半藤一利「昭和史 1926-1945」平凡社ライブラリー
…つくったのも40年、滅ぼしたのも40年、再び一所懸命つくりなおして40年、そしてまたそれを滅ぼす方向に向かってすでに十何年過ぎたのかな、という感じがしないわけではありません。
――はじめの章 昭和史の根底には“赤い夕陽の満州”があったうまいスローガンがあると国民の気持ちが妙に一致して同じ方法を向くんですね。
――第二章 昭和がダメになったスタートの満州事変戦争は、新聞を儲けさせる最大の武器なんです。
――第三章 満州国は日本を“栄光ある孤立”に導いた「戦争に参加した軍人をいちいち調べたら、皆殺人強盗強姦の犯罪ばかりだろう」
――第六章 日中戦争・旗行列提灯行列の波は続いたが…
【どんな本?】
日本の近現代史の著作を多く出している人気作家・半藤一利が、激動する昭和の日本の歴史を、わかりやすく親しみやすい語り口で綴った、一般向けの歴史解説書「昭和史」シリーズの前半。ここでは、満州への進出から中国との戦争、そして太平洋戦争を経て終戦までを描く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
単行本は2004年2月に平凡社から刊行。文庫本は「こぼればなし ノモンハン事件から学ぶもの」を加え、2009年6月11日に初版第1刷を発行。私が読んだのは2009年6月29日発行の初版第2刷。順調な滑り出し。
文庫本で縦一段組み、本文約525頁に加え、あとがき3頁+平凡社ライブラリー版あとがき2頁。文庫本で縦一段組み、9ポイント42字×16行×525頁=約352,800字、400字詰め原稿用紙で約882枚。上下巻にするかどうか悩む分量。
文章は好々爺が語りかけてくる雰囲気で、とても親しみやすく読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。515や226などの有名な事件について、うっすらと名前だけ覚えている程度でも、懇切丁寧に「いつ」「どこで」「誰が」「何のために」「何をして」「どうなったか」まで、わかりやすく親しみやすい物語形式で語ってくれる。
【構成は?】
基本的に時系列で話が進むが、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。
|
|
【感想は?】
この本の最大の特徴は、なんといっても親しみやすさとわかりやすさ。
記述の多くは、日本の政治中枢の動きだ。その時、どんな状況でどんな問題があり、首相や軍のトップは誰で何を主張し、その結果どうなったか、と続く。
これを教科書的に事実を並べるだけなら、論文として役立っても、読み物としては面白くない。この本では、重要な登場人物を鮮やかに色付けし、生きた人間ドラマに仕立てている。その色付けに著者の気持ちが強く出ているため、ドラマとしてグッと面白くなった。
反面、経済・技術・産業・文化・芸能など、民間や制度の話はあまり出てこない。たぶん、これは著者の考え方のためだろう。ウィリアム・マクニールやジャレド・ダイアモンドのような「歴史は状況が作る」と考えるタイプではなく、司馬遷のように「歴史は人が作る」と考えるタイプだ。
ただ、わかりやすいだけに危険もある。つい著者の主張を鵜呑みにしたくなってしまうのだ。物語として起承転結がハッキリしていると記憶に残りやすい上に、細かい部分ではキチンと一次資料を示して説得力を持たせているし、何より語りが巧い。
この危険は著者自身も充分に承知しているらしく、アチコチで「簡単に言えば」「わかりやすく言えば」「要するに」と、読者に警告してたり。つまりは読者に宿題を出しているわけだ。「紙面の都合で大ざっぱに書いたけど、本当はもっと微妙な話なんだよ、後でキチンと調べておいてね」と。
例えば、陸軍内の統制派(→Wikipedia)と皇道派(→Wikipedia)の対立。
簡単に言えば、統制派の中心が永田鉄山であり、皇道派の中心が小畑敏四郎です。(略)
わかりやすく言えば、小畑敏四郎は、(略)何よりソ連に対してわれわれは準備しなければならないという立場でした。(略)
対して永山鉄山は、(略)まず中国を徹底的に叩くべきだ。
と、この本だと、統制派は対中国で皇道派は対ソ連みたく思えてくるが、同時に、それほど単純な話でもないんだよ、と「簡単に言えば」「わかりやすく言えば」と釘もさしている。ちょっと WIkipedia の記述と比べてみよう。単なる戦略の違いってわけでもなく、けっこうドロドロした根の深い問題らしい。
で、こういったことについて、著者は最後に再び念を押してくるから厳しい。
歴史は決して学ばなければ教えてくれない
――むすびの章 310万の死者が語りかけてくるものは?
君たち、歴史を学びなさいよ、そこにはとても貴重な宝が埋まってるんだよ、でも自ら進んで学ばなければ、何も得られないんだよ、と。
お話の本筋は張作霖爆殺から始まるんだが、陸軍は完全に悪役。騒ぎを起こす→隠そうとする→バレて炎上→別の騒ぎを起こして目を逸らそうとする…と、しょうもない。おまけにヤバくなるとクーデターを匂わせて政府を脅した上に、権限を奪ってゆく。まるきしヤクザだ。この繰り返しで敗戦まで突っ走るんだから、泣いていいのか笑っていいのか。
対する海軍も情けないもんで、三国同盟のおあたりでは「結果として予算をより多く獲得する条件を陸軍につきつけ」られるから、と厳しい。外交より軍の事情を優先し「金のために身を売った」とまで罵っている。このあたりはイアン・トールと意見が近い(「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」)。
イアン・トールは帝国海軍の艦隊決戦思想の原点をマハンに求めてたけど、対する陸軍の思想を著者は石原莞爾の「世界最終戦争論」に求めていて、私はこれの源流をクラウゼヴィッツの戦争論だと思うんだが、どうなんだろうなあ。あれ推し進めると、どうしても軍政になっちゃうんだが。
太平洋戦争に突入し敗色が濃くなるあたりは、軍の上層部がグダグダやっている最中にも南方じゃ将兵が続々と飢え死にしてるにも関わらず、国内じゃ憲兵や特高の締め付けが厳しくなってたり、一体何をやってるんだろうと切なくなるのは、この手の本の常。
そして、終盤に出てくる著者の嘆きは、今でも通用しちゃうから悲しい。
「起きると困るようなことは起きないということにする」
――こぼればなし ノモンハン事件から学ぶもの
個人の商売だったら一発賭けに出るのもアリだと思うんだが、軍人がこれじゃなあ。軍人ってのは、常に最悪のケースを予測して作戦を立てるもんでないの?
なんでこんな無茶・無責任がまかり通ったのか。これについて、もっと盛んに議論されるべきだと思うし、その議論の足がかりとしては、充分すぎるほどの起動力を持つ本だろう。私は著者の結論とは違う意見なんだけど(それは後で述べます、たぶん)、是非多くの日本人に読んでほしい本であることに変わりはない。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:歴史/地理」カテゴリの記事
- 植村和代「ものと人間の文化史169 織物」法政大学出版局(2023.09.29)
- マイケル・フレンドリー&ハワード・ウェイナー「データ視覚化の人類史 グラフの発明から時間と空間の可視化まで」青土社 飯嶋貴子訳(2023.08.08)
- ソフィ・タンハウザー「織物の世界史 人類はどのように紡ぎ、織り、纏ってきたのか」原書房 鳥飼まこと訳(2023.07.18)
- パトリス・ゲニフェイ/ティエリー・ランツ編「帝国の最後の日々 上・下」原書房 鳥取絹子訳(2023.06.19)
コメント
shinzeiさん、ありがとうございます。
半藤氏の文章はスラスラ読めて楽しめる上にストーリーが印象に残るので、
つい鵜呑みにしたくなるのが怖いです。
投稿: ちくわぶ | 2016年10月14日 (金) 20時03分
おはようございます。
半藤さんの『昭和史」関連の本では『幕末史」や『B面昭和史』なんかが面白いですね。
歴史探偵の面目躍如といったところでしょう。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2016年10月14日 (金) 07時18分