フィリップ・ボール「かたち 自然が創り出す美しいパターン 1」ハヤカワ文庫NF 林大訳
科学者の技はかなりのところ、モデルに何を含め、何を含めないかを見極めることにある。
――1 ものの形 パターンと形態ひとたび定着すると、有利な模様と形態がどのように集団の中で持続するかをダーウィニズムは説明する。ところが、そもそもこういうものがどのようにして生まれたのかという問題(略)については、この理論は沈黙を守っている。
――4 体に書かれたもの 隠れる、警告する、擬態する模様の構成要素は局所的なルールだけで決まり、全体的に適用されるということだ。
――7 胚を展開する ボディー・プランの形成
【どんな本?】
自然界にはいろいろなパターンがある。ヒマワリの種は複雑ならせんを描き、キリンには斑点があり、エンゼルフィッシュには綺麗な縞があり、ミツバチは幾何学的に並んだ、まさしくハニカム構造の巣を作る。生物ばかりではない。宝石や岩も、美しい縞模様を持っている。
シマウマの縞は捕食中の目を欺き、見つかりにくくする。適者生存の理屈では、縞がある者が生き延び子孫を残したとなる。だが、その縞はどのように生まれたのか。ランダムな突然変異で様々な模様を持つ者が生まれ、たまたま縞になった者だけが生き延びたとするのは、かなり苦しくないか?
自然の中のパターンは、なぜできるのか。それができる裏には、どんなメカニズムが働いているのか。そのメカニズムは、どんな事を可能にするのか。
ネイチャー誌などで執筆するサイエンス・ライターが、化学・数学・生物学など多岐にわたる分野から資料を漁り、自然界に現れるパターンとその仕組みを、豊富な写真やイラストと共に語り、意外な結論へと導く、興奮に満ちた一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Shapes - Nature's Patterns : A Tapestry in Three Parts, by Philip Ball, 2009。日本語版は2011年9月に早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2016年4月15日発行のハヤカワ文庫NF版。
文庫本で縦一段組み、本文約421頁に加え、訳者あとがき3頁+近藤滋の解説7頁。9ポイント41字×18行×421頁=約310,698字、400字詰め原稿用紙で約777枚…って、大当たりかい。文庫本にしてはやや厚めだが、写真やイラストも沢山あるので、実際の文字数は8割ぐらいだろう。
文章は比較的にこなれている。内容は、一般向けとしては少々手ごわい。ヨウ素酸カリウムだの極小曲面だのと、慣れない言葉が出てくるし。が、じっくり読めば、だいたいわかる。数式や分子式もほとんど出てこないし、出てきても無視してかまわない。中学卒業程度の数学と理科の素養があれば、なんとか読みこなせるだろう。
【構成は?】
原則として前の章を受けて後の章が続く構成なので、素直に頭から読もう。できれば索引が欲しかった。
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【感想は?】
トラ猫の縞はどうやってできるのか。
いやシマウマの縞でもいいし、ヒョウの斑点でもいいし、蝶の羽にある目玉みたいな模様でもいい。生き物には様々な模様がある。あの模様は、どうやってできるのか。
と、その前に。この本でスポットライトが当たるのは、あまり有名でないスコットランドの動物学者、ダーシー・ウェントワース・トムソンだ。1917年に出版した「成長と形」が、本書の重要なテーマとなっている。曰く「自然界に見られるパターンと形の、最初の秩序だった分析である」。
彼はダーウィニズムに異議を申し立てた。確かにシマウマの縞は見つかりにくいだろう。だが、シマウマはどうやって縞模様を見つけたのか。なぜ斑点ではないのか。縞になる必然性、または制約が、そこにはあるのではないか。そして、その縞は、どうやってできるのか。
この謎をめぐる長編が、この本だ。
自動で綺麗なパターンができる例として、わかりやすいのが、オウムガイ(→Google画像検索)だ。綺麗な対数らせんになっている。オウムガイに限らず、巻貝はたいてい似たようなパターンに従う。
別に貝は対数を計算しているわけじゃない。貝の体(私たちが食べる、あのグニョグニョした部分)は少しづつ育って大きくなる。だから、体に合わせて貝殻も大きくしなきゃいけない。体に合わせて貝殻を増築していくと、自然と対数らせんになってしまう。
そんな風に、その場その場の制約に従ったら縞になった、そういう事じゃないのか?
貝殻は、なんとなくわかる。でも、縞はもっと複雑に思える。そもそも、縞を作るような自然現象はあるのか?
ここで意外な方向に話が飛ぶ。なんと化学。BZ反応だ。Wikipedia にGIF動画があるので、見てほしい。変な縞縞が出来ては消えてゆく、普通の化学反応は、一回反応して色が変わったり沈殿したり爆発したりすれば、終わる。でもBZ反応は、次から次へと反応が続いてゆく。どうなってんの?
などと驚いてたら、再び意外な驚きが待っていた。なんとアラン・チューリングの登場だ。そう、チューリング・マシンのチューリングである。あの人、こんな事もやってたのか。フォン・ノイマンといい、計算機科学の黎明期に活躍した人は、多彩な方面で活躍した人が多いんだなあ。
チューリングが考えたのは、「縞って案外と単純な理屈で作れるんじゃね?」って事。ライフゲーム(→Youtube)みたいな感じで、シンプルなルールで複雑な模様を作り出せるし、初期状態のほんの少しの変更で大きな違いが生まれたりもする。
と、役者が揃った所で、縞の謎へと斬り込み、更に一つの受精卵が細胞分裂の末に目や腕に変わってゆく原因へと突き進む終盤は、まさに怒涛の展開。
ここでは遺伝子が重要な役割を担うんだが、この遺伝子の働きが実にバラエティ豊かで。例えばディスタルレス遺伝子は、「チョウの羽の目玉模様と、ショウジョウバエの脚の形成の引き金」の両方を担っている。置かれた状況によって、全く異なる結果を引き起こすのだ。
この謎を解くカギになりそうなのが、パックス6。マウスのスモールアイ遺伝子をハエの組織に移植すると、「眼が――ただし、マウスの目ではなくハエの複眼が形成される」。オブジェクト指向でいうメソッドみたいなモンなんだろうか。同じメッセージでもオブジェクトのクラスにより振る舞いが違う、みたいな。
やはりDppというタンパク質も奇妙で。
発生のある段階で細胞が局所的にDppにさらされると、細胞はのちに、それがDppの発生源から遠く離れた段階で、ある仕方で発達するようプログラムされる
…って何言ってるかよーわからんが、LISP屋には「LAMBDAによる遅延評価みたいな仕組み」とでも言えば通じるんだろうか。昔のコンテキストを覚えててくれるわけです←余計わかんねえよ
他にも乾燥地の草が点々と群生する理由とか、ロリコンの元祖ナボコフ(←違う)の試練とか、珪藻のトゲの役割とか、細かいネタは盛りだくさん。歯ごたえはあるが、それに相応しい驚きもギッシリ詰まった、科学トピック好きにはたまらない本。
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