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2016年9月19日 (月)

ハーラン・エリスン「死の鳥」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫訳

あいつのいうとおりだ。いつも、そうなんだ。おれは遅れる。
  ――「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった

「これはあんたの天国で、ここで暮らせる見込みもある。だが全身でぶつからなきゃならない。持てるものを最高に生かしきるのだ」
  ――竜討つものにまぼろしを

ネズミをなんびきもつかまえて箱に入れる。数が多くなりすぎれば、なかには気が変になるのも出てきて、残ったやつを噛み殺しはじめる。
  ――鞭打たれた犬たちのうめき

【どんな本?】

 アメリカSF界のお騒がせ男として有名だが、日本ではなかなか翻訳が出ないハーラン・エリスンの傑作を集めた、日本オリジナルの短編集。凝った構成、煽情的で狂騒的な文体、暴力的で残虐な描写、挑発的で背徳感あふれるストーリーと、SFならではの毒をたっぷり含み、エッジの効いた作品が味わえる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年8月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約369頁に加え、高橋良平の解説「Rediscovering Harlan Ellison®」16頁。9ポイント40字×17行×369頁=約250,920字、400字詰め原稿用紙で約628枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれているが、かなりアクの強い文体なので、好みが分かれるだろう。一時期のソープオペラみたく、うるさく喋りまくる感じを想像してほしい。内容は特に難しくないが、いささか古い作品が多いので、コンピュータの描写などはさすがに時代を感じさせる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった / "Repent, Harlequin!" Said the Ticktockman / ギャラクシー1965年12月号
 未来のアメリカ。何もかもがスケジュール通りで、遅れが許されない秩序だった世界を、厳格な管理で守る男チクタクマン。だが、彼をあざ笑うかのように、子供じみたイタズラで街を混乱させる者が現れた。ハーレクィン、正体不明のトリックスター。
 ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞。
 書かれた時代はヒッピーたちが先導するカウンター・カルチャー華やかなりしころ。それを考えると、徹底的な管理社会を統べる独裁者に歯向かう反逆のヒーロー、ハーレクィンの物語…のように見えるが、解説によるとエリスンは遅刻魔で締め切り破りの常習犯らしいので、別の意味がありそうw
 でも、納期に向けデスマーチに突入している勤め人にとっては、スケジュール通りに休めるチクタクマンの世界が天国に思えてくるから怖いw
竜討つものにまぼろしを / Delusion for a Dragon Slayer / ナイト1966年9月号
 いつも時間通りに出勤するウォレン・グレイザー・グリフィンだが、その日は珍しく家を出るのが遅れ、近道を走った。そこはビルの取り壊し工事中で、ちょうどまずいタイミングで事故が起き、壁を壊す鉄球がケーブルから外れ…
 偶然の事故で現世の命を絶たれた平凡な男グリフィン。目覚めたとき、美女を捉えた魔物が潜む島へと向かう船に彼はいた…って筋書きは、典型的な異世界転生もの。時代的にエドガー・ライス・バローズあたりのパロディにも思えるが、今の日本でも通用するからおかしい。よくできた物語の骨格ってのは、なかなかすり切れないものらしい。
おれには口がない、それでもおれは叫ぶ / I Have No Mouth, and I Must Scream / イフ1967年3月号
 巨大なコンピュータAMの中に囚われた五人の男女。おれ、ゴリスター、ニムドック、ペニー、そしてスベタのエレン。コンピュータはおれたちを閉じ込め、あらゆる手練手管を弄しておれたちを痛めつけ、死ぬことすら許そうとしない。
 ヒューゴー賞受賞。
 陰険な嫌がらせと残酷な拷問の場面が延々と続く作品。章の区切りに使っているのは、懐かしの穿孔テープ。昔のSFドラマじゃ、コンピュータが吐き出したテープを白衣を着た科学者が読んでたんだよなあ。にしても、生き残った(?)者たちが、素直に協力しあおうとは決してしないあたりが、エリソンの味だなあ。
プリティ・マギー・マネーアイズ / Pretty Maggie, Moneyeyes / ナイト1967年5月号
 コストナーはラスヴェガスで素寒貧になる。帰ろうとしてポケットに手を突っ込むと、一ドル銀貨が見つかった。最後の運試しに向かったスロットマシーンで…
 トゥーソン生まれのマギー。23までトレーラーハウスの貧乏暮らしだったが、スタイルは最高にクール。胸は残念だけど。極貧の暮らしから抜け出そうと都会に出たが…
 舞台はきらびやかなラスベガス。アメリカの底辺に突き落とされた男コストナーと、底辺から這い上がろうと必死のマギーの、偶然の出会い。ナイトは男性誌だから…と邪な期待をしたが、やはり無駄だったw
世界の縁にたつ都市をさまよう者 / Prowler in the City at the Edge of World / 危険なヴィジョン 1967
 1888年11月、ロンドン。今までの八回と同じように、ジュリエットと名乗る娘も片づけた。今回使ったのは、彼女が枕の下に隠したナイフで…と思ったら、男は夜のない都市にいた。金属的で清潔、安全で品に満ちた街。
 19世紀末のロンドンを恐怖の縁に叩きこんだ謎の連続殺人鬼、切り裂きジャック(→Wikipedia)をネタにした作品。他にもキャスパー・ハウザー(→Wikipedia)やクレイター判事(→Wikipedia)などソッチ方面のネタを使いながら、マッドな世界を創り上げている。
死の鳥 / The Deathbird / F&SF1973年3月号
 地の底、マグマの中にある小室で、ネイサン・スタックは25万年の眠りから目覚め、病み衰えた地表に出た。影の生き物に導かれ、瑪瑙の塔を思わせる山を目指し歩き出す。その頂では、いくつかの光点が動いていた。
 ヒューゴー賞・ローカス賞・ジュピター賞受賞。
 成績テストらしきものの注意書き、滅亡後の地球を歩くネイサン・スタックの旅、奇妙なエイリアンの社会、エリスン自身の体験をもとにしたエッセイ、そして世界最高のベストセラーなどを織りまぜ、滅びてゆく地球を描く、喧嘩屋エリスンらしい物語。
鞭打たれた犬たちのうめき / The Whimper of Whipped Dogs / Mad Moon Rising 1973
 ニューヨーク東52丁目のアパートの中庭で、一人の女が殺された。アパートの住人のうち少なくとも25人が事件を目撃したが、誰一人として彼女を助けず、また警察を呼ぼうともせず、ただ見物するだけだった。べスもその一人だ。
 エドガー賞受賞。
 おそらく元ネタはキティ・ジェノヴィーズ事件(→Wikipedia)。約38人が事件を目撃したとされるが、誰も警察に通報しなかった。「すでに誰かが警察を呼んでいるだろう」と考えた人も多いだろうが、後でご近所の人と顔を合わせたら、どんな顔をすればいいのやら。
北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中 / Adrift Just off the Islets of Langerhans : Latitude 38° 54' N, Longitude 77° 00' 13" W / F&SF1974年10月創刊記念号
 その日、ロレンス・タルボットっはディッシュマン・エアポート・センター・ビルに出かけた。インフォメーション共同なるコンサルタント会社のオフィスだ。依頼は、特別な情報。ただし、ごく秘密裏に。ジョン・ディミーターと名乗る男は、奇怪な報酬と引き換えに仕事を受けた。
 ヒューゴー賞・ローカス賞受賞。
 北緯38度54分西経77度0分13秒はホワイトハウスの座標。ランゲルハンス島(→Wikipedia)は膵臓の中にある細胞群。日本人にとっては、解説を読まないとまず意味が通じない厄介な作品。ディミーターの名も何か意味があるんだろうか?
ジェフティは五つ / Jeffty Is Five / F&SF1977年7月号
 ぼくが五つのころ、ジェフティという同い年の友だちがいた。ぼくは22になった年に故郷に戻り、ソニーのテレビを売る店を開いた。それまでもちょくちょく故郷に戻っては、ジェフティと遊んだ。ぼくは大きくなったが、ジェフティは変わらない。身も心も五歳のまま。それでも、やっぱりぼくはジェフティと遊んでいる。
 ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞・英国幻想小説賞・ジュピター賞受賞。
 最近はスパイダーマンやバットマンなど、昔のヒーロー・コミックが映画で再登場してるけど、そこは21世紀。いろいろと現代風にアレンジされ、オリジナルとは全く違った味付けで、大人も楽しめるようになっちゃいるが、オリジナルが好きな人は複雑な気分だろう。
 今は Youtube なんて便利なモノが出来て、懐かしのコンテンツも探せば大抵見つかるんだが、現代の贅沢な音質や映像に慣れた身には、チャチに感じちゃうのが悲しいところ。幼い頃は夢中になってたんだけど。
ソフト・モンキー / Soft Monkey / ミステリ・シーン・リーダー1987年5月創刊号
 ニューヨークのバッグ・レディ、アニーがねぐらを確保した零時25分。困ったことに、彼女が寝ているそばでギャングたちが争いはじめ、一人が殺された。折悪く目撃してしまったアニーは、ギャングに追い回される羽目に。
 エドガー賞受賞。
 多少オツムはイカれちゃいるが、都会を生き抜く知恵には長けてるアニーの逞しさが光る作品。段ボールなんて私たちにはただのゴミだけど、彼女にとっては生き延びるための必需品。何が大事かってのは、人によって違うんだよなあ。

 お騒がせ男らしく、前半から中盤までの作品は、斜に構えた皮肉で挑発的な作品が多いが、最後の二つは饒舌な芸風はそのままで、微妙にホロリとさせる作品に仕上がってて、私は後ろの方が好きだ。「ジェフティは五つ」も、出てくるタイトルはほとんどわからないけど、かつて「男の子」だった者には、身に染みてしょうがない。

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