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2016年9月 6日 (火)

柴田勝家「クロニスタ 戦争人類学者」ハヤカワ文庫JA

「みんながみんなになって、ひとり、いなくなる」

【どんな本?】

 新鋭SF作家の柴田勝家が、衝撃のデビュー作「ニルヤの島」に続き発表した長編第二作。

 近未来。アフガニスタンやイラクでテロに苦しんだ米軍は、その原因を文化の違いと考え、人類学に解決策を求める。多くの人類学者が従軍し、村々を巡って社会形態を解き明かした末に、適切な占領政策を打ち出して優れた効果をあげる。

 次第に均一化する世界の中で、共和制アメリカは勢力を伸ばし、民族主義者は激しく抵抗を続けるも追い詰められてゆく。ここで共和制アメリカの強力な武器となったのが、自己相の技術だった。個人の価値観や知識、そして強烈な感情を多くの人びとで共有し、誰もが同じ<正しい人>になる技術である。

 人理部隊の文化技官として従軍するシズマ・サイモンは、若い文化人類学者だ。自己化を拒む難民たちとの闘争の中で、不思議な少女と出会う。卓越した戦闘能力を持ち、誰も知らない言語を話す。ヒユラミールと名乗る少女との出会いは、シズマを運命を大きく変えてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年3月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約404頁。9ポイント41字×18行×404頁=約298,152字、400字詰め原稿用紙で約746枚。文庫本としては厚め。

 最近のSFの中では文章はこなれている方だろう。SFとしてややこしいのは「自己化」って仕掛け。なんだが、これは作品の主題にも大きく絡むんで、じっくり読み込んで欲しい。

【感想は?】

 この作品のキモは、自己相だろう。これが生み出す世界の変化と、同時に発生する歪み。

 自己相。脳内にコンピュータとインターネットが一緒に入るような感じ。というと簡単に賢くなれる技術のようだが、それだけじゃない。価値観・世界観まで、みんなで共有してしまうシロモノ。

 だけじゃない。冒頭では、視覚の共有なんて技も使ってる。じゃ女湯に入ってる人の視覚を共有できるのかというと、それほど万能ではないんだが。って、我ながら酷い例えだな。まあいい。これが戦闘で優れた効果を発揮するのは、誰でもわかるだろう。

 更に、ちょっとしたオプションを使えば、誰かが頑張って身に着けた優れた技術もパクれる。私だってイチローみたいなバッティングができるし、アル・ディ・メオラみたく華麗にギターを弾くこともできる。いいなあ、便利だなあ。

 が、これで終わらないのが、この作品のミソ。

 元がアフガニスタンやイラクでの米軍の苦戦から生まれた技術だ。もっと剣呑な側面もある。ちょっとした手術で自己相を手に入れた者は、価値観や世界観まで自己相世界に飲み込まれる。「我々はボーグだ。お前たちを同化する」って程ではないが、みんなアメリカ的価値観に染まってしまう。

 お陰でイスラム原理主義に走るテロリストは減り、アメリカによる占領統治も楽になり、その後の民主的な政府立ち上げもスムーズにいく。おお、ラッキー。

 加えて退役兵がPTSDで悩む事もなくなる。深い心の傷を負った者は、恐れや悲しみや怒りを自己相に放り出す。一人で傷を抱えるのではなく、みんなで痛みを共有すれば、怒りで目がくらんで暴走する者もいなくなる。

 実際、怒りはともかく、不満や悲しみを誰かと共有するのは、心を健やかに保つのに役に立つらしい(最相葉月「セラピスト」)。

 確かにアメリカには都合がいいが、同化される側もそうとは限らない。そんなわけで、<難民>と呼ばれながらも同化を拒み、自分たちの生活スタイルや文化にしがみつく者もいる。この物語の主な舞台は南米のアンデス山中で、彼らは山中の村に住んでいたり、山の中を渡り歩いたりしてる。

 加えて文化人類学者には嬉しくない問題も起きる。みんなが同じ価値観・世界観になっちゃったら、文化の違いもなくなり、文化人類学そのものが成り「立たない。主人公のシズマは、難民をスムーズに同化するため従軍しながらも、学者としての探求心もあり、その板挟みになってゆく。

 これが文化人類学だと馴染みがなくてわかりにくいが、読者に伝える例えが巧く、またSF者をワクワクさせてくれる。曰く…

ロッキー山脈のビッグフット、サスカッチ。ヒマラヤ山脈のイエティ。コーカサスのアルマス。そして、祖父から聞いた日本の山人の伝説。

 世界が開拓され、どこんな土地も Google Map で覗けるようになった現在、未知の土地はなくなってしまい、同時にUMAの住む地も消えつつある。便利になったのはいいが、同時に恐竜が生き残っているロスト・ワールドの夢もなくなってしまった。いいのか、それで?

 ってなシリアスなネタばかりでなく、中盤以降のバトル・シーンはなかなかの迫力。特にクエンカでの陸軍大暴れの場面は、映像化したら大いに映えそうな迫力。歴史ある建築物を無造作に潰しながら、戦車が撃ちまくるあたりが、私は一番気に入った。やっぱ陸軍の花形は戦車だよなあ。

 様々な民族や文化が存在するが故に、対立が起き争いで人々が死んでゆく。だからといって、画一化してしまえば解決するのか。それによって失われるものを、平和の代償として切り捨てるべきなのか。様々なガジェットとアクションで彩りながら、文化の多様性へと斬り込んだ、野心的な作品。

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