フィリップ・ボール「枝分かれ 自然が創り出す美しいパターン 3」ハヤカワ文庫NF 塩原通緒訳
雪の結晶はカオスから、分子が一つづつ凝結した水蒸気のゆらめく渦から、導いてくれるテンプレートもなしに形づくられるのだ。この枝分かれはどこからくるのだろうか? なんのために六なのか?
1 冬物語 六角形の雪結晶ガラスの化学結合一つがもつエネルギーはわかっているから、「ガラスが割れる」とは亀裂に沿ったすべての化学結合が壊れることだと考えればガラスの理論強度が簡単に算出できる。不可解なのは、実測強度が概してその値の約1/100だという点だった。
――3 亀裂のわかれ道 なめらかなひび、ぎざぎざな裂け目レイチェル・カーソン「堆積物はおわば地球の叙事詩である」
地質学者クリス・パオラ「だが、その叙事詩が私たちに理解できない言葉で書かれているのは残念だ」
――4 水の道 地形の中の迷宮人は自分の意見を後押ししてくれるものだけを読みたがるのだ。
――6 世界をめぐるネットワーク 私たちはなぜつながっているのか
【どんな本?】
雪の結晶はそれぞれ違う。違うが、どれも六角形っぽい規則性がある。樹木のシルエットは、種類によって違うが、なんとなく「木だな」とわかるし、詳しい人が見れば樹木の種類まで当てられる。泥が乾いてできるひび割れは、だいたい六角形だ。
どれも個々の形は違うのに、私たちはパッと見ただけで、「コレは○○だな」と見分けがついてしまう。なぜ見分けがつくのだろう? そこにはどんな規則があるんだろう? その規則は数式化できるんだろうか? そして、どんな原因で規則だった形になるんだろう?
結晶・ひび割れ・岩石・川・樹の枝・細菌のコロニー・血管そして発展する都市など、無生物から生物の器官、果ては人間関係や電力網まで、様々なスケールに現れる「枝分かれ」について、豊富な写真とバラエティに富んだ科学エピソードと共に語る、一般向け科学解説書シリーズの第三弾。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Branches - Nature's Patterns : A Tapestry in Three Parts, by Philip Ball, 2009。日本語版は2012年2月に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2016年6月15日発行のハヤカワ文庫NF版。
文庫本で縦一段組み、本文約286頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×286頁=約211,068字、400字詰め原稿用紙で約528枚。標準的な文庫本の厚さだが、写真やイラストも沢山あるので、実際の文字数は8割ぐらいだろう。
文章は比較的にこなれている。内容も最後のエピローグを除けば特に難しくない。それより写真やイラストが綺麗な本なので、できるだけ印刷の質がいい本を選ぼう。
また、「かたち」「流れ」から続くシリーズ三部作の完結編だが、それぞれ内容は独立しているので、気になった巻から読んで構わない。
【構成は?】
この巻は比較的に各章が独立している。でもやっぱり索引が欲しいなあ。
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【感想は?】
改めて考えると、雪の結晶の形がそれぞれ違うのは不思議だ。みんな同じでいいじゃないか。
かなり昔から人は雪が六角形なのに気づいていたようだ。なんと紀元前135年ごろ(前漢の時代)、中国の韓嬰が「雪は正六角形である」と書き残している。たいした観察力だ。
やはり雪の研究は寒さとの戦いで、最初に雪の結晶写真が出たのは1931年11月。バーモント州の農夫ウィルソン・ベントリー(→Wikipedia)が、1885年~1931年に5千点以上の写真を撮った。45年も続けるとは、凄い執念。ただし出版の数週間後に肺炎で亡くなっている。
これを継いだのが北海道帝国大学の物理学者、中谷宇吉郎(→Wikipedia)。1930年代の話。「雪は空気中を落下しながらゆっくり成長する」。そこで実験室を冷やし、氷の結晶の形が温度と湿度によりどう変わるかを調べた。冷やしったって、常に零下だからたまんないよなあ。
雪は機械っぽく見えるが、無生物のくせに生物っぽく見える物もある。岩石の中に現れるデンドライト(→Google画像検索)だ。最初に見たときは、ヒジキかと思った。これは金属塩を含む水がが岩石の割れ目からにじみ出る時にできる。
雪の結晶、デンドライト、樹木、川。いずれもパターンがあって、見れば「これは○○だな」とわかるが、なぜわかるのかは巧く説明できない…わけでもない。そう、有名なフラクタル(→Wikipedia)だ。部分が全体に似るという、例のアレ。一時期は大きな話題になったフラクタルだけど…
科学研究においても、かつては新しいフラクタル構造の発見が重大な関心事だったのが、いまでは肩をすくめられるばかりだ。
と、ブームは去った模様。それでもCGの背景画像の自動作成とかじゃ、フラクタルは大活躍してるよね。とまれ、フラクタルが持つ奇妙な性質、フラクタル次元の説明はわかりやすい。
円の面積は半径の二乗に比例する。トイレットペーパーの面積は長さに比例する。つまり長さの一乗だ。デンドライトも大きくなると面積が増えるが、増え方は一乗と二乗の間、約1.71乗ぐらいになる。これがデンドライトのフラクタル次元だ。
とかの小さいモノの話も面白いが、この巻で最も印象に残るのは、奇矯な風景。
まずはジャイアンツ・コーズウェイ(→Google画像検索)。六角柱の岩が、綺麗に並んでいる。大昔の巨石文化の遺跡かと思えるが、自然現象らしい。泥が乾いてできるひび割れと同じ原理だとか。
溶岩は冷えると小さくなる。乾いた泥がひび割れるように、溶岩もひび割れる。この際、六角形が最も効率がいい。実はコーズウェイ、複数の層になってて、上の方は比較的に不規則なんだが、下の方は形が揃ってる。上から広がったひび割れが、下に行くに従って力学的に安定した形に揃っていった、と。
やはり不思議なのが、ペニテンテ(→Google画像検索)。アンデス山脈の万年雪原に、先がとがった1~4メートルの氷のカラーコーンが延々と並ぶ。ダーウィンは「柱の一本に、一頭の馬が突き刺さって凍っていた」のを記録に残している。おっかねえ。
あの辺は空気が乾いてるんで、氷は水にならず「いきなり水蒸気に昇華する」。できた穴はレンズになり中心に太陽光を集め、穴が更に深くなる。寒くて乾いてるのがキモらしい。単に不思議な風景ってだけでなく、意外な所に応用されてたり。
というのも、太陽電池だ。表面のシリコンウェハーにレーザーをあてて溶かし、ミクロなペニテンテを作る。表面に当たった太陽光は反射せずに全部を捉えられるんで、効率が上がるわけ。触ったらザラザラしてるのかなあ。
終盤ではスモールワールド・ネットワークなど、社会的な話も出てきた。やっぱりと思ったのが、マーク・ニューマンの調査。Amazon.com でアメリカ政治の本の購入履歴を調べると、読者は四つのコミュニティに分かれた。保守系とリベラルが二大勢力で、中道が混じる小さいグループが二つ。
保守とリベラルはたぶん共和党と民主党だろうけど、中道系の二つってのが気になる。にしても、政治系はどっちつかずの本って、あまし売れないんだなあ。
などを介したどり着いたエピローグは、かなり歯ごたえあり。かなり話が抽象的になるのに加え、熱力学や統計力学の基礎知識が必要で、相応の覚悟が必要だが、SF者は無理してでも読む価値あり。いきなり世界がグワーッと広がる感激を味わえるから。
フラクタルなんぞという手垢に塗れたテーマを扱いながら、それができる過程や原因にまで目を向けることで、更に深い所まで突っ込んだ内容を、親しみやすい語り口でわかりやすく解説してくれる。ちょっと身の回りの細かいものを数えてみよう、そんな気にさせる本だった。
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