHQが玉を押さえてたわけ。日本側は東京裁判での天皇の扱いがわからないので、とりあえず頭を下げるしかなかったけど、ふたを開けてみれば…って寸法。このあたりマッカーサーの政治センスは実に見事。

 などと過激なほどリベラルな政策を日本では推し進め、憲法九条に感激してるマッカーサーが、朝鮮戦争じゃ核を使わせろと暴れてクビを切られるからよくわからない。アメリカでもスタンドプレー大好きな目立ちたがり屋と、あまり評判良くないし。在日中も職場とねぐらを往復するだけで、特に日本好きってわけでもなさそうだし、在日中の彼は実に謎だ。

 にしても、東京裁判でのA級戦犯への言及は、なかなか辛辣。裁判じゃA級戦犯が結託して戦争を始めたような形になってるけど…

 日本にはそんな計画性をもった指導者はおらず、たいてい行き当たりばったりのやってしまえ式で進んできたのであって…
  ――第四章 人間宣言、公職追放そして戦争放棄

 と、「単に無能だっただけ」とコキおろしてる。ハンロンの剃刀(無能で説明できることに悪意を見出すな、→Wikipedia)ですね。

 幸か不幸か経済的には朝鮮戦争の特需に沸くが、同時にGHQは右旋回して、かつての体制で甘い汁を吸った連中が大手をふって戻ってくる。これが良かったのか悪かったのか。以降も所得倍増計画とかでイケイケになるんだけど、当時を代表するソニーもホンダも、当たったのは「暮らしに便利なもの」なんだよなあ。

 後のソニーが作るウォークマンは「楽しくてお洒落なもの」だし、任天堂のファミリーコンピューターは文句なしに「楽しいもの」なわけで、そう考えると、日本も大きく変わったよね、とつくづく思ったり。

 日本の外交がアレな理由も、著者が語る歴史の流れで見ると実にスッキリわかるのも嬉しいし、文藝春秋で活躍した人だけに、政治家の自叙伝の裏側を教えてくれたりするのも楽しいところ。あまり肩ひじ張らずに楽しみながら、今の日本ができた過程を眺められる、楽しくて迫力溢れる本だ。

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