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2016年9月11日 (日)

アルフレッド・ベスター「願い星、叶い星」河出書房新社 中村融編訳

人は自分を失っちゃいけない。自分自身で暮らしを立て、自分自身の人生を生き、自分自身の死を迎えなくちゃけない……さもないと、他人の死を迎えることになる。
  ――ごきげん目盛り

「殺しあいをさせておきましょう、あの豚どもには。これは、わたくしたちの戦争ではありません。わたくしたちは、変わらずわが道を行くのです。考えてごらんなさい、みなさん、あるうららかな朝、この防空壕から出たら、ロンドン全体が死に絶えていた――世界全体が死に絶えていたということになったら、どんなにうれしいかを」
  ――地獄は永遠に

【どんな本?】

 「虎よ、虎よ!」「分解された男」で有名なアメリカのSF作家、アルフレッド・ベスターの、数少ない短編を集めた、日本独自の作品集。饒舌でリズミカルで下品な語り口、エキセントリックで暴力的で変態的で背徳的な場面描写、奇想というより狂気にまで突き抜けたアイデアなど、ベスターならではのイカれた世界が味わえる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2005年版」のベストSF2004海外篇で第18位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年10月30日初版発行。私が読んだのは2005年9月10日発行の第三刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約352頁に加え、編訳者あとがき15頁。9ポイント42字×18行×352頁=約266,112字、400字詰め原稿用紙で約666枚。獣の数字とはベスターらしい。文庫本なら少し厚め。

 ベスターの割に、意外と文章はこなれている。内容も、最近のSFに比べればはるかにとっつきやすい。「SFは新しいほどアイデアが新鮮で楽しめる」と思ってたけど、初心者には古い作品の方がわかりやすくて読みやすいのかも、と考えなおしたり。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 の順。

ごきげん目盛り / Fondly Fahrenheit / F&SF 1954年8月号
 ジェイムズ・ヴァンデルアーは、着の身着のままでパラゴン第三惑星を逃げ出した。彼のアンドロイド、希少で高価な多用途アンドロイドが、無邪気な子供を殺したのだ。アンドロイドは人に害をなさない筈なのに。最初はちょっとしたイタズラだった。次に放火、そして傷害と、次第に症状が酷くなる。
 金持ちのドラ息子で、浪費とタカリしか能のない主人のヴァンデルアーと、彼の暮らしをけなげに支えるアンドロイドの対比がいい。けなげとはいえ、そこはアンドロイド、話す言葉は無感情で論理的、しかも全く空気を読まないのが、実にムカつくw 一人称が混乱してるのも、この作品のポイント。
ジェットコースター / The Roller Coaster / ファンタスティック 1953年6月号
 安淫売を買ってナイフで脅したのに、女は怯えるだけ。泣きもしなけりゃ暴れもせず、全く役に立たちゃしない。だから神経症患者は困る。仕方ない。フレイダにアドバスを貰おう。彼女はギャンドリーを担当してた。今はギャンドリーの家にいるはずだ。彼のアパートを訪ねたが、ガスの臭いに気がつき…
 ベスターらしく暴力場面が多く、また暴力がテーマの大事な要素となっている作品。舞台がニューヨークなのもミソで、今はともかく一時期はかなり治安が悪く物騒な都市だった。地域にもよるけど。発表当時のSFはお上品な作品が多かったから、衝撃も大きかったろうなあ。
願い星、叶い星 / Star Light, Star Bright / F&SF 1952年7月号
 電話帳でブキャナン性の家を探し、次々と訪ね歩く男。ある家では科学研究所の調査員フォスター、別の家では全国放送協会のデイヴィス、また他の家では事業振興局のフックを名乗り、それぞれ全く異なるアンケートを取る。彼の命運は尽きていた。
 作中に出てくるペテンの手口は、インターネットが普及してナイジェリアの手紙(→Wikipedia)として復活してるなあ。昔からあったし、それなりに稼げたらしい。ラストの無機質で寂しげな、そして無限を感じさせる風景が印象的。にしても、嫌な無限だw
イヴのいないアダム / Adam and No Eve / アスタウンディング 1941年9月号
 滅びた後の地球を、クレインは延々と這い続ける。灰色の細かい灰と燃え殻が地を覆い、狂った風が灰を巻き上げ、空を黒く覆う。そして雨が降れば灰は泥となる。ここには誰もいない。生き残ったのはクレインだけ。海を求め、クレインはひたすら這い進む。
 「地球最後の男」のバリエーション。滅亡後の地球の描写はいろいろあるが、たいていはビルの残骸や鬱蒼としたジャングルなど、風景に変化があるのが大半で、この作品のように灰色と黒のモノトーンなんてのは滅多にない。色も起伏もない風景が、絶望感を際立たせる。
選り好みなし / Hobson's Choice / F&SF 1952年8月号
 統計学者のアディヤーは、奇妙は数字を見つけた。今は戦争中で、死亡率は上がり出生率は下がっている。当然、人口は減るはずだ。しかし、記録では人口が増えている。そこで合衆国の各地域ごとに人口統計を取ると、意外な事実が浮かび上がり…
 「次の戦争は核で決着がつくだろう」と思われていた時代の作品。根気強く数字を集め、グラフや図を描き、モノゴトの関係が浮かび上がってきた時の気持ちは、なかなか興奮するものがあるよねえ。作品のテーマは実に皮肉なもので。江戸しぐさとか主張してる人は、決してこんな作品を読まないだろうなあ。
昔を今になすよしもがな / They Don't Make Life Life They Used to / F&SF 1963年10月号
 ひとけのないニューヨークを、裸の娘がジープで走っている。図書館に入っては幾つかの本を持ち出し、来館者名簿に書き入れる。図書館から戻る途中、突然ひとりの男が現れた。慌ててブレーキを踏む。「あんたイカれてるの。信号無視よ」
 再び人類滅亡後の世界を描く作品…なんだが、見事に悲惨さがカケラもないw なんたって、出てくる娘も男も、明らかにズレまくってるし。こうやって読むと、イカれちゃうのも、それなりに幸せじゃないかと思えてくる。
時と三番街と / Of Time and Third Avenue / F&SF 1951年10月号
 その日、メイシーの店の奥の部屋は、貸し切りとなった。ついさっき来たボインと名乗る男が借りたのだ。そのすぐ後、カップルが店に入ってきた。オリヴァー・ウィルスン・ナイトとジェイン・クリントン。ボインはカップルがこの店に来る事を知っていたらしい。ばかりでなく…
 ベスターの作品に出てくる人間は、欲望むき出しのしょうもない奴が多い。ので、ナイトが出てきた時も「リア充もげろ」と思っていたら、意外にも実にまっとうな奴で驚いた。世俗的な成功を求める点はアメリカ的だけど、その手段も古き良きアメリカン・スタイルだし。
地獄は永遠に / Hell Is Forever / アンノウン・ワールズ 1942年8月号
 空襲に怯えるロンドン。レディ・サットンの城の地下深くにある防空壕に、六人の男女が集まる。<六人のデカダン派>を名乗る彼らは、刺激と快楽を求めて、様々な悪徳に浸った。その日の出し物は喜劇、名付けて「アスタロトは女性なり」。
 この作品集で最も長い作品。後にコミック・ラジオ・テレビ業界で活躍するベスターらしく、映像化したらウケると思うんだが、当時のテレビじゃ無理だろうなあ。ロクでもない連中がロクでもない目に合う話で、今映画化したら友成純一あたりが絶賛するホラー作品になると思う。
編訳者あとがき ベスターのもうひとつの顔

 下品で饒舌なのに加え、登場人物がエネルギッシュな俗物なのがベスターの特徴。当時のSFとしては過激だったんだが、今ではスンナリ読めてしまうあたり、やはり時代を先取りしていた人なんだな、と感じる。長編では作品を破綻寸前にまで追い込む過激なアイデアが、短編では作品を綺麗にまとめるのが面白い。

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